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第一章 ナルス
二条家と香卦良の真実(上)
しおりを挟む時雨伯父上から渡された石が投影したのは、血まみれの夏采殿だった。
目を見開く白蓮伯父上と、父。
しばらくすると、投影された映像に時雨伯父上、夏能殿、籠目が映り込んできた。
「夏采!!」
「よぉ、見えてっか?」
「夏能……」
少しだけ揺らいだ声の父を見れば、そこにいる者にしかわからない、底しれぬ怒りがあった。
画面に向かって、籠目が怒りのままに叫ぶ。
「朱己! あんたは必ず来なさい! 私が必ず殺す! 殺すうぅううぅう」
「籠目、今はやめなさい。……白蓮。さすがだよ、夏采はここまで痛めつけても、何も吐かない」
伯父上の奥の夏采殿は、未だにぴくりとも動かない。
「安心しろ、殺してはいない。センナをぎりぎりまで消耗させただけだ。返してほしくば、ここまで来い、白蓮。命と引き換えだ」
「兄上。随分な招待状ですね。私の大切な対を丁重にもてなして頂いたこと、全身全霊でお礼させていただきますよ」
声音こそ、いつもどおりの柔らかさがあるものの、先程の父に匹敵する如く、背筋が凍りそうなほど恐怖を感じる怒りを、映像の向こうの自身の兄へと向ける伯父上。
この兄弟を怒らせたら、本当に世界が滅ぶ。
純粋にそう思った。
「それでは、楽しみに待っているよ」
その言葉を最後に、映像は切れた。
映像が切れると同時に、刻印のある石は跡形もなく、灰となって消え去った。
呆然としていると、隣で怒りを顕にしていた伯父上は、いつもどおりの完璧な笑顔に戻っていた。それさえも、今は恐怖しか感じない。
「……朱己。すまないが、君に早急にすべてを叩き込む必要がある。もう少し準備をしたかったんだが、夏采がああなった以上、もう時間はない」
伯父上が言うには、時雨伯父上が攻め込んでくるまで、少しでも夏采殿に時間を稼いでもらうため、国外の色んな所をうろつかせて、牽制していた。そして、ついでに情報をかき集めるようにお願いしていた。
そして恐らく、時雨伯父上は夏采殿に、あえて籠目を捕まえさせた。私に、夏能殿という絶望を与えるために。
しかし、今回、夏采殿が時雨伯父上に掴まったということは、時雨伯父上にとって、もう夏采殿を泳がせておく必要が無くなったということ。つまり、餌として使い捨てる気だろう、と。
白蓮伯父上は、父に視線を向けると、父も伯父上の考えていることがわかっているようだった。
「さて……とりあえず、香卦良のところへ行くよ」
「朱己、付いて来い」
返事をして、二人についていく。
目まぐるしすぎる。挫折に浸っている場合ではない、ということなんだ。
死を感じた、夏能殿との戦い。殺す気で来た夏能殿と、夏能殿を引き止めることしか考えていなかった私の、覚悟の差。そして、夏能殿が私を殺すはずかない、という甘え。
私も、覚悟を決めなければ。
落ちつかない心を必死に抑えながら、香卦良の元へと急いだ。
ーーー
時雨と籠目と少し話したあと、適当な理由をつけて自分だけここに残った。
「よぉ、兄貴。気がついてんだろ?」
「……何の、用だ」
血痰を吐き出しながら、視線だけこちらに向ける兄。その目は、軽蔑とも、恐怖とも違っていた。
『ここでの会話は全部聞かれてる。下手に口に出さない方がいいぜ』
『……なんで教える』
『理由はねえよ』
口には出さず、念で話をする。もしかしたらこの念での会話さえ、筒抜けになっている可能性かあるため、色んな意味で明言は避けるが。
兄のセンナがボロボロになるほど、手が出せるのは六芒の中でも一人しかいない。敢えて名前を口に出した。
「……杜若に会ったか?」
兄は目を揺らすことなく、横目でこちらを一瞥して、うつむいた。
「……あれは、手を出せねぇ。杜若って言うのか」
「あぁ」
やはりか、と思いながら兄のことを見下ろす。そんな兄に対して、若干でも心が痛むかと思って来てみたが、そんなことはなかった。
しかし、一つだけ、頭の中ではずっと渦巻いていることがあった。
壮透、ありゃガチギレしてたな。
映像越しでもわかる怒り。それは、目の前の兄の主もそうだった。
「これで、六芒と十二祭冠の全面戦争だ」
兄のいる牢屋の鉄格子に背中を預け、息を吐き出す。
これでいい。
「お前、それでいいのか」
後ろから兄の声がする。
振り返れば、兄とは視線が交わらない。
「あぁ」
短く答えれば、そうか、と短く返ってきた。
「……また来る」
そう言って歩き出すと、もう来んな、と聞こえたが無視した。
ーーー
「……いらっしゃい。今日は、随分と大人数じゃないか」
香卦良の元へ来ると、わかっていたかのようにお茶が人数分淹れてあった。
「ありがとう、香卦良。実は由々しき事態でね」
伯父上がそう切り出すと、香卦良はわかってるように頷いた。
「朱己の覚悟を待ってる場合では無くなったわけだな」
「そういうことだね」
そう言って三人の視線がこちらに集まる。
異様な光景だ。そう素直に思った。そして、もう覚悟は決まっている。否、決めざるを得ない。
「教えてください」
そう言うと、香卦良は真っ直ぐこちらを見て、椅子から立ち上がると服を脱いだ。
「っ」
「伏せてはだめだよ。しっかり見なさい」
思わず顔を伏せたくなるところ、覚悟を持って顔を上げた。
「……!!」
香卦良の体に埋め込まれている、無数のセンナ。
本来、センナとは魂の核。目には見えないし、触れることもできない。我々、全属性の者を除いては。しかし、香卦良の体には、目に見える形でセンナが埋め込まれている。恐らく、全属性以外の者でもわかる。なぜなら、物質としてそこに存在しているからだ。
「我々が、香卦良でセンナの実験をしていることは知っているね。それはこの可視化、物体化されたセンナを使って行っているんだ」
自分の血の気が引くのがわかる。見た目の表現をするなら、鉱物を沢山体に埋め込まれている人、という感じになるだろうか。
「これらの物体化されたセンナは、香卦良に埋め込まれた時点で香卦良のセンナだ」
「……つまり、痛覚もあるということですよね」
そういうことだ、と父が隣で肯定する。
いや、本当に気になるのはそこではない。
「……元々のセンナと、連携はしているのですか? 独立しているとなると、それぞれのセンナが体を動かすことになるのでは……体に負荷がかかりすぎます、いつか体に限界がくるのではないですか?」
「そうだね。香卦良の元々のセンナと、この埋め込まれたセンナを連携させたかった。だが、それはできなかった」
できなかった。つまり、香卦良の体に埋め込まれている無数のセンナたちは、それぞれ属性を持ち、香卦良の体を動かしていることになるのか。
口元に手を当てながら考え込んでいると、香卦良が口を開いた。
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