「死にたい」と叫んだのは私

彩景色

文字の大きさ
2 / 9

広い部屋

しおりを挟む



「———死にたい」



 一体何度、そんな言葉を聞いたのであろうか。

 交差点の横断歩道。

 地下鉄の専用席。

 三つ隣の椅子の上。


 どこへ行っても、その言葉は呪いのように付き纏う。どす黒く、排煙にも似た質感で、水蒸気よりも確実に重い。喩え誰かが消えたとしても、亡くなったとしても、誰もそれを受け止めてはいない退屈な日常。今日はもう四二回目だった。


 淀む排他的な空気の中で効率だけを搾取する。期待値を考えず、感性を疎かにして、誰かのため、何かのための大義名分を振りかざし、ただ、ただ考えているふりをする。美徳と欺瞞と虚栄とが醜く隠され混沌としたこの澆季混濁の世間では、みんなが皆、三流役者だ。

 朝、はじき出した最短距離の駅へとみんなが挙って歩み出す。当然“レディー”の掛け声も有りはしない。超能な意思疎通によって、いつの間にかの知らないうちにスタートしている。知らない誰かの奇妙な無音の合図とともに、偽の革で作られた汚れた靴を精なく道に運ばせる。無情な叫びが無音となって街の隙間に鳴り響く。聞くに堪えないその声は、既に誰も聞いてやしない。

 聞こえてももういない。

 彼らの耳は二十世紀の大発明を自慢げに、半径5メートルへ不快な雑音を届けるプラスチックを携えることで精一杯だ。両耳を塞ぐそのイヤホンは、まるでその中自体を嫌うように、抗うように、どこかの誰かが作った知らない何かを、さも自身がもっとも価値のある存在かのように踏ん反り返って嘆く老人の喚きのような騒音を無機質に流していた。

 その他、大勢。

 ゆるいスーツ、汚れた革靴、古びた鞄。ボサボサ頭に黄ばんだ歯。そんな社会を担うサラリーマンと、着慣れていない新新品の黒スーツに黒い鞄、お先真っ暗のはずなのに、みんながみんな群がって楽しそう悪愚痴を言ったり来たり。

 溜まった窒素を思いきり吐き出すその光景は、マイケル・ジャクソンかデヴィッド・ボウイが死んだからだとばかり思っていた。あるいは黒澤明、或いは蜷川幸雄、或はスティーブ・ジョブズ、ジョン・レノン・・・・。

 絶望という二文字にはあまりにも失礼すぎる。軽すぎる。メリークリスマスも言えない年であるだろうから、サンタクロースがこの戦場から助け出してくれるはずもない。だけれども、それでも期待してしまうのだ。

 まだ何か、この絶望の近似値から、無限大に発散するか、あるいは0に収束するのか、その人生と社会の不確定性が証明できる限り、諸行無常である限り、未だその可能性を自ら0に収束させることもできなかったのだ。

 だから、救済でも、解脱でも、悟りでも、サンタでも、どれでもいい。この虹彩の先に広がる不条理でつまらない世界を、変える何かが欲しかったのだ。

 いくら相対性証明されていても、重力波が存在したとしても、一日一日カレンダーは刻一刻と捲られる。秒針は確実に一秒と思われる速度で進み、一日経てば数字は変わる。


 そう、確かに進んでいる———はずである。


 だのに、古時計の針が進んでいないかのようで、砂時計の砂が落ちるように空気の絶対量が減ってしまっているかのようで、息苦しかった。
 だけれども、この感情のクオリアを証明する解法を持ち合わせていないことに憤慨していたのも、また事実である。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
 毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 連載時、HOT 1位ありがとうございました! その他、多数投稿しています。 こちらもよろしくお願いします! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

あっとさん
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

異世界ママ、今日も元気に無双中!

チャチャ
ファンタジー
> 地球で5人の子どもを育てていた明るく元気な主婦・春子。 ある日、建設現場の事故で命を落としたと思ったら――なんと剣と魔法の異世界に転生!? 目が覚めたら村の片隅、魔法も戦闘知識もゼロ……でも家事スキルは超一流! 「洗濯魔法? お掃除召喚? いえいえ、ただの生活の知恵です!」 おせっかい上等! お節介で世界を変える異世界ママ、今日も笑顔で大奮闘! 魔法も剣もぶっ飛ばせ♪ ほんわかテンポの“無双系ほんわかファンタジー”開幕!

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

処理中です...