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第4部 帝都地下神殿篇
33 家族
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もうすでに懐かしい気がする寺院の裏口を開け、セストは奥に声をかけた。
「ただいま帰りました」
院長室のドアが開いて、院長が顔を出した。
「おお、セスト……ナナカ」
セストの傍に立っているナナカをみて、院長の顔から一瞬表情がなくなる。
こちらを見ている、とナナカは思った。こんなふうに名前を呼ばれたことは初めてだった。見えている。認識されている。リコの言ったことは本当だった。
「戻ったんだな。良かった。見ればわかるよ。目に光がある」
「セスト、帰ったのか?」
兄僧侶のテオが奥の診療所から駆けてきた。
「ナナカ! 俺のこと、知ってるか? テオだよ。セストの兄僧侶の」
「はい……なんとなく、会ったことあるなって」
「そうか。やったな、お前。よくやったな」
テオは涙ぐみながらセストの肩を叩いた。
「ありがとう。みんなが、信じてくれたからだ。そして、神のご加護と」
「そのとおりだ。良かったよ、帝都の魔物災害のニュースを聞いた時は、もうだめかと……」
院長ももらい泣きしていた。
「聞かせろよ、何があったか。今日はもう臨時休診だ。急患なら、勝手に裏に回ってくるだろ。そうだ、ミシュさんにも連絡しなきゃな」
テオは袖口で涙をぐいと拭うと慌ただしく出ていった。
***
古都大寺院の大僧侶秘書官、ラッジに連絡をすると、セストが予想していたとおり大僧侶は全てを承知している様子だった。
この日この時に、と指定された時間の少し前、セストはナナカを伴って大寺院の事務所を訪れていた。いつもの少年僧侶がナナカを興味ありげに見た。大僧侶に面会するという、この、僧侶ではなさそうな少女は一体何者なのだろうと。しかしよく教育された彼がそのようなそぶりを見せたのはほんの一瞬で、いつものようにラッジ秘書官の部屋に通された。
「やあ、セスト導師。またお会いできて良かった。そしてナナカも」
ラッジがナナカに微笑んだ。
「皆さんがお待ちです」
大僧侶の部屋には既に所長、ファム、シシェンがいた。
「ナナカ!」
シシェンが立ち上がって駆け寄る。
「シシェン!」
「ああ……、良かった。本当に。本当に良かった。これから幸せにならなきゃって時にあんなことになって、こんなことがあっていいはずないと思っていたけど」
「セストが、あたしを見つけてくれたの。だから、帰ってこられたの」
シシェンの顔を見ると懐かしさに涙が込み上げてくる。
「そりゃそうだよ。だってセスト導師は、最初っからきみに惚れてたんだから。全てを投げ打ったって、きみを見つけたはずだよ」
シシェンはいたずらっぽく笑いながら所長を振り返った。
「ねえ、所長?」
「愛の力だな」
所長は大真面目に納得していた。
「みんなして、もう……」
セストは天井を仰ぐ。
「ナナカ、よく頑張ったわね」
「ファム導師」
2人は抱きあう。
「信じてたわ。きっと帰ってくるって。あなたと、セスト導師を」
「こんなにたくさんの人が見守ってくれてたなんて。あたし……」
その先は涙に紛れて言葉にならなかった。ファムはポケットからハンカチを取り出すと、ナナカの涙を拭いた。
「ここにいるみんなが、あなたの家族なの。みんながあなたを応援してるわ。ここはもうあなたの家なのよ」
「ありがとう……ありがとうございます、ファム導師……所長、シシェン……」
奥の扉が開いて、車椅子に乗った大僧侶が入ってきた。
その場にいた僧侶たちは、全員合掌して礼を取る。
「セスト導師、ナナカ。こうして再びお会いできて、嬉しく思います」
大僧侶は変わらぬ柔和な微笑みでセストと、隣に立つナナカを見た。
「見ていました。あなたと、あなたのご友人方が成し遂げたことを」
***
「セスト……、ありがとう」
ナナカがセストを見上げる。その手は自然にセストの手と指を絡めて繋がれている。
「こんな日がくるなんて、夢みたい」
私服のセストと古都を歩き回り、歩き疲れて夕暮れの道を大寺院へ帰る。あの楽しかった収穫祭の日をもう一度体験しているような1日だった。
「俺もだ。きみと、こうして歩ける日が来るなんて」
言いながらセストは気づく。歌が、戻っている。全ての存在は愛だと歌うあの歌が。セストが一度は失ったと思ったあの歌が。愛でないものなど、世界には何もない。なぜ彼はそれを忘れていたのだろう。なぜ、歌を取り戻すことができなかったのだろう。
ふと見ると、繋いだナナカの手が小さな子どもの手に変わっている。セストと手を繋いでいるのは、黒い髪に黒い目の男の子だ。年齢は4歳か5歳というところだろうか。子どもの頃の自分かと一瞬思うが、違う。なぜなら、その面差しの上には明らかにもう一つの面影があったから。
「ナナカ、あの……」
呼びかけると幻影は消えて、現実のナナカがセストの顔を見上げた。
「今度、俺の家族に紹介するよ」
「……」
ナナカは驚いた顔でセストの顔を見つめている。
「あ……俺と同じ顔した弟が2人いるから、きっとびっくりすると思う」
気恥ずかしくなったセストは照れ隠しに言う。
「同じ顔? セストは三つ子なの?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど」
セストは困って頬を掻く。
「ちょっと不安だけど、楽しみ。あたしは……あたしの家族は今、どうしてるんだろう」
「……」
セストは繋いだ手に少しだけ力をこめる。
「いつか、会ってみたい気もする。でもまだ勇気が出ない……」
「ゆっくり考えればいい。きみがどんな結論を出しても、俺は必ず味方するよ。約束する」
「……うん。ありがとう、セスト」
ナナカもしっかりとセストの手を握り返した。
「ただいま帰りました」
院長室のドアが開いて、院長が顔を出した。
「おお、セスト……ナナカ」
セストの傍に立っているナナカをみて、院長の顔から一瞬表情がなくなる。
こちらを見ている、とナナカは思った。こんなふうに名前を呼ばれたことは初めてだった。見えている。認識されている。リコの言ったことは本当だった。
「戻ったんだな。良かった。見ればわかるよ。目に光がある」
「セスト、帰ったのか?」
兄僧侶のテオが奥の診療所から駆けてきた。
「ナナカ! 俺のこと、知ってるか? テオだよ。セストの兄僧侶の」
「はい……なんとなく、会ったことあるなって」
「そうか。やったな、お前。よくやったな」
テオは涙ぐみながらセストの肩を叩いた。
「ありがとう。みんなが、信じてくれたからだ。そして、神のご加護と」
「そのとおりだ。良かったよ、帝都の魔物災害のニュースを聞いた時は、もうだめかと……」
院長ももらい泣きしていた。
「聞かせろよ、何があったか。今日はもう臨時休診だ。急患なら、勝手に裏に回ってくるだろ。そうだ、ミシュさんにも連絡しなきゃな」
テオは袖口で涙をぐいと拭うと慌ただしく出ていった。
***
古都大寺院の大僧侶秘書官、ラッジに連絡をすると、セストが予想していたとおり大僧侶は全てを承知している様子だった。
この日この時に、と指定された時間の少し前、セストはナナカを伴って大寺院の事務所を訪れていた。いつもの少年僧侶がナナカを興味ありげに見た。大僧侶に面会するという、この、僧侶ではなさそうな少女は一体何者なのだろうと。しかしよく教育された彼がそのようなそぶりを見せたのはほんの一瞬で、いつものようにラッジ秘書官の部屋に通された。
「やあ、セスト導師。またお会いできて良かった。そしてナナカも」
ラッジがナナカに微笑んだ。
「皆さんがお待ちです」
大僧侶の部屋には既に所長、ファム、シシェンがいた。
「ナナカ!」
シシェンが立ち上がって駆け寄る。
「シシェン!」
「ああ……、良かった。本当に。本当に良かった。これから幸せにならなきゃって時にあんなことになって、こんなことがあっていいはずないと思っていたけど」
「セストが、あたしを見つけてくれたの。だから、帰ってこられたの」
シシェンの顔を見ると懐かしさに涙が込み上げてくる。
「そりゃそうだよ。だってセスト導師は、最初っからきみに惚れてたんだから。全てを投げ打ったって、きみを見つけたはずだよ」
シシェンはいたずらっぽく笑いながら所長を振り返った。
「ねえ、所長?」
「愛の力だな」
所長は大真面目に納得していた。
「みんなして、もう……」
セストは天井を仰ぐ。
「ナナカ、よく頑張ったわね」
「ファム導師」
2人は抱きあう。
「信じてたわ。きっと帰ってくるって。あなたと、セスト導師を」
「こんなにたくさんの人が見守ってくれてたなんて。あたし……」
その先は涙に紛れて言葉にならなかった。ファムはポケットからハンカチを取り出すと、ナナカの涙を拭いた。
「ここにいるみんなが、あなたの家族なの。みんながあなたを応援してるわ。ここはもうあなたの家なのよ」
「ありがとう……ありがとうございます、ファム導師……所長、シシェン……」
奥の扉が開いて、車椅子に乗った大僧侶が入ってきた。
その場にいた僧侶たちは、全員合掌して礼を取る。
「セスト導師、ナナカ。こうして再びお会いできて、嬉しく思います」
大僧侶は変わらぬ柔和な微笑みでセストと、隣に立つナナカを見た。
「見ていました。あなたと、あなたのご友人方が成し遂げたことを」
***
「セスト……、ありがとう」
ナナカがセストを見上げる。その手は自然にセストの手と指を絡めて繋がれている。
「こんな日がくるなんて、夢みたい」
私服のセストと古都を歩き回り、歩き疲れて夕暮れの道を大寺院へ帰る。あの楽しかった収穫祭の日をもう一度体験しているような1日だった。
「俺もだ。きみと、こうして歩ける日が来るなんて」
言いながらセストは気づく。歌が、戻っている。全ての存在は愛だと歌うあの歌が。セストが一度は失ったと思ったあの歌が。愛でないものなど、世界には何もない。なぜ彼はそれを忘れていたのだろう。なぜ、歌を取り戻すことができなかったのだろう。
ふと見ると、繋いだナナカの手が小さな子どもの手に変わっている。セストと手を繋いでいるのは、黒い髪に黒い目の男の子だ。年齢は4歳か5歳というところだろうか。子どもの頃の自分かと一瞬思うが、違う。なぜなら、その面差しの上には明らかにもう一つの面影があったから。
「ナナカ、あの……」
呼びかけると幻影は消えて、現実のナナカがセストの顔を見上げた。
「今度、俺の家族に紹介するよ」
「……」
ナナカは驚いた顔でセストの顔を見つめている。
「あ……俺と同じ顔した弟が2人いるから、きっとびっくりすると思う」
気恥ずかしくなったセストは照れ隠しに言う。
「同じ顔? セストは三つ子なの?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど」
セストは困って頬を掻く。
「ちょっと不安だけど、楽しみ。あたしは……あたしの家族は今、どうしてるんだろう」
「……」
セストは繋いだ手に少しだけ力をこめる。
「いつか、会ってみたい気もする。でもまだ勇気が出ない……」
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「……うん。ありがとう、セスト」
ナナカもしっかりとセストの手を握り返した。
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