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48 決意の一歩
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王城のとある一室。
王太子リュシオンは、大神殿の長であるアルバ枢機卿と秘密裏に会合していた。
「しかし、殿下。あまりにも急すぎませぬか。本来『聖女認定の儀』は、18歳以上が対象のはず……セレナティア様はまだ17歳と要件を満たしておりませぬ」
アルバ枢機卿は、その皺の刻まれた顔に憂慮の色を浮かべ、リュシオンに進言する。
「神具である聖杯《フェイト・ルクス》の御力はあまりに強大にして未知数。そのような状況では候補者たるセレナティア様へのご負担も、計り知れませんぞ。もし、儀式に失敗でもしたら――」
「黙れ……枢機卿」
リュシオンの声は、静かだが氷点下の響きを持っていた。
「これは父上……国王陛下が裁可されたこと。決定事項なのだ。セレナティアの聖女としての才は、もはや国中の知るところ。もうすでに機は熟しているだろう。お前は、ただ儀を滞りなく執り行うことだけを考えよ」
王の威光を笠に着たその言葉を受けたアルバ枢機卿は、もはや反論できずに「……仰せのままに」と頭を垂れるしかなかった。
アルバ枢機卿が退出した後、リュシオンは一人、窓辺に立っていた。
(……どうせ、あの枢機卿も……私の思惑に逆らえる立場ではない)
その手に握られていたのは、ミレイナ・クレフィーヌからの『丁寧な断り』の手紙。
彼女の儚げな美しさ、そして純粋さは、リュシオンの心を捉えた。だが、ミレイナの心は、固く閉ざされたままだった。
リュシオンが何度誘っても、ことごとく断られる。その理由は、他ならぬ自分の婚約者であるセレナティアへの遠慮。セレナティアを裏切りたくないというくだらない友情によるもの。
そもそもセレナティアはリュシオンのタイプではなかったのだ。
セレナティアは賢く、そして芯が強い。リュシオンの好みは、真逆ともいえるミレイナのような女性。リュシオンがミレイナに惹かれてしまうのは、もはや運命のようなものだった。
(ふっ……なれば、セレナティアがいなくなればいいのであろう?)
リュシオンの口元に、冷たい笑みが浮かぶ。
彼の父である王も、セレナティアの聖女としての「価値」に満足している。しかし王は聖女について詳しく知らない。
当然と言えば当然だ。
なにせ、最後に聖女がいたのは三百年以上も昔のことなのだから。
そんな父を説き伏せるのはリュシオンにとって簡単だった。王命とあれば誰も逆らえない。全てはリュシオンの思惑通りに進んでいた。
(セレナティアが『聖女』となれば、彼女はもはやただの公爵令嬢ではない。王家にも、婚約という俗な繋がりにも縛られぬ、国に仕える『聖なる器』となるのだ。そうなれば、後は時間の問題。抜け殻になった女など、私の婚約者としてふさわしくないからな)
そうなれば、私の隣には……全ての理想を体現したような素晴らしい女性が――。
(……ミレイナ、君が立つことになるのだ。麗しい君を手に入れるためだ。セレナティアには国のため、存分に尽くしてもらおうではないか)
己の恋路を阻む障害を、国家の大義名分という最も美しい形で取り除く。
リュシオンの瞳の奥では、昏い光が揺らめいていた。
◆
儀式までの一ヶ月は、あっという間に過ぎ去っていった。
カイルからの返信には、ただ「何があっても、俺は君の味方だ」と力強く書かれていた。その言葉が、私の心を強く支えてくれた。
ミレイナのことは――『婚約破棄計画』は一旦保留にした。今は、策略を練っている余裕はなかった。目前にせまる儀式に集中したかったからだ。
いつも通りにミッションをこなす傍ら、私は来るべき日に備えて魔力のコントロールを鍛えつつ、心身を清めることに専念していた。
あれからもマティアには引き続き聖女について調べてもらっていた。でも、わかったことは『ヴァルムレーテ家から聖女を輩出したことはない』ということだけだった。
こんな時にエル=ナウルと連絡が取れたらいいのに。
ウィンドウに話しかけても、もらったネックレスを握っても何も応答はなかった。
あの女なら絶対に何か知っているはずなのに……。
肝心な時に役に立たない。
――そして、運命の日が訪れた。
侍女のクラリッサに手伝ってもらい、大神殿から送られてきた儀式用の簡素な白いドレスに身を包む。装飾は一切なく、ただ純白の布が、身体の線を静かに映し出すだけ。
「お嬢様……お気をつけてくださいね」
クラリッサが、涙を堪えるように私の手を取る。
「大丈夫よ、クラリッサ。私は必ず、戻ってくるわ」
私は彼女に力強く微笑みかける。
そうよ。何が待ち受けていようと、私は私よ。
悪女と呼ばれようと、聖女になろうと……。私はカイルを愛する一人の女なんだから。
私の運命は、私がこの手で切り開いてみせる。
大神殿の重い扉が、私を待っている。
私は一度深く息を吸う。決意を胸に留め、一歩を踏み出した。
王太子リュシオンは、大神殿の長であるアルバ枢機卿と秘密裏に会合していた。
「しかし、殿下。あまりにも急すぎませぬか。本来『聖女認定の儀』は、18歳以上が対象のはず……セレナティア様はまだ17歳と要件を満たしておりませぬ」
アルバ枢機卿は、その皺の刻まれた顔に憂慮の色を浮かべ、リュシオンに進言する。
「神具である聖杯《フェイト・ルクス》の御力はあまりに強大にして未知数。そのような状況では候補者たるセレナティア様へのご負担も、計り知れませんぞ。もし、儀式に失敗でもしたら――」
「黙れ……枢機卿」
リュシオンの声は、静かだが氷点下の響きを持っていた。
「これは父上……国王陛下が裁可されたこと。決定事項なのだ。セレナティアの聖女としての才は、もはや国中の知るところ。もうすでに機は熟しているだろう。お前は、ただ儀を滞りなく執り行うことだけを考えよ」
王の威光を笠に着たその言葉を受けたアルバ枢機卿は、もはや反論できずに「……仰せのままに」と頭を垂れるしかなかった。
アルバ枢機卿が退出した後、リュシオンは一人、窓辺に立っていた。
(……どうせ、あの枢機卿も……私の思惑に逆らえる立場ではない)
その手に握られていたのは、ミレイナ・クレフィーヌからの『丁寧な断り』の手紙。
彼女の儚げな美しさ、そして純粋さは、リュシオンの心を捉えた。だが、ミレイナの心は、固く閉ざされたままだった。
リュシオンが何度誘っても、ことごとく断られる。その理由は、他ならぬ自分の婚約者であるセレナティアへの遠慮。セレナティアを裏切りたくないというくだらない友情によるもの。
そもそもセレナティアはリュシオンのタイプではなかったのだ。
セレナティアは賢く、そして芯が強い。リュシオンの好みは、真逆ともいえるミレイナのような女性。リュシオンがミレイナに惹かれてしまうのは、もはや運命のようなものだった。
(ふっ……なれば、セレナティアがいなくなればいいのであろう?)
リュシオンの口元に、冷たい笑みが浮かぶ。
彼の父である王も、セレナティアの聖女としての「価値」に満足している。しかし王は聖女について詳しく知らない。
当然と言えば当然だ。
なにせ、最後に聖女がいたのは三百年以上も昔のことなのだから。
そんな父を説き伏せるのはリュシオンにとって簡単だった。王命とあれば誰も逆らえない。全てはリュシオンの思惑通りに進んでいた。
(セレナティアが『聖女』となれば、彼女はもはやただの公爵令嬢ではない。王家にも、婚約という俗な繋がりにも縛られぬ、国に仕える『聖なる器』となるのだ。そうなれば、後は時間の問題。抜け殻になった女など、私の婚約者としてふさわしくないからな)
そうなれば、私の隣には……全ての理想を体現したような素晴らしい女性が――。
(……ミレイナ、君が立つことになるのだ。麗しい君を手に入れるためだ。セレナティアには国のため、存分に尽くしてもらおうではないか)
己の恋路を阻む障害を、国家の大義名分という最も美しい形で取り除く。
リュシオンの瞳の奥では、昏い光が揺らめいていた。
◆
儀式までの一ヶ月は、あっという間に過ぎ去っていった。
カイルからの返信には、ただ「何があっても、俺は君の味方だ」と力強く書かれていた。その言葉が、私の心を強く支えてくれた。
ミレイナのことは――『婚約破棄計画』は一旦保留にした。今は、策略を練っている余裕はなかった。目前にせまる儀式に集中したかったからだ。
いつも通りにミッションをこなす傍ら、私は来るべき日に備えて魔力のコントロールを鍛えつつ、心身を清めることに専念していた。
あれからもマティアには引き続き聖女について調べてもらっていた。でも、わかったことは『ヴァルムレーテ家から聖女を輩出したことはない』ということだけだった。
こんな時にエル=ナウルと連絡が取れたらいいのに。
ウィンドウに話しかけても、もらったネックレスを握っても何も応答はなかった。
あの女なら絶対に何か知っているはずなのに……。
肝心な時に役に立たない。
――そして、運命の日が訪れた。
侍女のクラリッサに手伝ってもらい、大神殿から送られてきた儀式用の簡素な白いドレスに身を包む。装飾は一切なく、ただ純白の布が、身体の線を静かに映し出すだけ。
「お嬢様……お気をつけてくださいね」
クラリッサが、涙を堪えるように私の手を取る。
「大丈夫よ、クラリッサ。私は必ず、戻ってくるわ」
私は彼女に力強く微笑みかける。
そうよ。何が待ち受けていようと、私は私よ。
悪女と呼ばれようと、聖女になろうと……。私はカイルを愛する一人の女なんだから。
私の運命は、私がこの手で切り開いてみせる。
大神殿の重い扉が、私を待っている。
私は一度深く息を吸う。決意を胸に留め、一歩を踏み出した。
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