失われた歌

有馬 礼

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第3.5部 お留守番の日

1 お留守番の昼

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 リコが部屋にいると、ネクロマンサーのヴィラントが少々焦った様子でやって来た。

「リコ様、少し、匿っていただいてもよろしゅうございますでしょうか?」

 リコは読んでいた本から顔を上げた。

〈どうしたの?〉

「いえね、大したことではございません。ちょっとこう、熱烈なファンに追われておりまして。人気者もなかなかに辛うございますね。ほっほっほ。あと、お願いもあって参りました」

〈お願い?〉

「ええ。実は、この国の歴史などを少し紐解きたいと思いまして。手始めに何かこう、この国の歴史がサクッとわかるようなものをお持ちであればお貸しいただければと思うのですが」

〈歴史がサクッと……それなら、教科書がいいかな。わたしが使ってるのがあるから、持ってくるね〉

 リコが席を立って、ヴィラントはその向かいに腰掛ける。

「おお、ありがとう存じます。なんとお優しい」

 ヴィラントは胸ポケットのチーフを引き抜くと、眼窩に当てて涙を拭う仕草をする。
 最初はこの真面目なの不真面目なのかよくわからない骸骨を持て余していたリコだったが、ジュイユに「まともに取り合うな」と言われてからは、できるだけ流すよう努めていた。素朴な者たちの間で生きてきたリコにとって、このどこまで本気でどこから冗談なのか測りかねる骸骨には、完全に手を焼いている。以前、さすが大都会から来た魔物は違う、というようなことを感心しながらバルクに言ったところ「多分だけど、それは関係ないんじゃないかな」と微妙な笑みを浮かべていた。

〈はい、これ。あと、こっちの資料集も一緒に見た方がわかりやすいと思う。写真がいっぱい載ってて〉

「今はこのような良い教材で、誰もが教育を受ける権利を有しておるとか。素晴らしい時代になったものです。それなのに死霊たちときたら、わたくしが封印されている間の出来事を尋ねても『えーっと何だっけなぁーなーんか学校で習ったような気がするなぁー』などとおほざきあそばすので、困り果てておったのでございますよ」

 ヴィラントは資料集をぱらぱらとめくる。

(そういえば、目ないけど、どうやって見てるんだろう…)

 熱心に教科書を読んでいるヴィラントの視線は、確かに対象に向けられているのを感じる。眼球がないので視線をどこにやっているかわからないにも関わらず。
 しばし、ヴィラントは熱心に教科書を、リコは熱心にヴィラントを見る時間が続いた。

「んなぁッ!?」

〈な、なに……?〉

 突然ヴィラントが大声を出すので、リコは飛び上がって驚く。

「リコ様……。申し訳ございませんが、驚きすぎて目玉が飛んでいったような気がいたしますので、見つけていただけませんでしょうか」

〈大丈夫……最初からないよ……?〉

「そうでございました。忘れておりました、わたくしとしたことが」

〈何か書いてあったの?〉

「あの……これなのでございますが……一体どういうことなのでございましょうか?」

 ヴィラントがわざとらしく手を震わせながら指差しているページを見る。コラムページで、表題は「黄金皇帝の足跡をたどる」。
 ヴィラントの骨だけの指は、ある写真を指している。
 墓地にある、古い12基の墓の写真。たくさんの花がたむけられ、史跡として多くの人が訪れている。

〈ああ、「魔王の12人の花嫁」だね〉

「それ! それそれそれでございますよ、それ!」

〈え、な、なにが……?〉

「村から娘を拐かして側女まがいのことをさせていたのはならず者どもで、わたくしではないのでございますが!!」

 牛の頭蓋骨の顔をぐぐっとリコに近づける。

〈えっ、もしかして、「魔王」って、ヴィラントのことなの……?〉

 リコは突如の告白に戸惑う。

「不本意ながら、かつてそう呼ばれていた時期がございました」

 ヴィラントはようやく元の位置に戻ってくれた。

〈じゃあ、ヴィラントってアールト・クラウス1世にも会ったことあるの?〉

「ええ、ございますよ。わたくしが拝謁した時は、まだ王太子でいらっしゃいましたが。それでまあ、なんやかんやございましてね。わたくしは村から拐かされた上に殺され彷徨える屍体にされた娘たちの魂を天に返したのですが、娘たちがあまりに憐れで、レイフ様に、王太子殿下に彼女らの墓を訪れていただきたいと伝言を頼んだのでございますが……」

 ヴィラントは額に手を当てて首を振った。

「わたくしちゃんと説明いたしましたのに、何がどうなったら彼女らが『魔王の花嫁』だという話になってしまうのでございましょう。王太子殿下になんとおっしゃったのでございましょうか。まったくあの方は……。墓を暴いて文句を言いたいところでございますよほんとにもう」

〈ヴィラントは、どうして黄金皇帝に、お墓に来てほしかったの?〉

「かの方は、類い稀なる精霊使いでございましてね。自分と同じ姿をした土の精霊を操る者でございました。『黄金皇帝』というのは、その精霊の姿からつけられたものでございましょう。娘たちはその姿を維持させるため、腐敗抵抗の魔術をかけられておりました。わたくしが力づくで破りましたが、万一その効力が残存していた場合も、殿下の土の精霊であれば、彼女らを土に還すことができると思ったからでございます」

 ヴィラントは眉間をトントンと指で叩いた。

「お墓がアップグレードされたことは喜ばしゅうございますし、そしてあの、村娘たちが女性の守護聖人。うん、この大出世もまあ、めでたいと言えましょう。しかしながらわたくしは? わたくし清廉潔白なのにひどすぎやしませんか。わたくしは12人も妻を娶ろうとするほど強欲ではないのでございますが」

〈そうだよね。ヴィラントは……どっちかっていうと、レイフひとすじなんだもんね。わたしは、わかってるから〉

「おお、リコ様……。そのようにおっしゃってくださるのは、あなた様だけでございますよ」

 ヴィラントは再びチーフで架空の涙を拭う。

「さりとて、このような不名誉を甘受するはネクロマンサーの名折れ。人権局の連絡先をお教えいただけますでしょうか。これを書いた者どもを名誉毀損で訴えたいのですが」

〈ええ……?〉

 人権局は魔物からの訴えも取り扱ってくれるのだろうか、いや、魔王だと名乗り出たところで信じてくれる人はいるのだろうか、それにそもそも名誉毀損は成り立つのだろうか。

〈あの、レイフはちゃんと伝えたと思うよ? そして、皇帝もちゃんとわかってたと思う。だけど、「魔王の花嫁」の方がキャッチーだから、時間が経つにつれだんだんそう誤解されていったんじゃないかと思うの〉

 リコにしては珍しく、必死に言い募る。これ以上塔の平和な毎日をややこしくしてほしくなかった。

「成程……?」ヴィラントは少し首を傾げてこめかみに人差し指を当てた。「誰が悪い、あるいは、悪意があってのことだとは一概に言えない、そういうことでございますね?」

〈そう。そうじゃないかと思うの〉

 リコは無意識に前傾姿勢になる。

「ならば、仕方がございませんね。訴えるのは、あらゆる文献を調べ尽くし、『魔王の花嫁』の初出を確認してからにいたしましょう」

 リコのささやかな願いは、冗談の多い元魔王にサクッと流されてしまった。

「あーっ、ヴィラント、こんなところにいた!」

 リコの部屋の続きの間から入ってきたのは、直立二足歩行するウサギのような魔物、ファミリアのジーだった。

「ほんとだ! 用事があるとか言って、リコと遊んでる!」

 その後ろから、右耳が欠けたファミリアのルーが入ってくる。

「あー……見つかってしまいましたね」

〈熱烈なファンって、あなたたちだったの?〉

「一緒に『スカウト』に行ってくれるって約束したでしょ!」

「うんうん!」

「この前墓荒らしに付き合ってあげたでしょうが。もう少し辛抱なさいな」

 2体のファミリアからやいのやいの言われ、ヴィラントは仕方なく立ちあがった。

(墓荒らし……)
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