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49 聖女認定の儀
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大神殿の最奥にある祭壇の間は、静寂と荘厳な空気に満たされていた。
色とりどりのステンドグラスから差し込む光が、床の大理石に幻想的な模様を描いている。私は白い儀式用のドレスをまとって、その光の中をゆっくりと祭壇へ向かい歩みを進めていく。
参列者の視線が、全て私に集まっている。まるで身体に突き刺さるような感覚。
冷たい表情で私を見つめるのは、父であるディラン・ヴァルムレーテ公爵。
考えの読めない不敵な笑みを浮かべるのは、婚約者のリュシオン・グランディール王太子殿下。その横には国王夫妻の姿もある。
騎士団が整列している中には、私の探している人がいた。固い表情で私をまっすぐに見つめる、カイル・ラザフォード団長の姿。
目が合ったカイルは、私にだけわかるように小さく合図を送ってくれた。
彼の姿を見つけただけで、あれほど渦巻いていた不安も和らいでいき勇気が湧いてくる。
大丈夫。私ならやれるわ……。
私は祭壇の前まで進み、静かにひざまずいた。それを合図と受け取ったのか、正面にいた老齢の男が一歩前に出る。
それは大神殿の長でありこの国の聖典を司る重鎮、アルバ枢機卿だ。
「我らは今ここに、神々の導きと聖杯の光を仰ぎ、古より受け継がれし儀式『聖女認定の儀』を執り行うものである」
その声は、深く、低く、よく響いた。
大神殿の石造りの壁が、音を反射して厳かな波紋を生む。
「聖女とは人々を癒やし、国を浄化し、救いと平穏を与える存在。時に国の象徴となり、時に神託の代行者として、大地と天をつなぐ架け橋となりうる。だがそれは、祝福であると同時に試練でもある」
重々しい宣言に、祭壇の空気がさらに張り詰める。
「汝、セレナティア・ヴァルムレーテ」
名を呼ばれた瞬間、心臓が少し跳ねる。
「そなたはこれより聖女としての試練を受ける資格があると王命をもって認められた。
だが……その道がいかに困難であり、重き責務を伴うか。覚悟はできておるか?」
私は喉の奥に詰まった息を少しの緊張といっしょに吐きだし、真っ直ぐにアルバ枢機卿を見つめた。
「……はい。覚悟はできております」
私は迷いなく答えた。
ここに来る前から、とっくに覚悟は決めてきたんだから。
それを見た枢機卿はゆっくりと目を閉じ、静かに頷いた。
「……よろしい。神よ、どうかこの者に導きを与え給え」
その言葉と共に、奥の扉が重々しい音を立てて開く。
中から姿を現したのは二人の神官。彼らは国宝である聖杯《フェイト・ルクス》を厳かに運ぶ。
光沢のない黒曜石を思わせるそれは、深く光を吸い込むような、どこまでも黒い杯。聖杯がただの器ではなく、意志を持つ何かのように見える。神具であるはずの聖杯なのに、禍々しいほどの存在感を放っている。
「セレナティア・ヴァルムレーテよ。その身に宿す聖なる力を、聖杯に注ぐがよい」
枢機卿の言葉に従い、不気味に黒い聖杯の前に立つ。
これから何が起こるのか分からない。けれど、私がカイルに送った手紙に込めた想いは、本物。
もし、私が聖女になることでカイルのために出来ることがあるのなら。
やってやろうじゃないの。何にだってなってやるわ。
私は意を決し、両手を聖杯にかざした。体内の魔力を集中させる。柔らかな光の奔流をイメージして聖杯に聖属性の魔力を注ぎ込み始めた。
その瞬間だった。
黒い杯が、まばゆいほどの純白の光を放ち始めた。薄暗いかった大聖堂全体が、昼間のように明るく照らし出される。参列者たちからは驚嘆のどよめきが上がる。
「おお……これは……」
これって、成功……したの?
そう思ったのも束の間。注ぎ込んだはずの魔力が逆流してくる。
いや、違う!?
私の中の『何か』が引き抜かれている?
その時、頭の奥で何かが焼き切れるような、激しい痛みが走った。
「――っつ!?」
視界が白く染まり、意識が遠のく。
大切な思い出たちが掠れていく。
燃えるような恋心。
月夜の下で抱き合ったこと。
温かくて力強い腕。
忘れたくない記憶も。
――それらが、全て零れ落ちる砂のようにサラサラと頭から抜け落ちていく感覚。
い、嫌っ……カイル、助けて……。
カイルを探そうとしたけれど、光が強すぎて……何も……見え……。
あれ、私……誰を探そうとしてたのかしら?
光が収まった時、私は祭壇の前に立っていました。
目の前にいる人たちは、誰だったのでしょうか。
情けないことに、どうしてここにいるのかも忘れてしまったようです。
なんだか頭の中に、大きな空白ができてしまったみたいな感じがします。
色とりどりのステンドグラスから差し込む光が、床の大理石に幻想的な模様を描いている。私は白い儀式用のドレスをまとって、その光の中をゆっくりと祭壇へ向かい歩みを進めていく。
参列者の視線が、全て私に集まっている。まるで身体に突き刺さるような感覚。
冷たい表情で私を見つめるのは、父であるディラン・ヴァルムレーテ公爵。
考えの読めない不敵な笑みを浮かべるのは、婚約者のリュシオン・グランディール王太子殿下。その横には国王夫妻の姿もある。
騎士団が整列している中には、私の探している人がいた。固い表情で私をまっすぐに見つめる、カイル・ラザフォード団長の姿。
目が合ったカイルは、私にだけわかるように小さく合図を送ってくれた。
彼の姿を見つけただけで、あれほど渦巻いていた不安も和らいでいき勇気が湧いてくる。
大丈夫。私ならやれるわ……。
私は祭壇の前まで進み、静かにひざまずいた。それを合図と受け取ったのか、正面にいた老齢の男が一歩前に出る。
それは大神殿の長でありこの国の聖典を司る重鎮、アルバ枢機卿だ。
「我らは今ここに、神々の導きと聖杯の光を仰ぎ、古より受け継がれし儀式『聖女認定の儀』を執り行うものである」
その声は、深く、低く、よく響いた。
大神殿の石造りの壁が、音を反射して厳かな波紋を生む。
「聖女とは人々を癒やし、国を浄化し、救いと平穏を与える存在。時に国の象徴となり、時に神託の代行者として、大地と天をつなぐ架け橋となりうる。だがそれは、祝福であると同時に試練でもある」
重々しい宣言に、祭壇の空気がさらに張り詰める。
「汝、セレナティア・ヴァルムレーテ」
名を呼ばれた瞬間、心臓が少し跳ねる。
「そなたはこれより聖女としての試練を受ける資格があると王命をもって認められた。
だが……その道がいかに困難であり、重き責務を伴うか。覚悟はできておるか?」
私は喉の奥に詰まった息を少しの緊張といっしょに吐きだし、真っ直ぐにアルバ枢機卿を見つめた。
「……はい。覚悟はできております」
私は迷いなく答えた。
ここに来る前から、とっくに覚悟は決めてきたんだから。
それを見た枢機卿はゆっくりと目を閉じ、静かに頷いた。
「……よろしい。神よ、どうかこの者に導きを与え給え」
その言葉と共に、奥の扉が重々しい音を立てて開く。
中から姿を現したのは二人の神官。彼らは国宝である聖杯《フェイト・ルクス》を厳かに運ぶ。
光沢のない黒曜石を思わせるそれは、深く光を吸い込むような、どこまでも黒い杯。聖杯がただの器ではなく、意志を持つ何かのように見える。神具であるはずの聖杯なのに、禍々しいほどの存在感を放っている。
「セレナティア・ヴァルムレーテよ。その身に宿す聖なる力を、聖杯に注ぐがよい」
枢機卿の言葉に従い、不気味に黒い聖杯の前に立つ。
これから何が起こるのか分からない。けれど、私がカイルに送った手紙に込めた想いは、本物。
もし、私が聖女になることでカイルのために出来ることがあるのなら。
やってやろうじゃないの。何にだってなってやるわ。
私は意を決し、両手を聖杯にかざした。体内の魔力を集中させる。柔らかな光の奔流をイメージして聖杯に聖属性の魔力を注ぎ込み始めた。
その瞬間だった。
黒い杯が、まばゆいほどの純白の光を放ち始めた。薄暗いかった大聖堂全体が、昼間のように明るく照らし出される。参列者たちからは驚嘆のどよめきが上がる。
「おお……これは……」
これって、成功……したの?
そう思ったのも束の間。注ぎ込んだはずの魔力が逆流してくる。
いや、違う!?
私の中の『何か』が引き抜かれている?
その時、頭の奥で何かが焼き切れるような、激しい痛みが走った。
「――っつ!?」
視界が白く染まり、意識が遠のく。
大切な思い出たちが掠れていく。
燃えるような恋心。
月夜の下で抱き合ったこと。
温かくて力強い腕。
忘れたくない記憶も。
――それらが、全て零れ落ちる砂のようにサラサラと頭から抜け落ちていく感覚。
い、嫌っ……カイル、助けて……。
カイルを探そうとしたけれど、光が強すぎて……何も……見え……。
あれ、私……誰を探そうとしてたのかしら?
光が収まった時、私は祭壇の前に立っていました。
目の前にいる人たちは、誰だったのでしょうか。
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なんだか頭の中に、大きな空白ができてしまったみたいな感じがします。
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