19 / 25
第十九話 夏の大三角形がどの星かわからない
しおりを挟む
「大丈夫ですか?」
俺と克哉は急いで祭り執行部の法被を脱いで、自転車から降りてうずくまる蓮水に走り寄った。
「怪我は?」
「あ、ああ……膝が……」
ダメージジーンズから出た蓮水の膝は、大きく擦りむけて出血していた。
「骨折とかしてないですか? 頭は打っていない?」
俺は蓮水に話しかけながら、克哉に目で合図する。これを以て『交通事故』『被害者であり加害者(自爆なので)』とするならば、もう通行止めを解除したほうが良い。この騒ぎで警察でも呼ばれてしまったら、悪戯では済まなくなる。
克哉はすぐに意図を察して、小さく「撤収?」と聞いてきた。俺がうなずくと素早く三角コーンや通行止めの張り紙を回収私に走る。さすがの以心伝心。さすが俺!
「救急車、呼びますか?」
座り込んでいる蓮水に声をかける。
「えっ! いやいや! 膝を擦り剥いただけです! 大丈夫!」
蓮水が慌てて立ち上がると、ほのかに酒の匂いがした。
「お酒、飲んでますね? 自転車でも飲酒運転はダメですよ。人混みにでも突っ込んだら、怪我では済まないこともある」
ジロリと睨んで脅す。こいつは少し反省した方がいい。
「あ、ほんの少しなんです! 酔っぱらうほど飲んでないんです! なんか夕方から酒飲むたびに具合悪くなって……もう帰って休みますから、警察には連絡しないで下さい!」
あのあとまた呑んだのか? 懲りないヤツだな!
「わかりました。でも、その代わり……二度と飲酒運転するなよ! 俺の恋人は飲酒運転のバイクに跳ねられて死んだんだ」
確かに目の前のあんたは、美咲を跳ね飛ばしてはいない。でも、二十年前のことを俺は許すつもりはない。
「はい! すみませんでした!」
蓮水は直立不動で頭を下げて、車輪の歪んだ自転車を押して帰って行った。
『蓮水達彦が、軽い酒気帯びで自転車に乗って、事故発生時間に、事故現場の電柱へと突っ込んで怪我をした』
これは、俺が想定していたよりもずっと、俺の知る事故と近い状況だ。
『蓮水達彦が、酩酊状態でバイクを運転して、事故発生時間に、事故現場に居合わせた美咲と早川を巻き添えにして電柱に突っ込み、意識不明の重体となる大怪我をした』
『事故発生時間』に『事故現場』で『被害者(蓮水)』と『加害者(蓮水)』がいる事故が起きたのだ。
可能な限りの『すり替え』に成功したんじゃないか?
「イチさん! あの人、どーした?」
通行止めを解除した克哉が戻り、肩で息をしながら言った。
「膝、擦りむいただけだから大丈夫だってさ。自転車押して帰ったよ」
「そうなんだ……。なぁ、イチさん。さっきので、『交通事故』ってことになるのか? あんなでいいのか?」
「あいつが『蓮水達彦』なんだよ。加害者が事故発生時間に、電柱に突っ込んで怪我をしたんだ。克哉……、美咲と早川の安否確認してみてくれるか?」
「えっ、あの人が蓮水なの⁉︎」
克哉は卒業アルバムで見た蓮水と、自転車で電柱に突っ込んだ人物を、同一人物だとは認識していなかったようだ。慌てて尻ポケットから携帯電話を取り出す。
「イチさん、美咲も早川も無事だ!」
そうか……。無事か……!
時刻は22時20分。ちょうど俺が、クラスメイトから美咲の事故を知らされた時間だ。無意識のうちに、大きなため息が漏れた。
俺はたぶん今、とても情けない顔をしている。その顔を克哉に見られたくなくて、視線を上へと向ける。
そこには、俺の住む二十年後の都会とは比べものにならないほどに綺麗な、夏の夜空が広がっていた。
* * * *
「俺はもうしばらくここで様子を見るよ」
姉貴に事の顛末を報告して、克哉を迎えに来てもらった。時刻は23時を回っている。いくら祭りの日とはいえ、高校生は家に帰る時間だ。
この時間軸に迷い込んでから、この日を目標に慌ただしく駆け回った。終わってみればあっという間だった。
終わった……と言う認識でいいのだろうか?
橋の欄干に寄りかかり、タバコに火をつける。祭りから帰る人波が途切れれば、時折り車が通り過ぎるだけの田舎の国道だ。祭りの喧騒が嘘のように静かな夜だ。
星空を眺めながら一服してから、俺は半分無意識で明るい方へ……コンビニへと向かって歩いた。何を買いに来たわけでもないので店内をぶらぶら歩き、ふと思い立って、アイス売り場でコーヒー味の双子アイスを買って店を出た。
橋のたもとの事故現場まで戻って立ち止まる。俺はこの場所も長い間避けていた。
アイスを半分に割って片方を自分で咥え、片方を地面へと置く。あの頃、よくこうやって二人で分けて食べたことを思い出したからだ。当時の俺は、この場所に花を手向けることが、どうしても出来なかった。
「美咲……終わったよ。なんとかこの時間の美咲は死なずに済んだみたいだ」
俺の時も、イチさんが来てくれれば良かったのにな。
そんなしょーもないことを考えたら、目頭が熱くなった。美咲のために泣くのも、ずいぶんと久しぶりだ。
スマホの時計が12時を回り、美咲の命日が終わった。
「小説とかだと、このタイミングで元の時間に戻れそうなもんだよな」
真夜中のテンションで、声に出して言ってみる。フラグのひとつも立つだろうか?
しばらく身構えて待ったが、目の前の景色は少しも変わらなかった。
ふと、別れ際に克哉が言っていたことが気にかかる。
『俺、あの人知ってるよ。パン屋の向かいのコンビニの人だろう? しょっちゅうパン買いに来るって美咲が言ってた』
美咲のバイト先のパン屋は、蓮水の働いているコンビニの向かい側にある。二人が顔見知りというのも不自然じゃない。
でも……。
交通死亡事故の、被害者と加害者が知り合いだと考えると……。
それは『偶然』と呼ばれる不幸で片付くのだろうか。
俺と克哉は急いで祭り執行部の法被を脱いで、自転車から降りてうずくまる蓮水に走り寄った。
「怪我は?」
「あ、ああ……膝が……」
ダメージジーンズから出た蓮水の膝は、大きく擦りむけて出血していた。
「骨折とかしてないですか? 頭は打っていない?」
俺は蓮水に話しかけながら、克哉に目で合図する。これを以て『交通事故』『被害者であり加害者(自爆なので)』とするならば、もう通行止めを解除したほうが良い。この騒ぎで警察でも呼ばれてしまったら、悪戯では済まなくなる。
克哉はすぐに意図を察して、小さく「撤収?」と聞いてきた。俺がうなずくと素早く三角コーンや通行止めの張り紙を回収私に走る。さすがの以心伝心。さすが俺!
「救急車、呼びますか?」
座り込んでいる蓮水に声をかける。
「えっ! いやいや! 膝を擦り剥いただけです! 大丈夫!」
蓮水が慌てて立ち上がると、ほのかに酒の匂いがした。
「お酒、飲んでますね? 自転車でも飲酒運転はダメですよ。人混みにでも突っ込んだら、怪我では済まないこともある」
ジロリと睨んで脅す。こいつは少し反省した方がいい。
「あ、ほんの少しなんです! 酔っぱらうほど飲んでないんです! なんか夕方から酒飲むたびに具合悪くなって……もう帰って休みますから、警察には連絡しないで下さい!」
あのあとまた呑んだのか? 懲りないヤツだな!
「わかりました。でも、その代わり……二度と飲酒運転するなよ! 俺の恋人は飲酒運転のバイクに跳ねられて死んだんだ」
確かに目の前のあんたは、美咲を跳ね飛ばしてはいない。でも、二十年前のことを俺は許すつもりはない。
「はい! すみませんでした!」
蓮水は直立不動で頭を下げて、車輪の歪んだ自転車を押して帰って行った。
『蓮水達彦が、軽い酒気帯びで自転車に乗って、事故発生時間に、事故現場の電柱へと突っ込んで怪我をした』
これは、俺が想定していたよりもずっと、俺の知る事故と近い状況だ。
『蓮水達彦が、酩酊状態でバイクを運転して、事故発生時間に、事故現場に居合わせた美咲と早川を巻き添えにして電柱に突っ込み、意識不明の重体となる大怪我をした』
『事故発生時間』に『事故現場』で『被害者(蓮水)』と『加害者(蓮水)』がいる事故が起きたのだ。
可能な限りの『すり替え』に成功したんじゃないか?
「イチさん! あの人、どーした?」
通行止めを解除した克哉が戻り、肩で息をしながら言った。
「膝、擦りむいただけだから大丈夫だってさ。自転車押して帰ったよ」
「そうなんだ……。なぁ、イチさん。さっきので、『交通事故』ってことになるのか? あんなでいいのか?」
「あいつが『蓮水達彦』なんだよ。加害者が事故発生時間に、電柱に突っ込んで怪我をしたんだ。克哉……、美咲と早川の安否確認してみてくれるか?」
「えっ、あの人が蓮水なの⁉︎」
克哉は卒業アルバムで見た蓮水と、自転車で電柱に突っ込んだ人物を、同一人物だとは認識していなかったようだ。慌てて尻ポケットから携帯電話を取り出す。
「イチさん、美咲も早川も無事だ!」
そうか……。無事か……!
時刻は22時20分。ちょうど俺が、クラスメイトから美咲の事故を知らされた時間だ。無意識のうちに、大きなため息が漏れた。
俺はたぶん今、とても情けない顔をしている。その顔を克哉に見られたくなくて、視線を上へと向ける。
そこには、俺の住む二十年後の都会とは比べものにならないほどに綺麗な、夏の夜空が広がっていた。
* * * *
「俺はもうしばらくここで様子を見るよ」
姉貴に事の顛末を報告して、克哉を迎えに来てもらった。時刻は23時を回っている。いくら祭りの日とはいえ、高校生は家に帰る時間だ。
この時間軸に迷い込んでから、この日を目標に慌ただしく駆け回った。終わってみればあっという間だった。
終わった……と言う認識でいいのだろうか?
橋の欄干に寄りかかり、タバコに火をつける。祭りから帰る人波が途切れれば、時折り車が通り過ぎるだけの田舎の国道だ。祭りの喧騒が嘘のように静かな夜だ。
星空を眺めながら一服してから、俺は半分無意識で明るい方へ……コンビニへと向かって歩いた。何を買いに来たわけでもないので店内をぶらぶら歩き、ふと思い立って、アイス売り場でコーヒー味の双子アイスを買って店を出た。
橋のたもとの事故現場まで戻って立ち止まる。俺はこの場所も長い間避けていた。
アイスを半分に割って片方を自分で咥え、片方を地面へと置く。あの頃、よくこうやって二人で分けて食べたことを思い出したからだ。当時の俺は、この場所に花を手向けることが、どうしても出来なかった。
「美咲……終わったよ。なんとかこの時間の美咲は死なずに済んだみたいだ」
俺の時も、イチさんが来てくれれば良かったのにな。
そんなしょーもないことを考えたら、目頭が熱くなった。美咲のために泣くのも、ずいぶんと久しぶりだ。
スマホの時計が12時を回り、美咲の命日が終わった。
「小説とかだと、このタイミングで元の時間に戻れそうなもんだよな」
真夜中のテンションで、声に出して言ってみる。フラグのひとつも立つだろうか?
しばらく身構えて待ったが、目の前の景色は少しも変わらなかった。
ふと、別れ際に克哉が言っていたことが気にかかる。
『俺、あの人知ってるよ。パン屋の向かいのコンビニの人だろう? しょっちゅうパン買いに来るって美咲が言ってた』
美咲のバイト先のパン屋は、蓮水の働いているコンビニの向かい側にある。二人が顔見知りというのも不自然じゃない。
でも……。
交通死亡事故の、被害者と加害者が知り合いだと考えると……。
それは『偶然』と呼ばれる不幸で片付くのだろうか。
0
あなたにおすすめの小説
橘若頭と怖がり姫
真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。
その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。
高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
迷子を助けたら生徒会長の婚約者兼女の子のパパになったけど別れたはずの彼女もなぜか近づいてくる
九戸政景
恋愛
新年に初詣に来た父川冬矢は、迷子になっていた頼母木茉莉を助け、従姉妹の田母神真夏と知り合う。その後、真夏と再会した冬矢は真夏の婚約者兼茉莉の父親になってほしいと頼まれる。
※こちらは、カクヨムやエブリスタでも公開している作品です。
診察室の午後<菜の花の丘編>その1
スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。
そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。
「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。
時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。
多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。
この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。
※医学描写と他もすべて架空です。
イケメン警視、アルバイトで雇った恋人役を溺愛する。
楠ノ木雫
恋愛
蒸発した母の借金を擦り付けられた主人公瑠奈は、お見合い代行のアルバイトを受けた。だが、そのお見合い相手、矢野湊に借金の事を見破られ3ヶ月間恋人役を務めるアルバイトを提案された。瑠奈はその報酬に飛びついたが……
【1/20本編堂々完結!】自力で帰還した錬金術師の爛れた日常
ちょす氏
ファンタジー
「この先は分からないな」
帰れると言っても、時間まで同じかどうかわからない。
さて。
「とりあえず──妹と家族は救わないと」
あと金持ちになって、ニート三昧だな。
こっちは地球と環境が違いすぎるし。
やりたい事が多いな。
「さ、お別れの時間だ」
これは、異世界で全てを手に入れた男の爛れた日常の物語である。
※物語に出てくる組織、人物など全てフィクションです。
※主人公の癖が若干終わっているのは師匠のせいです。
ゆっくり投稿です。
女の子がほとんど産まれない国に転生しました。
さくらもち
恋愛
何番煎じかのお話です。
100人に3~5人しか産まれない女の子は大切にされ一妻多夫制の国に産まれたのは前世の記憶、日本で亭主関白の旦那に嫁いびりと男尊女卑な家に嫁いで挙句栄養失調と過労死と言う令和になってもまだ昭和な家庭!でありえない最後を迎えてしまった清水 理央、享年44歳
そんな彼女を不憫に思った女神が自身の世界の女性至上主義な国に転生させたお話。
当面は2日に1話更新予定!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる