断罪された悪女に聖女になれとか正気かしら?

ちくわ食べます

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 聖杯《フェイト・ルクス》が放った純白の光が収まった時、深い沈黙を破ったのは参列者から上がる歓喜の声だった。

「おお、聖杯が純白に!」

「ついに……聖女様が選ばれたのか」

「これで、この国も救われる」

 三百年ぶりに訪れた奇跡で大聖堂は沸いていた。誰もが聖女への期待に満ちた眼差しを向けている。

 だが、そこに立っていたセレナティア・ヴァルムレーテの纏う雰囲気は、先ほどとは明らかに異なっていた。

 鋭い知性を感じさせた瞳は、今はただ純粋な光を宿すのみでどこか幼い子供のよう。彼女はまるで初めて訪れた場所を見るかのように、物珍しげに周囲を見回している。

 その表情は穏やかだが、彼女を彼女たらしめていた「自我」の柱が、綺麗に引き抜かれてしまったかのようだった。

 そのセレナティアの様子を、王太子であるリュシオンはどこか満足げな笑みを浮かべて眺めていた。

(恐らく……成功、か。まずは確認するとしよう)


 ――聖女認定の儀。

 その本質は候補者の適性を測ると同時に、その強すぎる自我や私的な感情、複雑な記憶などの『余計な不純物』を浄化し、国のための祈りと浄化を滞りなく行わせるための儀式。つまり、候補者を従順で、疑うことを知らない純白な、扱いやすい『聖なる器』へと作り変えるためのものだ。

 もちろん、最終的には国を浄化するほどの力を解放すれば、その魂は完全に燃え尽きる。そして人間として持つべき心を失ったその体は――ただの抜け殻となる。

 聖女とは――浄化のための『生贄』だ。

 リュシオンは、その代償の全てを知った上でセレナティアに一切を知らせず、この儀式を強行させたのだ。

「良くがんばったね、セレナティア」

 リュシオンは誰よりも早く彼女の元へと歩み寄り、その手を取った。彼の声は、これ以上ないほど優しく、甘いものだった。

「あ、あなたは……どなた様でしょうか?」

 戸惑いながらセレナティアがリュシオンに尋ねる。それを見たリュシオンは内心で歓喜していた。

「私のことを忘れてしまったのかい? 無理もない。儀式で力を相当使ったみたいだからね。とても疲れただろう?」

 リュシオンはそれが当然のように優しくセレナティアの髪を撫でる。

「私はこの国の王太子。リュシオン・グランディールだ。覚えていないのかい?」

「王太子……リュシオン様ですか?」

(何も覚えていないか。これは予想以上の効果だ……これならば――)

「そうだよ。でも、もう大丈夫だ。これからは、私がずっとそばにいよう。君は私の大切な婚約者だからね」

 セレナティアが、目の前のリュシオンを見上げる。

「リュシオン様が婚約者ですか……? 私の……?」

「そうだよ。愛しい婚約者を忘れちゃったのかい?」

「わ、私は…………」

 セレナティアは何かを思い出そうとするかのような仕草で僅かに眉を寄せるが、すぐにその表情も落ち着いてコクリと素直に頷いた。

「気に病むことはないよ、おそらく一時的なものさ。そのうち思い出せるから安心すると良い」

(ああ、これは素晴らしい……本当に文献の通り。大成功だ!)

「枢機卿、どうやら聖女様はお疲れのようだ。部屋にお連れしてもいいかな?」

「ヴァルムレーテ・セレナティアは、国宝である聖杯《フェイト・ルクス》により正しく聖女として認められた。これにて聖女認定の儀を終了とする!」
 
 枢機卿の言葉とともに万雷の拍手が送られる。
 リュシオンは戸惑うセレナティアの手を優しく引いて、参列者の称賛と祝福の中を歩きだす。その姿はさながら凱旋パレードのようだった。
 
 神官の列の中、ひときわ目を引く女がいた。見慣れぬピンク髪でタレ目の神官。興味深そうに、でもどこか冷めた瞳でこちらを眺めているが、その姿は恐ろしいほどに整っていた。

(神官にも素晴らしい女がいるようだな……ミレイナに飽きたら妾にしてやってもいいな)

 整列した騎士団の列にいたカイルは、信じられないという表情でその光景を凝視していた。手が白くなるほど固く握りしめられた拳が、小刻みに震えている。その瞳に宿るのは驚愕と、深い絶望の色だったが、リュシオンたちがカイルに気づくことはなかった。

 ◆
 
 セレナティアの新たな生活は、王宮の一室から始まる。
 至上の敬意をもって最高の待遇を受ける、何不自由ない暮らし。

 けれど、それは聖女を逃さないための美しい鳥籠。
 
 彼女は時折、胸の空洞を確かめるような様子で無意識に自身の胸に手を当てることもあったが、その理由を彼女自身が思い出すことはない。
 
 ただ、漠然とした違和感を抱えたまま、一月後に迫るという「浄化の儀式」までの、最後のひとときを過ごし始める。

 時は静かに、そして残酷に進んでいく。
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