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第2部 帝都ローグ篇
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ヒューゴから「ハンター協会に書類を回した」という連絡が来たのは3日後だった。
打ち合わせを兼ねて食事でもどうかと言うので、2人はラウエまで出かけて行った。以前、混沌に当てられた交差点に立っていても、リコはもう影響を受けなかった。
(闇の精霊が万全になったから…?)
自分の手のひらを見る。
あの日確かに、自分の力が弱まっているのを感じた。帝都の混沌は、さながら色とりどりのビーズだ。ひとつの色を取り出すのが難しい。あの日はその1つひとつに気を取られて自分を見失ってしまったが、今は違う。混沌は混沌として、一歩退いたところからそれを見ている。ガラス瓶の中のビーズを見ているように。
(要素が本当の意味で混ざり合ってるわけじゃない。取り出せるはずなんだよね)
ビーズを同じ色だけ選り分けるように。恐ろしく手間がかかるけれど。
この前、一応封印は発動したが、不完全だった。
(この中で、守護者の森にいる時と同じように要素を取り出すことができたら)
感覚を集中させていると、足元がぐらりと揺れたような気がして、隣にいるバルクに思わずしがみつく。
「大丈夫?」
笑ってうなずく。繋いだ指先から、大丈夫だと伝える。
「よう。待たせて悪りぃ」
ヒューゴがやってきた。
「行こうぜ」
ヒューゴが案内したのは、雰囲気のいいダイニングバーだった。よく利用するのか、店員は彼を知っているようだった。奥まった一角に案内される。
バルクはフロアを見渡して、陰になる席にリコを座らせて、ブロックするように手前に自分が掛ける。店内は薄暗いので、リコが口を動かさずに話していることに気づく者はいないだろうが、念のため。
「今日は俺の奢りだから。あ、正確には俺の上司の」
ヒューゴはジャケットを脱いでネクタイを緩める。
〈なんで?〉
「今日、あいつらと会うんで、つって手ぇ出したらお小遣いくれた」
悪びれもせず言う。
「酷い強請りだね」
バルクは苦笑する。
「俺は手ぇ出しただけだぜ?」ヒューゴは悪戯っぽく肩をすくめる。「サイフごと寄越せって言わなかっただけ感謝してもらいたいくらいだ。この半年くらい、ほんとに忙しかった。特にここ3ヶ月ほどは、休日返上で交代でフリートに詰めてたから、みんな感謝してる。やっとひと息つけた。ラウエも許容値に戻してくれたし。ありがとうな、ほんとに。むしろこの程度のことしかできなくて申し訳ない」
〈あの怪我した人は? 大丈夫?〉
「ああ、オリヴェルな。無事だよ。まだ入院してるけど、本人は久々にのんびりできるつって喜んでた」
〈良かった。そういえば、バルクっていつの間に治癒法使えるようになってたの?〉
「きみが畑にいるありとあらゆる芋虫を蝶にしてる間に、こっそりとね」
夏の間、リコは畑で芋虫を捕まえて、せっせと餌をやっては蝶にする活動に勤しんでいた。
〈知らなかった。治癒法って、どうやって練習するの?〉
「自分の指をナイフでちょっと切って、それを治すっていう、地味な修行、というよりはある種の変態行為だよ」
それを聞いて、リコは鼻の頭に皺を寄せる。
〈痛そう。他にやり方ないの?〉
「最初は、とりあえず街道の旅人襲ってこいって言われたんだよ。理屈より実践だとかで」
〈待ってそれはやめて〉
2人は笑い転げる。
店員が注文を取りに来て、ヒューゴはエールを、バルクはモルトを、リコはレモネードを頼んだ。ヒューゴが、適当につまみになりそうなものを頼む。
〈そうだ。ヒューゴ、今度塔に来ない? 私たちの家に。ジュイユに教われば、すぐに魔術使えるようになると思うんだ〉
「魔術? いや、確かに俺、属性持ちだって言われたことはあるけど…」
だからこそ、特殊治安部に配属された。
〈そうだよ。あなたは本来、わたしたちの手助けなんていらないはずなんだよね〉
「そう言われてもな…」
リコの、心の底の底まで見透かしていそうな瞳にたじろぐ。
「でも、ジュイユ師は弟子は取らない主義って言ってたけど、大丈夫かな」
治癒法を教わるのもだいぶ苦労したのだ。
〈大丈夫。わたしが言えば〉
リコは微笑む。
「なんて悪い顔なんだ」
バルクは声を出して、リコは声を出さずに、笑う。
「ジュイユ師っつうのは? 魔術師なのか?」
「魔術師、かな。うん、大きな括りではそうなるのかな」
〈元人間で、今は魔物のおじいちゃんだよ〉
「…俺に理解できるように説明してもらっていいか?」
まだ飲んでもいないのに既に頭が痛い。
〈暇すぎて自分を魔物にしちゃった仕方ないおじいちゃんがいるんだよね〉
「人間って、魔物になるのか?」
〈なるみたい〉
ちょうど注文した飲み物が運ばれてくる。乾杯。
「そういや、お前なんで声出せねーの? それとも、出さないだけ?」
「ちょ…」
ヒューゴのあけすけな物言いにバルクの方がどぎまぎする。
〈あ、えっと…契約?〉
「契約?」
〈そう。光と声を交換する契約〉
「よくわかんねーな。でも、ラウエでは普通に喋ってなかったか? 監視カメラに映ってた」
〈それは、闇の精霊だよ。わたしとそっくりだけど、わたしじゃなく、精霊なの〉
「精霊?」
〈そう。闇の精霊〉
言われてもピンと来ないのか、ヒューゴは特に驚かなかった。
「それで? 闇の要素の集中をどうやって解除したんだ?」
〈闇の要素の集中? 腐った魂のこと?〉
「多分それだ」
〈どうやって?〉
バルクに尋ねる。
「取り込んで…というか、食べて、かな」
「やっぱそうなのか? そうとしか見えない場面があった」
ヒューゴはエールをひと口飲んで、続けた。
「そうだ。次に行く場所なんだけど…お前、気持ち悪いモン大丈夫?」
リコに尋ねる。
〈気持ち悪い? どういうこと?〉
「メトロの1番深い駅にいる魔物なんだけど、この前の奴らとはちょっと違ってて、人間の形なんだけど、それが余計気持ち悪いっつうか…」
〈腐乱死体とかそういうこと?〉
確かに、塔にいる人間型の魔物は骸骨かミイラか、いずれにせよ乾いた者ばかりだ。ウエットタイプかぁ、衛生面さえクリアできれば…火に頼んで乾かしてもらおうかな、そもそも魔物に細菌っているんだっけ?などと、塔に連れ帰る前提で考える。
「いや、腐ってはない。なんていうんだろうな。真っ黒で、ゆらゆらしてて…。とにかく、気持ち悪いんだよ」
〈わからない。見てから決める〉
「帝都の地下には、この前のあれしかいないと思ってたよ」
バルクが言う。
「深いところにもう1種類いるんだよ。属性攻撃を無効化する奴らが。まあ、そいつらは通常武器で対応するからいいとして、闇の要素の過集中を解除してもらいたい」
リコとバルクは顔を見合わせる。
〈腐った魂が相手なら、闇の精霊が行った方がいいのかな。言うこと聞いてくれるといいんだけど…〉
「お腹いっぱいって言ってたから、どうだろうね」
また闇の精霊のお守りをしなければならないのかと思うと気が重い。
「闇の精霊ってのは、そんなにやばいのか?」
おずおずとヒューゴが訊く。
「ああ、まあ、いろんな意味でね…」
バルクは遠い目をして酒をあおった。
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(闇の精霊が万全になったから…?)
自分の手のひらを見る。
あの日確かに、自分の力が弱まっているのを感じた。帝都の混沌は、さながら色とりどりのビーズだ。ひとつの色を取り出すのが難しい。あの日はその1つひとつに気を取られて自分を見失ってしまったが、今は違う。混沌は混沌として、一歩退いたところからそれを見ている。ガラス瓶の中のビーズを見ているように。
(要素が本当の意味で混ざり合ってるわけじゃない。取り出せるはずなんだよね)
ビーズを同じ色だけ選り分けるように。恐ろしく手間がかかるけれど。
この前、一応封印は発動したが、不完全だった。
(この中で、守護者の森にいる時と同じように要素を取り出すことができたら)
感覚を集中させていると、足元がぐらりと揺れたような気がして、隣にいるバルクに思わずしがみつく。
「大丈夫?」
笑ってうなずく。繋いだ指先から、大丈夫だと伝える。
「よう。待たせて悪りぃ」
ヒューゴがやってきた。
「行こうぜ」
ヒューゴが案内したのは、雰囲気のいいダイニングバーだった。よく利用するのか、店員は彼を知っているようだった。奥まった一角に案内される。
バルクはフロアを見渡して、陰になる席にリコを座らせて、ブロックするように手前に自分が掛ける。店内は薄暗いので、リコが口を動かさずに話していることに気づく者はいないだろうが、念のため。
「今日は俺の奢りだから。あ、正確には俺の上司の」
ヒューゴはジャケットを脱いでネクタイを緩める。
〈なんで?〉
「今日、あいつらと会うんで、つって手ぇ出したらお小遣いくれた」
悪びれもせず言う。
「酷い強請りだね」
バルクは苦笑する。
「俺は手ぇ出しただけだぜ?」ヒューゴは悪戯っぽく肩をすくめる。「サイフごと寄越せって言わなかっただけ感謝してもらいたいくらいだ。この半年くらい、ほんとに忙しかった。特にここ3ヶ月ほどは、休日返上で交代でフリートに詰めてたから、みんな感謝してる。やっとひと息つけた。ラウエも許容値に戻してくれたし。ありがとうな、ほんとに。むしろこの程度のことしかできなくて申し訳ない」
〈あの怪我した人は? 大丈夫?〉
「ああ、オリヴェルな。無事だよ。まだ入院してるけど、本人は久々にのんびりできるつって喜んでた」
〈良かった。そういえば、バルクっていつの間に治癒法使えるようになってたの?〉
「きみが畑にいるありとあらゆる芋虫を蝶にしてる間に、こっそりとね」
夏の間、リコは畑で芋虫を捕まえて、せっせと餌をやっては蝶にする活動に勤しんでいた。
〈知らなかった。治癒法って、どうやって練習するの?〉
「自分の指をナイフでちょっと切って、それを治すっていう、地味な修行、というよりはある種の変態行為だよ」
それを聞いて、リコは鼻の頭に皺を寄せる。
〈痛そう。他にやり方ないの?〉
「最初は、とりあえず街道の旅人襲ってこいって言われたんだよ。理屈より実践だとかで」
〈待ってそれはやめて〉
2人は笑い転げる。
店員が注文を取りに来て、ヒューゴはエールを、バルクはモルトを、リコはレモネードを頼んだ。ヒューゴが、適当につまみになりそうなものを頼む。
〈そうだ。ヒューゴ、今度塔に来ない? 私たちの家に。ジュイユに教われば、すぐに魔術使えるようになると思うんだ〉
「魔術? いや、確かに俺、属性持ちだって言われたことはあるけど…」
だからこそ、特殊治安部に配属された。
〈そうだよ。あなたは本来、わたしたちの手助けなんていらないはずなんだよね〉
「そう言われてもな…」
リコの、心の底の底まで見透かしていそうな瞳にたじろぐ。
「でも、ジュイユ師は弟子は取らない主義って言ってたけど、大丈夫かな」
治癒法を教わるのもだいぶ苦労したのだ。
〈大丈夫。わたしが言えば〉
リコは微笑む。
「なんて悪い顔なんだ」
バルクは声を出して、リコは声を出さずに、笑う。
「ジュイユ師っつうのは? 魔術師なのか?」
「魔術師、かな。うん、大きな括りではそうなるのかな」
〈元人間で、今は魔物のおじいちゃんだよ〉
「…俺に理解できるように説明してもらっていいか?」
まだ飲んでもいないのに既に頭が痛い。
〈暇すぎて自分を魔物にしちゃった仕方ないおじいちゃんがいるんだよね〉
「人間って、魔物になるのか?」
〈なるみたい〉
ちょうど注文した飲み物が運ばれてくる。乾杯。
「そういや、お前なんで声出せねーの? それとも、出さないだけ?」
「ちょ…」
ヒューゴのあけすけな物言いにバルクの方がどぎまぎする。
〈あ、えっと…契約?〉
「契約?」
〈そう。光と声を交換する契約〉
「よくわかんねーな。でも、ラウエでは普通に喋ってなかったか? 監視カメラに映ってた」
〈それは、闇の精霊だよ。わたしとそっくりだけど、わたしじゃなく、精霊なの〉
「精霊?」
〈そう。闇の精霊〉
言われてもピンと来ないのか、ヒューゴは特に驚かなかった。
「それで? 闇の要素の集中をどうやって解除したんだ?」
〈闇の要素の集中? 腐った魂のこと?〉
「多分それだ」
〈どうやって?〉
バルクに尋ねる。
「取り込んで…というか、食べて、かな」
「やっぱそうなのか? そうとしか見えない場面があった」
ヒューゴはエールをひと口飲んで、続けた。
「そうだ。次に行く場所なんだけど…お前、気持ち悪いモン大丈夫?」
リコに尋ねる。
〈気持ち悪い? どういうこと?〉
「メトロの1番深い駅にいる魔物なんだけど、この前の奴らとはちょっと違ってて、人間の形なんだけど、それが余計気持ち悪いっつうか…」
〈腐乱死体とかそういうこと?〉
確かに、塔にいる人間型の魔物は骸骨かミイラか、いずれにせよ乾いた者ばかりだ。ウエットタイプかぁ、衛生面さえクリアできれば…火に頼んで乾かしてもらおうかな、そもそも魔物に細菌っているんだっけ?などと、塔に連れ帰る前提で考える。
「いや、腐ってはない。なんていうんだろうな。真っ黒で、ゆらゆらしてて…。とにかく、気持ち悪いんだよ」
〈わからない。見てから決める〉
「帝都の地下には、この前のあれしかいないと思ってたよ」
バルクが言う。
「深いところにもう1種類いるんだよ。属性攻撃を無効化する奴らが。まあ、そいつらは通常武器で対応するからいいとして、闇の要素の過集中を解除してもらいたい」
リコとバルクは顔を見合わせる。
〈腐った魂が相手なら、闇の精霊が行った方がいいのかな。言うこと聞いてくれるといいんだけど…〉
「お腹いっぱいって言ってたから、どうだろうね」
また闇の精霊のお守りをしなければならないのかと思うと気が重い。
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