これが恋だというのなら、

池代智美

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第十二話 嘘と本当の間

第十二話 嘘と本当の間

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 和解と言って良いかはわからないが、あの一件から妹は変わった。
 少なくとも顔を合わせる度に喧嘩を吹っかけてくる事はなくなったし、それにともなって私に対しての罵詈雑言もなくなった。
たまにきつい言葉が飛んでくる事もあるが、まどかなりの愛情表現だと思えば前より気にならなくなった。
 何はともあれ、私達の仲直りのきっかけを作ったのは沙也香ちゃんだったため、私は後日沙也香ちゃんに御礼を伝えた。
そうしてそのまた後日、まどかからきっかけは確かに沙也香ちゃんの言葉だったが、その前に香賀さんにも沙也香ちゃんと似たような事を言われたいう話を聞いた。
まどかは香賀さんから言われた言葉にずっとモヤモヤしていたそうで、その後の沙也香ちゃんの言葉によって感情が爆発したらしい。

 私はあの一件の後、すぐに電話で長窪さんに妹とのわだかまりが解けた事を報告した。
だが長窪さんはまどかから既に話を聞いていたようで、私が何か言うと、まどかくんも同じ事を言っていたよと返事をした。
 今まで妹と似ているところなんてないと思っていたから、その言葉を聞いた時なんだか嬉しかった。

 北島くんから聞いた話によると、まどかは学校で時々、沙也香ちゃんや北島くんと話をするようになったらしかった。
 喧嘩になっていないか北島くんに聞くと、結構仲良くしていると意外な答えが返ってきて驚いた。
 妹と北島くんは委員会が一緒らしい。
 妹が二人と仲良く話をする姿があまり想像出来なかったが、友人の輪が広がるのは良い事だ。
 私は自然と笑顔になった。



 はなまる亭は今日も今日とて忙しく、賑やかだった。
 食器を洗って休憩室に向かうと、福田さんが机に突っ伏していた。
 私は足音を小さくしながら近付くと、向かいの椅子に腰掛けた。
 何の反応もないため、福田さんは本格的に寝入っているようだ。
 テーブルに無造作に置かれたスマホの待ち受け画面には、アラームの時刻が表示されていた。
 私はここで寝られる福田さんに感心すると、鞄から自分のスマホを取り出してアプリを開いた。

「ふぇっくしゅ! うー……」
「……」

 秋から冬に変わるこの時期は気温差が激しい。
 今日はまだ比較的暖かい方だが、日が落ちると急に寒さが増す。
 私はエアコンのリモコンを操作すると、暖房の温度を設定した。
 なるべく音を立てないようにして立ち上がって、棚の奥にあるクリーニング済みのブランケットを引っ張り出す。
 福田さんの肩にかけると、休憩室の扉がいきなり開かれた。

「お疲れ様でーす」
「でーす。あれっ? ヒロ先輩寝てる?」
「うん。寝てるから静かにね」
「ああ……寝てる方が静かっすもんね」
「夕樹も何気上手い事言うよね」
「上手いか? これ」

 沙也香ちゃんと北島くんは福田さんの事を好き勝手言いながら出勤前の準備を始めた。
 ふと沙也香ちゃんが何か思いついたような顔をすると、嬉々としてスマホを取り出して福田さんにそれを向ける。
 カシャリというシャッター音が部屋に響いた。

「わーい上手く撮れた~」
「盗撮かよ……」
「いや、何かのネタになるかなって」
「沙也香ちゃん、福田さん疲れてるみたいだから、からかうのは今度にしてあげてね」
「はーい」

 沙也香ちゃんは素直に手を挙げて返事をすると、スマホを鞄へしまったが、代わりに鞄の中から油性マジックを取り出した。
 沙也香ちゃんは悪い笑みを浮かべながらマジックの蓋を開けている。
 やめるようにジェスチャーで伝えても、沙也香ちゃんは親指を立てて落書きをやめる気はなさそうだった。
 北島くんなんて明らかに面白がっていて、やっちまえと言わんばかりに拳を掲げて煽っている。
 マジックのペン先が福田さんの顔へと近付いていった。

「なっに、してんだオラァ!」
「ぎゃあっ!? ヒロ先輩起きてたんですかいたたたた! 痛い! 痛い!!!」
「痛くしてんだから当たり前だろーが! ちったぁ反省しろ! あと北島! お前もだ!!」
「はー? 俺何もやってねーんすけど?」
「ざっけんなオメーがやれってジェスチャーしてんのばっちし俺見てたんだからな!?」
「うわ狸寝入りかよ……」
「うえー。ていうか先輩いつから起きてたんですか?」
「ついさっきだよこのボケ共!!」

 福田さんは嫌な気配を感じ取ったのか、さっき起きたようだった。
 福田さんは沙也香ちゃんからマジックを奪うと、プロレス技のようなものを沙也香ちゃんにかけた。

「あの、ほどほどにしてあげてくださいね」
「いーや! 俺は男女平等だから!」

 福田さんの事だから手加減はしているのだろうが、沙也香ちゃんはちょっと痛そうにしていた。だが事の発端は沙也香ちゃんだ。
私はそれ以上福田さんに言及出来なかった。
 沙也香ちゃんはしばらくすると福田さんから解放されて、床にしゃがみ込んだ。

「うう……もうお嫁に行けない……」
「「嘘つけ」」
「文恵せんぱーい! 野郎二人があたしをいじめます!」

 うわあんと大袈裟に泣き真似をして、飛び付く沙也香ちゃんを受け止める。
 沙也香ちゃんの愚痴を聞いていると、福田さんと北島くんは呆れたような目をこちらに向けた。
 私は二人の視線を無視して沙也香ちゃんの頭をゆっくり撫でた。

「私、福田さんが寝たふりしてたの、全然気付かなかったです。本当はいつから起きてたんですか?」
「もしかして最初から?」
「え。マジすか変態」
「先輩の言い方で変態言うな。つーか最初からじゃねーし。沙也香が写真撮った辺りからだし」
「じゃあ結局最初の方じゃないですかヤダー」
「うるせー盗撮魔。逮捕されろ」

 福田さんは沙也香ちゃんが寝顔を撮った辺りから起きていたそうで、わざと寝たふりをして仕返しの機会を狙ったらしい。なかなかの策士である。
 福田さんはひとしきり話すと、この寒いのに煙草を吸いに外へ行った。
 私はさっきの福田さんのくしゃみを思い出すと、窓の外の景色を一瞥した。



——最近、福田さんは休憩室でよく寝ている。

 単純に疲れているだけかと思っていたが、日に日に元気がなくなっていく福田さんに、私は少し心配になった。
 香賀さんにそれとなく話を聞いてみると、福田さんは父親と何かあったらしく、それで元気がないそうだった。
 福田さんの父親は企業の社長である。
父親の会社を継ぐのを何度も断っているという話を聞いていたため、その件で落ち込んでいるのだろうか。
 香賀さんに聞くと笑顔で誤魔化されてしまって、突っ込んだ事を聞いてしまった事を反省した。
 しかし時間が経つにつれて、一緒に過ごしている沙也香ちゃんや北島くんも、最近の福田さんは元気がないと福田さんの変化に気付いた。
落ち着いている福田さんは気味が悪いと二人は言っていたが、それでも二人が福田さんを心配しているのは明らかだった。
 
 日曜日、ゆっくり開店準備をしていると、裏口から物音が聞こえた。
 業者の人でも来たのかと慌てて裏口に向かうと、そこには福田さんがいた。

「はよ、八重野ちゃん」
「おはようございます。……早くないですか?」
「まーたまにはいいかなって。長窪さんには言ってあるから」

……いつも十分前くらいに来る福田さんが、開店の二時間前に来るなんてどうしたのだろう。

 不思議に思っていると、福田さんは笑って手をヒラヒラ振った。

「開店準備手伝うよ。だから終わったら俺の話聞いてくんね?」
「え、あ……はい」
「よっし! 俺頑張っちゃうぞ~」

 福田さんは振った手で拳をつくってそのまま掲げると、すぐに作業に取りかかった。
 声の調子からさっきのは空元気である事がなんとなく察せられたが、私は作業に集中した。
 テーブルを拭いたり窓を拭いたりしていると、二人でやったため早く開店準備が終わった。
 そろりと福田さんに目を向ける。
 タイミング悪く目が合って、らそうにもあからさますぎるのはどうかと思って、結局目を逸らせなかった。
 にらめっこの状態になると、先に福田さんが表情を崩した。
 
「っく……ぶはっ! ははは!! 八重野ちゃんわかりやすっ!」
「……」
「やー、俺の事考えてくれてたんでしょ?」
「……そうですよ。心配させる福田さんが悪いんですからね」

 笑われたのと、思っている事を見透かされたのが恥ずかしかった。
 皆心配してましたよと付け足すと、聞いているのかよくわからない微妙な返事をされた。
 煮え切らない福田さんに、私は一歩だけ近付く。

「……で、どうしたんですか?」
「んー……まあ、座って話すわ。八重野ちゃんこっち」
「わかりました」
「俺の隣そんな嫌!?」

 隣に座るよう促してきた福田さんの誘いは、向かいの席に座る事で断った。
 福田さんは何故かショックを受けていたが、私が見つめると口をつぐんで、真面目な顔になった。

「あー……まあ、ザックリ言うとね? うちのクソ親父の会社継げっていうの断ったら『断るだけの理由が何もないお前にあるのか』って、言われちゃってさぁ」
「……」
「夢ぐらい俺だって持ってるーって、ないのに啖呵切っちまったんだよ。そんで一ヶ月後にその夢について親父に話さなきゃいけなくて……」
「ああ……」
「あと二週間……俺マジで何もしたい事見つかんなくて……けど会社継ぐのは絶対嫌だし、お袋の事もあるしで……」
「福田さん」
「あ~……上手くまとまんねぇ~……俺ダッセ~……」

 福田さんは前髪を乱暴に掻き上げて、力なく笑った。
 なんだか笑いたくないのに無理やり笑っているようだ。
 周りの人間はやりたい事が決まっているのに自分だけが決まっていない現実は、焦燥感を駆り立てられて福田さんを想像以上に疲弊させたらしい。

「八重野ちゃんは絵だろー? 沙也香は進学で、北島は就職。んで智之はきっと音楽」
「福田さん……」
「俺だけ、なーんもない空っぽなの」
「……そんな事ないですよ。福田さんはまだ探している最中なだけです。きっと見つかります」
「俺だって、見つかるって思ってたよ。でも何も思い浮かばねーんだって。興味がある事一通りやってみたけど、しっくり来ねぇし……時間ばっか過ぎてくし……」

 私は何も言えなかった。
 下手な慰めは福田さんを傷付ける事になる。

「——なあ八重野ちゃん、俺何したらいいと思う?」

 そう聞いた福田さんはひどく頼りなくて、縋るように私を見つめた。

 福田さんは自分を"空っぽ"と言ったが、私から見れば福田さんは既にたくさんのものを持っている。
それは他者に壁を感じさせないコミュニケーションだったり、おふざけの中にある気遣いだったり、憎まれ口の言葉の裏に隠された優しさだったり。
 福田さんは器用な人だ。
でも何でも器用にこなせてしまう人だからこそ、何か一つにしぼるのが難しいのかもしれない。
 何をしたらいいかなんてそんなの私にはわからないが、このまま福田さんが終わってしまうのは勿体ない気がして、私は沈黙の後口を開いた。

「わからないです。最後は福田さんが決める事だから」
「そう、だよなあ」
「でも……福田さんが何も持ってないなんて、そんな事ないと思います。福田さんは人との距離の縮め方上手ですし、色々気遣ってくれますし、なんだかんだで優しいですし……あ、あと手先器用ですよね。料理の盛り付けすごく綺麗です。職人気質というか、何と言うか……あ、それと——」
「ま、待って待ってちょい待って八重野ちゃん」

 福田さんは私の言葉をさえぎると、右手で顔を覆い隠しながら空いた左手で私の手を掴んだ。

「何で俺急に褒められたの? ビックリなんだけど」
「褒めてませんよ。見たまんまを言っただけです」
「へ、あ、うん? え? マジで?」
「はい。ただ事実を述べただけですよ」

 言い切ると、福田さんは顔を覆っていた右手をずらしてその顔を覗かせた。
 福田さんの顔は真っ赤だった。

「……」
「……」
「……もしかして照れてます?」
「もしかしなくてもそーだよ!! 照れてるの!!!」

 八つ当たりのようにテーブルを叩くと、そのまま福田さんは突っ伏した。
よくよく見ると耳まで赤くなっていて、私の方が少し恥ずかしくなった。
 女の人にモテていると聞いていたから、私はてっきり周りの人間から褒められる事に福田さんは慣れているものだと思っていたが、私の言葉に彼の琴線に触れる"何か"があったらしい。
 恨みがましく私を睨む福田さんの目は少し潤んでいて、あまり怖さは感じなかった。
 私への文句をつらつら並べる福田さんの言葉を話半分で聞いていると、これ見よがしに福田さんが溜息をついた。

「っとに……慣れてねーんだってそういうの。自他共に認めるクズなんだって俺は」
「はあ」
「信じてねーだろ」
「あんまり」
「んんんんん!!! なんっで八重野ちゃんはそう俺を甘やかすかな!」
「甘やかしてるつもりはないんですけど……」

 福田さんは私の答えがどうも気に入らなかったようで、しきりにテーブルを叩いた。
 ひとまず私は福田さんの心が落ち着くまで、聞き役に徹した。

 福田さん曰く、自分はたいそれた人間ではなく、モテているように見えるだけで実際は関係が長続きしない薄情な性格らしい。
 私が福田さんの良いところを言えたのも、福田さんの一面しか見ていないからで、福田さんの本性を知らないかららしく、知ったらきっとそんな事は言えなくなると言われた。
でも、福田さんの言っている事は矛盾があった。
本当に薄情な性格なら他人がどうなろうが構わないはずなのに、福田さんは親友である香賀さんを事ある毎に心配していたし、はなまる亭のメンバーの関係がギクシャクした時はさりげなく仲を取り持ってくれていた。
 私はいつも福田さんのそういうところに助けられてきたのだ。 
だから福田さんが薄情な人間なんて事はない。
 福田さんはきっと自己評価が低いだけだ。
自分をクズと称するのは、多少の自虐を含んでいるのだろう。

——優しい人が自らを優しいと言わないように、クズな人が自らクズなんて言わないはずだ。

 目の前の福田さんはそれを体現していた。
 じっと目を見ると、福田さんは居心地悪そうに目を逸らして頭を掻いた。

「あーもー……だいたい、俺が皆と同じようになれる訳ねーじゃん……」
「同じ?」
「八重野ちゃん達みたいに俺は純粋でいられないの。今更何かやろうってったって……」
「何かを始める時に、遅すぎるなんて事ないですよ。福田さんは今回の件で何か見つけたいと思ったんですよね?」

 そう言うと、福田さんは小さく唸り声を上げて押し黙った。
 揺れる瞳が福田さんの今の感情を表している。
 今悩んでいるのだって福田さんが物事に真剣に向き合っている証拠だから、根拠はないが私は大丈夫と思った。

「大丈夫ですよ福田さんなら」
「そーなんかなー……」
「そうですよ。悪い事ばっかり考えてたら、本当に悪い方にいっちゃいますよ」
「はは、そーだな……そーだよ、な……うん、ありがと八重野ちゃん」

 福田さんは小さく笑うと、明後日の方を見つめた。
 私はなんとなく福田さんの顔が見れなくて、自分の手元に視線を落とした。
 時計の針が時を刻む音だけがこの空間に響いている。

「……なんか」
「?」
「ちょっと見つかりそうかも……まだ、よくわかんねーけど」
「……そう、ですか。それなら良かったです。話くらいならいつでも聞くので、また何かあったら気軽に言ってくださいね」

 ほんの少しではあるが、福田さんはさっきより晴れやかな顔をしていた。
 ほっとして自然と頬が緩む。
 私につられたのか、福田さんの口角が上がった。
そうして次の瞬間には、福田さんは目尻を下げて楽しそうに口元を緩めた。

「八重野ちゃんさあ」
「?」
「ホンット、いい子だよなー」
「何言ってるんですか。良い子じゃないですよ私は」
「いい子だってマジで」

 福田さんはいつかしたような話を持ち出すと、私を良い子だと評した。
そうして福田さんは席を立つと、私の頭をよしよしと撫で始めた。
 犬か何かだと思っているのだろうか。
 しばらくされるがままになっていると、ふと福田さんが撫でている手を離した。

「いや~うっかり惚れちゃいそうになったわ~」
「あはは。いつもの福田さんに戻ってきましたね」
「はは、わかる? さっすが八重野ちゃんだわー」

 一瞬動揺してしまった。
 どう考えても冗談に決まっているのに、福田さんの目が本気に見えたから冗談なのか本気なのかわからなくて怖かった。
 少し速く脈打つ心臓を落ち着かせて、私は話を逸らす。

「福田さん、料理上手だからその道に進んでもいいかもしれませんね。シェフとか、パティシエとか……もしくは手を使う仕事とか?」
「あー……それ、俺も考えてた」
「え。ホントですか?」
「うん。自分の店持つのもいいかなーって」
「福田さんが店主だったら楽しそうですね」

 福田さんが店を持つ事になれば、女性に人気の料理店になりそうだが、この人のコミュニケーション能力なら誰とでも打ち解けそうな気がする。
 勝手にあれこれ想像していると、福田さんも一緒になって自分の店について考え始めた。
 飲食店ならレストラン、料亭、喫茶店、居酒屋、バーなどがあるが、福田さんはどういう系統にするのだろう。

「……やっぱりオシャレなイタリアンとかフレンチとかそっち系ですか?」
「なーに八重野ちゃん、俺がチャラチャラしてるからそっち系勧めんの?」
「いやそういう訳じゃ……ん? 西洋料理ってチャラチャラしてます?」
「してるじゃんよー。だいたいテレビに出てくるのってジゴロなおっさんだろ」
「それは偏見では……」

 福田さんは西洋料理には興味がないようだった。
 言っている事は個人の意見としてはわからなくはなかったが、シェフ全員がそうとは限らないため、私は苦笑を浮かべた。
 福田さんは唇を尖らせて、わかりやすく不満げな顔をしている。

「福田さんのイメージ的にそうかなと思っただけで、他意はないですよ」
「本当に~? ま、いいけど」

 福田さんは疑いながらも納得したらしい。

「俺、店つくるならはなまる亭みたいな店がいいわー」
「こういう雰囲気のですか?」
「そうそう! ここにいる奴らのもう一つの居場所って感じの!」
「またすごい事言いますね」
「そ? でもこういうのって家と同じように落ち着けるのがナンボじゃねぇ?」

 福田さんはさも当然のように言った。
 福田さんは実際に店を持つとしたら、店を第二の家のようにしたいらしい。
そして、なるなら長窪さんのような店主になりたいと目を輝かせた。

「……どこが“空っぽ”なんですか」
「んぇ? 八重野ちゃん何か言った?」
「いえ何も」

 自らを“空っぽ”だと言って、泣き出しそうな子供みたいな顔をしていた福田さんが、今は嬉々ききとしてああしたいこうしたいと夢を語っている。
 私は福田さんのキラキラした表情に安心すると、話に耳を傾けた。

——後日、福田さんの口から長窪さんに弟子入りする事になったという話を聞いて、皆が驚く結果になるのは、この時はまだ誰も知らなかった。
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