Rasanz‼︎ーラザンツー

池代智美

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酒の席の話

酒の席の話1

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 あたしはバーに来ていた。
 ソレーヌがたまにはお酒を飲んでストレス発散しようと言ったのがきっかけだった。
 店先のネオンライトは可愛らしく、昔と今を融合したようなデザインの看板だ。
 先に店の中に入って待っていると、五分前にソレーヌから緊急の仕事が入ったから来れないと連絡が入っていた。

……楽しみにしていたけど、忙しい子だから仕方ない。

 あたしは気持ちを切り替えて、マスターにメニュー表を貰った。
 メニュー表にはお酒とおつまみが豊富な種類並んでいる。
 あたしはとりあえずサングリアと生ハムを注文した。
 割とすぐに生ハムがテーブルに置かれた。
 マスターはオシャレな人みたいで、木の皿に生ハムを薔薇の花のように盛り付けていた。
 頼んだサングリアも、グラスのデザインからして可愛い。
 あたしはマスターに御礼を言うと、生ハムを花びらの外側から一枚ずつ食べ始めた。
 ドアベルが鳴って、来訪客を知らせる。
 音のした方に何気なく目を向けると、銀髪の男がそこにはいた。

「ア?」
「ゲッ」

 見なきゃ良かったと、すぐさま後悔した。

「なんでお前此処にいんだよ」
「こっちの台詞よ」

 目も合わせずにそう言うと、ブラッドは何故かあたしの隣に座った。

「俺は此処行きつけなんだよ」
「あっそ。じゃ、あたしこれ飲んだら帰るわ」
「え~! 帰っちゃうの~!?」

 眉を下げて潤んだ目を向けてくるマスターにあたしはギョッとした。
 口数の少ない人だと思っていたのに、出てきた言葉が顔と雰囲気に全然合っていなかったのだ。
 ギャップに唖然としていると、ブラッドがマスターを指を差した。

「そいつオカマだぞ」
「は? オネエって言いなさいよ」
「似たようなもんだろ」
「も~、ごめんなさいねこの子ったら。あ、生ハムのお味はどう?」
「お、美味しい、です……」

 オネエという衝撃に、味がちょっとわからなくなった。
 ソレーヌが言っていたマスターが面白いという話はそういう事だったのかと今更ながらに納得する。
 黙っていれば俳優みたいな顔立ちをしているし、程良い筋肉がついていて、一般的にかっこいいと言われる部類の人だ。ただ、口調の違和感は拭えなかった。

「まあ普通に喋れるんだけどね」
「喋れんのかよ」
「こっちの方が面白いからやってんのよ。アタシ普通の口調で喋ったらおっさんだし」
「今もおっさんだろ」
「やだブラッドちゃん死にたいの? も~早く言ってよ~」
「いでででで!!」

 ブラッドの馬鹿はカウンターを挟んでマスターにヘッドロックをかけられていた。自業自得である。
 あたしはサングリアを一口飲むと、美味しくてすぐに二口目を口にした。
 
「一応悩み相談もやってるのよ。参考になるかどうかは知らないけど、困ってる事があったら気軽に言ってちょうだい」
「はあ……ありがとうございます」

 他人に相談するなんてハードルが高い気もするけど、赤の他人だからこそ出来る相談もあるのだろう。
 ウインクするマスターにあたしは苦笑を浮かべた。
 
「ちなみにブラッドちゃんはデート誘う勇気もない腰抜け野郎だから相談事は不向きよ」
「今その情報いらねェだろ!!」
「その馬鹿に相談するなんて未来永劫ないんで大丈夫です」
「お前もお前で失礼だろが!!」

 喚く馬鹿を放置してサングリアを味わう。
 ワインと爽やかな果物の風味は、かなり飲みやすくて美味しかった。
 見た目も苺にオレンジ、ラズベリーに桃と、色鮮やかで楽しい。
 今までカルーアミルクやミモザを頼んでいたけど、このサングリアもいいなと思った。

「ったく……ウイスキー」
「はいはい、ロックね」

 マスターは慣れた手つきでお酒を作ると、ブラッドの前にグラスを置いた。
 丸い氷が浮かぶウイスキーは透き通る色が綺麗で、少し見惚れた。
 
「そういえば二人ってどういう知り合いなの?」
「ただの職場の同僚です」
「あら、じゃあEMANONの! どーりで仲いいと思ったわ~」
「「仲良くない」」
「息ピッタリじゃない」

 マスターはあたしとブラッドの前にチーズの盛り合わせを置いた。

「え。頼んでないですよ?」
「サービスよサービス。アンタ達の所にはお世話になってるし。あ、自己紹介がまだだったわね。アタシの名前はメイナード。メイちゃんって呼んでね♡」

 マスター——メイナードさんはパチリとウインクをして微笑んだ。
 隣でブラッドが引いているけど、見ないフリをした。

「あたしはエッシです。よろしく、メイナードさん」
「アアッ! 冷たい!」
「だから誰も呼ばねーって」
「お黙り! アタシは可愛く美しくありたいのよ!」

 ぷりぷり怒るメイナードさんの肌は確かに綺麗で、美容にこだわりがある様子が窺えた。
 どこのメーカーを使ってるんだろうと考えていると、メイナードさんと目が合った。

「何? 見とれちゃった?」
「ねェよ。コイツ好きな奴いるし」
「ちょっと!!」
「あら~いいじゃない! 恋する乙女は最強よ!」
「オカマは?」
「時と場合による」
「よんのかよ」

 好きな人がいるのを勝手に教えたブラッドを怒ろうとしたのに、二人の会話に流されて怒る機会を失ってしまった。
 あたしは溜息をつくと、恨みを込めてブラッドの脇腹を思い切りつねってやった。

「個人情報、教えんじゃないわよ……!」
「イッテェ!! 別にいーだろ減るもんじゃねーし!」
「こ……っのクズ男《お》!」

 鳩尾を狙って拳を入れると、ブラッドは短い悲鳴を上げた。
 
「っ馬鹿おま……!! そりゃねーだろ!」
「あんたには言われたくない!」
「ハァ!? 協力して貰えばいいじゃねェかよ!」
「それがデリカシーないって言ってんの!!」

 ワックスの付いた銀髪の一束を掴んで引っ張る。
 ブラッドにはハゲると抵抗されたけど無視した。

「ま、まあまあ、落ち着いて。ていうかブラッドちゃんが悪いわよ。人の秘密勝手に喋って」
「ですよね!?」
「いやいや、協力者は一人でも多い方がいいだろ? コイツが好きな奴とくっつけば、俺があの人と結ばれる確率が上がる」
「アンタそれどういう計算方式?」

 訝しげな顔で突っ込むメイナードさんをよそに、ブラッドは得意げに笑った。
 助走をつけて殴りたい笑顔だった。

「だって万が一、億が一、恋人になるとしたら十中八九あの二人だろ。お前が先にくっつけばその可能性は半減する」
「寝言は寝て言え妄想野郎」
「まああの人達の場合、まず年齢って壁があっからその辺どうにかする方が先だけどな」
「あんたはただの部下にしか思われてないでしょ」
「そう言うお前だってそうだろ」
「っぐぅう……! そう、だけど……!!」

——コイツに言われると腹立つ!!

 あたしは奥歯をギッと噛み締めてブラッドを睨んだ。
 ブラッドは何食わぬ顔でチーズを咀嚼している。
 あたしは気を紛らわすため、サングリアをグラスの半分まで一気に飲んだ。

「こらこら、煽らないの。アナタもそんな飲み方しちゃ駄目よ」
「「だってコイツが!!」」
「ッカ~……アンタ達ガキねぇ。そんなんじゃオトナは振り向いてくれないわよ」

 メイナードさんの刺すような一言に、あたしは口を噤んだ。
それはブラッドも同じみたいで、ムスッとした顔を隠しもせず晒している。

「んじゃァどーやったら振り向いてくれんだよメイナードさんよォ」
「やだチンピラがいるわシッシッ」
「元からそいつヤカラですよ」
「誰がヤカラだ! 先輩と言え! そんで敬え!」

 馬鹿が何か言っているけど無視だ。
 メイナードさんはブラッドの馬鹿さ加減に慣れているのか、目を細めると呆れた顔をした。

「アンタまさか好きな人にもその態度じゃないでしょーねぇ?」
「それはないですよ。こいつ好きな人の前じゃ猫被りですから」
「いやお前だってそうだろ……」
「あたしはあんたみたいにわかりやすく振る舞ってないから」

 そう言い返すと、ブラッドは悔しそうに口元を歪めてウイスキーを呷った。
 メイナードさんはあたし達のやり取りを見て苦笑している。
 あたしはここではたと、自分の好きな人がバレていないか不安になった。

「……あの、EMANONうちとはどうやって知り合ったんですか?」
「んー? まあ、ちょっと昔にシェルアちゃんに飲み切れないお酒を寄付して貰ったり、ロジェちゃんに家具の修理をして貰ったり色々したのよ。いや~あん時のロジェちゃんタイプだったわ~!」
「え゛っ」

 思わず出た声に慌てて口を両手で覆うと、メイナードさんはきょとんとした。

「え? 何? アタシおかしな事言った?」
「ソイツの好きな奴ロ——ぉぶぇっ!!!」

 脇腹にストレートを入れると、ブラッドはゲホゲホと咳き込んで身体を丸めた。
 あたしはもっと抉るような拳を入れれば良かったと反省しながら、メイナードさんに向き直って笑顔をつくった。

「いえ! 何も言ってませんよ!」
「そう……?」
「はい!」

 頼むからこれ以上話題を広げないでほしい。必然的にこっちの傷口が広がるのだ。
 メイナードさんはゆるりと首を横に振ると、口角を上げた。

「マ、いいわ。でもアタシ此処で聞いた事は口外しないから安心していいわよ」
「そ、ですか……」
「疑り深いわねぇ。初対面のブラッドちゃんにソックリ」
「コイツと似てるとかほんっとうにやめてください」

 首を横に振って本気で嫌な事を伝えると、メイナードさんは顔を逸らして肩を震わせた。

「ッフ……ちょ、滅茶苦茶嫌われてんじゃない……っ」
「客を笑うか? フツー」
「だってアンタ此処では若い子に結構モテてんのに……! いやーつくづく面白いわ~」
「エッその子達趣味ワル……」
「喧嘩売ってんのかテメー。俺だってなァ! それなりにモテんだよ!!」

 ブラッドはフンと鼻を鳴らしてウイスキーを飲み干すと、乱暴にグラスをテーブルに置いた。

「でも好きな人には致命的にモテないわよね」
「そう! 俺がモテないのは姐さんにだけ……ウ゛ッ」
「あらあら泣いちゃったわ~」
「ほっといていいですよ」

 メイナードさんはテーブルに突っ伏したブラッドの頭を指先でつついたけど、反応がなかったためつまらなそうに頬杖をついた。
 あたしは生ハムを食べながら、面倒事になる前に早めに店を出ようと心に決めた。

「そもそもコイツ遊び人ですよ? そこからもう信用ないっていうか……」
「え、そうなの?」
「そーですよ! 会う度違う女の子連れてるって噂だし!」
「それの何が悪ィんだよ」
「悪いに決まってんでしょ!? 浮気とかフッツーにないから!!」
「浮気じゃねェよ。ただ一緒に寝て貰ってるだけだ」
「それが有り得ないって言ってんのよこのクズ!!」
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