朱色の雫

弦景 真朱(つるかげ しんしゅ)

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第一章 ナルス

二条家と香卦良の真実(下)

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「……私は、本来のセンナ自体も改造されているせいで、恐らく連携させることができなかったんだ。これが連携させられれば、元々のセンナが朽ちても、どれか外付けのセンナで生きていける。体は元々のセンナに紐づくから、連携させられれば、センナ同士が共有化されて、恐らく体も保つだろう」

 香卦良の説明で納得した。
 埋め込まれたセンナたちは、体の痛覚には繋がっているし能力も備わっているが、肉体の保持はできない。
 だが、それができるようになれば、確かに何とか生きていける。光琳のように、センナが崩壊していく病も、なんとかなるかも知れない。
 気持ちを落ち着けるためにお茶をすすると、炒った葉のいい匂いがした。

「朱己。君がこの前聞いた、二条家の子種の話。あれはね、この香卦良の子種を引き継ぐことで、二条家の本来の血族を、繋いでいくためなんだ」
「……本来の?」

 気になる言い回しをする伯父上を、訝しげに見る。

「香卦良の血には、全属性に引き継がれる、魂結たまむすび、魂解たまほどきの能力がある。しかし、我々の祖先、もとい初代長を裏切った側近の血には、その能力はない」
「……まるで、その裏切った側近の血も私達に流れているような言い方ですね」

 真意を探るように、慎重に言葉を選べば、頷いたのは香卦良だった。

「私の子種を初めて与えたのは、その裏切った側近の娘だからね。姉を裏切った側近……眞白ましろが、二代目の長。そして、そこから続く血の連鎖だ」
「……え?」

 しばし息をするのも忘れそうなほど、おぞましい事実だった。

「長になるのに必要なのは、力だけではない。しかし、力が一番従えさせるのに都合がいい。眞白は、それに目をつけた」

 父が静かに口を開けば、二人は頷いた。

「ナルスを含む、宇宙界の各国の長は、それぞれがセンナに、何かしらの接触をすることができる力を持つ。センナに接触できるのは、ナルスの者だけではない。いずれ宇宙界の国々と渡り合うためにも、力は必要だ」

 香卦良は言ってみれば当たり前のことだが、と付け加えた。
 ナルスだけでなく、宇宙界全土に広がる話。
 途方も無い規模になってきたことに、頭を抱える。

「だから私達長は、香卦良の血を薄めることがないように子種をもらい続けた。この前、朱己が聞いた話の全容はこうなっている。だが、壮透はそれを良しとしなかった。ね、壮透」

 伯父上が父を見ながら促せば、父はまた重たい口を開いた。

「長である前に、一人の人だ。性別で自由度を変えるわけにはいかない。ましてや、我々男は子を成せない。だからといって、女にすべてを押し付けるのは違うだろう。故に、香卦良に苦労を強いて、人工的に全属性を、長の能力を引き出せるセンナを作れないかと実験をしていた」

 確かにセンナを作り出すことができれば、もう香卦良の子種をもらわずとも済む。

「だけどそれは、逸脱した倫理なんだ。本来許されていいことなのか、私達は何度も口論してきた。言ってみれば魂結びを好きなだけ行うことになる。本来、魂結びで生み出せるのは全属性ではない、長にはなれない者だけだ。だが、今人工的に作り出そうとしているのは、全属性の、長になれる存在のためのセンナ、だからね」
「……一歩間違えれば、いとも簡単に国が滅ぶというわけですね」

 力の使い方を知らない者が力を持てば、あるいは力を持つ者が沢山現れれば現れるほど、争いは起こりやすい。牽制し合えればべつだが。

「そしてこれは、この国の最重要機密。長が、香卦良のセンナで実験していることは、基本的に二条家、いや長のみにしか言えない」

 ふと過る疑問。

「……この前、法葉様はご存知のようでしたが……」

 長のみにしか、ということで白蓮伯父上が葉季にも言わないのだとしたら。法葉様は何故ご存知そうだったのか。
 
「それはね、法葉の祖父が長だったからだよ。私の三代前の長だ。法葉たちの母の姉が香卦良の子種をもらったから、法葉たちの母が二条家から五条家に嫁入りした」

 白蓮伯父上は一度ため息をついて、遠くを眺めてから、また話しだした。

「法葉たち兄弟は五条家だが、二条家の血を濃く引き継いでいるからか、五条家の占術のほうは誰も出なくてね。五条家からは虐められて育っていたから、早くに我々が妻に迎えたんだ」
「五条家でも能力での差別が……」
「ああ。五家それぞれで差別がない方が少ない。ただ、その前に法葉は祖父から話を聞いていたようだった。私も聞かれて隠そうとしたら……法葉に殺されかけてね。特別に話したんだ。ははは、怖かったよ」

 法葉様が聡明故であるというなら妙に納得できる。
 白蓮伯父上はこちらを見て少し笑ってから、思い出したかのように父を見て言った。

「でも、壮透たちは恋愛結婚だからね。私達と違って」

 悪戯っぽく笑って父を見る伯父上は、今の空気に似つかわしくないほど楽しそうだった。
 思わず今の目的を忘れそうになるほどに。

「……兄上。昔話はとりあえず置いておきましょう。して、朱己。本題に移る」

 父が、半ば強引に伯父上の話を終わらせ、私の方を見た。

「我々は、二条家……もとい、香卦良の血を残すことが最大の課題だ。それが叶えば、我々だけでなく、香卦良をこの理不尽な立場から開放することもできる。そして、今の最大の問題は、今までの香卦良に対する研究結果を、どうやら時雨兄上が持ち出した、ということだ。どうやって持ち出したのかはわからない」

 思わず目を瞠るが、言われて見ればそれしか考えられない。

「つまり、人工的にセンナを作り出せる、と」

 父はその言葉に静かに頷いた。

「朱己、夏能は言っていなかったか。センナが一つじゃないと」
「そう……言っていました」

 そうだ。
ーー「俺のセンナがいつ、一つじゃないって言ったよ?」
 夏能殿は、確かにそう言っていた。

「先日の籠目を捕らえた際、センナが外付けされていると夏采が言っていてね。夏采が見えたんだから、どうやら人工的なものらしい、と。六芒は、そうやって外付けで能力を足されている可能性がある。そして、センナを一つ壊したところで死なない、というのも夏采は試し済みだ」

 改めて思うが、夏采殿の下調べは天下一品だ。
 いつも命を賭してくれるのは、それだけ白蓮伯父上を信頼しているからだろう。

「つまり。我々は、六芒のセンナをすべて破壊すること、兄上のを見つけ出し、阻止すること。……この前、姉上のセンナの話をしたのは、あそこに葉季たちがいたから、それっぽいことを言っただけなんだ。センナの研究結果を何に使いたいのか、ここからは憶測でしか話ができないからね」

 顔の前で手を組み、伯父上は一度ため息をついた。
 こころなしか、顔色も悪い。
 香卦良も、同じことを思っているのか、伯父上へと新しいお茶を差し出した。
 伯父上は笑顔で答えてから、口を開いた。

「血塗られた二条家の道は、誰かが踏み荒らしていいものじゃない。そしてこれは、血塗られた道にいる者として、我々が終わらせる必要がある。それが、香卦良自身の願いでもある」

 伯父上の言葉に、父も頷いた後目を伏せながら言葉を紡ぐ。

「朱己。絶対に誰にも言うな。葉季にもだ」
「はい」

 巻き込むわけにはいかない。
 いや、巻き込むことにはなるのだが、今はここにいる者だけが、知っていればいいことだ。
 誰が、どこと繋がっているかもわからない。

「とりあえず、乗り込む部隊を決めよう。壮透、朱己」

 その場にいる全員が頷く。

「それから、ここにいる三人だけは、絶対互いを裏切らない。絶対にね。裏切りは、死で償う。……すまないね。壮透は君を、本当に巻き込みたくなかったんだよ。私が、巻き込んだ」

 初めて、伯父上が私に申し訳無さそうな、苦悶の表情を見せた。父の願いと、伯父上の決断。そんなことは、十分すぎるほどわかっている。
 一度、熱くなった目頭に力を入れて目を瞑った。ゆっくり目を開けて、向き直る。 

「いえ、大丈夫です。最後まで、ご一緒させてください」

 決戦は、すぐそこまで迫っている。
 火を見るより明らかな現実が、静かに待っているのを避けようはなかった。
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