失われた歌

有馬 礼

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第3.5部 お留守番の日

2 待ちわびる

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「そして今日は、あなた方の大好きなヒューゴ様がいらっしゃるのでは?」

「そうだよ!」

「うんうん!」

 2体のファミリアはぴょんぴょんとび跳ねる。

「ならば、墓荒らししている時間はございませんでしょうよ」

「大丈夫!」ジーが力強く言う。「ヒューゴは、お仕事終わって夜になってから来るって言ってた!」

「おお……」ヴィラントは額に手を当てる。「それまでの時間にサクッと墓を荒らそうと。しかしねえ、昼日中からの墓荒らしは少々難しゅうございますよ?」

〈あの……! 最近「新メンバー」が増えてる気がしてたんだけど、もしかして……?〉

「ええ、その『もしかして』でございますね。ああ、ご心配には及びません。リコ様にご迷惑はおかけしませんので」

〈迷惑っていうか……お墓を荒らすのはやめてもらいたいんだけど。それに、どうやってヒューゴに連絡してるの?〉

「えっとねぇ……」ジーは最近常につけているサコッシュを得意げにごそごそする。「これだよ!」

 ぱぱーん!という効果音が聞こえてきそうな雰囲気でリコに見せてきたのは、ヒューゴがジーとルーにくれたお下がりの情報端末だった。

「これでメッセージを送れるんだよ!」

「うんうん!」

 2体は再びぴょんぴょんとび跳ねる。
 リコがメッセージを見せてもらうと、そこには「今度はいつ来るの?」というメッセージが毎日毎日並んでいる。

(ごめんヒューゴ……!)

〈あの、ね……? ヒューゴはお仕事もあって、忙しいの。毎日メッセージ送っちゃ、ダメ〉

「はーい」

「わかったぁ」

 2体はしょんぼりと耳を伏せた。

〈あと、明るいうちから「スカウト」に行かないで。他の人に見られたら大変でしょ。ハンターと会ったら、狩られちゃうかもしれないんだから〉

「はーい」

「わかったぁ」

〈お願いね?〉

 リコは2体のファミリアの肩にそっと手を置いた。

「じゃあさ、ヴィラントもぼくらと一緒に『訃報速報』見ようよ!」

 ジーが途端に元気を取り戻してヴィラントに言う。ジーとルーが、死亡した者の情報を収集しているサイトだ。ヒューゴにこのサイトを教えてもらった2体はとても感激して、ヒューゴの大ファンになってしまった。

「ええ……? わたくしこう見えて色々忙しいのでございますが……」

 ヴィラントはジーとルーに両手を引かれて続きの間に連れ去られて行った。
 リコは無意識にため息をつく。
 バルクはリコの精霊たちと狩りに出かけていて不在だった。出かける時は数日で帰ってくると言っていたが、思った以上に捗っているらしく、当初の予定よりも長引いている。ようやく、今晩ヒューゴが来るので、夕方までには戻ると昨夜連絡があった。
 無事であることは精霊たちの活動からわかるが、バルクが塔にやってきてからいつも一緒にいたので、その不在はリコに寂寥感をもたらした。バルクと出会う前、毎日どうやって過ごしていたのか、もう忘れてしまった。

(早く帰ってこないかな)

 別に道を歩いて帰ってくるわけでも、空を飛んで帰ってくるわけでもない。「離脱」で塔に直接戻ってくるとわかっているのに、つい窓の外を見てしまう。

「おい、リコ」ノックとほぼ同時に部屋のドアが開いて、骸骨戦士のシェフが顔を覗かせる。「昼メシ、何かリクエストあるか?」

〈いい。お腹空いてないから。ありがとう〉

「なんだなんだ。朝も食欲がないとか言って食わなかったじゃねえかよ。まだ身体の調子悪いのか?」

〈そういうわけじゃないんだけど〉

 1人の食事は味気なくてつまらなくて、何のために食べているのかよくわからない。

「んだよまったく。何か適当に作ってきてやっから。ちょっとくらい食えよ?」

 そう言ってシェフは音を立ててドアを閉めると、鎧をガチャガチャ言わせながら戻っていった。

(一緒に行けばよかった)

 普段は薬で月経をコントロールしているのだが、半年に一度程度のサイクルでやって来る月経の期間にちょうど当たってしまい、倦怠感と眠気が酷くて留守番していることを選んだのはリコだった。これほど長く離れることになるとわかっていたなら、ついて行ったのに。

 しばらくするとシェフが湯気の立つスープを持って戻ってきた。野菜を潰して滑らかにしたもので、いい香りがする。忘れていた食欲を刺激される。

「冷める前に食えよ?」

 温かいものは温かいうちに、冷たいものは冷たいうちに食べないと許してくれないシェフは、いつも同じことを言う。真正面に立って、リコが食べ終えるまで見張っているつもりのようなので、スプーンを持って食べはじめる。
 ふたくちほど食べたところで、ふわ、と感覚に触れるものがある。

〈帰ってきた!〉

 バルクたちが「離脱」で塔に現れたのを感じたリコは、勢いよく立ち上がった。

「メシの途中で立つんじゃねえ!」

 すかさず骸骨シェフの雷が落ちる。彼は食事のマナーにもとても厳しかった。

〈はぁい〉

 リコは渋々席に着く。
 食事を再開したところで、部屋のドアが開いた。

「ただいま」

〈おかえりなさい〉

 リコは弾かれたように立ちあがるとバルクに飛びつく。流石のシェフも何も言わなかった。

「ただいま」ぎゅうぎゅう抱きついてくるリコの髪を撫でる。「あんまりくっつくと、汚れるよ。今、ひどいことになってるから」

 そう言うバルクの顔は確かに無精髭が伸びていて、服もところどころ焦げたり擦り切れたりしている。

「さっぱりしてくるね」

〈うん〉

 髪を撫でるバルクの手を取って、頬を擦り寄せる。バルクはそんなリコの様子を微笑みながら見つめてから、シェフの方を振り向いた。

「……帰ってきてほっとしたら、お腹空いたな。シェフ、何かある?」

「なんでもあるぜ! 待ってな」

〈あの、わたしもお腹空いたかも〉

「おう、そうこなくっちゃな!」
 
   シェフはうきうきしながら部屋を出ていった。



 ルブラに着いたとヒューゴから連絡があったのは、夕食の少し前だった。

「よ、久しぶり」

 バルクの「離脱」でやってきたヒューゴは軽く手を挙げる。

〈あの、ヒューゴ、ごめんね。ジーとルーが毎日メッセージ送ってたの、知らなくて……〉

 ヒューゴは白い歯を見せて笑った。

「ああ、全然いいぜ。ちょっとめんどくさい女の子みたいでかわいいから」

〈そう……? なら、いいんだけど〉
 
 相変わらずヒューゴの行動原理はよくわからない。

「師匠は?」

 その言葉に応えるように、ジュイユが姿を現した。長いローブを着た枯れ枝のような老人だが、その目は白眼のない黄緑色の目だった。自らを魔物に作りかえた、伝説の魔術師。

「何度言ったらわかるんだ。私はお前さんを弟子にした覚えはない」

「いいじゃないすか。減るもんじゃなし」

「馬鹿者。お前さんのような雑な者を弟子にしているなぞ知れたら、私の名誉が減るだろうが」

「ひっでぇ」

「当然だ」

 ジュイユはそれだけ言うと、「離脱」でフイとどこかに行ってしまった。

「雑なのはもう、仕方ないのよ。火属性だから」

 ヒューゴの隣に緑色の鎧が現れる。風の精霊だ。顔はバイザーに覆われていて見えないが、女性の声だった。

「だーかーらー、なんでそう雑だ雑だ言われなきゃなんねーんだよ」

 反対側の隣に、逆巻く炎の意匠をつけた赤い鎧が現れる。火の精霊だ。風の精霊より大きく、若い男性の声をしている。

「まあねえ、戦い方は完全に雑ですよね。今回の狩りもそうでしたけど」

 水の精霊が言う。兜にミルククラウンを模した意匠をつけた、青い鎧。同じく若い男性の声だが、火の精霊よりは少し細い声だった。

「……うむ。……あたり構わずなんでもまるっと燃やそうとするのは、どうかと思う。……俺の仕事が増える」

 巨大な金色の鎧が現れる。土の精霊だ。その肩には、立方体や六角柱の鉱物の結晶を模した意匠がついている。

「小言はいっぱい喋るのな!」

 火の精霊が土の精霊に文句を言う。

「おい! せっかくのメシが冷めちまうだろうが!! お前らどっか行け!!」

 骸骨シェフに怒鳴りつけられ、精霊たちは渋々退散した。
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