九月のセミに感情移入してる場合じゃない

はなまる

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第十九話 夏の大三角形がどの星かわからない

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「大丈夫ですか?」

 俺と克哉は急いで祭り執行部の法被はっぴを脱いで、自転車から降りてうずくまる蓮水に走り寄った。

「怪我は?」

「あ、ああ……膝が……」

 ダメージジーンズから出た蓮水の膝は、大きく擦りむけて出血していた。

「骨折とかしてないですか? 頭は打っていない?」

 俺は蓮水に話しかけながら、克哉に目で合図する。これをもって『交通事故』『被害者であり加害者(自爆なので)』とするならば、もう通行止めを解除したほうが良い。この騒ぎで警察でも呼ばれてしまったら、悪戯では済まなくなる。
 克哉はすぐに意図を察して、小さく「撤収?」と聞いてきた。俺がうなずくと素早く三角コーンや通行止めの張り紙を回収私に走る。さすがの以心伝心。さすが俺!

「救急車、呼びますか?」

 座り込んでいる蓮水に声をかける。

「えっ! いやいや! 膝を擦り剥いただけです! 大丈夫!」

 蓮水が慌てて立ち上がると、ほのかに酒の匂いがした。

「お酒、飲んでますね? 自転車でも飲酒運転はダメですよ。人混みにでも突っ込んだら、怪我では済まないこともある」

 ジロリと睨んで脅す。こいつは少し反省した方がいい。

「あ、ほんの少しなんです! 酔っぱらうほど飲んでないんです! なんか夕方から酒飲むたびに具合悪くなって……もう帰って休みますから、警察には連絡しないで下さい!」

 あのあとまた呑んだのか? 懲りないヤツだな!

「わかりました。でも、その代わり……二度と飲酒運転するなよ! 俺の恋人は飲酒運転のバイクに跳ねられて死んだんだ」

 確かに目の前のあんたは、美咲を跳ね飛ばしてはいない。でも、二十年前のことを俺は許すつもりはない。

「はい! すみませんでした!」

 蓮水は直立不動で頭を下げて、車輪の歪んだ自転車を押して帰って行った。


『蓮水達彦が、軽い酒気帯びで自転車に乗って、事故発生時間に、事故現場の電柱へと突っ込んで怪我をした』

 これは、俺が想定していたよりもずっと、俺の知る事故と近い状況だ。

『蓮水達彦が、酩酊めいてい状態でバイクを運転して、事故発生時間に、事故現場に居合わせた美咲と早川を巻き添えにして電柱に突っ込み、意識不明の重体となる大怪我をした』

『事故発生時間』に『事故現場』で『被害者(蓮水)』と『加害者(蓮水)』がいる事故が起きたのだ。

 可能な限りの『すり替え』に成功したんじゃないか? 



「イチさん! あの人、どーした?」

 通行止めを解除した克哉が戻り、肩で息をしながら言った。

「膝、擦りむいただけだから大丈夫だってさ。自転車押して帰ったよ」

「そうなんだ……。なぁ、イチさん。さっきので、『交通事故』ってことになるのか? あんなでいいのか?」

「あいつが『蓮水達彦』なんだよ。加害者が事故発生時間に、電柱に突っ込んで怪我をしたんだ。克哉……、美咲と早川の安否確認してみてくれるか?」

「えっ、あの人が蓮水なの⁉︎」

 克哉は卒業アルバムで見た蓮水と、自転車で電柱に突っ込んだ人物を、同一人物だとは認識していなかったようだ。慌てて尻ポケットから携帯電話を取り出す。


「イチさん、美咲も早川も無事だ!」

 そうか……。無事か……!

 時刻は22時20分。ちょうど俺が、クラスメイトから美咲の事故を知らされた時間だ。無意識のうちに、大きなため息が漏れた。

 俺はたぶん今、とても情けない顔をしている。その顔を克哉に見られたくなくて、視線を上へと向ける。



 そこには、俺の住む二十年後の都会とは比べものにならないほどに綺麗な、夏の夜空が広がっていた。



     * * * *



「俺はもうしばらくここで様子を見るよ」

 姉貴に事の顛末を報告して、克哉を迎えに来てもらった。時刻は23時を回っている。いくら祭りの日とはいえ、高校生は家に帰る時間だ。

 この時間軸に迷い込んでから、この日を目標に慌ただしく駆け回った。終わってみればあっという間だった。

 終わった……と言う認識でいいのだろうか?


 橋の欄干に寄りかかり、タバコに火をつける。祭りから帰る人波が途切れれば、時折り車が通り過ぎるだけの田舎の国道だ。祭りの喧騒が嘘のように静かな夜だ。
 星空を眺めながら一服してから、俺は半分無意識で明るい方へ……コンビニへと向かって歩いた。何を買いに来たわけでもないので店内をぶらぶら歩き、ふと思い立って、アイス売り場でコーヒー味の双子アイスを買って店を出た。

 橋のたもとの事故現場まで戻って立ち止まる。俺はこの場所も長い間避けていた。

 アイスを半分に割って片方を自分で咥え、片方を地面へと置く。あの頃、よくこうやって二人で分けて食べたことを思い出したからだ。当時の俺は、この場所に花を手向けることが、どうしても出来なかった。

「美咲……終わったよ。なんとかこの時間の美咲は死なずに済んだみたいだ」

 俺の時も、が来てくれれば良かったのにな。

 そんなしょーもないことを考えたら、目頭が熱くなった。美咲のために泣くのも、ずいぶんと久しぶりだ。



 スマホの時計が12時を回り、美咲の命日が終わった。

「小説とかだと、このタイミングで元の時間に戻れそうなもんだよな」

 真夜中のテンションで、声に出して言ってみる。フラグのひとつも立つだろうか?
 しばらく身構えて待ったが、目の前の景色は少しも変わらなかった。

 ふと、別れ際に克哉が言っていたことが気にかかる。

『俺、あの人知ってるよ。パン屋の向かいのコンビニの人だろう? しょっちゅうパン買いに来るって美咲が言ってた』

 美咲のバイト先のパン屋は、蓮水の働いているコンビニの向かい側にある。二人が顔見知りというのも不自然じゃない。

 でも……。

 交通死亡事故の、被害者と加害者が知り合いだと考えると……。


 それは『偶然』と呼ばれる不幸で片付くのだろうか。
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