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酒の席の話
酒の席の話2
しおりを挟むスパンと音を立ててブラッドの頭を叩く。
ブラッドは頭をさすりながらあたしを睨み上げた。
「そもそも付き合ってねェのに浮気も何もねーだろ」
「一緒に寝てんのが問題だって言ってんのよ! あんた話聞いてた?」
「聞いてるっつの……何なんだよマジで……」
「エッシちゃんはアンタの事心配してるのよ」
「いや心配なんてしてませんよこんな奴」
吐き捨てるように言ってサングリアを飲むと、あたしは残りの生ハムを口に運んだ。
——こんなクズを好きになった女の子が可哀想。
メイナードさんはそういう事に寛容なのかブラッドを咎めなかったけど、あたしには無理だ。
あたしは最後の一枚を食べ終わると、空になった自分のグラスを見つめた。
「まあ……アレね。刺されないように気をつけなさい」
「いっそ刺されろ女の敵」
「や、なんで俺が刺されんだよ。ちゃんと金払ってんのに」
「え。ブラッドちゃんお金払ってるの?」
「当たり前だろ。そういうサービスなんだから」
何言ってんだという顔をするブラッドに、メイナードさんは呆気に取られると目を泳がせた。
女のあたしがいるから気を遣っているのだろう。
メイナードさんはブラッドの肩を強めに叩くと、ブラッドにずいと顔を近付けた。
「アンタそういうのは公言しない方がいいわよ!」
「ハァ? 添い寝だけだぞ?」
「だからって……え? 添い寝だけ? ホントに?」
「嘘ついてどうすんだよ……だいたい俺ァな、一人で眠れないから金払って寝て貰ってるだけで、それ以外の行為は一切してねェからな!」
ブラッドは添い寝だけで性行為はしていないと主張した。
でもあたしは女の子と一緒に寝た時点で男は下心があるものだと思っている。
たとえ性行為をしていなくても、不特定多数の女の子を相手にしているその性格が無理なのだ。
自分の顔が歪むのがよくわかった。
「……言ってるだけでしょ。サイッテー」
「アァ゛ン?」
「そもそも一緒に寝る必要がどこにあんのよ」
「だから一人で寝られねェからだっつってんだろ」
「はぁ? あんた赤ちゃん?」
「誰が赤ちゃんだ! 医者にかかりたくねーからそういう店使ってんだよ!」
あたしは自分は悪くないという口振りで話すブラッドに腹が立った。
頬にビンタでも入れてやろうかと手を構えると、メイナードさんの手によって遮られた。
「ちょ~~い待ち。え? 何? じゃあもしかしてブラッドちゃんマジの不眠症なの?」
「そーだよ。だから店使ってんだろうが」
「不眠症なら尚更病院行けばいいでしょ」
「そっっっんなんしたら姐さん心配すんだろ!!!」
すごい剣幕で言われたけど、どう考えても病院に行って治療して貰った方が店を使うよりはいいだろう。他人と寝たって症状が悪化するだけだ。
メイナードさんは呆れた顔をすると、小さく溜息をついた。
「……っていうか、好きな人にそういうお店使ってるって誤解されるのはいいの?」
「別にやましい事はしてねェし」
あたしの純粋な疑問に、ブラッドはそれが何かと言わんばかりの態度でウイスキーを飲んだ。
「してなくても誤解されるかもしれないじゃないの~。アンタもしかして嫉妬して貰いたいなんて思ってる?」
「ブッ」
ブラッドがむせてドンドンと自分の胸を叩く。
どうやらメイナードさんの言った事は図星らしかった。
あたしは他の女の子と寝ておいて、好きな人に嫉妬してほしいというブラッドのクズ加減にどん引きした。
「キッッッッッッショ」
「キショイ言うな!」
反射で出た言葉に反論されてもキショイものはキショかった。
メイナードさんは何とも言えない顔でブラッドを見ている。
「いやー、アタシも同意見よアンタ。何? そういう性癖? それならまあ仕方ないかもしれないけど……」
「違ェよ! 俺を変態みたいに言うな!!」
憐れみの目を向けるメイナードさんにブラッドが吠える。
メイナードさんはやれやれと肩をすくめると、言葉を続けた。
「にしたって歪んでるでしょ。あとそういう試し行為、人によっては地雷だからやめた方がいいわよ」
「………………マジ?」
「マジよ。ね、エッシちゃん」
「そうですね。意味わかんないし、あたしだったら縁切り対象ですね」
ブラッドは心の底から驚いたようで、開いた口を両手で覆うとチラチラとあたしとメイナードさんに目を向けた。
「……でもよォ、嫉妬はまあなかったとしてもオトナとして見てくれんだろ?」
「ろくでもない大人としてならね。ていうかあの人なら、あんたの事心配して絶対病院連れて行くでしょ」
「そ、そんなに?」
ちょっと嬉しそうにするコイツの心情がわからなくて、あたしはまたどん引きした。
「コワ……」
「怖くねェよ! お前だってロジェさんが心配してくれたら嬉しいだろ!?」
「そりゃちょっとは嬉しいけど、あたしは罪悪感の方が勝つから」
ブラッドの言う通り、好きな人が自分の心配をしてくれるのは嬉しい。
だけど、あたしはそれよりもその人に迷惑をかけてしまったとか、今後の振る舞いとかの方を考えてしまう。
そもそも病院に行かないで店の女の子に頼っている時点で、認識に大きなズレがあるのだ。
——あたしも歪んでるけど、ブラッドも大概歪んでる。
幼少時の境遇が似ていても、人間は同じように育たない事がブラッドの言動で改めてわかった。
きっとルイスくんはマリアさんがいたからああいう性格になったのだろう。
あたしはマリアさんに心の底から感謝した。
「アンタもうまどろっこしいから告白しちゃえば?」
メイナードさんの一言にブラッドは一瞬固まると、口を引き攣らせた。
「絶対ェ無理」
「なんでよ~当たって砕けなさいよ~」
「砕ける前提かよ!」
言い合っている二人を放っておいて、あたしは気を取り直して手付かずだったチーズの盛り合わせのパルミジャーノに手を付けた。
口に入れるとほろりと崩れて、しゃりしゃりとした歯応えとミルクの甘みが広がる。
あたしはすぐに二つ目をピックに刺して口に運んだ。
「それ美味しいでしょ。お取り寄せして昨日届いたばっかなのよ」
「へえ~、あ、これも美味しいです」
「ミモレットね。アタシもそれ好きよ」
鮮やかな色をしたミモレットは美味しさが凝縮されていて、ほのかに甘い香りがする。
黙々と食べ進めていると、隣から視線を感じた。
「……何?」
あたしはブラッドを横目で見ると、最後のチーズをピックに刺した。
ゴーダは爽やかな香りと口の中に広がるコクが有名で、スマーニャさんが好きでたまに食べているのを見かける。
正直あたしに味の違いはあまりわからないけど、好きな人の好きな物だから他の物より美味しく感じた。
ブラッドはチーズを味わって食べるあたしに目を細めると、小さく息をついた。
「なんでもねェ」
「……あっそ」
「エッシちゃん次何飲む? サングリア好きなら白も美味しいと思うけど」
「あー……いえ、サングリアは今日初めて飲んで……」
「あらそうなの? 白も美味しいわよ~」
ニコニコと笑うメイナードさんに、あたしは少し申し訳なくなった。
飲みたい気持ちはあるけど、一緒に飲む相手がブラッドだと思うと気が進まないのだ。
「えっと……その……あんまりお酒飲めなくて……」
「いや嘘つけ。お前この前しこたま飲んだって聞いたぞ」
「話をややこしくすんな。あんたと二人で飲みたくないのよ!」
「あらっ、じゃあ三人だったら飲んでくれる?」
メイナードさんはパチリとウインクを決めた。
「奢るわよ。ブラッドちゃんが」
「じゃあ飲みます」
断ろうとしたのに、口が勝手に動いて了承していた。
「お前らなァ!」
「いいじゃないのよちょっとくらい! どーせアンタこの子に迷惑かけてんでしょ!」
「はい。めちゃくちゃ迷惑かけられてます」
「オイ!!」
右肩を掴まれたけど、あたしはブラッドを無視してサングリアに口を付けた。
ラズベリーが甘酸っぱくて美味しい。
スプーンで果肉をすくっていると、メイナードさんがブラッドのグラスを下げる。
「そうカッカしないの。短気は損気よ!」
「コイツ職場の新しい子にもキツく当たってました」
「だっ、おまっ、今は違ェだろ!!」
指を差して言うと、ブラッドは必死な顔で否定した。
今“は”と言っている時点で過去の行いを認めているようなものだ。
冷めた目を向けると、ブラッドは唸り声を上げた。
メイナードさんはそんなブラッドを気にする様子もなく、二杯目のウイスキーを作ってブラッドの手元に置くと、新しいボトルを棚から下ろして封を切った。
そうしてボトルのワインをグラスに注ぐと、得意げにグラスを掲げて笑みを浮かべた。
「はいはい、とりあえずカンパ~イ♡」
「かんぱーい」
残り少ないサングリアで乾杯すると、メイナードさんは一口だけ自分のお酒を飲んで別のお酒を作り始めた。
「んで? 新人ちゃんいじめたんですって?」
「いじめてねェよ!」
「そう言ってアンタ過去にルイスちゃんにウザ絡みしてたじゃない」
「今もですよ」
「そうなの? ブラッドちゃん変わらないわね~。あの子に近付く男全員目の敵《かたき》にして。アンタ巷でEMANONの番犬って言われてるわよ」
「番犬は大福とよもぎだろ」
「や、そういう話じゃないでしょ」
ズレた回答をするブラッドに突っ込むと、あたしはサングリアを飲み干した。
するとすぐに目の前に白のサングリアが置かれた。
グラスにはカットされた林檎、キウイ、レモン、ライムが飾られている。
試しに一口飲んでみると、さっき飲んでいた赤のサングリアよりもさっぱりした口当たりの良さを感じた。
「うわ美味し……あたしこれ一番好きかも」
「他にもロゼや炭酸水で割る飲み方もあるから、飲みたかったら言ってちょうだい」
「ありがとうございます!」
メイナードさんは楽しそうに笑うと、自分のグラスに口を付けた。
ストレートで飲んでいるからお酒は結構強い様子が窺えた。
「女ってカクテル好きだよなーアリャ何でだ?」
「ちょっとそれは偏見でしょ! まあ確かにカクテル好きな子は多いけど……」
「単純に飲みやすいからじゃない? ブラッドちゃんだってコーヒー飲めないでしょ」
「ちょっ、言うな!」
「いや皆バレてるわよ」
そう言うと、ブラッドが不安げに瞳を揺らしてこっちを見てきた。
「……上二人とサンくん以外は皆知ってる話でしょ」
「なんだ姐さんにはバレてねェのか。ならいいや」
「案外あの二人知ってても知らないフリしてそうだけどねぇ。ロジェちゃんは単純に興味なさそう」
「あ、わかりますそれ」
「あの人俺に対して雑なんだよなァ色々と」
ブラッドは不満げに唇を尖らせると、ウイスキーを飲んだ。
スマーニャさんがコイツに丁寧な対応をしないのは、丁寧な対応をしても根底から覆されるし、コイツが調和を保てない人間だからである。
あたしはブラッドの自覚の無さにそっと溜息をついた。
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