植物人-しょくぶつびと-

一綿しろ

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騙し討ち(終話)

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「しばらくすると、梅子と菫太郎が同時期に消えたと二人が駆け落ちしたのではないかと言う噂が広がりました」
「はあ……」

 桜子の話はまだ続くのだろうか。特に新情報もないしそろそろ終わらせてもらいたい。

「で、何だかんだあってあんたは目出度く愛しの探偵さんと夫婦になったという訳ですね、それなのに今になってなぜ俺に依頼を?」

 俺がそう話題をふると桜子は驚いた顔をした後に、微笑んだ。

「ええ、子供にも恵まれ、孫も生まれ……夫の最後も看取った時、ふと梅の花の香りをかいで……思い出してしまったんですよ、この事を」
「なるほどね、終活……と言った所ですか」

 ……。

 その時、何か違和感を感じた。梅の木から妙な気配を感じるのだ。
 命の大元である薬は抜いた、もうただの枯れ木になっているはずなのだが……。
 そこまで考えてふと思い出す。

「妹さんが木の状態になったのは、彼女自身になった実を食べたからでしたよね」
「ええ、橘の薬で植物妖になり、その後に自らが作り出した実でこの姿になりましたけど、それが何か?」

 オ……サ……。

 違和感が濃くなる。
 つまり、この梅の木は「橘の薬」と「まがい物の実」の二つが使われてる事になる。
 力の大元である橘の薬は取り除いた。だが、もう一つのまがい物の方はまだ残っている。
 まがい物だけで植物化した場合その力はその時点で使い切られてしまう。
 けれど、この木は二つの薬の力が作用していた。
 もしも……橘の薬がまがい物に作用してそちらにも植物妖としての力を与えられていたら……。

 まずい!

 オネエサマ、ムカエニキテクレタノネ。

「桜子! そいつから離れろ!」
「え?」

 俺が叫んだその時、桜子が手を置いていた木の幹がぐばと割れる、桜子はバランスを崩しその空いた空洞に倒れ込む。

「桜子!」

 慌てて手を差し伸べるが間に合わず、倒れこんだ桜子を喰らうかの様に空洞が閉じ、彼女は木に飲み込まれてしまう。
 骨を砕き肉を押しつぶす音が辺りに響く。同時に血の匂いが漂い出した。

 アア、オネエサマ。ヤットワタシノモノ。

 木から湧き出る脳に響くような声……いや、振動と言ったほうが正しいだろう。脳みそが割れそうだ。
 この木……梅子はじっと機会を伺っていたんだ。おそらく最初に二人でここを訪れた時から。
 自分を枯らせ終えたと俺が連絡し、姉が油断して自分に近づくこの時を。
 つまり、俺もこいつに騙されていた訳だ。

「ちっ! 俺を欺くとはいい度胸じゃねぇか!」

 オネエサマ、オネエサマ、オネエサマ。ウメコハ、オネエサマヲアイシテイマス。

 気持ちの悪い振動が脳を揺さぶり続ける。
 それに耐えながら手に意識を集中させ、幹の中にめり込ませる、何処だ! 焦って集中できない! コツンと指に触れるものがある。
 こいつか! それを掴み強引に引き抜く。

 コレデ、ズットイッショ。

 取り出した白い実を指で押しつぶす。その瞬間、脳に直接響いていた振動がピタリと止んだ。
 頭がくらくらする……ああ……疲れた……。
 橘の薬とまがい物を同個体に使うと、植物化した状態でも妙な力を使える様になるのか……また新情報を手に入れられた事には感謝だな。二度とあの脳が割れるような感覚は味わいたくないが。
 そうだ、桜子を助けなければ……いや、あの音から察するにもう助からないだろう。
 依頼人を死なせてしまったのは俺の未熟さのせいだな、本当に嫌になる。
 その場に座り込み梅の木を見上げる。
 するとどうだろう、枯れていた枝に蕾がなると勢いよく咲き出した。その身に愛しい姉を抱いて、その喜びを表現するかのように咲く梅の花とその香りに圧倒される。
 だがほんの一分ほどで全ての花は枯れ落ちてしまう。花を咲かせた事で残っていた力をすべて使い切ったのだろう、今度こそ完全に枯れ木になった様だ。

 愛しい姉を手に入れ、自分を殺しに来た俺にも一泡吹かせる事ができた。
 ……梅子の完全勝利だなこりゃ。

「これで、満足かい? 梅子さんよ」

 そう声をかけても、もう梅の木は静かに佇むだけだった。

<了>
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