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第三章 最終決戦
叶った願いと叶えたい願い
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俺のセンナは、分裂できる。
そうわかったのは、いつだったか。
朱色の雫を作ったあと、意のままに操りたいと思ったのは、分裂できる俺の力を持ってしても、朱色の雫の力の前には到底及ばないとわかったからだ。
朱色の雫を制することができれば、世界を制することができる。この理不尽な世界を作り直すことができる。
朱色の雫の解除に込めた、喜怒哀楽の力が全て発動すれば、文字通り最強にして最悪な殺戮兵器の完成だ。こんな世界、一瞬で壊せる。
民など、作り直せばいい。人工的なセンナで思いのままに。
なのに白金の灯や紺碧の弦ときたら、朱色の雫に肩入れし、俺から離そうと匿った。
力の扱いを教え、良いように使ってやるのが一番だろう。殺戮のための存在なのに。
殺戮という存在価値を奪い、共に生きる道を与えるなど、どうかしている。
どうかしているからこそ奪ってやろうと思ったのに、朱色の雫は反旗を翻した俺にさえ、居場所を与えようとしてきた。
「そち、共に来い」
「なんじゃ、臣下になれば仲間じゃろ」
「弱きを助け、強きを支え、己で立つ。妾の信条じゃ」
「眞白! 大丈夫か?」
あの女は。
不出来な朱色の雫は。
ムカついたんだ、俺は。
だから暴走させてやったんだ。俺の思う通りに暴れ、国を壊し畏怖の対象となり、お前らの理想など崩れ去ってしまえばいいと。
お前らの、ヴィーの理想など、共存、仲間など。俺からすればどうでもいいのだ。力があるから守るだと? ふざけるな。力など、俺以外持たなければいいだろう。
支配してやろうと思った。弱き者は力を持つ者を恐れる。けして孤独からの開放はない。弱いやつほど恐れ、軽蔑する。守られているのに、強き者への恩恵などなにもない。殺してさえくれないのだから。
だが、ふと気づいたんだ、俺は。
そんなに俺を仲間だと言うなら、何をしてもいいんだな。お前には、何をしても。
お前なら、耐えられるとでも言うのなら。
でもお前にも不可能はあるだろう?
わかっている。ひれ伏せ、俺に。無理だったと。
俺に、無理だったと膝をつけ。
なのに。
「見くびるなよ」
お前は最後まで、屈服しなかった。
命乞いをしなかった。
片割れに殺されることを良しとした。
なぜだ?
なぜお前は、暴走させられたのに俺に屈さない。
そんなにも、この国が大事か。
白金の灯の元から独立し、半端者を集めたこの国が。
大して強くもないのに面の皮厚く生きるような奴らが民なのに。
だがお前らは何を聞いても、答えは一緒なのだろう。
「我らが守るべき、愛しき民じゃ」
と。
それが気に食わんのだ。
お前らだって、子孫に魂結びと魂解きの真似事が出来るよう仕込んでおいたくせに。最後には力で言うことを聞かせるつもりだったんだろう。弱いからこそ武力に頼る。なのに、理想を語るのか。
壊してやる、お前らのような弱い者が謳うどうでもいい理想など。弱いからつるむのだ。そうだろう。仲間など、家族など幻想だと、いとも容易く壊れるのだと教えてやる。今度こそ、絶望に瞳を濡らせ。
どうせ、お前を殺すことでしかお前を支配できないのだ、俺は。
お前が、お前しか、俺を。俺たち五珠を、手にかけられないんじゃなかったのか。お前しか、俺を。
意味がわからない。何故俺はそんなことを考える。いいではないか、結局俺を止めることなどできないのだ。朱色の雫にも。
今度こそ、俺に屈服しろ。
俺が正しいと言え。俺に従え。
なのに。
頭をかすめる、影。
「業火!」
なのに生まれ変わったお前は、俺に業火を三度も撃ってきた。おかしいだろう。
なぜだ。なぜ屈服しない。
俺に跪け。俺に従え。俺に。
「うおああぁあああぁあ!!」
身を焼かれる痛みも、苦しみも。
俺ではなく、お前が味わうべきだろう、朱色の雫。
お前が、お前こそが。
俺に支配されるべきなんだ。俺のもとで。
「朱色の雫アァア!!」
なのに、記憶に残るお前の顔が。
お前の存在が邪魔をする。
なんだ、これは。まるで、俺が。
――こうちゃん!
――ずっと一緒だよ、こうちゃん。
理想のためにお前を利用したいだけの、俺が。
お前に負けるのか。
俺が。朱色の雫に。
許せない。負けるなど、あるものか。
あるいは、やっと。
___
膝から崩れ落ちるようにして、朱色の髪が倒れるのを、受け止めるので精一杯だった。すでに手負いの者しかいない状況で、朱色の雫に頼る以外に方法はなかった。
いつも一番辛いところを任せるしかないのは、宿命といえばそれまでだろうが良い気分はしない。むしろ悔しささえ覚える。
「朱己……っ」
腕一本、いや指一本さえ動かすのに全力を注がなければ動かない我が体が、酷く億劫だ。
だが一つ満足していることがあるとすれば、朱己の戦いに共に居れたことだろう。前世のときのように終わってからではなく、全て眼の前で記憶できた。
抱えた体は軽く、目を開けない。
当たり前と言えば当たり前で、業火を複数回撃って無事で済む訳がないのだ。
我の隣で朱己の恋人が彼女の顔を覗き込み、顔を歪めている。
「朱己、朱己! ……」
「葉季」
「師走、わかっておる」
我が言いたいことなどわかっているようで、朱己から目を離すことなく頷いた。いつの間にか物分りが良くなった葉季を見て、言葉にし難い頼もしささえある。
「漆黒の牙は、まだ……生きてるわ」
予期せぬ声が聞こえ、思わず抱いている体を見つめた。目は開けないものの、朱己の息がある。
「し、朱己。貴様」
「聞こえておるのか!? 大丈夫か?」
「大丈夫、……と言っても今は体が動かない、念で話してるだけ。お願いがある」
やっとのことで目を開けた彼女の、最後の願い。
「漆黒の牙のセンナを、砕く」
「無茶だ、お主その体で!」
「死ぬぞ。今度こそ、本当に」
滑稽なほど必死に彼女を止める我々は、似た者同士なのかもしれないと、葉季を見ながら頭の隅で笑った。葉季も同じことを考えていたようで、目が合う。
「もう、終わりにしてあげたいの」
朱己の予想もしない言葉に、同時に瞠目しながら。
「漆黒の牙を、開放してあげたい。すべての禍根から」
「朱己……」
最期に貴様が選ぶのは漆黒の牙なのか。
どこまでお人好しなのか。
どこまで、美しいのか。
朱己の言葉に動けなくなる我が後ろから肩を叩く、一人の男。
「わかったわ、朱己。良いわよ」
「ヴィオラ!」
「チャンスは一回。良いわね。成功させなさいよ、魂解き」
振り返り見上げれば、肩で息をして、いかにも死にそうだった。思わず笑いがこみ上げる。
「……良いだろう」
「師走!? お主まで!」
「葉季。もう全員死にかけだ。どうせなら、最期朱己に賭けても……いや、命を預けてもいいだろう」
我らの戦いに終止符を打てるのは、朱己だけだ。
生まれた瞬間から切望していた、本当の意味での死が、目前に迫っている。今までこれ程までに胸が高鳴ったことがあったか。そして、それを我に与えるのは朱色の雫だと。
だが今、我らは生きるために朱色の雫に命を預けようとしている。こんなに可笑しいことがあるか。
残された僅かばかりの力を、それぞれ朱己に渡しながら、腕をヴィオラの弦で縛る。
一蓮托生というのは、こういうことなのだろう。
「行くわよ、向こうも待ってるみたいだし?」
「ああ」
「ありがとう、皆」
前世では叶わなかった、願い。
今世で叶うとは、皮肉なものだ。
だがそれでも、今隣にいることができるなら、それもまた喜ぶべきことか。
――想いはここに置いていく。
祭。今なら、貴様の気持ちが少しだけわかる。
想いは荷物だ。逝くなら、抱えていく想いは少ないほうがいい。
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