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第二章 朱南国
知らないのは
しおりを挟むヴィーの国立図書館には、ありとあらゆる書籍、図鑑等が置いてあった。古びれたものから、新しいものまで。思わず呆気にとられていると、朱己が光蘭に話しかけているのが目に映った。
「こうちゃん、あの本が気になる」
「ん、どれだ? これか?」
「そう! ありがと」
朱己が光蘭に取ってもらった本には、「戦乱の記録」と書かれていた。さすがに十歳児が読むのは難しいのではと、止めようと思った矢先に、朱己に声をかけた人物がいた。
「お嬢さん。それが気になるのか?」
「はい、直感的に」
「どれ、読んであげよう」
ぱっと見老人のようだったが、帽子を目深に被っておりよく見えなかった。少し感じる違和感と悪寒に目を細めて訝しんでいると、壮透がいつの間にか朱己の横にいた。
「失礼、娘が。不躾に、申し訳ございません」
「おや、お嬢さんのお父上ですかな。これはこれは。ものを見る目のあるお嬢さんだ」
「恐縮です。では、失礼」
そう言って壮透が会釈し、朱己と老人を引き離す。朱己を連れて足早に帰ってきた壮透は、少し焦ったように私の元へ来た。
「不思議な気配でした。なんというか……おぞましい気配がする老人でした」
「そうかい。よく引き剥がしてきたね。……まさか、漆黒の牙の手の者じゃないだろうね……」
なんてね、と笑い飛ばそうと思った瞬間。
老人が、目深に被っていた帽子を取ったのだ。
そして見えた顔は、朱己が手に持っている「戦乱の記録」の表紙に書かれている人物と瓜二つだった。
思わず壮透と構えると、その老人は一礼して微笑んだ。
「お初にお目にかかる、私は白雪。眞白様の側近だった者です」
「眞白の……!?」
なぜ生きている。反射的にそう口走りそうになった。もしかして香卦良と同じように、不老不死になってしまったのだろうか。それとも、我々のような人寄りの天ではなく、純粋な獣や天で、寿命が長いのだろうか。ありえない話ではない。数千年かけて多岐にわたる人間との交配により、人寄りの天になった我々だが、初代長や香卦良は純粋な天だ。
少しだけ後ずさると、朱己も何かを察したのか、本を体の前でしっかりと握りしめている。
「警戒しないでください。今となっては漆黒の牙との交流はありません」
「……なぜ側近だったのに、今は交流がないんです?」
「……嫌気が差した、とだけ。なので、故郷のヴィーに帰ってきて、隠居しているんです」
だから警戒を解けと促してくる彼は、図書館で話すのもなんだからと、自宅へ来いと言い、地図を渡して消えた。壮透と顔を見合わせていると、朱己が不安そうに光蘭の影に隠れている。さすがに怯えさせてしまったかと、朱己の前でしゃがみ込んで微笑みかけた。
「朱己、大丈夫だよ。心配いらない。……光蘭、しばらくここで朱己と待っていてくれるかい」
「御意。……お気をつけて、白蓮様、壮透様」
光蘭と頷き合うと、壮透と共に図書館を後にした。
図書館から少し離れた場所に、白雪の邸宅はあった。立派な邸宅で、反乱分子として指名手配された眞白の側近が、到底してもらえる扱いではないと怪しんでいると、邸宅の扉が開いた。
「突っ立ってないで、中へお入りください。さあさあ」
「……すぐに、帰ります。少しだけお話を」
「お好きに。いくらでも話しますよ」
そして、我々は白雪の邸宅へ入っていった。
白雪は、我々が眞白の子孫であることを理解した上で話しかけたこと、なぜこんなに立派な邸宅で過ごせているのかを教えてくれた。
「……それでは、曆様が、お許しになった、と?」
「ええ、洗いざらい記録を残すことを条件に。確かに、曆様……白金の灯の能力は、見たもの、体感で得たことが特に記録されるんですが、それでは足りない」
「足りない……」
白金の灯の役目は、世界で起こったこと全ての記録。見ていないから記録として残せないということは、あってはならない。故に、自分が見聞きできないことは全て、事実だけを洗いざらい出してもらう必要がある。誰が良い悪いではなく、起きた出来事の事実だけを。
白雪は、それに協力することで、ヴィーにいることを許された。
故に、ナルスで眞白――漆黒の牙が何をしたのかも、全て事実として保管されている。それが、先程朱己が手にした「戦乱の記録」という書だったらしい。
「そういうことですか」
「ええ。あの本には、ナルスの五家のことも、香卦良の実験も、私が携わったことは全て記載されています。私が仮に嘘を書けば、それは全て白金の灯にはわかってしまいますので、事実のみ書いています」
「……!」
思わず立ち上がり、壮透と顔を見合わせた。
今朱己と光蘭に知られるのは、時期尚早だ。何より、すでに蕾殿にもバレているということになる。ご法度とされている、センナの研究が。
「白蓮殿。貴方は、時雨という兄が、なぜ姉のセンナに固執するのか、と考えていますね」
「……!! なぜそれを……!!」
「これでも、ヴィーの記録係としてはかなり手腕を磨いてきたもので」
激しく脈打つ心臓が、自分の焦りを掻き立てる。
「漆黒の牙の呪縛は、そう簡単に解けるものではないですよ。貴方がたの姉君が、自害した理由がなんなのかは、わかりませんが」
「何を、知っているんですか?」
「……私は憶測では、話しません。事実として私が言えるのは、自害されたことだけだ。そして、貴方がたも知っている事実。それ以外は、憶測でしかありません」
不思議な焦燥感に駆り立てられ、壮透と足早に白雪の邸宅を飛び出した。朱己の待つ国立図書館に行くと、二人は別の本を開き、談笑していた。
「朱己、光蘭。おまたせ。帰ろうか」
「はい、伯父上!」
なぜこんなに気持ちが落ち着かないのだろうか。すでに露呈していたからだろうか。いや、それ以上に。すでに朱己のセンナが、朱色の雫であることさえも、露呈しているのかもしれない。
そして、兄上、姉上、それぞれの目的も。
知らないのは、私達だけかもしれない。
「姉上が、自害を選んだ理由……」
「兄上、ひとまず帰りましょう。顔色が悪い」
兄上の不可解な行動も、ちゃんちゃらおかしい嫌がらせも、全て真相を隠すための隠れ蓑でしかないのだとしたら。私達は、重要な何かを見落としている。
帰ってから、しばらく考えて、だが確信もなければ、嘘であってほしいと思わずにはいられないことしか、想像できなかった。
「姉上は……まさか……」
どうか、願わくば。
この先も、兄上の願いが叶わないように。
自分の想像が、また外れることを祈るばかりだった。
そして、月日は経ち。
兄上は、行動を起こした。光蘭を陥れ、朱己に生死の境を彷徨わせた。
「兄上……!!」
そしてナルスは崩壊し、今に至る。
これまでの長い月日の中で、どうにか自分の想像が外れるようにと、それだけを願ってきた。
だが、目の前にいるビライトの工場を作った兄上の願いは、きっと想像どおりなのだ。
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