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第三章 最終決戦
最後の業火
しおりを挟む分裂することができる漆黒の牙のセンナを持つ者が、私の周りにいたことはけして偶然ではないだろう。
妲音や偲様のように、漆黒の牙の意識が芽生えずに過ごすこともあれば、こうちゃんのように漆黒の牙として、明確な意志を持って私の元へ来ることもある。
時雨伯父上は最期の時にこうちゃんのことを「邪魔だった」と言った。時雨伯父上は元より知っていたのだ。彼が漆黒の牙だと。こうちゃんがあの時「わざと操られたふりをした」ということは明白で、時雨伯父上はわざと敵対した。でも本当は、私の腹の子を殺すためにわざと仕掛けたのだろう。こうちゃんに怪しまれないように、私に怪しまれないように。ナルスのために。
全ては仕組まれたこと。五珠として生まれた私達を取り巻く、入り乱れた思念が行き着く成れの果て。
眼の前で激しく交わる炎と闇の力。
相容れない、私と貴方の行先が、交わることはないのに。
手を乱暴に掴み合い、額がつきそうなほど近くで睨み合う。
「漆黒の牙、貴方が望んだ世界が、ナルスやビライトでは作れなかったということなの?」
「……」
「貴方の望む世界は何なの? 何故作り直したいの!?」
「朱己、お前に……お前にわかるか!? わかるわけがない!」
「そうよ、言ってくれなきゃわからない! 私のそばに来てまで、貴方が緻密に作り上げたかったものは、なんなの!」
恋人だった頃には、怒鳴り合いの喧嘩をしたことなどなかった。ましてや殴り合いなど。しかし、相手の攻撃の癖はよく理解している。一番共に戦った相手だから。
眼の前の彼が本当の彼なのか。いや、どれも本当の彼なのだろう。きっと、私の知っている彼も、知らない彼も、彼自身なのだ。
手を離し、斬り落とした彼のもう片方の腕も修復されない。
もう両腕を回復する力さえ残っていないのだろう。
彼は少し後退り、口を開いた。
「仲良し小好しの、何がいい。弱い者を守り、悦に浸ることの何がいい。お前らの方こそ、俺には理解できない」
「民は守るためにいるからよ」
「何故弱い者を作る必要がある」
「……」
彼の問に答えをつまらせた。
考えたこともなかったのだ、民は元々いたから。
言葉を紡がない私の後ろから、彼が口を開く。
「我ら五珠が、争わないだめだ」
「違うな、白金の灯。俺達五珠の遊びを、もっと愉しくするためだろう」
「違う」
「違わない。俺達を殺せるやつなど、朱色の雫以外にいない。お前だって、殺されるのを待っていただろう。ならば朱色の雫だけ作ればよかったのだ。なのにまず民を作った。何故か?」
彼の問に、盛大にため息をつく一人の男。
「ばっかじゃないの? 先にいたのが民よ。巻き込んだのはあたしたち五珠。民を作ったんじゃない、あたしたちが民の中で勝手に生まれちゃっただけよ。そして、あたしたち五珠は力を持ちすぎた」
「そう、だから殺せばよかったのだ。どうせ民なぞ弱いのだから足手まといだ」
「あんたは本当バカね。弱いからこそ、共存するために力を持った側が守るんでしょおが」
「弱さは罪。だから失うのだ」
顔を歪ませた漆黒の牙の言葉に、思わず目を見開いたのは、私だけではなかった。
「漆黒の牙……貴方、もしかして」
「失うくらいなら、はじめから持たぬほうが良いに決まっている。弱い者に入れ込む必要もない、最初からいなければいい。弱い奴らは、少しでも優位に立とうとする。下を作る。更に弱き者を虐げる。俺たちも死ねるほどの愉悦を味わえない」
「……それが、ビライトでも、ナルスでも成功しなかったことなのね」
血痰を吐き出す彼の顔は、無表情だった。
乱暴に口を拭い、憎悪を顕にする。
「民を作ることで孤独から逃れようとした白金の灯。お前は結局死ねもせず、孤独なままだ」
「孤独ではない。仲間がいる」
「ふん、馬鹿らしい。仲間がなんだ。なんの繋がりもない仲間がなんだというのだ。血の繋がりさえ、土地の繋がりさえ弱く脆いというのに」
「それが、貴様がナルスで試したかったことだな」
師走を見上げて目を見開いた。
血の繋がり。ナルスが一番大切にしてきた、血縁という考え方。
「物理的に縛ったところで、結局は孤独なままだ」
「そうだったのね……でも、本当にそうかしら」
私の言葉に、皆の視線が集まる。
手を強く握りしめて、息を吐き出した。
「貴方の中に偲様や妲音が居るなら、聞いてみたらいいわ。血の繋がりがなんなのか、隣人の繋がりがなんなのか。貴方が思うほど、孤独ではない」
「お前の脳みそはお花畑だな。奴らの孤独を、お前が知らないだけだ」
嘲笑う彼の顔が、こうちゃんであることがこんなにも憎らしい。全てを文字通り受け取って、彼の本心から出た言葉だと信じるだけで、心が壊れそうになる。
眼の前の彼が漆黒の牙で、私を利用したいためだけに私のもとに来たのだとしても。幾千年の時を経て、着々と連綿たる計画のもとに今私と対峙しているのだとしても。
「確かに彼らは、孤独だったかもそれない。私の知らない孤独を味わってきたかもしれない。でも、私の孤独を救ってくれたのは間違いなく、仲間であり家族よ。そこには妲音だって、貴方だっている。だから私は彼らを独りにはしないわ!」
「戯言だ! 力を持つ者の孤独など、けしてなくなりはしない!」
血を吐くこうちゃんが、口の端を上げたまま風を巻き上げる。血が風に乗って舞い上がっていく。
「最早この体も保たぬか……ならば、この世界を道連れにしてやる! 朱己、お前もだ!」
「させない! こうちゃん!」
「できるのか? お前に、もう一度俺を殺せるか! やれるものなら、やってみろ!」
彼の言葉に一瞬躊躇した。
二度と大切な人を手にかけたくないと誓った。
彼を殺してから。彼を失ってから。
でも、漆黒の牙である彼は死んでいなかった。そもそも、朱色の雫としての力が目醒めてなかった私には砕ける代物ではなかったということは、今ならわかる。外側のカモフラージュというものを砕いただけだったのだろう。
だとしても、失った恐怖は消えない。
だけど、今なら。
彼の後ろを埋め尽くす闇を見つめながら、手を前に突きだす。
「貴方をその禍根から開放できるなら、醜穢な闇から開放できるなら! いくらだって、何度だって殺してみせる!」
「偽善だ! 血塗れの朱色の雫が! お前だって、お前もこちら側だろう! 畏怖されるべき孤独な殺戮の権化だ!」
これが最後だ。
もう体はもたないだろう。解除した時点でこうなることはわかっていた。それでも、最後に守れるなら。
「なんでもいいわ、権化でも! 私が貴方を、倒す!」
「朱己!!」
後ろから名を呼ぶ、私の大切な人。
顔だけ振り返り、最後に顔を拝んだ。
「ありがとう、葉季」
「待て、朱己!」
こうちゃんに向かって、すべての力を込める。
唱える言葉は一つだ。
指の先まで、足の先まで。
どうか最後まで体がもってくれたら。
もう、それだけでいい。
「業火!」
最後に、こうちゃんに会えた。二度と会えないはずの、こうちゃんに。
敵だったとしても、何だったとしても。
私にとっては、紛れもなく大切な恩人で、失いたくなかった家族だったから。こんな形でも、会えたことが本当は嬉しかったんだよ。
そんなこと、誰にも言えないけど。
葉季、貴方は笑ってくれるかもしれないけど。
消えかけた意識の中で、世界が燃え盛る海になっていくのがわかる。宇宙界が崩壊してしまわないか、私達五珠のせいで民が生活苦にならないかということよりも。
もうこれで、彼を孤独から救えるなら、それで。
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