これが恋だというのなら、

池代智美

文字の大きさ
6 / 40
夢は語らない side

夢は語らない side:笠

しおりを挟む

 はなまる亭のバイトは楽しい。
 店長の長窪さんは優しいし、先輩達も優しい。
 夕樹はたまにむかつくけど、まあいいバイト仲間だ。
それに何より、はなまる亭にはあたしの好きな人がいる。
 正直一目惚れだった。まず香賀先輩は顔がかっこいい。次にスタイルがいい。そしてなんと性格も抜群にいいのだ。
亡くなった彼女さんを一途に好きでいるのも推せる。
 もっと香賀先輩の事を知りたいから色々話を聞くけど、香賀先輩はあんまり自分の事を話すのが得意じゃないみたいで、いまいち成果を得られないでいた。

 出勤すると早速香賀先輩の後ろ姿が見えて、あたしは元気よく挨拶をした。
するとヒロ先輩があたしをイノシシ娘と言ってきたため、逆に聞き返して睨んでやった。
 ヒロ先輩はいい人だけど、たまに調子に乗るから困る。
 あたしの次は夕樹が出勤してきた。
 冗談でジュース奢ってと夕樹に言うと、夕樹はざけんな馬鹿女と暴言を吐いた。
イラッとしたから香賀先輩には見えない位置で夕樹の足を踏ん付けておいた。
 文恵先輩を見るとかなりぼーっとしていて、あたしは大丈夫かと声をかける。
 文恵先輩はあたし達が若いから見ていたと謎の発言をした。婆さんかよというヒロ先輩のツッコミは失礼だったけど、あたしも同じ事を思った。
 あたしはこっそり香賀先輩の近くに移動した。
 香賀先輩は文恵先輩に長窪さんの居場所を聞くと、納得した顔をした。
 ヒロ先輩が試作品を見てくると休憩室から出ていく。
 香賀さんも厨房に行くと言ったため、あたしもついて行く事にした。
 隣を歩くのは今日はちょっと恥ずかしくて、途中で先輩を追い越して厨房に向かう。
 厨房に着くと邪魔な位置にヒロ先輩がいた。
ヒロ先輩の背中を押して前に行くと、そこには長窪さんの作ったラテアートが並んでいた。
ハートもリーフも可愛かったけど、一番可愛いの3Dあざらしだった。
 長窪さんに天才だと言うと謙遜されたけど、あたしには謙遜する意味がわからなかった。
 長窪さんは今度は3Dの兎と熊を真剣な顔で作り始めた。
 黙って作業を見守っていると、ヒロ先輩がどうやんのそれと興奮気味に声を上げる。
 あたしはやばい可愛いすごいしか言葉が出てこなかった。
 香賀先輩がメニューに加えるのか聞くと、長窪さんはもう少し上手になったらと答えた。
 今のままで充分すごいと言うヒロ先輩に、あたしは頷いて同意する。
そしてそのまま流されて、長窪さんが神である事を伝えに休憩室に戻った。
 香賀先輩にはちょっと怒られたけど、今はあまり気にならなかった。
 休憩室の扉を開けてヒロ先輩とさっきみたラテアートを語る。

「てか動画撮れば良かった……」
「それな」
「そんなすごかったんすか?」
「北島は見てねーからわかんねぇんだろうけど、あれめっちゃ芸術だったから」
「そうそう! あれは見た方がいいよ!!」

 力説すると夕樹はちょっと引きながらも首を縦に振った。
 文恵先輩はあまり興味がないのか、今日もよろしくと言って開店準備に向かった。
 あたしも制服に着替えて開店前のホールの準備を夕樹とする。
 途中見かけた長窪さんにラテアートの写真を撮り忘れたと落ち込むと、また今度と許可を貰った。



 今日は貸切の団体さんが来た。
 持ち込みは魚だったけど、でっかいマグロの塊を持ってきたみたいで、厨房のメンバーはバタバタしていた。
 ホールのメンバーのあたし達もまあまあ忙しかったけど、お客さん達が皆いい人な事もあって、順調に仕事が終わった。
 後片付けをして休憩室に戻ると、テーブルに今日のまかないのマグロ丼が置いてあった。
 美味そうと言うヒロ先輩の声に皆が頷く。
 長窪さんにわさびはどうするかと聞かれて、あたしは手を挙げてわさび抜きをお願いした。
するとヒロ先輩がガキとからかってきたけど、その直後文恵先輩があたしと同じわさび抜きを長窪さんにお願いした。お揃いである。
 あたしは手を洗うと、すぐに香賀先輩の隣の席に座った。
 椅子に座るとヒロ先輩は香賀先輩にハーレムを築くなと文句を言っていたけど、長窪さんは両手に花だと笑っている。
 
……もしかして、文恵先輩も香賀先輩の事好きなのかな。

 顔を見ようとすると、夕樹にゴリラと言われて反射で殺害宣告してしまった。
 睨んでも夕紀は無反応だ。
 文恵先輩はやるなら外でやってと投げやりだった。
 たいした会話はじゃないのに香賀先輩から文恵先輩が話しかけられていて、あたしは少し寂しくなった。
 箸とお茶が皆に配られて、手を合わせる。
 試しに一切れだけマグロを食べてみると、めちゃめちゃ美味しくて自然とご飯が進んだ。
 隣の香賀先輩も美味しそうにマグロ丼を頬張っている。ビジュがいい。
 あたしは横顔を盗み見たのがバレないように、目を伏せてまたご飯を口に運んだ。
 ぶっちゃけまかないは食べなくても支障はないけど、こうして香賀先輩と一緒の時間を過ごしたいから頼んでいる。
 どんぶりの三分の一くらいを食べたところで、ヒロ先輩がお茶漬けが食べたいと言い出した。
 あたしは無視していたけど、長窪さんは優しいからちょっと待っててと返事をした。
だけど文恵先輩がヒロ先輩の言葉を遮って立ち上がると、不機嫌な様子で長窪さんの代わりに出汁を作りに出ていった。
 長窪さんが声をかけても文恵先輩は振り返らなかった。
 ヒロ先輩は文恵先輩が怒ったか心配していたけど、あれは完全に怒っていただろう。
 長窪さんをパシろうとするからと言うと、夕樹も最低だと応戦した。
でもヒロ先輩は自分の非を認める気はないらしい。
 夕樹と一緒に冷たい目をヒロ先輩に向けると、長窪さんは苦笑した。
 長窪さんは文恵先輩は怒っていないとヒロ先輩に気を遣って言っていたけど、絶対に嘘だ。
確かに文恵先輩は自分の事では怒らない。でも先輩は他人の事になると結構怒るのだ。
前にあたしが痴漢されたと話した時も、自分の事みたいに怒っていた。
 夕樹は文恵先輩があまり笑わない事に納得している。
 長窪さんは文恵先輩があたし達といると楽しそうだと話すと、御礼を言った。
特に何もしていないのに感謝されるなんて変な感じだ。
 夕樹はこちらこそなんて言って頭を下げている。
 あたしは慌てて自分も楽しいと言うと、ヒロ先輩に同意を求めた。
 こういう真面目な話は苦手なのだ。
 ヒロ先輩はあたしの気持ちを汲み取ってくれたみたいで、全力で同意すると長窪さんにありがとうを言い返した。
 香賀先輩が何も言っていなくてつい目を向けると、先輩は不思議そうな顔をした。 
 何か言えとヒロ先輩に言われて、香賀先輩は何をとまた不思議そうな顔をする。
そして香賀先輩は文恵先輩は長窪さんに休んでほしかったから席を立っただけと淡々と言った。
 ヒロ先輩をさりげなく馬鹿にすると馬鹿って言うなと怒られていたけど、香賀先輩は箸で人を指すなとヒロ先輩に指摘した。お茶を飲んでいる香賀先輩は優雅だ。
 行儀が悪いとヒロ先輩をからかうと、ヒロ先輩はあたしに肘を付くなと言った。
 舌を出して肘は付いていないし浮いていると反論する。
夕樹がどっちもどっちと失礼な事を言ってきて、思わず可愛くない声を出してしまった。

「だいたい夕樹はさ、ムスッとしすぎ!」
「あと生意気な! もうちょい先輩敬えよ!」

 ヒロ先輩と一緒になって言っても、夕樹は素知らぬ顔でマグロ丼を食べていた。腹立つ。
 もう一言言ってやろうと思ったけど、そこに文恵先輩が帰ってきた。
 文恵先輩はこっちの様子を気にする事なく、鍋敷きを置いて、その上に出汁の入った鍋をテーブルの真ん中に置いた。
 お腹の空く匂いがする。
 ヒロ先輩は文恵先輩にパシった事を謝ると、出汁をどんぶりに入れて貰っていた。
 文恵先輩が自分の分に出汁を入れると、香賀先輩はその様子をじっと見ている。
 文恵先輩が聞くとどうやら香賀先輩は出汁が欲しかったようで、人数分あるか気にしていたらしい。可愛い。
 不意にきゅるりと自分のお腹が鳴って、あたしは誤魔化すようにテーブルに突っ伏して文恵先輩に出汁をお願いした。

——食べているのにお腹が鳴るなんて恥ずかしすぎる。

 あたしは文恵先輩に出汁を注いで貰うと、早速お茶漬けのマグロ丼を口に運んだ。
 ヒロ先輩はあたし達もお茶漬けを食べている事に不満を言っていたけど、あたしはヒロ先輩みたいに図々しく頼んでいないと言い返した。
 夕樹もパシったりしていないと反論している。
 流石に分が悪かったみたいでヒロ先輩は香賀先輩に助けを求めていたけど、あっさり見捨てられていた。ウケる。
 お茶漬けは今まで美味しいと思った事がなかったけど、この日のお茶漬けは過去一美味しかった。

 まかないを食べ終えると、長窪さんは約束を忘れていたみたいで珍しく早く退勤した。
 早く帰るようにと文恵先輩に言われて、夕樹と適当に返事をして更衣室に向かう。
 家族の送迎もだけど、ここの人達も心配しすぎだ。まだ十時半だし、家も割と近いのに。
 香賀先輩と上手く一緒に帰れないかなーと考えていると、ふと今日家族に送迎の時間を言い忘れていたのを思い出して憂鬱になった。
 今の時間だとお母さんかお姉ちゃんがいるけど、ワンチャン寝ている可能性もある。
 あたしは着替えを済ませると、廊下でヒロ先輩と会った。
 何その顔と突っ込まれて、お迎え頼むのを忘れててと答える。
 電話すりゃいいだろとヒロ先輩は言ったけど、うちの連中は寝起きがすこぶる悪いのだ。
 あたしは怒られたくないと首を横に振った。
するとヒロ先輩は何を思ったのか、更衣室から出てきた香賀先輩を捕まえると、どういう訳かあたしの送迎を頼んだ。そんな展開、聞いてない。
 パニクっているといつの間にか裏口から出ていて、香賀先輩にこっちかと道を聞かれた。
 返事の声が緊張で裏返って死にたくなった。絶対変に思われた。
 近いんだっけと言われて、まあまあと答える。
イメージでは完璧だったのに、現実となると上手いコミュニケーションが取れなくてちょっと泣きそうになった。だって二人きりは初めてなのだ。
 徒歩七分の道のりを歩くと遠く感じたけど、家に着いてしまうと短く感じて、もっと家が遠ければ良かったと思った。
 全然話せなかったけど、あたしはまっすぐ香賀先輩に向き直ると御礼を言った。
 香賀先輩はあたしに手を振ると、駅の方に歩いていった。

——こっちの方向じゃないのにわざわざ送ってくれたんだ。

 そう思うと、あたしはますます香賀先輩が好きになった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

お好きになさって下さい、私は一切気にしませんわ

Kouei
恋愛
婚約者のクレマンド様は、いつも私との約束を破ってばかり。 理由は決まって『従妹ライラ様との用事』 誕生日会にすら来なかった彼に、私はついに告げた。 「どうぞ、私以外のご令嬢をエスコートするなり、お出かけするなり、関係を持つなり、お好きになさって下さい。私は一切気にしませんわ」 二人の想いは、重なり合えるのだろうか …… ※他のサイトにも公開しています。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...