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王宮からの手紙は、聖女認定の儀への召喚状というよりも、有無を言わさぬ命令書だった。
手元にあるのは、断ることなど許す雰囲気すらない冷たい紙片。
よりによって、なぜこのタイミングなのよ……!
私が進めてきた、円満なる『婚約破棄計画』は、もう破綻寸前。私の忠実な駒であるはずのミレイナ。その彼女の純粋すぎる忠誠心によって、まさかの問題が発生している。完璧だったはずの計画は、今や完全に暗礁に乗り上げていた。
その解決策すら見つからないこの状況で、今度は国家規模の、逃げ場のない命令。
聖女認定の儀……。
もし私が本当に、聖女に認定されたら……?
今の生活は送れなくなるかもしれない。そうなったら、カイルと会うことすら、できなくなってしまうかも……。
そんなの、絶対に嫌よ。カイルのいない生活なんて考えられない。
「お姉様……どうかなさいましたか? 何か、大変なことでも……?」
声をかけられてハッとする。思考の渦に飲まれ、表情が険しくなっていたのを、ミレイナが察したのだろう。彼女は心配そうな顔をしていた。
「ああ、ミレイナ。ごめんなさいね。驚かせてしまったかしら。さっき聞こえたと思うけど……この手紙、聖女認定の儀への召喚命令なの」
「まあ! お姉様、ついに聖女になられるのですね。本当にすごいです!」
「まだ認定されるか分からないけれどね……」
「そんなことありませんよ。お姉様なら必ず聖女になれます!」
ミレイナは心の底から嬉しそうな声を出す。でも私にはこの手紙の文面が、なんだか罪人を呼びつけるかのように思えてならない。
とてもじゃないけれど、素直に喜ぶことなんてできなかった。
「じゃあ、今から準備しておかないとダメかしらね。それじゃ名残惜しいけれど、今日のお茶会はもうお開きにしましょうか。また、近いうちに必ず連絡するわね」
「は、はい……! お姉様、あまりご無理なさらないでくださいませね」
純粋な瞳で心配してくれるミレイナを、私は少し複雑な気持ちで見送る。
1人になったサロンで、重いため息が漏れる。考えてみれば、聖女について知っていることなんてほとんどない。知っているのは、国を救う存在らしいということだけ。
「……本当に、どうしてこうなるのかしら」
私はまずマティアとクラリッサを呼ぶと、ヴァルムレーテ公爵家が誇る巨大な書庫へと向かった。
「お嬢様、顔色が優れませんね。やはり、この儀式のことでしょうか……?」
古文書の山を前に、クラリッサが心配そうに私の顔を覗き込む。
「ええ……少し気にかかるの。そもそも、聖女についての情報が少なすぎるわ」
「お嬢様。それについてはこのマティアも同感でございます。もっと調べてみましょう」
「ええ……2人とも頼むわね」
私の不安を理解してくれた2人と一緒に、聖女の情報を求めて古びた羊皮紙を次々とめくっていく。だが、得られる情報はあまりにも断片的なものだった。
『聖女認定の儀は、大神殿の最奥に安置されし国宝、聖杯《フェイト・ルクス》によって執り行われる』
『聖杯が候補者を認めし時、その黒き杯は純白に輝くという』
『如何に聖属性の魔法を使えても、候補者が聖杯に認められなかった例もあるという』
「お嬢様。こちらの文献によりますと、最後の聖女が認定されたのは三百年以上も前のことのようでございます」
マティアが、埃っぽい書物から顔を上げて、重々しく告げた。
「三百年以上も前なのね……。それにしても、今までに分かったのは、聖女の使命が『国を浄化し、安寧をもたらす』ということだけね。そもそも浄化とは一体何なのかしら。どうやって浄化するのか、具体的な内容が何も記されていないし……」
あのクソ女神こと『エル=ナウル』も、三百年以上聖女が不在だったと語っていたから、文献は正しいと思うんだけど……。
「ところで聖女って、浄化以外に何をするものなのかしら?」
「どの文献にも『国を浄化した』という記載しかございません……その後の記録になりますと、どの文献にも見当たらないようでございます」
「お嬢様。これってなんだか……その後の記録が、まるで意図的に消されたみたいに感じるんですけど……」
「ちょっと、クラリッサ。怖いこと言わないで」
空気を和ませようと少し茶化してみたものの……。
クラリッサの指摘通り、どの記録を見ても聖女の記録は浄化以降ぷっつりと途絶えている。
――これって、もしかして……。
「裏返せば、聖女の任務は浄化以外ないということではございませんか?」
「そう、だといいのだけれど……」
なら……瘴気を浄化すれば、私は聖女の任務から開放されるの?
たしかに最近は魔物の発生頻度が多くなってきているって話だし。騎士団の人たちも多少なりとも負傷していた。あれはきっと魔物と戦っているから。
カイルの助けになるのなら……聖女になって、浄化をしてもいいと思うけれど――。
でも聖女について調べれば調べるほど、分からないことだらけで……。
胸の中に言いようのない不安が広がっていくのが抑えられなかった。
手元にあるのは、断ることなど許す雰囲気すらない冷たい紙片。
よりによって、なぜこのタイミングなのよ……!
私が進めてきた、円満なる『婚約破棄計画』は、もう破綻寸前。私の忠実な駒であるはずのミレイナ。その彼女の純粋すぎる忠誠心によって、まさかの問題が発生している。完璧だったはずの計画は、今や完全に暗礁に乗り上げていた。
その解決策すら見つからないこの状況で、今度は国家規模の、逃げ場のない命令。
聖女認定の儀……。
もし私が本当に、聖女に認定されたら……?
今の生活は送れなくなるかもしれない。そうなったら、カイルと会うことすら、できなくなってしまうかも……。
そんなの、絶対に嫌よ。カイルのいない生活なんて考えられない。
「お姉様……どうかなさいましたか? 何か、大変なことでも……?」
声をかけられてハッとする。思考の渦に飲まれ、表情が険しくなっていたのを、ミレイナが察したのだろう。彼女は心配そうな顔をしていた。
「ああ、ミレイナ。ごめんなさいね。驚かせてしまったかしら。さっき聞こえたと思うけど……この手紙、聖女認定の儀への召喚命令なの」
「まあ! お姉様、ついに聖女になられるのですね。本当にすごいです!」
「まだ認定されるか分からないけれどね……」
「そんなことありませんよ。お姉様なら必ず聖女になれます!」
ミレイナは心の底から嬉しそうな声を出す。でも私にはこの手紙の文面が、なんだか罪人を呼びつけるかのように思えてならない。
とてもじゃないけれど、素直に喜ぶことなんてできなかった。
「じゃあ、今から準備しておかないとダメかしらね。それじゃ名残惜しいけれど、今日のお茶会はもうお開きにしましょうか。また、近いうちに必ず連絡するわね」
「は、はい……! お姉様、あまりご無理なさらないでくださいませね」
純粋な瞳で心配してくれるミレイナを、私は少し複雑な気持ちで見送る。
1人になったサロンで、重いため息が漏れる。考えてみれば、聖女について知っていることなんてほとんどない。知っているのは、国を救う存在らしいということだけ。
「……本当に、どうしてこうなるのかしら」
私はまずマティアとクラリッサを呼ぶと、ヴァルムレーテ公爵家が誇る巨大な書庫へと向かった。
「お嬢様、顔色が優れませんね。やはり、この儀式のことでしょうか……?」
古文書の山を前に、クラリッサが心配そうに私の顔を覗き込む。
「ええ……少し気にかかるの。そもそも、聖女についての情報が少なすぎるわ」
「お嬢様。それについてはこのマティアも同感でございます。もっと調べてみましょう」
「ええ……2人とも頼むわね」
私の不安を理解してくれた2人と一緒に、聖女の情報を求めて古びた羊皮紙を次々とめくっていく。だが、得られる情報はあまりにも断片的なものだった。
『聖女認定の儀は、大神殿の最奥に安置されし国宝、聖杯《フェイト・ルクス》によって執り行われる』
『聖杯が候補者を認めし時、その黒き杯は純白に輝くという』
『如何に聖属性の魔法を使えても、候補者が聖杯に認められなかった例もあるという』
「お嬢様。こちらの文献によりますと、最後の聖女が認定されたのは三百年以上も前のことのようでございます」
マティアが、埃っぽい書物から顔を上げて、重々しく告げた。
「三百年以上も前なのね……。それにしても、今までに分かったのは、聖女の使命が『国を浄化し、安寧をもたらす』ということだけね。そもそも浄化とは一体何なのかしら。どうやって浄化するのか、具体的な内容が何も記されていないし……」
あのクソ女神こと『エル=ナウル』も、三百年以上聖女が不在だったと語っていたから、文献は正しいと思うんだけど……。
「ところで聖女って、浄化以外に何をするものなのかしら?」
「どの文献にも『国を浄化した』という記載しかございません……その後の記録になりますと、どの文献にも見当たらないようでございます」
「お嬢様。これってなんだか……その後の記録が、まるで意図的に消されたみたいに感じるんですけど……」
「ちょっと、クラリッサ。怖いこと言わないで」
空気を和ませようと少し茶化してみたものの……。
クラリッサの指摘通り、どの記録を見ても聖女の記録は浄化以降ぷっつりと途絶えている。
――これって、もしかして……。
「裏返せば、聖女の任務は浄化以外ないということではございませんか?」
「そう、だといいのだけれど……」
なら……瘴気を浄化すれば、私は聖女の任務から開放されるの?
たしかに最近は魔物の発生頻度が多くなってきているって話だし。騎士団の人たちも多少なりとも負傷していた。あれはきっと魔物と戦っているから。
カイルの助けになるのなら……聖女になって、浄化をしてもいいと思うけれど――。
でも聖女について調べれば調べるほど、分からないことだらけで……。
胸の中に言いようのない不安が広がっていくのが抑えられなかった。
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