失われた歌

有馬 礼

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第4部 帝都地下神殿篇

32 魂を見る

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 塔に戻ったバルクとリコを出迎えたのはセストとナナカだった。もっともその前に、塔にリコが戻ってきた気配を察してあらゆる魔物が出迎えに殺到したため、セストとナナカが2人に近づけたのはかなり後だったが。

 リコの部屋のリビングでお茶の時間にする。
 リコは自然に寄り添っている2人を見て、何もかもがうまくいったことを察した。そして改めてナナカを見て、驚きに僅かに目を見開く。

「ナナカ、はじめまして。風の精霊は知ってるよね? その主人がわたしなの」

「うん、風の精霊にはすごくお世話になって……。本当にありがとう。あなたが風の精霊の主人だっていうのは、どうしてか、見たらわかった」

「……あの、リコ、頼みがあるんだ」セストが切り出す。「あの『封印』をもう一つ作ってもらえないだろうか」

 それがナナカのためであることは言うまでもない。

「ナナカはもう、必要ないよ」

「必要ない?」

 セストがわけがわからないという顔をする。

「そう。ナナカの魂に、少し、あなたの魂の要素が混ざってる。光の要素が。いつか言ったとおり、魂は肉体っていう強力なな鎧に守られているから、直接触れることはできない。だから混ざりあうことはないの。普通はね。……どうやったの?」

 ナナカはいつもの、奇妙に表情を欠いた顔に戻ってセストに尋ねた。

「あ……え……」

 あの白い部屋だ。あの場所は、言わば魂の空間だった。 あの空間で触れることは、魂に触れることだったのだ。そして。

「いずれにせよ」セストの表情から何かを察したらしいリコはそれ以上追及するようなことはしなかった。「ナナカの魂は完全均衡ではなくなったの。だからもう、大丈夫。良かったね」

 リコはナナカに微笑んだ。

「ほんとなの? ほんとに?」

 ナナカは目に涙を溜めて言う。

「本当だよ。魂を見ればわかる。だって、わたしは聖霊使いだから」

「ありがとう。……ありがとう」

 ナナカは両手で顔を覆って泣きはじめた。セストがそっとその肩を抱く。

「リコおかえり」

 風の精霊が現れる。

「ただいま。帝都ではお疲れさま。風がいっぱい人を助けてくれた、ありがとうって伝えてって、ヒューゴが言ってたよ」

「やあねえ、私はただ、人間をセスト導師の所に運んだだけ。実際救ったのはセスト導師よ。ねえ?」

 風がセストを振り返る。

「いや、そんなことない。確かに治癒法を施したのは俺だけど、手の届く範囲に連れてきてくれたからこそだ。本当に感謝してる」

「やだわ、照れるじゃない」

 風は両手で兜の頬を押さえる。

「火と水も」

 リコの言葉に応えて、火の精霊と水の精霊が姿を現す。

「おう! あの時出てきた魔物、ホネがあって楽しかったよな」

「……楽しかったの意味がよくわかりませんが、まあ、強力な魔物たちではありました」

 水が、親しげに肩に乗せられた火の手を鬱陶しそうに払いながら言う。

「なあバルク、また狩りに行こうぜ」

「いいよ。落ち着いたらね」

「やった」

 バルクの約束を取り付けて火は純粋に喜んでいる。

「そうだ。あの時回収したジェムです。あの魔物たちは来訪者が離脱の応用で出してきた魔物たちだったようで、手こずらせてくれましたが、いいものが回収できました」

 水が風に大きく透明度の高いジェムを何個か渡す。

「はあ、素敵……これいったいいくらになるのかしら」

 風がうっとりとジェムを光に透かす。

「あ、俺も持ってる。絶対拾ってこいって言われてたもんな」

「……そんな話してたの?」

 リコが呆れたように言う。

「あのねえ、何にだってお金がかかるの。あるに越したことはないのよ?」

 風が諭すように言う。

「あ、うん……ごめん」

 リコは素直に謝った。

「確かに、ここ最近の塔の財務状況の改善には目を見張るものがありますからね。資金に余裕があると楽ですよ、色々と」

「そういえば土は?」

 土の姿が見えないことに気づいたバルクが言う。

「ああ、あいつは帝都に居残りだよ。ぶつくさ言ってたけど、メトロのトンネルが老朽化してるとか言って、気になって仕方ないみたいだったから好きにさせてる」

「勤勉は土の精霊の性ですからね」

「そうか、黄金皇帝の精霊も土の精霊だった……」

 セストは妙に納得している。

「あれは勤勉の範疇を超えてるよ」

 バルクが思わず吹き出す。

「あ、でもね、歴史の教科書のひと口コラムみたいなのに、『アールト・クラウス1世は非常に勤勉な王として知られ、不眠王とあだ名された』っていうのが書いてあったの。その時はふうん、としか思わなかったんだけど……」

「自分と精霊の二馬力で仕事をしてたってわけか。彼はちょっと、働きすぎだね」

「これからはのんびりできるといいんだけど」

「難しいんじゃないかな」

「確かに」

 バルクとリコは笑いあった。

「きみたちは」バルクがセストとナナカに向き直る。「これからどうするの?」

 急に言われてセストとナナカは顔を見合わせる。

「……考えてなかった」

 セストは正直に告白する。

「もしよければ、ここにいて。セストはここから寺院に通うことって、できるのかな?」

 ナナカの言葉にセストは腕を組んで首を捻った。

「いや……うーん、どうだろう。院長と相談してみる。いずれにせよ、ナナカを連れて、ルブラの寺院と、古都の大寺院の人たちには挨拶したいから、それが済んでからだろうか」

「所長にシシェンにファム導師に……。きっとみんな心配してくれてるよね。あたしも会いたい」

 セストはナナカに優しく笑いかける。

「色んなことが決まるまで、ナナカはここにいさせてもらうといい」

「うん。あの……、しばらく、いさせてもらってもいい?」

 ナナカはリコに改めて尋ねる。

「もちろんだよ」

「あの、あたしにできることがあれば、なんでもするから。だから……」

 前のめりに言うナナカに、リコは微笑んで唇に人差し指を当てて少し考えた。

「そうだね……、何をやってもらおうか。……じゃあ、あなたには、デートと、これまでに諦めてきた全てのことを」

「……えっ?」

 リコの言葉にナナカは面食らう。

「ね?」

 リコは傍のバルクを見上げる。

「そうだね。それがいいね」

 バルクも笑ってリコを見た。

「何か仕事がしたいのなら、近々またマーケットがあるから、売り子を手伝って。今までやったことなかったでしょ?」

 風が言う。

「あ……うん」

 ナナカは拍子抜けした表情でソファの背もたれに身体を預けた。

「ここでは、無理して何かの役に立とうと思わなくていいんだよ。まず『やりたいこと』を見つけてみて。ね?」

「そうだよ。自分を見つめるいい機会だと思って、色々やってみるといいよ。畑にいるありとあらゆる毛虫を蝶にするとか」

 バルクも言う。

「一緒にやる? 今の時期には温室にしかいないけど。かわいいよ」

 リコがぱぁっと顔を輝かせて嬉しそうにナナカを見る。

「あ……えと、あたしには無理そうだから、まず風のお手伝いをしようかな」

「そう……? 残念。かわいいのに。バルクも全然付き合ってくれないし……」

 リコは明らかにがっかりする。

「きみの楽しみを奪っちゃ、悪いよ」

「一緒にあのかわいさを楽しみたいのに」

 何度もバルクを誘っては断られているらしいリコは唇を尖らせた。いつもあまり表情を表に出すことがないリコだが、こうしてみると、バルクの前では年相応の少女なのだな、とセストは思う。

「俺はルブラに戻るよ。多分帝都の魔物災害のニュースを聞いて心配してると思う。ナナカのことも報告したい」

「そうだね。それがいいよ。もし迎えが必要なら連絡して。ナナカはコールリングを持ってるよね」

 どことなく人を寄せつけない雰囲気のあるバルクに見られて、ナナカは緊張しながら頷く。

「ありがとう。本当に世話になって。魔物たちにもよろしく」

 セストが言って、バルクとリコは頷いた。
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