これが恋だというのなら、

池代智美

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姉妹 side

姉妹 side:香賀

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 "好きになれたらいい奴"は、いつの間にか俺の中で"好きな人"になっていた。
勿論千里を忘れた訳ではないし、罪悪感がない訳でもない。だが、動き出した心は止められなかった。
 自分のどうしようもない感情には、相変わらず折り合いはついていない。 
 俺は千里を好きなまま、八重野を好きになってしまったのだ。
 半端なこの感情も認めてしまえば少しは楽になって、今まで曖昧にしていた笠の事も決着をつける覚悟が出来た。
俺が誠実な態度を取らなかったせいでずっと笠を傷付けていたから、せめて最後くらいは誠実でありたかった。

 俺が笠に自分の本音を伝えたあの日、笠は誰にも知らせずに八重野の家まで行ったらしかった。
 長窪さんから連絡が来た時、笠が家出したのかと俺はずっとひやひやしていた。
 笠がそういう行動を取ったのは間違いなく俺が原因だった。
しかし笠本人は俺を責め事なく、事情を知っただろう八重野も俺に深く追及して来なかった。
 博允も俺が自分を責めるとわかっていたのか、気にするなと俺の肩を叩いて励ました。それは長窪さんも同じだった。
 俺は周りの反応が自分が思っていたよりも冷たくなかった事に安堵すると同時に、周りの優しさを有難く思った。
 
 笠とは最初ギクシャクしたが、周りのフォローもあって今では普通に接する事が出来ている。
 俺みたいな人間との関係を再構築しなくても笠の周りにはたくさんいい人がいるだろうに、笠は前みたいな関係を取り戻そうと俺に積極的に話しかけた。 
 大人なのに受け身でいた自分が恥ずかしかった。
 今はバイトの先輩後輩の関係に戻っている。
完全に前と同じ関係とは言えないが、それでも俺と笠の関係は再構築された。
 いつも通りの日常が戻って来たのだ。




 休憩に入ろうと扉を開けると、八重野とちょうど目が合った。
 顔色の悪さを指摘すると、八重野は動揺しながら妹が事故に遭ったと言う。
 場所は南郷総合病院らしい。
 本来なら保護者の長窪さんが行くのだろうが、生憎あいにく長窪さんは今旅行中だ。
すぐには帰って来れないだろう。
 俺はスマホを拾うと、深く考えるより先に一緒に行くという言葉が口をついて出た。
 妹が事故に遭ったのに俺の休憩を気にする八重野に、副店長に伝えてくるから準備をしてろと言って拾ったスマホを渡す。
 八重野の手は震えていた。
 俺は急いで厨房へ走ると、塩谷しおやさんに事情を説明して外出許可を貰った。
 あとは全部どうにかしてくれるらしい。頼もしい大人がいて良かった。
 ロッカーでバイクの鍵とヘルメットを持ち出して休憩室に戻る。
 俺は八重野にあとの事は気にしなくていいからと手を引いて外に出ると、予備のヘルメットを渡してバイクに乗った。
 後ろに乗るよう八重野に促すと、八重野は控えめに俺の腰を掴んだ。

「ちゃんと腕回せって。危ないから」
「ぅ、は、はい」

 軽く注意すると、八重野は今度こそ腕を回した。
 バイクを発進させて、最短距離で病院を目指す。
 途中八重野の手に力が入った気がしたが、先を急いだ。
 
 病院に着くと、八重野は早々に受付を済ませて妹のいる病室に向かった。
 走る八重野を追いかける。

「八重野! ここ病院だから走んなって!」

 必死すぎて聞こえていないようだ。
 少し遅れて八重野の妹がいる病室に着いたが、中で妹と話していたため、俺は二人の会話が終わるのを廊下で待った。
 開いたドアの隙間から聞こえてきた会話の内容はあまり良いものではなかった。
 八重野は妹を心配してここまで来たのに、八重野の妹は終始ツンケンして、八重野に当たりが強かった。
 しばらくして病室から出てきた八重野の目は少し赤くなっていて、さっきまで泣いていた事がわかった。
 盗み聞きするつもりはなかったが、結果的に家族の会話を聞いてしまった事を謝る。
 八重野は顔を洗ってくるとまた走って行ってしまった。
 なんだか今日は追いかけてばかりだ。
 八重野の背中がひどく小さく見えて、俺は気付けばドアをノックして、病室の中へと足を踏み入れた。
 訝しげな目が向けられる。
 八重野の妹は、八重野とよく似ていた。

「……何ですか? お姉ちゃんの彼氏?」
「いや、仕事仲間。八重野——お姉ちゃんの方が妹の事心配してたから、それだけ伝えとこうと思って」
「だから何ですか? 貴方には関係ないでしょ?」
「まあ確かに関係ないけどさ。泣くほど妹の心配してたのに、あの言い方されたら誤解生むんじゃねーかなって思っただけ」
「……余計なお世話です」
「知ってる。んじゃ、お大事にな」

 不機嫌な八重野の妹の表情は、変わる事はなかった。
 八重野の妹の言う通り、俺の"これ"は余計なお世話で、ただのエゴなのだろう。
それでも姉の八重野が妹を本気で心配していた事は知っておいてほしかった。
 余計な事をしたかと今更ながらに反省して長窪さん達に連絡する。
 窓の外の景色を眺めていると、八重野が戻ってきた。
 赤くなっていた八重野の目元は少しマシになっている。
 八重野は謝罪をしたが、俺は適当に返事をしてもう帰るかと尋ねた。
 職場と長窪さんに連絡してからまた来るらしい。

 バイクを停めた駐輪場へ向かう。
 バイクに跨って何気なく妹はいつもああなのかと聞いてみると、日頃からあの態度である事が判明した。
 根はいい子なのだと念を押して言う八重野が微笑ましかった。
 八重野は私に対してはと言っていたが、おそらく誰に対しても八重野の妹はああだろう。
 初対面の俺にもあの態度だったのだ。
 憶測だが、八重野の妹は姉の八重野に対して何らかの強い感情を抱いている。
その感情を上手く言葉に出来ないでいるから、ああいう態度になっているのだろう。
 落ち込む八重野を少し気分転換させようと違う道を行くと、目敏めざとく気付いた八重野にそれを指摘された。
 長窪さんにも塩谷さんにも連絡は済ませているから心配する事は何もないと伝えても、八重野は仕事の心配をして早く帰ろうと言ってきた。
 二人抜けても大丈夫な事と、塩谷さんが八重野はそのまま早退していいと言っていた事を話すと、八重野は俺には急ぐ必要があると言い返した。
 皆に迷惑がかかるからと八重野は言う。
 俺はこんな時でも自分より他人を優先しようとするのが許せなくて、つい強い口調で誰にも頼らなさすぎだと指摘してしまった。
 八重野にはもっと俺を、周りを頼ってほしかった。
 もう少し周りに頼ったり甘えたりしろと言うと、八重野は頼り方も甘え方もわからないと返事をした。
確かにそれはやり方も知らないのに、いきなりやれと他人に言われたって困る。
これについては簡単に解決出来る問題ではない。
 俺は言い方を変えて、八重野が自分の弱いところを無理に隠そうとするなと助言した。
 強さを装う八重野は、いつかどこかで潰れてしまうのではないかと心配になる。
本音をこぼすと、八重野はしばらくして俺の背中に頭を預けてきた。
 突然の行動に焦りながらも平静を保って、大丈夫かと問いかける。
 八重野は自分に言い聞かせるように大丈夫と言うと、俺にありがとうと感謝を告げた。
 返事をすると、香賀さんの馬鹿という呟きが聞こえて思わず突っ込む。
 さっきまで泣きそうだった八重野の声が笑いを含んで、俺はそれに安堵した。

「っふ、ふふ……」
「……まあいいけどよ」

 八重野は笑いが収まると、このままだと俺を好きになりそうだから遠回りはしないでくれと言った。 
 正直急ブレーキをかけそうになるほど動揺したが、何でもないふりをして好きになってもいいと冗談で返した。
すると八重野は、俺のその聞き方は冗談にしてもずるいと言った。
 確かに八重野の言う通り、本気とも冗談とも取れるような俺の言葉はずるかった。
 曖昧な態度で他人を傷付けたのに、また同じ事を繰り返そうとしていた。
 我ながら馬鹿だと思う。
 俺は八重野の言葉に同意すると、行き先を変更して長窪さんの家を目指した。

「ありがとうございました香賀さん! 助かりました!」

 到着するとすぐに頭を下げられた。
 頭を撫でそうになる自分の手を止めて、小さく手を振る。
 はなまる亭に戻ると博允と塩谷さんから大丈夫だったのかと聞かれたが、容態を伝えると皆ホッとしていた。
ついでと言わんばかりに博允に八重野の事を聞かれたが、適当に流しておいた。
 青春だねえなんて声が聞こえてきて、俺は溜息をついた。

——そんな甘酸っぱいもんじゃない。

 八重野の事は好きだ。
でも俺には足りないものが多すぎた。
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