失われた歌

有馬 礼

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第3.5部 お留守番の日

3 帰ってきた

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「そういや、しばらく出かけてたんだって?」

 食事がひと段落して、ヒューゴがバルクに言う。

「ちょっと、仕事にね」

 バルクがヒューゴの手土産のモルトを傾けながら答える。
 ヒューゴが塔に行くと連絡した時、ジーが「バルクは出かけている」と答えたからだ。

「俺のために切り上げて帰ってきてくれたのか。悪かったな」

「そんなわけないでしょ。見張りにだよ」

「信用が全くねーのな?」

「当然だよ。今までの行いを振り返ってみなよ」

 リコは2人のやりとりをみてハラハラするが、彼らは至って普通の調子で、特に険悪な雰囲気でもないのがよくわからない。
 ヒューゴは笑って肩をすくめた。
 そこにジーとルーの2体がやってきて、ヒューゴの手を片方ずつ取って引っ張る。

「何だって?」

 魔物の言葉を理解しないヒューゴは、リコに尋ねる。

〈……今日はヒューゴと寝るんだって〉

「え? お前ら寝る必要ないんだろ? まあいいけどよ」

 ヒューゴは手を引かれるままに立ちあがる。

「でも俺、結構純情だから、3人でってのは初めてなんだけど。うまくできるかな」

〈ちょっと……! 2人に変なことしないでよ!?〉

 リコはぎょっとして言う。

「変なことって?」

 ルーが首を傾げて訊いてくる。その澄んだ瞳にリコはしどろもどろになる。

〈や、あの……、とにかく、変なこと!〉

「冗談だって。俺、こう見えてノーマルだから。じゃ、おやすみ!」

 ヒューゴは小脇にジーとルーをそれぞれ抱えて食堂を出ていった。「お前ら、案外重いな」などと言っている声が遠ざかっていく。

〈ほんとにもう……。大丈夫かな〉

「ヒューゴのどこがそんなに気に入ったんだろうね」

〈わからないけど……〉

 リコはテーブルの上の食器やグラスをまとめて、ワゴンに乗せる。

「ぼくらも休もうか」

〈うん〉


 ベッドに横になると、ほんの10日ほど離れていただけなのにひどく懐かしい感じがした。上掛けを抱き寄せると、リコの匂いがする。顔をうずめるようにしてその匂いを嗅いでいると、「帰ってきた」と強く感じる。幸せの匂いに包まれて微睡んでいると、浴室のドアが開いた音がした。甘い匂いを纏わせたリコが寝室に入ってくる。
 リコはそっとベッドに乗ると、髪を耳に掛けてゆっくりと顔を寄せ、くちづける。確かめるような、ついばむようなキス。
 何度か触れ合わせるだけのキスをしていると、リコの薄くて滑らかな舌がそっと唇のあわいをなぞった。入れて、とねだるように。その舌を迎え入れて、絡ませ擦りあわせ、舌と唇でしごく。
 ふ、とキスの合間に息をつきながらリコが身体を押しつけてくる。

「もう、体調は大丈夫?」

 キスの合間に尋ねる。

〈うん……〉

 リコはくちづけながら、目を閉じたまま答えた。身体をさらに寄せて、顔の角度を変え、深くくちづける。

「随分積極的だね」

 唇を触れあわせたまま言う。
 その言葉に、リコは少し身体を離してバルクの顔を見た。

〈だって……欲求不満、なの……〉

 その言葉に、頭の中でカチリとスイッチが入った音がした。素早くリコを抱き寄せて身体を入れ替えて上になると、貪るように唇に食らいつく。

「気が合うね。ぼくもだよ」

 もう一度深くくちづける。ああ、帰ってきた。愛しい人のところに。まさか自分の人生に、こんな感情が訪れる日が来るなんて。

〈会いたかった〉

 リコは激しいくちづけに必死に応えながら「言う」。バルクが肩の上、顔の横に肘をついていて、逃げられない。捕らえられている。望んだとおりに。

「ぼくもだ。会いたかった」

 バルクはリコの髪に顔をうずめ、それから首筋にくちづけるときつく吸った。リコは息を詰めて、バルクの肩にしがみつく。
 バルクの手が、服の上から柔らかく胸の膨らみに触れる。触れられると、すぐにその先端が尖ってくる。尖った先端を服越しに指先でくるくると撫でられて、リコは身体をのけぞらせる。
 するりとシャツを脱がされて、尖った先端が温かく濡れた口内に含まれ、転がされる。リコは荒く息を吐きながら、バルクの髪の中に指を差しこんで、頭皮をまさぐる。
 リコの服を全て取りはらうと、バルクも自分の服を脱いだ。肌と肌をぴったり密着させながら、もう一度唇を重ねる。腕の中に抱き寄せると、お互いがお互いにフィットしていると感じる。背中に回されたリコの手は、温かく熱を持っている。

〈怪我、したの……?〉

 バルクの肩にうっすらと傷痕が残っているのを見つけて、リコが言う。

「ああ、ちょっとね。そのうち消えると思うけど」

 リコは傷痕をそっと指先でなぞり、顔を持ちあげて、舌でもう一度なぞる。傷を癒そうとするように。バルクは目を伏せてため息をついた。リコの後頭部に手を回して顔の向きを変えさせ、くちづける。
 指でバルクの輪郭を、耳を、首筋を、確かめるようになぞる。脚を絡めると、既に硬くなったペニスが太ももに押しつけられる。腕の中に閉じ込められ、くちづけられながら、リコは手を伸ばして張りつめたペニスにそっと触れる。人の身体の一部がこんなふうに形を変えるなんて、何度触れても信じられない。奇妙で不思議で愛しい。
 指先でその形をなぞるとバルクがため息を漏らす。リコの指に応じるように、バルクの手がそっと内腿を撫であげて、リコの熱く蕩けている場所に潜りこむ。鋭い快感に、肺の中の空気が絞り出され、背中が反りかえる。円を描くバルクの指の動きに合わせて腰が揺れる。止められない。全ての感覚がそこに集中して、没頭する。

〈バルク……も、う……!〉

 目を固く瞑って、身体を震わせて達する。
 バルクは避妊具をつけると、リコの震えが収まるのを待って、熱くうねる、バルクのためだけの場所に入る。

〈バルク、バルク……〉

「リコ、愛してるよ。帰ってきた。きみのところに。ぼくの大好きな、きみのところに」

〈うん。うん……おかえり、バルク〉

「ほんの少し離れてただけなのに、きみのことが恋しくて、たまらなかった。家に帰りたいと思った。このぼくが。ずっと流れて生きていたぼくが」

〈ここが、あなたの家だよ、バルク。帰ってくるの、待ってた……〉

 2人は見つめあって、もう一度、想いをこめて唇を重ねた。


***


 ヒューゴは両腕で2体のファミリアにそれぞれ腕枕しながら、ファミリアたちのおしゃべりを聞くともなしに聞いていた。内容は理解できないが、小鳥のさえずりを聞いているようで、リラックスしてうとうとしてくる。
 ぼんやりしていると、ジーが肩をつつき、情報端末の画面を見せてくる。

「ヒューゴは好きな人いないの?」

 テキストエディタに文字が浮かんでいる。魔物が文字を理解することを、彼らとやりとりし始めてヒューゴは初めて知った。

「なんだよいきなり」

 ファミリア同士のおしゃべりの流れなのかもしれないが、彼らの言葉がわからないヒューゴにとっては唐突だった。
 ジーは一度情報端末を引っこめると、何事かを入力して、また見せる。

「リコはバルクが大好きで、バルクはリコが大好きなんだよ」

「うん、知ってるよ」

 先程までの「さっさとどっかに行け」というバルクの無言の圧を思い出してヒューゴは苦笑する。まあ、それをわかった上で、面白がって居座っていたわけなのだが。
 ジーが再び端末を見せる。

「だから、ヒューゴにもそういう人がいれば素敵だなって話してた」

「いるよ」

 それまで2人のやりとりを見ていたルーが身体を起こしてヒューゴの顔を覗きこんで、何事か言う。

「なんだよ、見たいのか? いいよ」

 ヒューゴは自分の情報端末を荷物から取り出すと、うつ伏せにベッドに寝転んだ。1人と2体はうつ伏せになって顔を寄せ合う。
 画面に映し出されたのは、若い女性だった。少女と言った方がいいかもしれない。場所はどこかの庭だろうか。離れた場所に座っている。少女はこちらをちらりとも見ない。気づいていないのかもしれない。ギターを弾いている。口元が動いていて、何か歌っているようだが、風の音が邪魔をして聞こえない。
 画面の外から同い年くらいの少年が現れて、少女の隣に座る。そこで映像は終わった。

 ルーが最後のシーンに出てきた少年を指す。

「ん? ああ、それ、俺の双子の兄貴。似てるだろ? 今はこの子のダンナ」


***


 月明かりに照らされた精霊使いの村の墓地のはずれ、苔むした古い墓石の前に佇んでいると、頭上に気配を感じた。

「よう、そこにそうやって立ってる奴、久しぶりに見たな」

 轟くような声で話しかけてきたのは、竜だった。

「おや、はじめまして。この方をご存知なので?」

「おれのあるじだ。レイフ」

「なんとまあ……」

 ヴィラントは改めて墓石を見やる。精霊使いの歴史の中で唯一、光属性を持っていた「狭義の守護者」の墓は、今も精霊使いたちによって守られていた。

「好き勝手生きて、周りの者を全員自分の虜にしておいて、さっさと死なないでもらいたいものでございますよ、あなたという方はまったくもう……」
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