Rasanz‼︎ーラザンツー

池代智美

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酒の席の話

酒の席の話3

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「まあ問題児いたら毎回は丁寧な対応出来ないわよ」
「誰が問題児だ」
「あんた以外誰がいんのよ」
「ルイスとか」
「いや~ルイスちゃんは真面目な子でしょ~ちょっと天然入ってるけど」

 メイナードさんの言うルイスくんの印象は私とあまり相違なかった。
 デリカシーのないブラッドと違って、ルイスくんは姉のマリアさんがいるから配慮が出来る好青年である。
 たまに仕事で失敗する事もあるけど、それも許容範囲内の話で、ブラッドみたいにとんでもない事を仕出かしたりしないのだ。
 あたしは以前、スマーニャさんがブラッドの愚痴を溢していた事を思い出した。

「なんでもいいけど、スマーニャさんに迷惑かけないでよね。あの人色々大変なんだから」
「へいへい。おかげでお前の仕事増やすなって嫌味言われたわ」
「エッ」
「あと“仲良しなのはいいけど、女の子なんだから言い方考えろ”ってよ」

 あたしはブラッドが口にした言葉を何度も反芻した。
 シェルアさんしか興味がないような顔をして、あたし達には必要最低限、仕事上の関係として割り切っていると思っていた。
それなのに陰でそんな事をスマーニャさんが言っていたなんて、あたしは信じられなかった。

「ちょっと待ってそれ本当にあの人が言ってたの? 別人じゃなくて?」
「それは流石にロジェさんに失礼すぎねェ? あと本人だわ」
「だってあの人普段そんな感じじゃないじゃん!! 自分の事は自分で! 責任は最悪こっちで取るけど余計な事したらわかってるだろうな?ってスタンスじゃん!!」
「お前本当にロジェさん好きなの? ちょっと引くんだけど」
「あんたに引かれる筋合いないんだけど!?」

 反論すると、ブラッドは顔を歪めてウイスキーを呷った。

「まあまあ、そんな喧嘩しないの」
「だってコイツが……」
「でもロジェちゃんアレで案外優しいとこあるからその辺りの認識は改めた方がいいわよ」
「えーっ本当ですか? スマーニャさん子供も動物も好きじゃないって言ってましたよ?」

 スマーニャさんの情報を頭の中から引っ張り出して言うと、メイナードさんは小さく吹き出して手をヒラヒラと振った。

「いやいやロジェちゃん結構猫好きなのよ?」
「「えっ」」
「マジで?」
「マジよ。本人は自覚ナシだけどね。周りに色々言われるのが嫌だからそういう風に言ってるんじゃない? 苦手って言っておけば話も広がらないし、相手も深く突っ込んでこないでしょ」
「な、なるほど……」

 メイナードさんの推察は納得出来る部分が多かった。
 あたしはスマーニャさんの言葉をそっくりそのまま受け取って、言葉の裏に隠された真意には気付けずにいたのだ。
 スマーニャさんの上辺しか知らない自分に嫌気が差した。

「わかりにくっ。天邪鬼か?」
「アマノジャクって?」
「素直じゃないひねくれ者」
「そりゃアンタもでしょうが」
「……」

 ブラッドはメイナードさんに正論を言われて言い返せないようだった。
 それにしても、あんなにすごい人をここまでひどく言えてしまうのはブラッドの馬鹿故なのか、嫉妬故なのだろうか。
 あたしもシェルアさんに嫉妬した事があるから、認めたくはないけどブラッドの境遇とあたしの境遇は似ているのかもしれない。
 隣にいるブラッドを盗み見ると、やっぱり不機嫌そうにウイスキーを飲んでいる。
 あたしは二切れ目のパルミジャーノを口に運んで咀嚼した。
 
「……言っとくけどなァ、あの人そんな完璧超人じゃねェぞ。そう見えるってだけで」
「何? 僻み?」
「僻んでねェよ! 事実だわ!!」

 唾が飛びそうな勢いで言い返すブラッドに、あたしはメニュー表を盾にする。
 メイナードさんはあたし達のやり取りに手を叩いて笑っていた。

……コイツと同類だと思われたくない。

 あたしは突っかかってくるブラッドの顔面を右手で押し退けると、メイナードさんを見つめた。
 メイナードさんはすぐにあたしの視線に気付くと、ワインを飲むのをやめて聞く姿勢を整えた。

「なあに? エッシちゃん」
「あの、コイツから何聞いたのか知りませんけど、あたしスマーニャさんとそういう関係になる気はないので……」

 訂正事項を述べると、ヘラヘラ笑ったブラッドがあたしを指差した。

「あー何? 予防線?」

 あたしは近くにあったインテリアの三角フラスコを引っ掴んで頭上に掲げた。
ブラッドがギャーギャー騒いであたしの両腕を掴んだけど、あたしは目の前のコイツに一発入れないと気が済まなかった。
 
「おおおお落ち着け!! お前殺人事件起こす気か!?」
「まあそれもやぶさかではないわね」
「やぶさかではない!?」
「やるなら外でやってね~店内の掃除が大変だから」
「お前は止めろよ!!!」

 あたしを止めないメイナードさんにブラッドは吠えていたけど、メイナードさんはブラッドをあしらうようにしっしと手を振って、楽しそうにワインを飲んだ。
 あたしはブラッドの手をどうにかして振り解こうと、押したり引いたり色々した。
でもブラッドはあたしの腕を離そうとしなくて、結局あたしが根負けして殴るのを諦める事になった。
 渋々三角フラスコを元の位置に戻すと、あからさまにブラッドが長い溜息をついた。

「いや~エッシちゃんたら情熱的ねぇ。アタシだったらロジェちゃんに頼んで一発入れて貰うわよ」
「それだとスマーニャさんが大変じゃないですか」
「俺の方が大変なんだが?」
「アンタがよく言う身から出た錆、って奴でしょうに」

 メイナードさんはブラッドに呆れた目を向けながらも、すっかり空になったブラッドのグラスを下げてまたウイスキーを注いだ。

「ねね、それよりエッシちゃん! そういう関係になる気はないってどういう事?」
「べつに、そのまんまの意味ですけど……」
「あ、もしかしてシェルアちゃんいるから?」

 あたしは言葉に詰まった。
 返事をしようにも全て否定されそうな気がして何も言葉を返せずにいると、メイナードさんが新しいグラスをブラッドの前に置いた。

「あの二人は独特の雰囲気あるわよね~。幼馴染っていう関係もあるんでしょうけど、何かこう……色っぽいアレがないのが不思議というか……」
「それな。つーかなんか聞いてねェの? 恋愛関連で」
「え~~? 二人ともその手の話題はちゃんと答えてくれないのよねぇ」

 首を傾げながら頬に手を添えるメイナードさんに、ブラッドはやっぱりなという顔でチーズを食べている。
 あたしはスマーニャさんの恋愛話に興味はあるけど、実際に聞くのはちょっと怖くて、サングリアを口に流し込む事で怖さを誤魔化した。
 次の言葉を待っていると、メイナードさんは思い出したように口を開いた。

「あ、ちょっと違う話かもだけど幼馴染がもう一人いたらしいわよ」
「え」
「マジ? 男? 女?」
「男。ロジェちゃん曰く、いい奴すぎてムカつく奴だったって」
「へー……どんな人なんだろ」
「写真ねェのかな」

——スマーニャさんがそこまで言うって事は、底抜けに明るい人なのかな。

 初めて知る情報に、あたしもブラッドもそわそわした。
 幼馴染がもう一人いるなら、スマーニャさんとシェルアさんと、そのもう一人で仲のいい三人組だったのだろう。
 医者のレネーさんからは子供の時からやんちゃだったと話は聞いている。
 あたしは詳しく話を聞こうとしたけど、ふとメイナードさんの言った言葉に違和感を抱いた。

「ん? ちょっと待ってメイナードさん、幼馴染が“いた”って……」
「事故か病気で亡くなったんじゃない? アタシもその辺り詳しく聞かなかったからわからないのよ」
「は~~? 話聞けねェじゃねーか!」
「アタシにキレてもしょーがないでしょ」

 メイナードさんは理不尽にキレるブラッドを軽くいなすと、グラスの中のワインを飲み干した。
 あたしは氷の下に沈んだ果物に視線を落とした。
 たまにスマーニャさんが何とも言えない表情をしているのは、亡くなった幼馴染さんの事を思い出しているからなのか。
 思い返すと胸が痛んで、もう少し配慮出来たはずと後悔が押し寄せた。
 一方でブラッドは一切気にしてない様子で、あーだこーだ言っている。コイツはあまりにデリカシーがない。

「姐さんの幼少期知りたかったのに……」
「ロジェちゃんに聞いたらいいじゃないの」
「聞いたらあの人引いた目で見た後、仕事しろって言ってくるんだぜ?」
「日頃の行いでしょ」
「んだと?」

 ブラッドを無視してあたしはサングリアを呷った。
 
「だいたい、シェルアさんの小さい頃が知りたいなら、家に行けばアルバムくらいあるでしょ。マリアさんが言ってたし」
「俺に姐さんの家に上がれと!?」
「普通に遊びに行けばいいでしょーが! 何恥ずかしがってんのよ!!」
「じゃあお前ロジェさんの家普通に遊びに行けんのかよ!」
「無理に決まってるでしょ!?」

 言い合っているとメイナードさんが腹を抱えて笑い始めた。
 あたしとブラッドは一旦争うのをやめて、笑うメイナードさんを注視した。

「ヒー……アンタ達ホンット面白いわね……仲悪いように見えて息ぴったりじゃない」
「仲悪いように、じゃなくて本当に仲が悪いんです」

 ハッキリ言うとメイナードさんはまた笑っていたけど、あたしと目が合うと冷蔵庫から冷えた小さなパフェを取り出して、あたしの前に置いた。
 果物は勿論、バニラアイスにはチョコレートがかかっていて、見た目がまず可愛しい。
 これで許してと言いたげなメイナードさんにあたしは苦笑すると、ハンドサインでOKをつくった。
 ブラッドはずっと不満げだったけど、メイナードさんからタダ酒を貰うと態度が一変して、水のように酒を飲んだ。
 あたしはメイナードさんが聞き上手なのもあって、つい色々話し込んでしまった。
正直自分の恋愛関連を知られてしまったのは頭が痛いけど、吐き出した事で楽になった部分もあったのだ。

 次の日の朝、あたしは二日酔いに悩まされる羽目になった。
 どうやって家に帰って来たか全く覚えていなくて、トークアプリの履歴を辿ると、ブラッドに送って貰った事が判明した。
 あいつに借りをつくったのは気持ち悪かったけど、一応迷惑をかけた事については謝罪しておいた。
 
……メイナードさんにも後日謝りに行かないと。

 あたしは痛む頭を押さえて、冷たい水を飲み干した。

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