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序
2 第一王子の精霊(回想)
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ーーだめ、お父さんが死んじゃう! 川が溢れる! 水が…! だめ、渡っちゃだめ!
あの日レイフは7歳で、先日うっかり口にしてしまった予言がそのとおりに的中したことで、光の来訪者であることが周囲にも知られてしまった。ただでさえ光属性の精霊使いということで、周囲からは神聖な者、触れるべからざる者と扱われていたのに、そこにさらに厄介なものが乗っかってしまった。
まず、レイフは都の大寺院に連れて行かれた。
光の守護者が生まれたことを大寺院は既に把握していて、早急に大寺院に上げるべしとの命が下っていた。それがさらに光の来訪者であるということがわかり、大寺院でもちょっとした騒ぎになっていた。生ける神として迎えるべきだ、否、慣例どおり神子として。今すぐに大寺院に上げるべきだ、否、慣例どおり15の歳に。そのような論争をぶち壊したのはレイフ自身の「絶対嫌だ」のひとことだった。光の来訪者自身に拒絶されては、大寺院と言えどもゴリ押しはできず、とりあえず、慣例である15歳まで神子の件は棚上げになった。
次にレイフは、大寺院のトップ、大僧正に連れられる形で王と王妃に拝謁した。御言葉があるまで礼を崩さぬこと、顔を上げるよう御言葉があっても、視線を真っ直ぐ向けてはならぬこと等、付け焼き刃の礼儀作法を叩き込まれてからだ。うんざりした。苛ついた勢いで「別に私が頼んでるわけじゃない。会いたがってるのはあっちだ」などとと本音を言ったせいで、作法教育の時間が倍になってしまった。
広い拝謁の間の端の端で、平民のレイフと彼女の後見人である族長は平伏した。見るなと言われてもこの距離じゃ見えないのに、あの苦痛な時間に何の意味があったのかとレイフは思ったが、何があっても口を開かぬよう言われているので、大人しくしていた。
ゾロゾロと人が広間に入ってくる気配がする。1番高いところに座った人物が王その人であろう。堂々とした土の魂の持ち主だ。この魂は確かに只者じゃない、と不敬にもレイフは心の中で値踏みする。幸運なことに、心の中を勝手に覗いて不敬だのなんだのと言いがかりをつけてくる者はいなかった。
(でも、これは、誰…?)
拝謁の間には、もう1人、素晴らしい土の魂の持ち主がいた。
レイフは目を閉じて、その魂を感じる。暖かな春の草原に寝転んでいるような心地よい感覚。生命の気配。生じさせ、実らせる者。誰だろう。姿が見たい。もっと近くに感じたい。
「レイフ、レイフ…」
隣で平伏していた族長が小さく声をかけていることに気づいてハッとする。レイフは顔を僅かにあげ、しかし教えのとおり視線は床に落としたままに保った。
王との拝謁でどんな言葉が交わされたのか、レイフは全く興味がなかったので、聞いてもいなかった。ただ、もっとあの土の魂を感じていたかったのに、すぐに拝謁の時間は終わってしまった。レイフに分かったのは、あれは王族の誰かだということだけだった。
退出のために迷路のような王宮の廊下を案内されながら、レイフはあの魂をずっと探していた。せめて、姿を見ることだけでも叶わないだろうか。誰かのことをそんなふうに思ったのは初めてだった。
2人を案内してゾロゾロと廊下を進んでいた従者たちに緊張が走ったのと、レイフが顔を上げたのは同時だった。
廊下に精霊が立っていた。黄金の塊を彫刻したような、土の精霊。人の姿を取る精霊を見たのは初めてだった。
(女の子…? でも服装が)
アーモンド型のくっきりした目、長いまつ毛、細い鼻筋。形のいい唇は僅かに微笑んでいる。容貌は少女のようであったが、服装は完全に少年のそれだった。男装した少女なのかとレイフは不思議に思う。
そんなことに気を取られていて、周囲が臣下の礼をとっていることに気づかず、立ったままその精霊を見つめる。
「レイフ…!」
族長が囁き声で怒鳴るが、聞こえていない。
「そなたは光の来訪者なのか?」
精霊は少年の声で言う。その話し方は、高貴な生まれの者を想像させる。
「…」
この精霊は、主の似姿だと気づく。暖かな土の精霊。生じさせ、実らせる者。向こうから姿を見せてくれるなんて、と嬉しく思うのと同じくらい、この場を逃げ出したかった。
「レイフ!」
族長に手を掴まれて半ば引き倒される形で平伏させられる。
「アールト第一王子殿下、ご無礼お許しください」
言ったのは大寺院の高官だった。族長が王子に声をかけることなどできない。大僧正は下々の者とは行動を共にしないため、この場にはいない。この場にいる最も位の高い者が彼だった。
「私は精霊であって、王子本人ではない。礼など不要だ」
口ぶりとはちぐはぐなことを精霊が言って、その場にいる者が困惑する。
「レイフ、そなたと話がしてみたい。また王宮に来てはもらえぬだろうか」
レイフは教えのとおり、口を開かなかった。開けなかった。思いがけない言葉に、あまりに驚いてしまい、口の中がカラカラになって、瞬きするのも忘れる。
「身にあまる光栄」
代わりに高官が答える。精霊は宙にかき消えた。
レイフはほっと息をついた。全力疾走した後のように、心臓が脈打っていた。
「あれが第一王子殿下の精霊ですか。いやはや…」
族長が立ち上がると、くびきから逃れたレイフは弾かれたように駆け出した。
「これ! レイフ!!」
族長の声が追いかけてくるが、じっとしてなどいられなかった。頭が混乱して、何をどうすればいいのかわからない。
風の流れを追って、平民が出入りする王城の通用口から駆け出すと同時に、光の精霊を現す。人々がぎょっとした顔で振り向くのも構わず、レイフは戦車に飛び乗ると天に駆け上がった。
あの日レイフは7歳で、先日うっかり口にしてしまった予言がそのとおりに的中したことで、光の来訪者であることが周囲にも知られてしまった。ただでさえ光属性の精霊使いということで、周囲からは神聖な者、触れるべからざる者と扱われていたのに、そこにさらに厄介なものが乗っかってしまった。
まず、レイフは都の大寺院に連れて行かれた。
光の守護者が生まれたことを大寺院は既に把握していて、早急に大寺院に上げるべしとの命が下っていた。それがさらに光の来訪者であるということがわかり、大寺院でもちょっとした騒ぎになっていた。生ける神として迎えるべきだ、否、慣例どおり神子として。今すぐに大寺院に上げるべきだ、否、慣例どおり15の歳に。そのような論争をぶち壊したのはレイフ自身の「絶対嫌だ」のひとことだった。光の来訪者自身に拒絶されては、大寺院と言えどもゴリ押しはできず、とりあえず、慣例である15歳まで神子の件は棚上げになった。
次にレイフは、大寺院のトップ、大僧正に連れられる形で王と王妃に拝謁した。御言葉があるまで礼を崩さぬこと、顔を上げるよう御言葉があっても、視線を真っ直ぐ向けてはならぬこと等、付け焼き刃の礼儀作法を叩き込まれてからだ。うんざりした。苛ついた勢いで「別に私が頼んでるわけじゃない。会いたがってるのはあっちだ」などとと本音を言ったせいで、作法教育の時間が倍になってしまった。
広い拝謁の間の端の端で、平民のレイフと彼女の後見人である族長は平伏した。見るなと言われてもこの距離じゃ見えないのに、あの苦痛な時間に何の意味があったのかとレイフは思ったが、何があっても口を開かぬよう言われているので、大人しくしていた。
ゾロゾロと人が広間に入ってくる気配がする。1番高いところに座った人物が王その人であろう。堂々とした土の魂の持ち主だ。この魂は確かに只者じゃない、と不敬にもレイフは心の中で値踏みする。幸運なことに、心の中を勝手に覗いて不敬だのなんだのと言いがかりをつけてくる者はいなかった。
(でも、これは、誰…?)
拝謁の間には、もう1人、素晴らしい土の魂の持ち主がいた。
レイフは目を閉じて、その魂を感じる。暖かな春の草原に寝転んでいるような心地よい感覚。生命の気配。生じさせ、実らせる者。誰だろう。姿が見たい。もっと近くに感じたい。
「レイフ、レイフ…」
隣で平伏していた族長が小さく声をかけていることに気づいてハッとする。レイフは顔を僅かにあげ、しかし教えのとおり視線は床に落としたままに保った。
王との拝謁でどんな言葉が交わされたのか、レイフは全く興味がなかったので、聞いてもいなかった。ただ、もっとあの土の魂を感じていたかったのに、すぐに拝謁の時間は終わってしまった。レイフに分かったのは、あれは王族の誰かだということだけだった。
退出のために迷路のような王宮の廊下を案内されながら、レイフはあの魂をずっと探していた。せめて、姿を見ることだけでも叶わないだろうか。誰かのことをそんなふうに思ったのは初めてだった。
2人を案内してゾロゾロと廊下を進んでいた従者たちに緊張が走ったのと、レイフが顔を上げたのは同時だった。
廊下に精霊が立っていた。黄金の塊を彫刻したような、土の精霊。人の姿を取る精霊を見たのは初めてだった。
(女の子…? でも服装が)
アーモンド型のくっきりした目、長いまつ毛、細い鼻筋。形のいい唇は僅かに微笑んでいる。容貌は少女のようであったが、服装は完全に少年のそれだった。男装した少女なのかとレイフは不思議に思う。
そんなことに気を取られていて、周囲が臣下の礼をとっていることに気づかず、立ったままその精霊を見つめる。
「レイフ…!」
族長が囁き声で怒鳴るが、聞こえていない。
「そなたは光の来訪者なのか?」
精霊は少年の声で言う。その話し方は、高貴な生まれの者を想像させる。
「…」
この精霊は、主の似姿だと気づく。暖かな土の精霊。生じさせ、実らせる者。向こうから姿を見せてくれるなんて、と嬉しく思うのと同じくらい、この場を逃げ出したかった。
「レイフ!」
族長に手を掴まれて半ば引き倒される形で平伏させられる。
「アールト第一王子殿下、ご無礼お許しください」
言ったのは大寺院の高官だった。族長が王子に声をかけることなどできない。大僧正は下々の者とは行動を共にしないため、この場にはいない。この場にいる最も位の高い者が彼だった。
「私は精霊であって、王子本人ではない。礼など不要だ」
口ぶりとはちぐはぐなことを精霊が言って、その場にいる者が困惑する。
「レイフ、そなたと話がしてみたい。また王宮に来てはもらえぬだろうか」
レイフは教えのとおり、口を開かなかった。開けなかった。思いがけない言葉に、あまりに驚いてしまい、口の中がカラカラになって、瞬きするのも忘れる。
「身にあまる光栄」
代わりに高官が答える。精霊は宙にかき消えた。
レイフはほっと息をついた。全力疾走した後のように、心臓が脈打っていた。
「あれが第一王子殿下の精霊ですか。いやはや…」
族長が立ち上がると、くびきから逃れたレイフは弾かれたように駆け出した。
「これ! レイフ!!」
族長の声が追いかけてくるが、じっとしてなどいられなかった。頭が混乱して、何をどうすればいいのかわからない。
風の流れを追って、平民が出入りする王城の通用口から駆け出すと同時に、光の精霊を現す。人々がぎょっとした顔で振り向くのも構わず、レイフは戦車に飛び乗ると天に駆け上がった。
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