Talking Rain~4月の雨と君の魔法~

雪村穂高

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帰りの会

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 普段なら6時間目の授業の後は掃除の時間があり、そのあとに帰りの会が行われる運びになっている。しかし今日は掃除の時間を潰して、上履きを盗んだ犯人捜しが行われることになった。 

 そして今、その場で槍玉に挙げられているのはこの私だ。 

「それで、私たちはシャロが怪しいと思ったわけ。でもシャロはやっていないって言う。そればかりか私が犯人を見つけてあげるとか言い出してんの」 

 黒板の前に立っている上原が高圧的な笑みを浮かべる。その横には小川の姿もある。クラス担任の高山先生は机に座ったまま事の成り行きを温かく見守ってくれている。 

「で、見つかった?」 

 なんとなく爬虫類っぽい顔をしている人っている。上原の顔を見るたび、蛇によく似ているなと私は思う。でも、私はもう蛙じゃない。ただ少し不愉快な顔だな、とは思う。 

「誰がやったかはまだわからない。ごめんなさい」 

 相手に煽られることに慣れた私は、決して取り乱すことはない。それに、この場で槍玉にあげられること、彼女らから激しく責められるであろうことはすでに予想できていた。なのでポーカーフェイスに平坦な口調で、彼女らに応じることができた。 

「そりゃそうよねだってあなた自身が犯人なんだから!」 

 私の言葉を聞くと、小川が教卓をバンと叩きながら早口で叫んだ。彼女の精一杯の大見得について、私は無視をすることを選んだ。 

「でもひとつ確認したいことがある」 

 私は立ち上がり、震える声を抑えるようにして言う。 

 ここからは、慣れないことをするのだ。もしこれからの私の行いがうまくいかなかった場合、私はこの学校での立場と何より大切な友達の隣の居場所を失うことになるだろう。 

 しかし、今更引き返すには遅すぎる。決意だってすでに決めたはずだった。これから話を聞こうとしている人の方を真っすぐ見つめ、私は思い切って話し合いの口火を切った。 

「大津、あなたのジャージを見せてくれる?」 

 突然話の矛先を向けられた大津の猫背が一瞬で直る。席位置の関係上、私からは大津の後ろ姿しか見えない。なので彼の表情は分からないが、さぞ驚かせてしまったのだろう。少しの間を置き、その彼が上半身だけで振り返る。余裕ぶった笑顔を浮かべているように見えるが、その鋭い視線だけは必死の敵意を隠し切れていなかった。視線をぶつけられた私の心臓が早鐘を打った。 

「ロッカーに入っているよ。いつもそうしているようにね。見たけりゃ勝手に見れば?」 

 ひるんでいる場合ではない。私は頷くと、教室後方の大津のロッカー近くの席の男子にそれを確認してもらった。 

「あったよ、大津のジャージ」 

 丸めてロッカーに押し込まれていた大津の下のジャージを広げながら、その男子はまじめそうに報告した。学校指定のジャージには、上のジャージにも下のジャージにも持ち主の名前が刺繍されている。「大津」の文字が腰のあたりに白い糸で刺繍されたそれは、間違いなく大津のものだった。 

 大津は先ほどより大きな態度になる。 

「人のジャージを調べて何のつもりだよ。変態なのか?」 

「下のジャージじゃない。上のジャージはどこにあるの?」 

「……」 

 大津が言葉に詰まった。すると私はうまく彼のウィークポイントを突けたのだろう。 

「どこ? 変態でもストーカーでも何でもいいけど見せて」 

「……ストーカー?」 

 話題をそらすつもりか、それとも時間稼ぎか、大津がその言葉に反応して見せる。どちらにせよ、大津にはもうなすすべはない。私はもう一度、言葉を重ねる。 

「いいから。上のジャージを見せて。今ここで」 

「今日は忘れたんだ」 

 ここまで来てシラを切るつもりか。彼には悪いがそうはさせない。 

「残念だけど彩が見てるの。あなたがそのジャージを手に持っているところを」 

 大津が彩を睨む。そしてゆっくりと目を閉じると演技じみた深い嘆息をつき、それからやっとのことで諦めたように白状した。 

「黒カバンの中だよ」 

 黒カバンとは学校指定の通学鞄のことである。「じゃあそれを出しなさい」と私が言う前に大津の手が動いた。机の横に下げてあった黒カバンを机の上に乱暴に乗せる。鞄の口を自分のお腹近くまで引き寄せて、誰にも鞄の中が見えないようにしながらもぞもぞと鞄の中で手を動かしている。 

 まな板の鯉となった大津は明らかに怯え、狼狽えていた。その姿は私の罪悪感を意外にも深くえぐったが、それでも私の決意にはひび1つ入らなかった。自分の力だけで今回の件を片付けたとき、私は彩の隣に居場所を得ることができるのだと私は信じていたし、それはもう手の届く距離にまで来ていた。私は万難を排しそれを手に入れなければならない。 

 たっぷりと時間をかけ、やっと取り出したそのジャージはくしゃくしゃになり、色も普段より濃くなっていた。それを見て私は自分の推理が当たっていることを半ば確信した。 

「濡れているように見えるけど」 

 先ほどよりもゆっくりと、丁寧な発音で彼に説明を求めた。 

「今日学校に来る途中、雨で濡れたんだ」 

 まだ足掻くつもりか。私は若干の苛立ちを感じずにはいられなかった。おかげで先ほどの罪悪感は綺麗に消えてなくなった。 

「今日の細かい雨じゃそんなびしょびしょに濡れないでしょ。百歩譲って本当に雨に打たれたのだとして、下のジャージは濡れずに上のジャージだけびしょびしょになったのはどう説明するつもり? しかも、なんでその濡れたジャージを体育の授業に持っていこうとしたの? どう考えてもおかしいよね」 

「……」 

「もう一度訊くね。どうしてそのジャージはそんなに濡れているの?」 

「……」 

 大津の唇は頑固な二枚貝のように固く閉ざされたまま開かない。 

「あなたのやったことは誰に責められるようなものじゃないはずでしょ。正直に言えばいいじゃん。黙っているなら、私が代わりにその理由を言ってあげる」 

 大津に答える意思があるかどうかを確認するために私はそこで間を取る。しかし大津は、沈黙を守り続けた。あるいは私の声はもう彼には届いていないのかもしれない。教室に掛けられた時計の秒針が5回震えるのを数えてから、意を決して私は言う。 

「あなたは上原や小川に嫌がらせをするために2人の上履きを盗んだんじゃない。そもそもそれは盗みとすら言えないのかもしれない。ただ上履きを一時的に武道場の玄関から運び出さなければならなくなっただけだもの。なぜならあなたは体育の授業に遅れて来た時、武道場の玄関で――」 

「待って!」 

 雷のような声が後ろから私を貫いた。とうとう自分の推理に確信を持ち、興奮状態でまくし立てていた私はびっくりしてその大きな声の方向に振り返る。もちろんそこには彩がいた。 

 一転して静まり返った教室の中で、彩がゆっくりと立ち上がった。私の耳がおかしくなってしまったのか、それとも彩が魔法を使ったのか、教室内は完全なる無音に包まれた。彩が立ち上がる際の椅子を引く音すらも聞こえなかった。 

 誰もが注目する中、彩は絵本を読み聞かせる母のように穏やかな口調で大津に告げた。 

「大津くん。たぶん、全部ばれてるよ」 

 声は小さかったが、その声は教室を満たしていた静寂を震わせて室内の隅々にまでよく響いた。 

 その声の後では、誰も何も言えなかった。殺人をしてはいけないとか、家族は大切にせねばならないとか、そういった誰に教えられるまでもなく人間として先天的に備わっている本能として、今は余計な物音を立てることは許されないのだと、ここにいる全員が無言のうちに承知していた。 

 どれくらい時が経っただろう。その重い沈黙を破ったのは大津だった。彼以外にこの沈黙を破ることができる人などいなかった。彼がしゃべらなかったとしたら、私たちは全員3日後に今と同じポーズのまま脱水症状で死んでいただろう。 

「俺がやりました」 

 大津のその一言をきっかけに、生徒たちのざわめき声が教室に飛び交い始める。 

「本当に大津が犯人なの?」 

 上原が信じられないといった顔で大津を問いただす。 

「高岡、何か知っているのか?」 

 高山先生が迷子になった子供のような顔で彩に問いかける。 

 彩はそれには答えない。ただ大津の方を見つめたまま口を結んで直立している。 

 教室のドアの向こうでは、何事かと隣のクラスの生徒がドアの窓越しにこちらを覗いている。恥ずかしさが戻ってきて、私は慌てて席に着く。座ってから実感する。私の出番はこれで終わったのだ。 

「大津、上履きを2人に返しなさい」 

 高山先生がそう命令した。 

 しかし、自分が犯人だと名乗り出た大津は上履きを出そうとはしない。それどころか、その場で石像のように固まったまま微動だにしない。 

「先生」 

 彩が発言をしてもよいか、と高山先生に目で問いかける。呼びかけられた先生は弾かれたように彩の方に体を向けなおした。 

「高岡、まだ何かあるのか」 

「はい。お願いが」 

 高山先生は無言で続きを促す。 

「私とシャロと大津くんだけを残して、クラス全員に教室から席を外していただきたいです」 

 さすがに面食らったらしい高山先生は、彩に理由を尋ねた。 

「どうしてだ?」 

「すみませんが、それはここでは言えません」 

 先生はしばらく黙考する。 

「わかった。今日はこれで解散とする」 

「そんな! まだ上履きを返してもらっていない!」 

 上原が叫ぶ。 

 小川は呆気にとられたような顔をしたまま黙っていた。 

「ごめんなさい、上原さん、小川さん。今日はそれができないの。明日必ず返すから」 

 彩がそう言うと、しぶしぶ2人は納得したようだった。 

「じゃあ帰りのあいさつを」 

 先生が促すと、従順な日直が「起立、礼」と号令をかけ、「さようなら」の唱和をクラス全員で行い、帰りの会の幕が降りた。
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