失われた歌

有馬 礼

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第3部 古都アーセンバリ篇

1 忘らるる者、失われた歌※

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 その綺麗な男の人は、毎晩のようにあたしの夢に現れて、あたしを抱く。とても優しく。恋人のように。
 長い金の髪。アーモンド型の目は長い睫毛に縁取られてて、瞳は宝石みたいな紫。細くてまっすぐに通った鼻梁に、薄くて形のいい唇。女の人の手と言われればあっさり信じてしまいそうなほっそりした手は、あたしの中に眠っていたものを呼び覚まして、あたしを翻弄する。

 ああ、誰も、あたしのことを認識してはくれない。みんな、あたしのことを忘れてしまう。この人以外は。あなたはどこから来たんだろう。寂しくて寂しくて、あたしはついに恋人を自分で作り出してしまったのかな。

「ナナカ、私が探し求めていた人。ようやく、見つけた」

 耳元で囁かれると、ため息が漏れる。細くて長い指で鎖骨を、首筋を、顎をなぞられて、唇が重なる。当然みたいに舌が割り入ってきて、口内を余す所なくなぞられる。混ざり合った唾液が溢れて口の端から伝い落ちる。夢の中なのに、その唇の、舌の温かさがリアルで。

 ああ、あたしを探してくれたのはあなただけ。あたしを見つけてくれたのはあなただけ。あたしはあなたのもの。あなたが求めるなら、あたしはなんだってあげる。あたしの全てが欲しいと言うなら、全てを。あなたが、あたし自身の生み出した幻だって構わない。あなたが来てくれたから、あたしは自分が生きているって、存在しているって、信じられるの。

 彼の細い指先が乳房に潜りこむ。指先を沈みこませながら、尖り始めた先端を転がし、摘む。硬くなった先端を押し込まれ、あたしは彼の身体にしがみついてのけぞり、身体をくねらせる。
 反対側の乳房は彼の口に含まれて、舌と唇で愛撫される。
 同時に与えられる異なる刺激に、あたしは声を上げる。突っ張ろうとした足がシーツに滑る。
 彼の指が、本当は誰にも触れられたことがないはずの場所をするりとなぞる。あたしは期待に震えながらそっと脚を開く。その繊細な指先が、あたしの秘めた場所を探るように動く。その動きで、あたしは自分がこんなに濡れていると知る。
 くちゅ…とそこが歓喜の声を上げている。
 あたしは目を開けて彼の顔を見る。彼の指の動きに合わせて声を漏らし続ける口を塞がれて舌を吸いあげられる。
 待ちかねてはくはくと物欲しげに蠢いている入り口に、熱くて、身体のほかのどの部分とも似ていないものがあてがわれる。ぐぅっと力をこめて押しこまれて身体がびくびくする。馴染ませるように入り口を、浅くクプクプと抜き差しされると、一番奥まで飲みこみたくて仕方ない。
 もうほしい、ちょうだい、奥までちょうだい、とあたしは彼に懇願する。
 女の人だってこんなに綺麗な顔をしてる人は滅多にいない。だけどそのペニスは男そのものの凶暴さで、あたしを一気に貫く。
 この圧迫が、少しの痛みが、あたしがこの世界に確かに存在していることの証。

「ナナカ、ナナカ、愛しているよ。貴女は完全な魂の持ち主だ。ずっと、探していたんだ」

 彼の動きが速くなって、その美しい顔が快楽に歪む。



 目を覚ますと、あたしはいつもどおり1人だった。時間は真夜中を少し回ったところ。
 身体には、体験したことがないはずの性交の余韻がある。あたしの孤独は、現実と区別のつかない幻想を生み出す。
 あたしは身体を起こして、頭を振る。
 ここはジェムハンターたちが使う宿。部屋は、ベッドの他には装備を置く場所くらいしかない。屋根のあるところで眠りたいという希望を叶えるためだけの場所。夢の中ではお城みたいなところで抱かれていたけれど、これが現実。この宿は1階がハンターたちが集まる酒場で、2階が宿になっている。階下からは、夜更けだというのに喧騒が漏れてくる。
 明日もまた、夜明けを待って出発する。もちろん、パーティなんか組まない。組めない。瀕死の深傷を負っても、誰もあたしに気づいてはくれない。頼れるのは自分だけ。自分の技量と判断が全て。
 あたしは、何のために魔物を狩るんだろう。もちろん、生きていくにはお金が必要で。だけど、いつまでこんなことをつづけるんだろう。誰も、あたしのことを必要としてないのに、どうしてまだ生きているんだろう。多分、あたしを生み育てた人たちももう、あたしのことを忘れてる。誰かがいたことは覚えていても、それがあたしという人間だってことはもう、忘れてる。

 ああ、あたしに二度会いに来てくれたのは、あの人だけ。誰もあたしを記憶しない。誰もあたしを呼び止めない。過ぎ去る者。忘れられる者。それが、あたし。


***


 俺がその朝目を覚ますと、何かがこれまでと違っていた。
 身体を起こすとベッドがギシリと鳴る。
 いつものように鎧戸を開けると、初夏の朝日が差し込んでくる。昼間は汗ばむ陽気でも、日が昇り始めたこの時間はまだ肌寒いくらいだ。
 窓を開け、窓枠に手をつく。

 そうだ、歌だ。

 歌が、なくなっている。
 前は、世界は歌で包まれていた。でも、歌?
 確かに、祈りの場で歌が歌われることはある。あるいは、娯楽として聴くこともある。俺と歌との関係は、その程度だ。なぜ突然こんなことを思ったのか、全く説明することができない。

 ドアがノックされて、思考が現実に引き戻される。

「セスト、どうした?」

「ああ、ごめん、ちょっと考えごとしてて」

 俺が朝の礼拝の時間になっても現れないので、兄僧侶のテオが様子を見にきた。

「珍しいな。お前が礼拝に遅れるなんて。悩みごとか?」

「そういうんじゃ、ないんだけど」

「何かあるなら言ってくれよ?」

 俺は曖昧に頷く。
 これは「何か」に当たるのだろうか。
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