朱色の雫

弦景 真朱(つるかげ しんしゅ)

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第三章 最終決戦

誘うは円盤の中

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 まるで何もなかったかのように無傷で現れた師走を前に、目も口も開いたまま塞がらない。

「む、無効化……でも、確かに甲型爆弾はセンナに浸潤してたのに……」
「浸潤させねばならぬ理由があった。カヌレのセンナを使った甲型爆弾は、飛び火した全員のセンナを爆破させなければ消滅しない。剥がせばたちまち復活する」

 今の話を聞く限り、彼のセンナは爆破されたことになる。結局わからないままではないか。私がついていけてないだけなのだが。

「故に、一度爆破してきた。センナの上辺を」
「う……上辺?」
「そ。師走のセンナは何層にもなってるのよ」
「せ……センナが、層!?」
「ええ、対カヌレ……対黄金の果アウルムポームム用に編み出した、師走のセンナよ。意味分かんないでしょ?」

 相変わらず口が塞がらないまま、ゆっくり頷く。
 
「カヌレのことが相当頭にきてたみたいでね、師走は。毎度一緒に輪廻していたのをやめたあの時から、師走……白金の灯プラティニルクスがずっと攻略法を探し続けた結果よ」
「喋りすぎだ、ヴィオラ」

 光琳が抱えてる血まみれの葉季の前で屈みながら、師走を見つめる。見下すような彼の視線の先に、葉季の鉄扇が転がっていた。彼は何かを言いたげに私を一瞥すると、鉄扇を放り投げてきた。

「随分と派手に仕留めたな」
「動けなくするためよ。殺す気はないわ」
「ふん。弱い者の末路は見るまでもない」
「ちょっと、師走! 今は朱己を挑発してる場合じゃないでしょおが!」

 先程まで舞い上がっていたはずの心が、鉛のように重く沈んでいく。師走は、私を挑発するために帰ってきたのだろうか? わざわざ、命を懸けて戦ってまで悪態をつく彼の心が全く読めない。
 無意識のうちに睨んでいた私の眼の前で、ヴィオラが手を叩く。

「ほら! ……くっ」
「ヴィオラ! 貴方、怪我が悪化して!」

 顔色が真っ青になったヴィオラから、不意に指で額を弾かれた。あまりの指の勢いに体勢を崩すほど。

「しっかりしなさい! こんな傷なんともないわよ! ……師走、あれ。頂戴」
「……今でいいのか」
「仕方ないわ、あんたにはやってもらわなきゃならないことがあんのよ。わかってんでしょ? 時間がないわ」
「そうか」

 師走は目を瞑ると、腰のあたりから一本の瓶を取り出し、ヴィオラへ投げた。見覚えのある瓶を。

「貴様の傷は残念ながらその薬では治らぬ。だがセンナは多少なりと回復するだろう」
「恩に着るわ」

 そう、体力とセンナが超回復するヴィーの秘薬を使っても治らない傷とは、一体漆黒の牙ニゲルデンスの攻撃は如何程に恐ろしいのだろう。
 私達の一連のやり取りを楽しげに見つめる漆黒の牙ニゲルデンス。その玄冬という男は、指の骨を鳴らしながらにたりと笑った。

「良い。ゆっくり回復しろ。面白い展開になってきたじゃあないか。朱色の雫ミニオスティーラの手に入れ甲斐があるというものだ」
「どうだろうな。貴様には渡さん」

 どちらも譲らぬやり取りの中心は私のはずなのに、完全に度外視されているのがどうにも納得できない。

「残念ながら、貴様の相手は我がする」
「なに?」

 師走のまとう空気が変わる。
 白金色の光が辺りを包み、目を開けていられないほどの風が吹き荒れた。反射的に両手を顔の前にあげ風を避けるが、容赦なく流れ込む風の波が呼吸の自由を奪っていくようだった。

「我が深層心理において朱色の雫ミニオスティーラの記憶を解き放つ。幾千年の時代の波、御身で受けよ」
「うっ……!」

 突然眼の前に円盤の模様が現れる。同時に自分の体の自由が効かなくなり、光出す円盤に抗うことなく吸い込まれていく。

「あら、カヌレの円盤取り返していたのね」
「取り返したのではない、元々我のものを奪われていただけだ。朱己が壊した故に……」

 最後に聞こえた二人の会話さえ耳を通り抜けていく。相変わらず、私だけついていけてないとしても、これから自分の身に起こることだけはなんとなく予想できた。

 きっと、会えるのだ。あの人たちに。
 そうなることを願いながら、強く目を瞑った。

ーーー

 水の滴る爽やかな音で、意識を現実へと誘われる。ゆっくりと一滴ずつ、確かに耳へ響く音。

「ほれ、いつまで寝ておるのじゃ」
「こら、さい。やめろ、可哀想だ」

 何やらすぐ近くで会話している、聞き覚えのある二人の声。特徴のある話し方。一つずつ認識するごとに、意識が現実へと近づいていく。

「お? 目が覚めたようじゃな!」
「祭、これだけうるさくしていたら……」

 まぶたを押し上げて、何度か瞬きをする。
 眼の前の二人は、以前会ったままの姿で微笑んでいた。体を起こし、二人の前で三つ指を付き頭を下げた。

「祭様、かむり様! 教えてください、すべてを」
「すまぬな。わらわたちが中途半端にそちへ接触したばかりに、何も教えぬまま帰してしまった」
「ああ、すまないことをした。私達が引き継いだ記憶をすべて、お前に渡そう……と、言いたいところだが」

 冠様が言葉を止め、祭様と顔を見合わせる。二人の目の色が変わったのを、見逃さなかった。

「すまぬの。朱色の雫ミニオスティーラの力と記憶、すべて明け渡すには条件があるのじゃ」
「条件?」
「ああ。私達と戦え。そして、勝て」

 二人は立ち上がると、それぞれ風を巻き起こす。

「出来損ないの朱色の雫ミニオスティーラと呼ばれた妾たちは、二人で一つ。一人で一つのそちなら、勝てるであろう?」
「お前が私達に勝てぬなら、ここで殺し輪廻させろと師走からも言われている」
「なっ!」

 ここで、終わらせるわけにはいかない。
 立ち上がり、刀を出現させ握り込んだ。

「勝ちます、必ず」

 どこかから伝い落ちる雫の音を合図にするかのように、戦闘が始まった。何かを考えている時間はない。まず、眼の前の二人を倒す。そして、すべての記憶をもらう。五珠に、何があったのかを。

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