光の戦車と黄金皇帝 〜秘密の妃は素直じゃない

有馬 礼

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番外編 王太子妃が行く! 〜光の戦車とクールとパッション

2 美しさの前では

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 決行の日は、晴れ渡ってピクニック日和となった。陽射しはまだ夏の余韻を残していたが、風は秋の気配を含んでいた。

「ラシルラ城伯様、やはり、あの…」

 イミニ妃付きの筆頭女官が眉間に皺を寄せながらバスケットを騎士姿のレイフに手渡す。

「心配いらない。正直、近衛騎士の小隊よりも私の方が強い自信があるから。だから、少しの間、誤魔化してほしいんだよ」

「レイフ様はお一人で魔王軍を壊滅させた方よ? 大丈夫。騒ぎになる前に戻るわ」

 主人であるイミニ妃も言う。主人に言われては何も言えず、筆頭女官は苦々しく頷いた。

「では、お妃様方、参りましょう」

 イミニ妃とサーシャ妃をバルコニーにいざなう。
 そこに停まっていたのは、光の馬が牽く光の馬車だった。いつもは少年従者の姿の風の精霊が、今日は大人の、執事の格好で、胸に手を当てて恭しく礼をすると馬車の扉を開けた。

「まあ、なんて麗しい」

 サーシャ妃は口元を両手で覆う。

「少年従者もお可愛らしいけれど、執事もよろしいですわね、レイフ様」

「お気に召して良かったです」

 レイフは笑うと、御者側の席に座った。

「出してくれ」

 風の精霊に言う。馬車は揺れひとつなく、滑るように動き出した。

「まあ…! 本当に飛んでいますわ」

 サーシャ妃は馬車の窓に張りつくようにして外の景色に見入る。イミニ妃も窓の外をじっと見つめていた。

「いつもは吹きさらしの戦車なんですが、馬車にしたのは初めてです。なかなかいいですね」

「素晴らしいですわ。まさか、空が飛べるなんて」

 イミニ妃がふわりと微笑む。

「でも、どうしてよりにもよって魔王城に?」

 レイフは純粋な疑問として口にする。
 光の精霊は、いつもよりは抑えた速度で空を滑るように駆けていく。

「あの、魔の国の騒動があった頃、わたくしの祖国とブロムヴィル王国は、同盟国とはいえあまり良い関係とは言えない状況にありました。ところが、魔物たちは国境など関係なく双方の国に攻め込んできて、いがみ合っている場合ではなくなりました。そこで持ち上がったのが、わたくしと殿下の婚姻です。魔の国のことがなければ、わたくしは宰相の嫡男に降嫁するはずでした。…人の縁とは、不思議なものですわね。その不思議なきっかけとなった魔王城を、見てみたいのですわ」

「イミニ様はその、宰相のご嫡男とはお親しかったんですの?」

 サーシャ妃が言う。

「さあ…どうでしょうか。子どもの時分から、将来はその方に嫁ぐことになるだろうと言われておりましたし、それを見据えて時々お会いする時間も設けられていましたが…。その方に特段の感情は持っていなかったように思いますわ」

 イミニ妃は他人事のように言う。レイフが浮かべている表情に気づいたイミニ妃はいつものようにふわりと笑った。

「王族の婚姻とは、そのようなものですわ、レイフ様。おそらく、サーシャ様もそうでしょう?」

「ええ。わたくしはほとんど人身御供としてこの国に参りましたので。殿下には大変よくしていただき、本当に感謝しておりますわ」

 サーシャ妃もこともなげに言った。いずれにせよ、レイフには理解できない世界の話だった。



 いつもよりゆっくり来たせいで、レイフにとっては随分時間がかかったように感じられたが、2人の妃は、こんなに早く着くなんてと感動していた。

 魔王城は、今や壁の一面を残して崩壊していた。その前には、12人の女性の墓。

「これは…?」

 サーシャ妃が墓に気づいて問う。

「魔王が言うには、手下が拐かしてきて側女にしていた女性たちだそうです」

「…そうなのですか。随分と立派なお墓でしたので、お知り合いの貴族の方でも葬られているのかと」

 確かに墓標は、葬られているのはどこかの貴族かと思うほど立派だった。ほかの墓標とは一線を画している。

「いえ、この墓標は、殿下が整えてくださったんです」

 執事姿の土の精霊が現れて、地面に白い手袋をはめた手を触れる。地面から草の芽が出て、見る間にするすると成長し、花をつける。晩夏から秋にかけて咲く、可愛らしい白やピンクの花だった。レイフは地面に跪いて、祈りを捧げた。2人の妃も同じように、祈りを捧げてくれた。彼女らの魂が安らかであるように。

 イミニ妃は、随分熱心に廃墟となった魔王城を見て回っていた。
 その目の前を、乳白色の死霊がふわりと横切る。
 イミニ妃は視界の端に映ったそれに気づいて、思わず足を止めた。

「レイフ様、今、何か…」

 レイフを振り返ったその顔は、珍しく動揺していた。

「あ、今のは死霊です。この辺にはたくさんいますよ。イミニ様やサーシャ様のような高貴で美しい方が来られたので、みな、興味を持って見に来てるんです。喜んでいるみたいですね。悪意を持つ者はいないので、大丈夫です」

 レイフは笑って言う。魔王がここに陣取っていた頃は、戦が絶えず、この墓地も腐った魂で溢れていたものだ。それが、今やすっかり静かになった。

「お前たち、もう、天に還るんだよ。ずっとここにいちゃいけない。大丈夫。さあ、行って」

 レイフの言葉に応じるように、周囲に漂っていた死霊たちは1体、また1体と天に昇っていく。その光景はイミニ妃とサーシャ妃の目にもはっきりと見えた。

「レイフ様…」イミニ妃が天に昇る死霊たちを呆然と見ながら言う。「天とは、どのようなところなのでしょうか」

「さあ。わたしにもよくわかりません。でも、悪くないところだと思います。みな、いずれ天に還るんです。魂のある者は、みな」

 天に昇っていく死霊たちを見ていたレイフはイミニ妃を振り返って、笑った。

「ええ。ええ…」

 イミニ妃はそっと目を伏せた。その目の端に涙が浮かんでいたのを、レイフは見なかったことにした。きっと、生まれる前に天に昇っていった子のことを想っているのだろう。



 約束の時間が近づいて、火の精霊が3人を迎えにきた。

「ああ、楽しかったですわね」

 サーシャ妃は、行きと同じように馬車の窓に張りついた。

「侍従も連れずに、こんなに身軽に出かけたのも初めてですわ」

「そういえば、そうですわね」

 イミニ妃も同意する。普段は、庭を散策するのにもぞろぞろと供や護衛を連れている。

「あ、そういえばレイフ様」サーシャ妃が眼下の景色からレイフの方に目線を移す。「殿下から聞いておいでですか?」

「殿下から? 何をですか?」

 レイフは首を捻る。心当たりはなかった。

「もう…。レイフ様にお伝えくださいとお願いいたしましたのに」

 サーシャ妃は怒っているようだった。

「何か、まずいことでもありましたか?」

 レイフは不安になって、サーシャ妃の方に身を乗りだす。

「いいえ、レイフ様は何も。殿下がわたくしを偽っておられたことの償いとして、レイフ様にわたくしの閨に来ていただこうと思いまして」

「え? は? え?」

 何がなんだか、全くわからない。

「殿下には罰として、レイフ様が閨でわたくしに好き勝手されているところを見ていただきます」

「え? え??」

 混乱するレイフを見て、サーシャ妃は妖艶に笑った。女のレイフもどきどきするような、蠱惑的な笑みだった。

「だって、わたしは女ですよ?」

「ええ。それが?」

 サーシャ妃は、逆に「何が問題なのかわからない」といった風に訊き返してくる。

「それがって…」

「レイフ様。わたくしは、美しいものが好きなのです。美しさの前では、男か女かなど、瑣末な問題に過ぎませんわ」

 サーシャ妃は、ふふん、と鼻で笑った。

「イミニ様ぁ…」

 レイフはイミニ妃に助けを求める。

「あらあら。でも、それは却って殿下にはご褒美になってしまうのでは?」

 イミニ妃も笑いながら言う。

「おほほ、無論、手出しなどさせませんわ。素っ裸にひん剥いて縄をかけた後、部屋の隅にでも転がしておきましょう。ですので、レイフ様は何も心配なさらないで結構ですわよ? わたくしに身を任せていただければ…。ああ、俄然滾ってきましたわ…ふふ」

「えっ、ちょ、ま、まって…」

 レイフはゴロツキに絡まれた憐れな乙女のようにおどおどするしかなかった。
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