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第三話 はじめての友だち
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妖魔の隠れ里は、その名の通り隠れている。いや、正しくは『隠してある』のだが、誰から隠れているかというと、それはもちろん『人間から』だ。
陰陽師と呼ばれる職業の人間たちは、妖魔を『使い魔』という名で縛り使役する。まぁ、悪くない契約を持ちかける陰陽師もいなくはないが、タチの悪い者もいて誘拐同然に妖魔の子供をさらったりする。
さらに悪辣なのは『薬師』連中だ。妖魔を薬の材料としか見ていない。爪だのツノだの舌だの心臓だのと、胸の悪くなる処方箋を手に妖魔狩りをする。
隠れ里は、そんな危険から子供や戦う力のない妖魔を守るために、深い峡谷や大きな森の奥、険しい山の頂にあり、人間が足を踏み入れることを拒んでいる。
そういったいくつもある妖魔の里のひとつが、ユズの暮らす『白霧の里』だ。
ここいらは元々霧が多く出る土地柄で、霧降りやら霧惑いなどと呼ばれていた。もっとも、惑わさせるのは人間のみ。方向感覚に優れ、帰巣本能もある妖魔は、霧に惑うことなどない。しかもこの霧の六割は自然のものではない。里の年寄り妖怪たちが張り巡らせた、結界の役割を持っている。
白霧の里には、世に名の知れた大妖怪が三人もいる。
ひとりは、真っ黒い大きな翼を持つ『岳爺』。人間たちが天狗と呼ぶ妖魔だ。岩を降らせたり、地震を呼んだり出来る。
もうひとりは、『茜婆』。夕焼け雲のような大きな耳のある山猫の妖魔で、人間を惑わす幻を自由自在に操る里長だ。
そして最後の大御所が、ユズの婆さまである『炎婆』。炎を豪快に操るくせに、なぜか煮炊きの火加減は出来ない。
この三妖魔は、若い時分にさらわれた里の子供を取り返すために、都で大暴れしたことがあるらしい。
里の年寄りたちが大げさに話しているだけだと、ユズは思っている。だって、都の三分の一を火の海に沈めたとか、帝の屋敷に岩を降らせて全壊させたとか、悪い陰陽師の所属していた組織全員を、正気を失うまで醒めない悪夢に閉じ込めたとか……。話半分にしても怖すぎる。
その噂のせいか、白霧の里に手を出す人間はいない。深い霧に護られて、妖魔たちは呑気に自由に暮らしている。
「ユズは、そとからきたんだよねぇ?」
背中にちっこい翼を背負った少年が、ふわふわと聞いてきた。
「うん。人間の里で生まれて、ずっとそこで暮らしていたよ」
ユズはなるべく優しく説明した。岳爺の孫である厳は、いかめしい名前とは縁遠いほどに、ふにゃりと柔らかそうな男の子だ。
「にんげんは、なにして、あそぶの?」
「お……、追いかけっことか?」
あやうく『鬼ごっこ』と言ってしまいそうになった。それはおそらく言ってはいけない。何しろ、ちび天狗の隣りには、頭に二本のツノを持つ女の子が行儀よく座っている。
「にんげんごっこのこと?」
ちび天狗がサラッと口にする。それはもしかして、逃げる方が人間役だろうか……それとも追う方?
「あはは……。に、似てる遊びがあるんだねぇ!」
気まずい沈黙の中、ちび天狗だけがニコニコとご機嫌だ。
「里の妖魔は人間を追い回して遊んだりしない」
鬼の女の子が、真剣な顔をして言った。
「妖魔の中には悪いやつもいる。人間も同じでしょう?」
ユズは急いでコクコクとうなずいた。少しキツイ大きな目が、じっとユズを見つめている。
「そんなやつらに左右されるのは腹が立つ。好き嫌いは、今、目の前にいる者同士で決めることだ」
なんて強い目だろう。その目は、じっとユズを見つめている。妖魔だろうが半妖だろうが人間だろうが……。関係ないと言っている。
思えばユズは人間の里では異端だった。そして、妖魔の里でも同じだと思っていた。両方の血を引き、どちらとも違う。仕方のないことだと思っていた。
どこにいても着いて回った『相容れない』という孤独感は、ユズを諦めの良い子供にした。
だが。
「ユズ。あたしはユズ。半分人間で、半分妖魔。あたしはあなたが怖くない」
ユズは生まれてはじめて、家族以外に『そのままの自分』を差し出した。受け入れて欲しいと、切実に願って。
「あたしは梓鬼。夜叉鬼の妖魔だよ。あたしもユズが怖くない」
ずいぶんと力のこもった自己紹介が終わり、我に返って気恥ずかしさが湧いてくる。どちらからともなく、よろしくと小さな声で言い合い、ふふふと笑いが漏れたところで、ちび天狗が口を出した。
「おいら、あずきねぇはちょっと、かおがこわい。おこるとツノからカミナリ出るのもこわい」
「なんだって? ちび天狗!」
期せずして『鬼ごっこ』がはじまる。逃げるのは天狗で追うのは本物の鬼だ。捕まっても鬼は入れ替わらないが、カミナリは落ちるかも知れない。
『あずき……、あずちゃん、あず……」
ユズは、出来たかも知れないはじめての友だちの名前を、心の中で何度も呼んでみた。嬉しくて、明日がなんだか楽しみになる。だって、明日も、きっとまた会えるから。
やがて二人は『爆炎のユズ、爆雷のアズ』として、三国に名の轟く優れた術師となる。もっと先の世では、怒らせてはいけない女の代名詞として、本人たちには納得のいかない形で名を残すことになる。
だがそれは、まだまだずっと未来の話。今はただ、可愛らしい女の子が二人、出会って仲良くなった。ただ、それだけの話だとさ。
陰陽師と呼ばれる職業の人間たちは、妖魔を『使い魔』という名で縛り使役する。まぁ、悪くない契約を持ちかける陰陽師もいなくはないが、タチの悪い者もいて誘拐同然に妖魔の子供をさらったりする。
さらに悪辣なのは『薬師』連中だ。妖魔を薬の材料としか見ていない。爪だのツノだの舌だの心臓だのと、胸の悪くなる処方箋を手に妖魔狩りをする。
隠れ里は、そんな危険から子供や戦う力のない妖魔を守るために、深い峡谷や大きな森の奥、険しい山の頂にあり、人間が足を踏み入れることを拒んでいる。
そういったいくつもある妖魔の里のひとつが、ユズの暮らす『白霧の里』だ。
ここいらは元々霧が多く出る土地柄で、霧降りやら霧惑いなどと呼ばれていた。もっとも、惑わさせるのは人間のみ。方向感覚に優れ、帰巣本能もある妖魔は、霧に惑うことなどない。しかもこの霧の六割は自然のものではない。里の年寄り妖怪たちが張り巡らせた、結界の役割を持っている。
白霧の里には、世に名の知れた大妖怪が三人もいる。
ひとりは、真っ黒い大きな翼を持つ『岳爺』。人間たちが天狗と呼ぶ妖魔だ。岩を降らせたり、地震を呼んだり出来る。
もうひとりは、『茜婆』。夕焼け雲のような大きな耳のある山猫の妖魔で、人間を惑わす幻を自由自在に操る里長だ。
そして最後の大御所が、ユズの婆さまである『炎婆』。炎を豪快に操るくせに、なぜか煮炊きの火加減は出来ない。
この三妖魔は、若い時分にさらわれた里の子供を取り返すために、都で大暴れしたことがあるらしい。
里の年寄りたちが大げさに話しているだけだと、ユズは思っている。だって、都の三分の一を火の海に沈めたとか、帝の屋敷に岩を降らせて全壊させたとか、悪い陰陽師の所属していた組織全員を、正気を失うまで醒めない悪夢に閉じ込めたとか……。話半分にしても怖すぎる。
その噂のせいか、白霧の里に手を出す人間はいない。深い霧に護られて、妖魔たちは呑気に自由に暮らしている。
「ユズは、そとからきたんだよねぇ?」
背中にちっこい翼を背負った少年が、ふわふわと聞いてきた。
「うん。人間の里で生まれて、ずっとそこで暮らしていたよ」
ユズはなるべく優しく説明した。岳爺の孫である厳は、いかめしい名前とは縁遠いほどに、ふにゃりと柔らかそうな男の子だ。
「にんげんは、なにして、あそぶの?」
「お……、追いかけっことか?」
あやうく『鬼ごっこ』と言ってしまいそうになった。それはおそらく言ってはいけない。何しろ、ちび天狗の隣りには、頭に二本のツノを持つ女の子が行儀よく座っている。
「にんげんごっこのこと?」
ちび天狗がサラッと口にする。それはもしかして、逃げる方が人間役だろうか……それとも追う方?
「あはは……。に、似てる遊びがあるんだねぇ!」
気まずい沈黙の中、ちび天狗だけがニコニコとご機嫌だ。
「里の妖魔は人間を追い回して遊んだりしない」
鬼の女の子が、真剣な顔をして言った。
「妖魔の中には悪いやつもいる。人間も同じでしょう?」
ユズは急いでコクコクとうなずいた。少しキツイ大きな目が、じっとユズを見つめている。
「そんなやつらに左右されるのは腹が立つ。好き嫌いは、今、目の前にいる者同士で決めることだ」
なんて強い目だろう。その目は、じっとユズを見つめている。妖魔だろうが半妖だろうが人間だろうが……。関係ないと言っている。
思えばユズは人間の里では異端だった。そして、妖魔の里でも同じだと思っていた。両方の血を引き、どちらとも違う。仕方のないことだと思っていた。
どこにいても着いて回った『相容れない』という孤独感は、ユズを諦めの良い子供にした。
だが。
「ユズ。あたしはユズ。半分人間で、半分妖魔。あたしはあなたが怖くない」
ユズは生まれてはじめて、家族以外に『そのままの自分』を差し出した。受け入れて欲しいと、切実に願って。
「あたしは梓鬼。夜叉鬼の妖魔だよ。あたしもユズが怖くない」
ずいぶんと力のこもった自己紹介が終わり、我に返って気恥ずかしさが湧いてくる。どちらからともなく、よろしくと小さな声で言い合い、ふふふと笑いが漏れたところで、ちび天狗が口を出した。
「おいら、あずきねぇはちょっと、かおがこわい。おこるとツノからカミナリ出るのもこわい」
「なんだって? ちび天狗!」
期せずして『鬼ごっこ』がはじまる。逃げるのは天狗で追うのは本物の鬼だ。捕まっても鬼は入れ替わらないが、カミナリは落ちるかも知れない。
『あずき……、あずちゃん、あず……」
ユズは、出来たかも知れないはじめての友だちの名前を、心の中で何度も呼んでみた。嬉しくて、明日がなんだか楽しみになる。だって、明日も、きっとまた会えるから。
やがて二人は『爆炎のユズ、爆雷のアズ』として、三国に名の轟く優れた術師となる。もっと先の世では、怒らせてはいけない女の代名詞として、本人たちには納得のいかない形で名を残すことになる。
だがそれは、まだまだずっと未来の話。今はただ、可愛らしい女の子が二人、出会って仲良くなった。ただ、それだけの話だとさ。
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