失われた歌

有馬 礼

文字の大きさ
36 / 99
第2部 帝都ローグ篇

26

しおりを挟む
 ヒューゴから「ハンター協会に書類を回した」という連絡が来たのは3日後だった。
 打ち合わせを兼ねて食事でもどうかと言うので、2人はラウエまで出かけて行った。以前、混沌に当てられた交差点に立っていても、リコはもう影響を受けなかった。
(闇の精霊が万全になったから…?)
 自分の手のひらを見る。
 あの日確かに、自分の力が弱まっているのを感じた。帝都の混沌は、さながら色とりどりのビーズだ。ひとつの色を取り出すのが難しい。あの日はその1つひとつに気を取られて自分を見失ってしまったが、今は違う。混沌は混沌として、一歩退いたところからそれを見ている。ガラス瓶の中のビーズを見ているように。
(要素が本当の意味で混ざり合ってるわけじゃない。取り出せるはずなんだよね)
 ビーズを同じ色だけ選り分けるように。恐ろしく手間がかかるけれど。
 この前、一応封印は発動したが、不完全だった。
(この中で、守護者の森にいる時と同じように要素を取り出すことができたら)
 感覚を集中させていると、足元がぐらりと揺れたような気がして、隣にいるバルクに思わずしがみつく。
「大丈夫?」
 笑ってうなずく。繋いだ指先から、大丈夫だと伝える。
「よう。待たせて悪りぃ」
 ヒューゴがやってきた。
「行こうぜ」

 ヒューゴが案内したのは、雰囲気のいいダイニングバーだった。よく利用するのか、店員は彼を知っているようだった。奥まった一角に案内される。
 バルクはフロアを見渡して、陰になる席にリコを座らせて、ブロックするように手前に自分が掛ける。店内は薄暗いので、リコが口を動かさずに話していることに気づく者はいないだろうが、念のため。
「今日は俺の奢りだから。あ、正確には俺の上司の」
 ヒューゴはジャケットを脱いでネクタイを緩める。
〈なんで?〉
「今日、あいつらと会うんで、つって手ぇ出したらお小遣いくれた」
 悪びれもせず言う。
「酷い強請りだね」
 バルクは苦笑する。
「俺は手ぇ出しただけだぜ?」ヒューゴは悪戯っぽく肩をすくめる。「サイフごと寄越せって言わなかっただけ感謝してもらいたいくらいだ。この半年くらい、ほんとに忙しかった。特にここ3ヶ月ほどは、休日返上で交代でフリートに詰めてたから、みんな感謝してる。やっとひと息つけた。ラウエも許容値に戻してくれたし。ありがとうな、ほんとに。むしろこの程度のことしかできなくて申し訳ない」
〈あの怪我した人は? 大丈夫?〉
「ああ、オリヴェルな。無事だよ。まだ入院してるけど、本人は久々にのんびりできるつって喜んでた」
〈良かった。そういえば、バルクっていつの間に治癒法使えるようになってたの?〉
「きみが畑にいるありとあらゆる芋虫を蝶にしてる間に、こっそりとね」
 夏の間、リコは畑で芋虫を捕まえて、せっせと餌をやっては蝶にする活動に勤しんでいた。
〈知らなかった。治癒法って、どうやって練習するの?〉
「自分の指をナイフでちょっと切って、それを治すっていう、地味な修行、というよりはある種の変態行為だよ」
 それを聞いて、リコは鼻の頭に皺を寄せる。
〈痛そう。他にやり方ないの?〉
「最初は、とりあえず街道の旅人襲ってこいって言われたんだよ。理屈より実践だとかで」
〈待ってそれはやめて〉
 2人は笑い転げる。
 店員が注文を取りに来て、ヒューゴはエールを、バルクはモルトを、リコはレモネードを頼んだ。ヒューゴが、適当につまみになりそうなものを頼む。
〈そうだ。ヒューゴ、今度塔に来ない? 私たちの家に。ジュイユに教われば、すぐに魔術使えるようになると思うんだ〉
「魔術? いや、確かに俺、属性持ちだって言われたことはあるけど…」
 だからこそ、特殊治安部に配属された。
〈そうだよ。あなたは本来、わたしたちの手助けなんていらないはずなんだよね〉
「そう言われてもな…」
 リコの、心の底の底まで見透かしていそうな瞳にたじろぐ。
「でも、ジュイユ師は弟子は取らない主義って言ってたけど、大丈夫かな」
 治癒法を教わるのもだいぶ苦労したのだ。
〈大丈夫。わたしが言えば〉
 リコは微笑む。
「なんて悪い顔なんだ」
 バルクは声を出して、リコは声を出さずに、笑う。
「ジュイユ師っつうのは? 魔術師なのか?」
「魔術師、かな。うん、大きな括りではそうなるのかな」
〈元人間で、今は魔物のおじいちゃんだよ〉
「…俺に理解できるように説明してもらっていいか?」
 まだ飲んでもいないのに既に頭が痛い。
〈暇すぎて自分を魔物にしちゃった仕方ないおじいちゃんがいるんだよね〉
「人間って、魔物になるのか?」
〈なるみたい〉
 ちょうど注文した飲み物が運ばれてくる。乾杯。
「そういや、お前なんで声出せねーの? それとも、出さないだけ?」
「ちょ…」
 ヒューゴのあけすけな物言いにバルクの方がどぎまぎする。
〈あ、えっと…契約?〉
「契約?」
〈そう。光と声を交換する契約〉
「よくわかんねーな。でも、ラウエでは普通に喋ってなかったか? 監視カメラに映ってた」
〈それは、闇の精霊だよ。わたしとそっくりだけど、わたしじゃなく、精霊なの〉
「精霊?」
〈そう。闇の精霊〉
 言われてもピンと来ないのか、ヒューゴは特に驚かなかった。
「それで? 闇の要素の集中をどうやって解除したんだ?」
〈闇の要素の集中? 腐った魂のこと?〉
「多分それだ」
〈どうやって?〉
 バルクに尋ねる。
「取り込んで…というか、食べて、かな」
「やっぱそうなのか? そうとしか見えない場面があった」
 ヒューゴはエールをひと口飲んで、続けた。
「そうだ。次に行く場所なんだけど…お前、気持ち悪いモン大丈夫?」
 リコに尋ねる。
〈気持ち悪い? どういうこと?〉
「メトロの1番深い駅にいる魔物なんだけど、この前の奴らとはちょっと違ってて、人間の形なんだけど、それが余計気持ち悪いっつうか…」
〈腐乱死体とかそういうこと?〉
 確かに、塔にいる人間型の魔物は骸骨かミイラか、いずれにせよ乾いた者ばかりだ。ウエットタイプかぁ、衛生面さえクリアできれば…火に頼んで乾かしてもらおうかな、そもそも魔物に細菌っているんだっけ?などと、塔に連れ帰る前提で考える。
「いや、腐ってはない。なんていうんだろうな。真っ黒で、ゆらゆらしてて…。とにかく、気持ち悪いんだよ」
〈わからない。見てから決める〉
「帝都の地下には、この前のあれしかいないと思ってたよ」
 バルクが言う。
「深いところにもう1種類いるんだよ。属性攻撃を無効化する奴らが。まあ、そいつらは通常武器で対応するからいいとして、闇の要素の過集中を解除してもらいたい」
 リコとバルクは顔を見合わせる。
〈腐った魂が相手なら、闇の精霊が行った方がいいのかな。言うこと聞いてくれるといいんだけど…〉
「お腹いっぱいって言ってたから、どうだろうね」
 また闇の精霊のお守りをしなければならないのかと思うと気が重い。
「闇の精霊ってのは、そんなにやばいのか?」
 おずおずとヒューゴが訊く。
「ああ、まあ、いろんな意味でね…」
 バルクは遠い目をして酒をあおった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました

大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜

KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞 ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。 諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。 そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。 捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。 腕には、守るべきメイドの少女。 眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。 ―――それは、ただの不運な落下のはずだった。 崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。 その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。 死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。 だが、その力の代償は、あまりにも大きい。 彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”―― つまり平和で自堕落な生活そのものだった。 これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、 守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、 いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。 ―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。

巻き込まれ異世界召喚、なぜか俺だけ竜皇女の推しになった

ノラクラ
ファンタジー
俺、霧島悠斗は筋金入りの陰キャ高校生。 学校が終わったら即帰宅して、ゲームライフを満喫するのが至福の時間――のはずだった。 だがある日の帰り道、玄関前で学園トップスターたちの修羅場に遭遇してしまう。 暴君・赤城獅童、王子様系イケメン・天条院義孝、清楚系美少女・柊奏、その親友・羽里友莉。 よりによって学園の顔ぶれが勢ぞろいして大口論!? ……陰キャ代表の俺に混ざる理由なんて一ミリもない。見なかったことにしてゲームしに帰りたい! そう願った矢先――空気が変わり、街に巨大な魔法陣が出現。 赤城たちは光に呑まれ、異世界へと召喚されてしまった。 「お~、異世界召喚ね。ラノベあるあるだな」 そう、他人事のように見送った俺だったが……。 直後、俺の足元にも魔法陣が浮かび上がる。 「ちょ、待て待て待て! 俺は陰キャだぞ!? 勇者じゃないんだぞ!?」 ――かくして、ゲームライフを愛する陰キャ高校生の異世界行きが始まる。

処理中です...