新訳 Death-Drive

ユズキ

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第1部

第4話 "エル・シド"

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ディエゴ・ジーゲリウス








館の前にはE社の印が入った車が停まっていた。

「こちらディエゴ・ジーゲリウス、現着した。敵の鎮圧と、ミリア隊員の救助は完了だ!…と。」ディエゴはノアムに顔を向けた。「白喰いがどうしてここに…それも、遠征隊の隊服を着てやがる。」
ミリアが慌てて「彼は仲間です!とにかく事情があるの、だから剣を向けないで!」とノアムを庇った。
「事情は知らんが、知ったところで殺人犯を見過ごすわけにも匿うわけにもいかん。ここで斬る。」ディエゴの持つ剣が、雷鳴を発した。
「やめて!彼と戦うのなら私が…!!」ミリアは槍を構えた。
「待て!」ノアムがミリアの前に出た。「いいだろう。俺がお前と戦おう。ただし、俺が勝ったらミリアの言う通りにしてもらうぞ。」と、威勢よく剣を構えた。
「でも…!」ミリアがノアムを止めようとした。
「いや…筋は通すさ。お互いにな。」ノアムはディエゴと対峙した。

「チッ…」ディエゴは戦闘態勢に入った。
そして

「行くぞッ!」とノアムが戦いの幕を切り、
「よかろうッ!!」とディエゴが応じた。
剣と剣が交わり、強者同士が激しくぶつかりあった。
「どうした"白喰い"!遅すぎるぞ!!」ディエゴの猛攻でノアムの持っていた剣は叩き落とされた。
ディエゴはノアムを突き飛ばした。
「喰らえ…!!」

「"エル・シド"ーーーーッ!!!!」

ディエゴのEs  エル・シドの雷撃がノアムに放たれた。
しかし、ノアムは無傷で爆煙の中から現れた。
"切り裂きジャック"の完全顕現により、雷撃は防がれた。
「殺せ"切り裂きジャック"!!」
ジャックはその巨体でディエゴに襲いかかった。
(まずい…!)
「エル…」ディエゴは慌てて、雷撃を放とうとした。
「オォオオオオ!!!!」ジャックはディエゴの顔面に裏拳を打ち、よろめかせた。
「いいね…乗ってきたよ」ノアムはにやりと笑った。切り裂きジャックを自身の体に戻し、ノアムは力を溜めた。
そして、離れた地点から一気にディエゴの目前まで間合いを詰め、彼を斬り伏せようとした。
「お返しだ」ディエゴはノアムの頬に裏拳を打ち、真横に吹き飛ばした。
(速い…!?それに…なんだか痺れて…!)ノアムは地に伏した。
(奴と剣を打ち合ったとき…そして奴の打撃をくらったとき…身体が痺れて、動きが鈍くなる…)
(なるほど…奴の"エル・シド"の能力は雷を発つ技なんだな…!)
ノアムは立ち上がり、自身の鼻から吹き出た血を拭った。
(あ…)

ディエゴの剣の先に雷の球が蓄えられている。
(戦闘をはじめてすぐに大技をぶつけるのは、子ども相手に悪いことをしている気もするが… 相手はあの"白喰い"だ…!)

「エル________」

「____シドォッーーー!!!!」

ディエゴは最大限まで貯めた雷撃をノアムに向けて放った。

「ぐああああああああああああああああああああーーーーッ」

ノアムは背後にあった館ごと、巨大な雷の球に包まれ、黒焦げになるまで焼かれてしまった。

ディエゴは手に持った剣に目をやった。
(チャージした雷の力に耐えられずに…反動で自壊してしまったか…この剣が能力を使う媒介となっているわけだから、この剣が修復されるまで…丸一日は実質的にEsを発動できなくなった。)

(頼む…頼むぞ…)

(この手が通じなければ… 俺は"白喰い"相手にもう打つ手がない。)

「は!!?」ディエゴは前のめりになって叫んだ。

「ディエゴ…」瓦礫の中から、傷だらけだがすました顔のノアムが出てきた。「少しは効いたぜ」ノアムはマントを破り捨て、ディエゴと対峙した。

「へっ…いい顔で笑うようになったな」ディエゴは空笑いした。
(どうする____!?)
(考えろ…!)

(ヤツのEs…切り裂きジャックは…)

("剣"を創造する、背後霊タイプのEs…剣の硬度もそこそこあった…なにより…ヤツの能力の恐ろしいのはその自由度にある…!)

「来い…エル・シド」ディエゴはエル・シドを顕現させた。

(剣の大きさ…本数…形状。工夫次第で格上の敵にも打ち勝てる…!体力な保つのなら、千本の刃だって生み出せるだろう…)

(今の俺が正面からぶつかって勝てるか…!?)

「いいや…いける」

(相手は子ども…俺は10年間遠征隊に所属し最前線で戦ってきた…!俺自身まだまだ未熟だが、経験の差では勝っている…!)

「おいノアム!俺はまだ奥の手を隠している。」
「…?」
「エル・シドを完全顕現させたんだ…わかってるだろ?あの剣が無くても…素手でも、お前とやりあえるぜ。」
「そうか…」ノアムは剣を5本生成した。
そして、小さな3本を切り裂きジャックがディエゴに向かって投げつけた。
「おおおおおッ!!」ディエゴは投げられた小さい剣を躱し、拳が届くところまで近付いた。
ディエゴは力いっぱいノアムに殴りかかった。
(俺はもう殴る蹴るしかできない!ブラフだ!)
雨のようにノアムに連撃を浴びせ、反撃の隙を奪った。
(殴り続けろッ!!)
ノアムが後ろに吹き飛んだところを、更に追い詰めた。
(攻撃を緩めないッ!!)
「あっ!?」ディエゴは倒れてしまった。
「足が…これは  マキビシ…!?」
足にマキビシが突き刺さり、攻撃が止まった。
ノアムはその隙を逃さなかった。
「終わりだ…!」
「エル・シドーーーッ!!」ディエゴは叫んだ。
そのとき、ディエゴの周りに雷が落ちた。
「なにッ!?」ディエゴは驚いた。
(初めてだ…!あの剣がなくともエル・シドの能力を扱えるなんて…!俺は…)

(俺は成長しているッ!?!!)
ディエゴは小さな電撃を発する拳でノアムを殴った。
そして飛び上がり、拳を振り下ろした。
「トドメだーーーーッ!!」
しかしディエゴの右手は切り飛ばされ、攻撃を止められてしまった。
「俺の…!?」ディエゴは切られた部分を、もう片方の手で抑えた。
「何故…」
(あれは…!)
「ハサミ!?」
ノアムはEsの能力で、巨大なハサミを生成していた。
「どうかな…?もう打てる手はないだろ。俺の勝ちって認めてほしいな。」
「クソッ… もう…打つ手が」ディエゴは息を切らしている。
「文字通り無くなったわけだ。これ以上君の体の部位を切り落とされたくないだろ?」ノアムはにっこりと笑った。
「ハッハッハッ…なんて化け物だ…」ディエゴは仰向けになって倒れた。

「ミリア、どうしよう。この人の手切っちゃった。」ノアムはディエゴの右手をプラプラと振りながら、悲しそうな顔で彼女に助けを求めた。
「えっと…私の隊にヘイレンさんが…Es能力で治してくれるから大丈夫だと思うけど…」ミリアはノアムの顔から目を逸らし答えた。
「俺も火傷まみれだし…鼻は血が止まらないし…とりあえず今はあんたの治癒能力で治してくれよ…めちゃくちゃ痛えんだ」
「もう… 次からは仲間同士で殺し合わないでね」ミリアはノアムの頬に手を当てた。

翌日…第6コロニー "マルセイユ"

ノアムは宿舎のベッドで寝て、時間を潰していた。
すると勢いよくドアが開かれ、ミリアがノアムの傍に現れた。
「ノアムー!ラボまで一緒に来て!」
「…どうして?」
「捕虜の…オズワルドについてなんだけど、取り調べに協力してほしいの」
「…俺でいいのか?」
「いえ…実は彼からの指名でね」
「そうか…それならいいんだが」ノアムは上着を取り、ミリアと共に宿舎を出た。

ノアムはマルセイユのラボに収容されているオズワルドと、真っ白な部屋で面会をした。
「なんで俺を…?面識はないはずだが」ノアムは頬を指先で撫でている。
「いや…その  あんたになら頼みやすいって思って」
「何をだ?」
「俺も遠征隊に入りたい。」
「はぁ…  はぁ!?」ノアムは叫んだ。「どういう心境の変化だ?」

「わからねえ。わからねえけど、やりたくなっちまったんだ。」
「俺は今まで…漠然とその日暮らしのためにフィクサーをやってきた…」

「ただ…あんときあのデカブツに、ビビることもなく立ち向かって、更には俺を生かそうとして…そんなお前の姿見てっと…なんだか俺がしてきたことって間違いだったんじゃないかって思っちまって…」
オズワルドは机の上にある、自分の拳を見つめている。
「俺、ずっと間違った生き方をしてきたのかもしれねえ…でも本当は正しいことがしたかったんだ…そう檻の中で考えたのさ…」

「昨日見ただろう、反社会的勢力に属してる俺みたいなのは、先輩からこわーいイジメを受けるんだ…そう扱われる覚悟はあるのか?」ノアムはオズワルドに尋ねた。
「ああ…当然だ。そんなことがあっても乗り越えてみせる」オズワルドは真っ直ぐノアムを見つめた。

「まあ、キツイのはそれだけじゃないけどさ…」ノアムは苦笑した。「ただな、オズワルド。自分のしたことは…自分に返ってくるよ。俺はまだまだ子どもだけど…それは学んだ。この短い人生で…」
「だから、お前もせいぜい善行を詰めよ。」ノアムは席を立った。
「ミリアには俺から話しとく。お前は…適当に本でも読んでおけ。」
「ああ…すまない。ありがとう。」オズワルドは深く頭を下げた。


そして、その日の晩…ノアムがミリアと共に過ごしている宿舎に、デイビッド博士がやってきた。
「ミリアから話は聞いたよ。収容したフィクサー…オズワルドが、遠征隊に入りたいと言ったのは本当か?」
「ああ、本当だ…」「だが、俺のようにそう何人もポンポンと悪人を引き入れて大丈夫なのか?」ノアムは尋ねた。
「もちろんだ。Es能力者は貴重だからな。人材不足の我々遠征隊は積極的にフィクサーやそういった者を手駒に加えている。」
「言い方よ…」ノアムはジト目で博士を見つめた。
「ハハ…まあ、実際今のあり方では君たちは本当に手駒に過ぎないからね…遠征隊なのに、遠征任務がないときは病人の相手や、廃棄物の処理、特殊清掃をやらされることもあるからな。」
「人材不足の俺らに雑用押し付けんなよ…」
「否、仕方がないのだ。Es能力者は疫病やら放射線やらに完全な耐性を得ているからな。」
「一般人がやるには危険が伴う仕事を任される…それが遠征隊の実態なんだ」デイビッドはため息をついた。「10年前はこうじゃなかったのになあ…」
「そう…で、オズワルドは正式な入隊ができるのか?それとも、俺のように素性を隠して活動するのか?」ノアムは少し笑みを浮かべて尋ねた。
「彼は指名手配されていないから問題ない。元フィクサーでも、公に記録が残っていなければ暗黙の了解でスルーされるんだ。」
「じゃあ、新メンバー採用ね」ミリアが横から入った。
「フフフ…彼はフィクサー、裏社会の事情に我々よりも詳しく、虚無の使徒についても多くを知っていることが期待できる。これからが楽しみだ。」デイビッドはそう言うと、宿舎を後にした。

ノアムは寝室に戻り、ベッドに座った。
「ノアム!」ミリアは後ろからノアムに飛びついた。
「ああ…なんだよ?」ノアムはぶっきらぼうに言った。
「色々あったけど新メンバーが加入して…目的達成にまた一歩近付いた気がするよ!」ミリアはご機嫌に言った。
「だがあいつがあの場にいた者を皆殺しにしてくれたせいで結局カインや、虚無の使徒については何もわからなかったぞ。」
「でも、博士が言っていたように彼は私たちよりも裏社会の事情に詳しいのよ!きっと虚無の使徒についての有益な情報も持っているわ!」
「でもまあ、そうだな。戦力としても申し分ない。今後が楽しみだ。ディエゴも強かった。」
「ノアムもね。あの時はハラハラしたけど…」
「すまなかった、ミリア…怖がらせてないか?もう二度と味方同士とやり合わんぞ…」
「そうね、それがいいよ…私たちは任務で命を預ける仲間なんだから。」
「仲間か…悪くない響きだな。」ノアムは満足そうな顔を浮かべ、ゆっくりくつろいだ。
やがて、ノアムは眠りに落ちてしまった。
(…そういう顔もするのね。)
ミリアはノアムをじっと見つめた。そして微笑み、ノアムに毛布をかけて、彼女もまた眠ってしまった。

そして、夜が明けた。
いつの間にかノアムの隣で寝てしまったミリアは、目を覚ますと、自分がノアムと同じ毛布に入っている、を見つけた。
「あ…」
(かけてくれたのかな…)
ミリアは体を起こし、そっとノアムの髪を撫でた。
(陽の光でも浴びたいな…)
ミリアはカーテンを開け、偽りの太陽光を浴びた。
「はは…」
ミリアは眠っているノアムの方を見た。
(お父さんは…必ず生きてるよね…)
(この子と会ってから状況が良くなってきてる…会える日が…きっと近いんだ)
ミリアはもう一度、ノアムの頭を撫でた。
「あのときの仕返しだぞー。」と、しばらくノアムの頭を撫で続けた。




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