失われた歌

有馬 礼

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第4部 帝都地下神殿篇

26 最終決戦・2

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 王宮に一番近い駅は、帝都の名を冠したローグ駅た。帝都の顔とも言えるその美麗にして格調高い駅もしかし、地下に潜ればその他の駅と変わりはなかった。
 ヒューゴから付与された権限でローグ駅に離脱し、地下に降りる。脱出しようとする人波を短距離の離脱で抜け、トンネル内に出た。
 皆混乱していて、一瞬現れて消えたバルクたちに、ヴィラントにすら注意を向ける者はない。好都合だった。
 保安用の横坑に入り、バルクは大きく息をつく。トンネル内の混沌が一掃されたおかげで基本属性以外の魔術の使用も可能になっているが、混沌は全て消えた訳ではなく、力の消耗は大きかった。

「この先だよ」

 闇の精霊が現れて、暗闇の向こうを真っ直ぐに指差す。リコにも確かに、強い土の精霊の存在が感じられた。

「ヴィラント。渡しておくよ」

 バルクがポケットの中の封印をヴィラントに投げて寄越す。

「お預かりいたします」

 ヴィラントはそれを危なげなく受け取り、懐に丁寧に入れた。

「できるだけ魔力を温存したい」バルクはリコにそう言うと狼に姿を変える。「乗って」

 リコがひらりとバルクの背に乗るのと、地面が再び大きく揺れるのはほぼ同時だった。
 トンネル内に悲鳴が響く。

「魔物が……!」

 リコの表情が凍りつく。

「行って! 悪いけど、そっちは蟷螂でなんとか頑張って!」

 闇の精霊が叫ぶ。バルクは横坑の暗闇に飛び込んだ。
 闇の精霊の姿が消えると入れ替わりに、4体のリコの精霊たちが現れる。

「土、トンネルが崩れるのを防げ! 風はこの中にいる人間を片っ端から外へ放りだせ。それが終わったら、セストを連れて駅を回るんだ。いいな。俺と水はトンネルを逆回りに回って、魔物を順繰りに片付ける。行くぞ!」

 火の精霊が現れると同時に指示を飛ばす。精霊たちはそれぞれの仕事に取り掛かった。
 バルクたちが走り去った横坑に再び闇の精霊が現れる。

「近くにいると他の精霊を吸収しちゃうのが闇の面倒なところよ。その点、光はいいよね。そう思うでしょ?」

 闇の精霊が唇を吊り上げて振り返る。

「……なにも考えてないか」

 地面には黒い水溜まりが広がっていた。いや、水に見えるそれは、水ではない。闇だ。地面に広がった闇の中から、人型の闇が立ち上がる。顔はなく、前後も定かでない。真っ黒な、まさに人形ひとがただった。

主人あるじのところへは、行かせないよ。あたしと遊んでてもらう」

 闇の精霊はそう言って、ヴェールを跳ね上げた。
 来訪者の精霊が手に炎をかたどった剣を現す。


***


 闇の気配が濃い。
 もともと保安用の通路にはメトロの運行に支障を与えない程度のぼんやりとした灯りしかなかったが、それがあってもなお暗く感じる。
 時折壁や地面から立ち現れる魔物たちをヴィラントとリコの擬似精霊が斬り伏せながら進む。
 バルクの身体がリコを乗せたまま持ち上げられ、空中に放り出される。咄嗟に人間に戻り、空中でリコを抱き寄せて自分の身体を下敷きにして守る。

「ゴホッ」

 背中をまともに打ちつけ、肺から空気が絞り出された。

「バルク!」

 リコは素早く身体を起こしてバルクを気遣う。
 地面から身体をもたげたのは石の魔物だった。2人に向けて打ち下ろされる拳を蟷螂が受ける。魔物の頭にヴィラントが剣を大上段から打ち下ろすが、全く効果がない。

「文字どおりの石頭でございますねこれは……」

 魔物の石の腕を跳ね返した蟷螂が素早く鎌を振る。魔物の巨大な頭部が落ち、落下の衝撃で地面が陥没する。

「わぁお」

 ヴィラントが驚嘆の声をあげる。
 そちらに気を取られていたリコをバルクが突き飛ばした。

「きゃ……!?」

 人間の腕の太さほどもある蔓が壁から伸びてきて、リコを突き飛ばしたバルクを捕らえる。棘のついた荊のような蔓だ。しかしその大きさ太さは本物の荊とは比べ物にならない。鋭い棘が服を突き破って肉に刺さる。

「ぐ……っ」

 バルクは痛みに顔を歪めながら火の魔術で焼き払う。
 一瞬怯んだように見えた蔓が再び力を取り戻して次はリコを捕らえようとするのを蟷螂が防いだ。バルクはその隙にリコを掴まえて短距離の離脱を繰り返して距離をとる。

『参』

 ヴィラントがネクロマンサーの言葉で死霊を呼び寄せる。死霊たちは寄り集まって、トンネルに乳白色の膜を張った。荊はその壁に阻まれてこちらに来ることができない。

「バルク様、走れますか」

「大丈夫」

「血が……」

 荊の棘はバルクの眉の上を切り裂いていた。流れる血を見て、リコは動揺を隠せない。

「問題ない。浅く切っただけだよ。行こう」

 バルクは再び狼になる。獣の姿になると、灼けるような痛みが遠のく。血が巡る。リコが指し示すとおりに闇を駆け抜ける。

 闇の精霊が指し示したトンネルの先は行き止まりになっていた。

「行き止まり……?」

 人間に戻ったバルクが呟く。
 リコはその壁に手を当てた。

「この向こう、空間になってる。そこに、黄金皇帝と、光の精霊と、闇の来訪者が」

「帝都の王宮の地下にある神殿でございますか。まさに帝都の守護者たる黄金皇帝に相応しゅうございますね」

「けど、目印がないと離脱は使えない」

 当て推量で離脱を使うと、出現場所が空間でなかった場合、自らを生き埋めにすることになりかねない。

「わたしの蟷螂を先に行かせるね」

 リコが言うと、蟷螂はその言葉通りに壁に吸い込まれていく。

「何だ!?」

 突然侵入してきた、金属光沢を放つ黒い巨大な蟷螂に黄金皇帝の精霊は一瞬気を取られる。蟷螂は身体と同じ漆黒の複眼でちらりと土の精霊を捉えると、両の鎌を振り上げて闇の来訪者・マークに対峙する。
 擬似精霊を目印に、バルクがリコとヴィラントを伴って離脱してきた。

「誰も彼も私の邪魔をする……!」

 マークの美しい顔が怒りに歪む。

「なぜ来た」

 精霊がマークから目を離さずに言う。

「レイフがそう導いたから。そしてわたしはわたしなりに、この世界を愛しているから」

「そうか。ならば、私と同じだな」

 リコの答えに、精霊は前を見たまま笑った。

「人の身で私と戦うつもりなのかな、あなたがたは」

 マークの言葉は憐れみと嘲りを含んでいる。

「その蟷螂は精霊そのものではないね。自分の魂の要素を割いて作ったものだ」

「……」

「来訪者ではない、ただの人間なのに素晴らしいよね。あなたの精霊も素晴らしい。私の精霊と互角に渡りあっている。……あなたに取り憑いていた悪霊がその力の源なのかと思っていたけれど、違うようだ。」

 悪霊、というのが母の魂のことを指していることはリコもわかっている。ほとんど変わらないように見えるその目に、一瞬怒りの色がよぎったのをバルクは見た。

「元いた場所に戻りなさい、闇の来訪者。ここはあなたのいるべき場所じゃない」

 静かにリコが言う。

「もちろん、そのつもりだよ。この世界を悲しみから救った後でね」

 マークは優しく穏やかな、柔らかな声で答えた。その柔らかな笑みは慈愛に満ちてさえいる。

「邪魔をするなら、死んでもらうよ。あの女のようにね」

 マークが手の中の剣を横なぎに振ると、混沌がその軌跡に沿って生まれ、波となって襲う。リコの蟷螂が背を向けて翅を開いて受け止め、バルクの作った壁がバルクとリコ、そしてヴィラントを守った。

「リコ様、バルク様」

 ヴィラントがバルクに囁く。

「難しいお願いとは承知しておりますが、しばらくの間、時間稼ぎをし、なおかつわたくしを守っていただけませんでしょうか。ネクロマンサーの言葉を発動いたします」

 2人は黙って頷く。そこに第二撃が来て、バルクはリコとヴィラントを伴って離脱でかわす。混沌がぶつかった石の床が、元から泥濘であったかのようにどろりと崩れた。
 黄金皇帝の精霊が3人の頭の上を跳び越えて泥濘のようになった石の上に立つと、石の床は元の姿をとりもどした。そのまま地面を蹴ってマークに斬りかかる。マークが炎の剣で受ける。精霊の剣が撥ね上げられるが、精霊はその勢いを殺さずに身体を回転させるとそのままの流れで斜め下から斬りあげた。マークが受けきれずに身体をぐらつかせる。しかし、追い討ちをかけようとした精霊の動きは地面から伸びた蔓のような混沌の触手によって阻まれる。
 バルクは加勢のタイミングを窺いつつも、ただその闘いを見ていることしかできない。リコも同様だ。

 ヴィラントはバルクから受け取った封印を懐から取り出した。

「ネクロマンサーの言葉でレイフ・セレスタ・オルトマールーンの魂に向けて言う。
 我が許へ来れ」

『招』

 封印が凄まじい光を発し、地下神殿の隅々まで照らし出した。
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