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15 在るべき場所(最終話)
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「母はちょっと、いやかなり、イカれたところがあるので、あんまり気にしないでください」
「言い方……」
アウゲの手を引きながらヴォルフが言う。廊下は迷路のように曲がりくねっているが、ヴォルフの足取りには迷いがない。やがて、アウゲにも覚えがあるような場所に出た。
「ここは……」
アウゲが思ったとおりならば、宴の広間から、離宮への小道に出る時に通る場所だ。
「きっと驚きますよ」
故郷の王宮と違って、廊下に全く人気はない。予感に胸が高鳴る。
大きな扉がひとりでに開くと、そこはまたゼレの花畑だった。近くで見てみると、アウゲが故郷で見ていたゼレよりも色合いも柔らかくなり、棘はなく小さくなっていた。どちらかというと、八重咲きになったロッタというイメージだ。
その中をまっすぐに小道が延び、その先にあるこぢんまりした茶色い屋根の二階建ての建物は確かに、馴染みのある離宮だった。背景の青空とゼレの花畑の効果で、空の中に浮かんでいるように見える。
「……」
自然と歩みが速くなる。あの中は、どうなっているのだろう。
ひとりでに開かれた扉の中は、アウゲが暮らしていた離宮と全く同じだった。急かされるように階段を上がり、2階の居室に入る。そこにはどこかで見たようなテーブルがあり、その上にはヴォルフと散々遊んだゲーム盤と、アウゲの刺しかけの刺繍道具が乗っていた。よく見るとテーブルの細かな傷にも見覚えがあった。
「あなたが?」
アウゲはヴォルフを振り返る。
「ええ、そうです。人の国から何も持ち込んではいけないってことが誤解だってことがわかったので。ちょうど、姫さまが嫁いだ後、離宮の調度類をどう処分するかってことを仲良くなった下働きの者たちが相談してたんで、もらってきちゃいました」
「そうだったの……。薪くらいになればいいと思っていたけれど、嬉しいわ。気に入っていたから」
愛着のある物に囲まれた空間にいると、安心感が蘇ってきた。寝室も見てみる。
「あ、ベッドだけは新調しました。2人で眠るにはさすがに小さかったんで」
「……あ、そう、そうね。でも、あなたもここに住むの?」
「ええ。姫さまのいるところに。もちろん、王宮の方にも部屋を用意してあります。そっちの方がよければ、王宮でも」
「いずれはそうすべきだけれど……、わがままを言えるのであれば、しばらくここにいたいわ」
「時間はたっぷりあります。好きなだけいてください」
馴染みの化粧台の前に座る。ヴォルフが、座っているアウゲを背中から抱いた。
「ねえ、姫さま。あの刺繍、完成させてくださいよ。それで、おれにください」
「ええ、いいわ」
「ふふ、やった」
「あなたにあげるのであれば、ゼレの溶液に浸す必要もないものね。あれにつけると、解毒の副作用か、糸の色が変わってしまって……」
「え? もしかして、姫さまが黒い服ばっかり着てたのって、そういう……?」
ヴォルフは横からアウゲの顔を覗く。余計なことを口走ってしまったと思いつつ、アウゲは頷いた。
「じゃあこれからは、どんな色のドレスでも着てください。王都のドレス工房で、山ほどドレス作りましょう」
ヴォルフはアウゲの肩に顔をうずめた。
「でも、人に触れられると毒が……」
アウゲは不安そうに顔を曇らせる。
「大丈夫です。姫さまから毒素が出ていたのは、姫さまが、魔族と人間の狭間の存在だったからです。姫さまはおれと結婚して、魔族になった。もう、毒素は出ていません。必要ないから。だから、人間界に行っても平気です」
「……そうだったのね」
「あ、でも、だめですよ?」
ヴォルフが冗談めかして笑って言う。
「何が?」
「毒がなくなったから帰りたいって言われても、姫さまの持ち物、全部引き上げて来ちゃいましたからね。逃しません」
「……」
アウゲは立ち上がると振り返り、ヴォルフの首に腕を回した。
「……いるべき場所から、どこに逃げ帰れって言うのよ。もうここが、あなたの腕の中が、私の居場所なのに」
「姫さま。アウゲ……」ヴォルフもアウゲを両腕でしっかりと抱く。「愛してます」
「愛してるわ、ヴォルフ。ずっと一緒にいて。もう離さないで」
「ええもちろん。約束します」
優しく強く抱きしめられると、胸がいっぱいになって、閉じた目から涙があふれて頬を伝う。
今、愛しい人の腕の中にいる。
ここが居場所。在るべき場所。
もう、孤独じゃない。
FIN
「言い方……」
アウゲの手を引きながらヴォルフが言う。廊下は迷路のように曲がりくねっているが、ヴォルフの足取りには迷いがない。やがて、アウゲにも覚えがあるような場所に出た。
「ここは……」
アウゲが思ったとおりならば、宴の広間から、離宮への小道に出る時に通る場所だ。
「きっと驚きますよ」
故郷の王宮と違って、廊下に全く人気はない。予感に胸が高鳴る。
大きな扉がひとりでに開くと、そこはまたゼレの花畑だった。近くで見てみると、アウゲが故郷で見ていたゼレよりも色合いも柔らかくなり、棘はなく小さくなっていた。どちらかというと、八重咲きになったロッタというイメージだ。
その中をまっすぐに小道が延び、その先にあるこぢんまりした茶色い屋根の二階建ての建物は確かに、馴染みのある離宮だった。背景の青空とゼレの花畑の効果で、空の中に浮かんでいるように見える。
「……」
自然と歩みが速くなる。あの中は、どうなっているのだろう。
ひとりでに開かれた扉の中は、アウゲが暮らしていた離宮と全く同じだった。急かされるように階段を上がり、2階の居室に入る。そこにはどこかで見たようなテーブルがあり、その上にはヴォルフと散々遊んだゲーム盤と、アウゲの刺しかけの刺繍道具が乗っていた。よく見るとテーブルの細かな傷にも見覚えがあった。
「あなたが?」
アウゲはヴォルフを振り返る。
「ええ、そうです。人の国から何も持ち込んではいけないってことが誤解だってことがわかったので。ちょうど、姫さまが嫁いだ後、離宮の調度類をどう処分するかってことを仲良くなった下働きの者たちが相談してたんで、もらってきちゃいました」
「そうだったの……。薪くらいになればいいと思っていたけれど、嬉しいわ。気に入っていたから」
愛着のある物に囲まれた空間にいると、安心感が蘇ってきた。寝室も見てみる。
「あ、ベッドだけは新調しました。2人で眠るにはさすがに小さかったんで」
「……あ、そう、そうね。でも、あなたもここに住むの?」
「ええ。姫さまのいるところに。もちろん、王宮の方にも部屋を用意してあります。そっちの方がよければ、王宮でも」
「いずれはそうすべきだけれど……、わがままを言えるのであれば、しばらくここにいたいわ」
「時間はたっぷりあります。好きなだけいてください」
馴染みの化粧台の前に座る。ヴォルフが、座っているアウゲを背中から抱いた。
「ねえ、姫さま。あの刺繍、完成させてくださいよ。それで、おれにください」
「ええ、いいわ」
「ふふ、やった」
「あなたにあげるのであれば、ゼレの溶液に浸す必要もないものね。あれにつけると、解毒の副作用か、糸の色が変わってしまって……」
「え? もしかして、姫さまが黒い服ばっかり着てたのって、そういう……?」
ヴォルフは横からアウゲの顔を覗く。余計なことを口走ってしまったと思いつつ、アウゲは頷いた。
「じゃあこれからは、どんな色のドレスでも着てください。王都のドレス工房で、山ほどドレス作りましょう」
ヴォルフはアウゲの肩に顔をうずめた。
「でも、人に触れられると毒が……」
アウゲは不安そうに顔を曇らせる。
「大丈夫です。姫さまから毒素が出ていたのは、姫さまが、魔族と人間の狭間の存在だったからです。姫さまはおれと結婚して、魔族になった。もう、毒素は出ていません。必要ないから。だから、人間界に行っても平気です」
「……そうだったのね」
「あ、でも、だめですよ?」
ヴォルフが冗談めかして笑って言う。
「何が?」
「毒がなくなったから帰りたいって言われても、姫さまの持ち物、全部引き上げて来ちゃいましたからね。逃しません」
「……」
アウゲは立ち上がると振り返り、ヴォルフの首に腕を回した。
「……いるべき場所から、どこに逃げ帰れって言うのよ。もうここが、あなたの腕の中が、私の居場所なのに」
「姫さま。アウゲ……」ヴォルフもアウゲを両腕でしっかりと抱く。「愛してます」
「愛してるわ、ヴォルフ。ずっと一緒にいて。もう離さないで」
「ええもちろん。約束します」
優しく強く抱きしめられると、胸がいっぱいになって、閉じた目から涙があふれて頬を伝う。
今、愛しい人の腕の中にいる。
ここが居場所。在るべき場所。
もう、孤独じゃない。
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