52 / 65
52 お姉様救出作戦1
しおりを挟む
セレナティア様――いえ、お姉様とお会いした、あのお茶会から一月ほどが過ぎました。
クレフィーヌ子爵家はお父様が本来の優しさを取り戻し、少しずつですがかつての平穏を取り戻しつつあります。これも全て、私を絶望の淵から救い出してくださった、セレナティアお姉様のおかげです。
けれどあの日以来、お姉様からのお便りは一度もありませんでした。
いつもなら毎週のようにお手紙が届いていたのに。一体どうしたのでしょう?
でも、お姉様は必ず連絡するといって下さいました。律儀なお姉様が約束を破るとは考えられません。『聖女認定の儀』という、とても大切な儀式を控えていらっしゃいましたから……お姉様はお忙しいのだろうとは思います。
でもこんなことは初めてです。もしかしたら、なにか問題があったのかもしれません。言いようのない不安を胸の内に抱える日々でした。
そんなある日の午後、王家の紋章が押された1通の手紙が、私のもとに届きました。
差出人は、リュシオン王太子殿下。
ああ……またですか。きっとお茶会のお誘いです。
何回も断っているのに、どうしたら分かっていただけるのでしょう……。
そう思いながら封を切った私の目に飛び込んできたのは……。
信じられない、そしてあまりにも残酷な言葉でした。
『――セレナティアは、聖女認定の儀の代償として、記憶を失った。君が気に病む必要は、もう何もない。遠慮することなく、私の誘いを受けてほしい』
……記憶を、失った?
お姉様が? そんな、御冗談ですよね?
頭が真っ白になり、手から手紙が滑り落ちそうになるのを、必死で堪えました。
……嘘ですよね?
あんなに素敵で、聡明で、芯の強かったお姉様が……。
そして、なによりも。この手紙っ……!!
リュシオン殿下は、お姉様の不幸を、まるで好機とでも言うように……!
許せない……絶対に許せない。
大切な方を侮辱されると……こんなにも、心の底から怒りが湧き上がってくるものなのですね……。
こんなに怒ったのは、生まれて初めてです。
私は、侍女に急いで馬車の用意をさせると、いてもたってもいられず、ヴァルムレーテ公爵家へと向かいました。
公爵家に到着した私を出迎えてくださったのは、執事長のマティア様と、侍女のクラリッサ様でした。お二人の表情は、以前お会いした時とは比べ物にならないほどに暗く、憔悴しきっているように見えました。
そのお姿を見ただけで、手紙の内容が紛れもない事実なのだと悟りました。
分かってしまったのです。
マティアさんたちにお話を聞くと、聖女認定の儀が終わってからもお姉様はご帰宅されていないということでした。
「マティア様、クラリッサ様……! これを……これを見てください」
私は、震える手でリュシオン殿下からの手紙を差し出しました。
「やはり、お嬢様に何かあったのだとは思っていました……」
マティア様が静かにそう呟き、クラリッサ様に手紙を渡します。
クラリッサ様は、手紙に目を通した瞬間……その場に泣き崩れてしまいました。
「そんな……お嬢様が……お可哀想に……! うっ、ううっ……!」
それを見た私も、こらえていた涙がこぼれてしまいます。
「クラリッサ……。気持ちはわかります。しかし、私たちはお嬢様の使用人。泣いているだけでは、何も始まりません。使用人たる我々はお嬢様をいかなる時もお助けしなければいけません」
「お嬢様を……お助けする?」
「そうです。お嬢様は今も王宮で……たった1人で不安な思いをされているはずです。我々が、お救いせねばいけません」
マティア様は苦しい表情をされていましたが、毅然とした声で言いました。
「で、でも、どうやって……? 私たち使用人ごときに、何ができるのですか……?」
お姉様をお助けする……私たちが?
ですが、私もお姉様を助けたいです。
そう思ったときには叫んでいました。
「私もお手伝い致します!」
「ミレイナ様!? お気持ちは嬉しいのですが。たった3人では……」
クラリッサ様が不安そうに俯きます。
女性2人と、年配の男性が1人。
クラリッサ様の言うように、私たちだけで王家に立ち向かうのは無謀な気がします。
さっき決意したばかりなのに、急に不安になってしまいます。
ですが、マティア様は違いました。
「大丈夫です。お力を……お借りするのです!」
マティア様の瞳に、鋭い光が宿ります。
「お嬢様が、最も信頼を寄せておられた、あのお方に」
「あのお方……?」
私には検討もつきませんでした。一体誰なのでしょう。
ところが、俯いて泣きじゃくっていたクラリッサ様が、不意にバッと顔を上げたのです。
「マティアさん、それって、もしかして……?」
「そうです。騎士団長、カイル・ラザフォード様です。あの方ならば、きっと我々の力に……お嬢様のお力になって下さります」
カイル・ラザフォード様。その名前は私でも知っています。
騎士団の若き英雄さんです。
私とお姉様が出会うきっかけとなった、あの夜会でも、ひときわ目を引く方でした。
そのお方にお姉様が、信頼を寄せていた……?
「猶予はありません。今から向かいましょう。ミレイナ様も……よろしいですか?」
「ええ……もちろんです。覚悟はできています」
お姉様のためなら、どんなことでもしますとも。
心強い2人の味方ができました。今から私の『お姉様救出作戦』が始まるのです!
私たちは、一縷の望みを託し、騎士団の詰所へと向かいました。
クレフィーヌ子爵家はお父様が本来の優しさを取り戻し、少しずつですがかつての平穏を取り戻しつつあります。これも全て、私を絶望の淵から救い出してくださった、セレナティアお姉様のおかげです。
けれどあの日以来、お姉様からのお便りは一度もありませんでした。
いつもなら毎週のようにお手紙が届いていたのに。一体どうしたのでしょう?
でも、お姉様は必ず連絡するといって下さいました。律儀なお姉様が約束を破るとは考えられません。『聖女認定の儀』という、とても大切な儀式を控えていらっしゃいましたから……お姉様はお忙しいのだろうとは思います。
でもこんなことは初めてです。もしかしたら、なにか問題があったのかもしれません。言いようのない不安を胸の内に抱える日々でした。
そんなある日の午後、王家の紋章が押された1通の手紙が、私のもとに届きました。
差出人は、リュシオン王太子殿下。
ああ……またですか。きっとお茶会のお誘いです。
何回も断っているのに、どうしたら分かっていただけるのでしょう……。
そう思いながら封を切った私の目に飛び込んできたのは……。
信じられない、そしてあまりにも残酷な言葉でした。
『――セレナティアは、聖女認定の儀の代償として、記憶を失った。君が気に病む必要は、もう何もない。遠慮することなく、私の誘いを受けてほしい』
……記憶を、失った?
お姉様が? そんな、御冗談ですよね?
頭が真っ白になり、手から手紙が滑り落ちそうになるのを、必死で堪えました。
……嘘ですよね?
あんなに素敵で、聡明で、芯の強かったお姉様が……。
そして、なによりも。この手紙っ……!!
リュシオン殿下は、お姉様の不幸を、まるで好機とでも言うように……!
許せない……絶対に許せない。
大切な方を侮辱されると……こんなにも、心の底から怒りが湧き上がってくるものなのですね……。
こんなに怒ったのは、生まれて初めてです。
私は、侍女に急いで馬車の用意をさせると、いてもたってもいられず、ヴァルムレーテ公爵家へと向かいました。
公爵家に到着した私を出迎えてくださったのは、執事長のマティア様と、侍女のクラリッサ様でした。お二人の表情は、以前お会いした時とは比べ物にならないほどに暗く、憔悴しきっているように見えました。
そのお姿を見ただけで、手紙の内容が紛れもない事実なのだと悟りました。
分かってしまったのです。
マティアさんたちにお話を聞くと、聖女認定の儀が終わってからもお姉様はご帰宅されていないということでした。
「マティア様、クラリッサ様……! これを……これを見てください」
私は、震える手でリュシオン殿下からの手紙を差し出しました。
「やはり、お嬢様に何かあったのだとは思っていました……」
マティア様が静かにそう呟き、クラリッサ様に手紙を渡します。
クラリッサ様は、手紙に目を通した瞬間……その場に泣き崩れてしまいました。
「そんな……お嬢様が……お可哀想に……! うっ、ううっ……!」
それを見た私も、こらえていた涙がこぼれてしまいます。
「クラリッサ……。気持ちはわかります。しかし、私たちはお嬢様の使用人。泣いているだけでは、何も始まりません。使用人たる我々はお嬢様をいかなる時もお助けしなければいけません」
「お嬢様を……お助けする?」
「そうです。お嬢様は今も王宮で……たった1人で不安な思いをされているはずです。我々が、お救いせねばいけません」
マティア様は苦しい表情をされていましたが、毅然とした声で言いました。
「で、でも、どうやって……? 私たち使用人ごときに、何ができるのですか……?」
お姉様をお助けする……私たちが?
ですが、私もお姉様を助けたいです。
そう思ったときには叫んでいました。
「私もお手伝い致します!」
「ミレイナ様!? お気持ちは嬉しいのですが。たった3人では……」
クラリッサ様が不安そうに俯きます。
女性2人と、年配の男性が1人。
クラリッサ様の言うように、私たちだけで王家に立ち向かうのは無謀な気がします。
さっき決意したばかりなのに、急に不安になってしまいます。
ですが、マティア様は違いました。
「大丈夫です。お力を……お借りするのです!」
マティア様の瞳に、鋭い光が宿ります。
「お嬢様が、最も信頼を寄せておられた、あのお方に」
「あのお方……?」
私には検討もつきませんでした。一体誰なのでしょう。
ところが、俯いて泣きじゃくっていたクラリッサ様が、不意にバッと顔を上げたのです。
「マティアさん、それって、もしかして……?」
「そうです。騎士団長、カイル・ラザフォード様です。あの方ならば、きっと我々の力に……お嬢様のお力になって下さります」
カイル・ラザフォード様。その名前は私でも知っています。
騎士団の若き英雄さんです。
私とお姉様が出会うきっかけとなった、あの夜会でも、ひときわ目を引く方でした。
そのお方にお姉様が、信頼を寄せていた……?
「猶予はありません。今から向かいましょう。ミレイナ様も……よろしいですか?」
「ええ……もちろんです。覚悟はできています」
お姉様のためなら、どんなことでもしますとも。
心強い2人の味方ができました。今から私の『お姉様救出作戦』が始まるのです!
私たちは、一縷の望みを託し、騎士団の詰所へと向かいました。
2
あなたにおすすめの小説
身代わりで呪いの公爵に嫁ぎましたが、聖女の力で浄化したら離縁どころか国一番の溺愛妻になりました〜実家が泣きついてももう遅い〜
しょくぱん
恋愛
「お前のような無能は、死神の生贄にでもなっていろ」
魔力なしの無能と蔑まれ、家族に虐げられてきた伯爵令嬢レティシア。 彼女に命じられたのは、近づく者すべてを病ませるという『呪いの公爵』アレクシスへの身代わり結婚だった。
鉄格子の馬車で運ばれ、たどり着いたのは瘴気に満ちた死の城。 恐ろしい怪物のような男に殺される――。 そう覚悟していたレティシアだったが、目の前の光景に絶望よりも先に別の感情が湧き上がる。
(な、何これ……汚すぎるわ! 雑巾とブラシはどこ!?)
実は、彼女が「無能」と言われていたのは、その力が『洗浄』と『浄化』に特化した特殊な聖女の魔力だったから。
レティシアが掃除をすれば、呪いの瘴気は消え去り、枯れた大地には花が咲き、不気味だった公爵城はまたたく間にピカピカの聖域に塗り替えられていく。 さらには、呪いで苦しんでいたアレクシスの素顔は、見惚れるほどの美青年で――。
「レティシア、君は一体何者なんだ……? 体が、こんなに軽いのは初めてだ」
冷酷だったはずの公爵様から、まさかの執着と溺愛。 さらには、呪いが解けたことで領地は国一番の豊かさを取り戻していく。
一方で、レティシアを捨てた実家は、彼女の『浄化』を失ったことで災厄に見舞われ、今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくるが……。
「私は今、お城の掃除と旦那様のお世話で忙しいんです。お引き取りくださいませ」
これは、掃除を愛する薄幸令嬢が、その愛と魔力で死神公爵を救い、最高に幸せな居場所を手に入れるまでのお話。
婚約破棄? めんどくさいのでちょうどよかった ――聖女もやめて、温泉でごくらくしてます
ふわふわ
恋愛
婚約破棄を告げられた聖女リヴォルタ・レーレ。
理由は、「彼女より優秀な“真の聖女”が見つかったから」。
……正直、めんどくさい。
政略、責任、義務、期待。
それらすべてから解放された彼女は、
聖女を辞めて、ただ温泉地でのんびり暮らすことを選ぶ。
毎日、湯に浸かって、ご飯を食べて、散歩して。
何もしない、何も背負わない、静かな日常。
ところが――
彼女が去った王都では、なぜか事故や災害が相次ぎ、
一方で、彼女の滞在する温泉地とその周辺だけが
異様なほど平和になっていく。
祈らない。
詠唱しない。
癒やさない。
それでも世界が守られてしまうのは、なぜなのか。
「何もしない」ことを選んだ元聖女と、
彼女に“何もさせない”ことを選び始めた世界。
これは、
誰かを働かせなくても平和が成り立ってしまった、
いちばん静かで、いちばん皮肉な“ざまぁ”の物語。
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
【完結】義姉上が悪役令嬢だと!?ふざけるな!姉を貶めたお前達を絶対に許さない!!
つくも茄子
ファンタジー
義姉は王家とこの国に殺された。
冤罪に末に毒杯だ。公爵令嬢である義姉上に対してこの仕打ち。笑顔の王太子夫妻が憎い。嘘の供述をした連中を許さない。我が子可愛さに隠蔽した国王。実の娘を信じなかった義父。
全ての復讐を終えたミゲルは義姉の墓前で報告をした直後に世界が歪む。目を覚ますとそこには亡くなった義姉の姿があった。過去に巻き戻った事を知ったミゲルは今度こそ義姉を守るために行動する。
巻き戻った世界は同じようで違う。その違いは吉とでるか凶とでるか……。
〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。
国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。
悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。
婚約破棄された人たらし悪役令嬢ですが、 最強で過保護な兄たちと義姉に溺愛されています
由香
ファンタジー
婚約破棄のその日、
悪役令嬢リリアーナは――弁明すら、しなかった。
王太子と“聖女”に断罪され、すべてを失った彼女。
だがその裏で、王国最強と名高い三人の兄と、
冷静沈着な義姉が、静かに動き始めていた。
再検証によって暴かれる“聖女の嘘”。
広場で語られる真実。
そして、無自覚に人を惹きつけてしまう
リリアーナの優しさが、次々と味方を増やしていく――。
これは、
悪役令嬢として断罪された少女が、
「誰かの物語の脇役」ではなく、
自分自身の人生を取り戻す物語。
過保護すぎる兄たちと義姉に溺愛されながら、
彼女は静かに、そして確実に幸せへ向かっていく。
修道女エンドの悪役令嬢が実は聖女だったわけですが今更助けてなんて言わないですよね
星井ゆの花(星里有乃)
恋愛
『お久しぶりですわ、バッカス王太子。ルイーゼの名は捨てて今は洗礼名のセシリアで暮らしております。そちらには聖女ミカエラさんがいるのだから、私がいなくても安心ね。ご機嫌よう……』
悪役令嬢ルイーゼは聖女ミカエラへの嫌がらせという濡れ衣を着せられて、辺境の修道院へ追放されてしまう。2年後、魔族の襲撃により王都はピンチに陥り、真の聖女はミカエラではなくルイーゼだったことが判明する。
地母神との誓いにより祖国の土地だけは踏めないルイーゼに、今更助けを求めることは不可能。さらに、ルイーゼには別の国の王子から求婚話が来ていて……?
* この作品は、アルファポリスさんと小説家になろうさんに投稿しています。
* 2025年12月06日、番外編の投稿開始しました。
不貞の子を身籠ったと夫に追い出されました。生まれた子供は『精霊のいとし子』のようです。
桧山 紗綺
恋愛
【完結】嫁いで5年。子供を身籠ったら追い出されました。不貞なんてしていないと言っても聞く耳をもちません。生まれた子は間違いなく夫の子です。夫の子……ですが。 私、離婚された方が良いのではないでしょうか。
戻ってきた実家で子供たちと幸せに暮らしていきます。
『精霊のいとし子』と呼ばれる存在を授かった主人公の、可愛い子供たちとの暮らしと新しい恋とか愛とかのお話です。
※※番外編も完結しました。番外編は色々な視点で書いてます。
時系列も結構バラバラに本編の間の話や本編後の色々な出来事を書きました。
一通り主人公の周りの視点で書けたかな、と。
番外編の方が本編よりも長いです。
気がついたら10万文字を超えていました。
随分と長くなりましたが、お付き合いくださってありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる