狐火の市 猫又ニア編

はなまる

文字の大きさ
9 / 10

其ノ九 ハルカ

しおりを挟む
 狐の婆さまの耳飾りは、あやかしが人の姿に化けるための道具だ。狐火の市で、ニアがアサガオ模様の浴衣を着た小さな女の子になったのと、同じ術がかけてある。

 これを魂のダイスケが使えば、きっと生きていた頃の姿をとることが出来る。狐火の市では、ダイスケに触れることが出来たし、匂いも感じられた。

 問題は死んでしまった人間は、妊婦や赤ん坊には近づけないことだ。命のはじまりと終わりは、磁石の両端のようなもの。境目があやふやで、だからこそ相入れない。

 ダイスケが言うには、ハルカをぐるっと取り巻いて、見えない壁があるそうだ。建物の中に入ると、その壁がぴっちりと隙間なく、その建物を覆ってしまうらしい。

『無理やり入ろうとすると、突然強い風が吹いて来て、遠くまで吹き飛ばされてしまうんだ。成功したことは一度もない』

 ダイスケがニアの耳飾りの中で、緊張した様子で言った。これでダメならもう後がない。

(きっと上手くいくにゃん。さ、行くにゃんよ!)

 ニアの猫又の技でカチリと鍵を開け、玄関へと滑り込む。すると突然、突風がニアの耳元を吹き抜けて行った。
 耳飾りから、ダイスケを引き剥がすように吹き荒れる。

(うにゃん?! すごい風だにゃー!)

 ダイスケを繋ぎ止めようとすると、ゴリゴリと妖力が削られてゆく。

(うにゅー、ダメにゃん! 妖力が切れるにゃー!)


『猫又の小娘!! 腹に力を入れろ!』

 ニアの頭の中に、声が響いた。

『魂のことわりに逆らうんじゃ。並大抵の妖力じゃ太刀打ちできん。婆が後押しする!』

 婆さまの声と共に、ニアの身体の中心に、後から後から、とんでもなく強い妖力が流れ込んで来る。

(狐の婆さまにゃん?! にゃーもダイスケも、もう何も持ってないにゃんよ?)

莫迦垂ばかたれ。婆は小娘の持ち物なんぞに興味はないわ。年寄りの気まぐれじゃ。妖力も余っとるしの。ほれ、気合を入れろ! 魂の小僧が悲鳴をあげておるぞ!』

(わかったにゃん! ダイスケ! 踏ん張るにゃんよー!!)



   *  *  * *



 ガタンと身体が揺れて、目が覚めた。

「身内の方、一緒に乗って下さい!」

「はい」

 驚いて、急激に意識が戻って来る。ダイスケの……ダイスケの声?

「意識が戻りましたか? もう破水しています。かかりつけ医には連絡済みです。すぐに病院へ向かいます!」

 えっ、破水? もう生まれるの? 救急車?

「ハルカ、気がついたか? 俺も、ニアも一緒に行く。だから頑張れ」

 ニアも? 猫は病院は無理じゃない?

 足元で、えぐえぐと泣く声がする。見ると、浴衣の小さな女の子が、私の太もものあたりに覆いかぶさって泣いていた。

 不思議と、ニアだとわかった。

「お帰りニア、心配したんだよ?」

「ハルカ、キッチンで倒れてたにゃんよ! 無理しちゃダメにゃん!!」

 ああ、夜中に起きて、ニアがいなくて探しているうちに、陣痛がはじまったんだ。

「うん、ごめんね」

「ダイスケを、ダイスケを連れて来たにゃんよ!」

「うん……うん。ありがとうニア」


 ダイスケが黙って、私の手を握ってくれる。心配そうにあたしの顔を覗き込みながら、もう片方の手で、頬をそっと包んでくれる。

 温かくて硬い、大きな手。

 これは夢だろうか? 夢でもいい。なんて幸せな夢だろう。こんな幸せな夢を見られるなら、出産も悪くない。

「ふふふ、頑張るよ。ニアも、ダイスケもいてくれる。あたし、元気な赤ちゃんを産むよ。任せて!」

 泣いてる場合じゃないなぁ。あたしは今から、お母さんになるんだ。でも……今だけは、もう少しだけ、甘えていたい。

 せめて、病院へ着くまでの間だけでも……。




   *  *  * *



 産院に着いて診察を済ませると、すぐに陣痛室入りだった。ニアもダイスケも、緊張した顔で着いて来てくれた。陣痛と陣痛の間の時間、二人と色々な話をした。

 ダイスケが死んでから、何をしていたか。ニアがあたしのために、どんなに頑張ってくれていたか。

 嬉しくて、申し訳なくて、二人が堪らなく愛おしかった。

 ニアと二人で、死んでしまったダイスケに文句を言ったり、ダイスケと二人で改まってニアにお礼を言ったりもした。

 陣痛が来ると、二人で手を握って励ましてくれた。

 あたしは世界一、幸せな妊婦だと思った。

 ニアの猫又修行の話や、不思議な狐火の市の話も聞いた。力を貸してくれた狐の婆さまには、何かお礼が出来ると良いなぁ。

 そしていよいよ分娩室に入る時も、二人が待っていてくれると思うと、何も怖くなかった。


 生まれた赤ちゃんは、それはもう、元気いっぱいの男の子だった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

処理中です...