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第四十六話:ひとりで歩くこと ②

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「──俺は……ッ、誰かの命を背負えるだけのちからと覚悟がほしいんだッ!!」

 クエストを通じてフリッツくんが気づいたこと。

「俺っ、ルクス兄ちゃんが居なかったらワイルドファングに殺されてた……っ、そうなってたら……ルニアのことすら救えなかったッ!!」

 それが悔しかったんだって、フリッツくんは思ったんだ。

──誰かの命を背負う。他の人を護るということは、自分の身を護ることよりもずっと、ちからが必要になる。

 フリッツくんは今回のクエストを通じて、そのことを痛感したみたいだ。

「私はっ、誰かの命の重さをもっと知らなきゃいけないと思いました……っ!! 命の重さを知って、それを護れるだけのものを造れるようになりたいんですっ!!」

 ルニアちゃんもまた誰かを護りたいという気持ちを強く持っている。フリッツくんとは違う方法だけど、気持ちの強さはきっと同じだ。

 鍛冶屋が造る武器や防具は身につけた人を護るものだ。

 ルニアちゃんが造った武器や防具を手にした人が誰かを護るちからになるのなら、それならルニアちゃんもきっと、フリッツくんと同じ道を行けるんだ。


「俺たちはさ……たとえ探索者じゃなくなるんだとしても、この気持ちは、ずっとずっと……持ち続けなきゃいけないと思うんだよっ!!」

「だから、今の私たちに必要なのは探索者であることに真剣に向き合うことなんですっ!」

「兄ちゃんがそれを気付かせてくれたんだっ、だから俺もルニアも、もっとルクス兄ちゃんのそばで強くなりたんだよっ!」

 
 フリッツくんとルニアちゃん、ふたりの意思の強さには本当に驚かされてばっかりだった。

「……探索者がどういうものなのか、僕なりにでよければ、伝えることはできると思うよ」

 ふたりはきっと、もっと多くのクエストを重ねて、今よりもっと強くなっていく。
 今からでもそう言えるぐらい、僕の目にはふたりが頼もしく映っている。


「──でもさ、それはね……同じパーティーじゃなくてもできると思うんだ」


 だからふたりのそばには、僕が居なくても大丈夫だと思うんだ。
 僕が居なくたって、ふたりは自分たちで気付けた気持ちを大切にしながら成長していける。

「……ぁっ」

「僕もね、今回のクエストでふたりに教えてもらったんだ。 思い出させてもらったんだよっ!」

「……私たち、から?」


「──うん、ふたりから。 パーティーが僕にとってどれだけ大切だったか、ってことをね」


 僕が『冠絶かんぜつ足跡そくせき』のパーティーメンバーであることが、どれだけ嬉しかったことなのかを。
 あの人たちに命を救ってもらったことが、悲しいだけのものじゃなかったってことを。

 ふたりに教えてもらえた僕の表情は、自然と晴れやかな笑顔を見せていた。

……けれど、それがふたりを傷付けるとは思わなかった。


「俺たちじゃ、兄ちゃんとパーティーを組むにはふさわしくないってこと……っ?」


 そういうつもりはまったくなかった僕は、悪いことをしたと思いながら、ゆっくりと諭すようにふたりに語りかける。

「違うよ。僕には僕のパーティーがある。僕の大切な、かけがえのない居場所があるんだよ」

「ルクスさんの、パーティー……」

「ふたりにも、いつかそういうパーティーを組めるようになってほしい……ふたりなら、きっとそういうパーティーが組めると思うんだよっ!」

 僕の言葉をしっかりと受け止めて抱きしめているかのように、ふたりともしばらく口を噤んだ。

 そのあと、フリッツくんが小さく声をこぼした。

「兄ちゃんのパーティーって、オル兄ちゃんの……?」

 恐る恐る僕の様子を伺うような問いかけに、僕は首を横に振った。
 ふたりには誤解をさせたままだったから、誤解を解いておくにはちょうどいい機会なのかもしれない。

「あー、実はね、オルヴァートさんからはパーティーに誘われてるだけなんだ。パーティーに加入するわけじゃないんだよ」

「そう……なんだ。 それなら俺たちと……っ! ……やっぱり、俺たちじゃ……だめってこと?」

 僕はまた首を横に振る。言葉で取り繕ったりせずに、ゆっくり、大きく。

 首を横に振った。

「言ったよね、ふたりがダメとかふさわしくないとかじゃない。 僕には僕の、大切なパーティーがあるんだって。 僕もね、そのことをふたりに教わった、気付かせてもらったから──」


──僕がパーティーの大切さを思い出せたのは……そう、君たちふたりが探索者であることを真剣に考えられるようになったからなんだよ。


「僕たちは同じパーティーじゃなくても大丈夫だと思うんだ。 またいつでも、僕は今日みたいにふたりにできる限り協力するからねっ!」

 僕がアルストロメリアに居る間は、ふたりの成長に手を貸しながら見守りたいと思うよ。

「……わかった、よ……っ、ありがとう……ルクス兄ちゃんっ」

「ルクスさん、今日は……ありがとうございました……っ!」


……クエストの完了報告を先に終えていたふたりは、これでギルドを後にする。
 ふたりで駆け出す後ろ姿を見送る僕は、リナさんに呼ばれて再びギルドカウンターに向き直った。

「ルクスさん、ワイルドファング討伐クエスト完了のご報告ありがとうございました。 今回も素晴らしい成果ですね、お疲れ様でした」

「はい、ありがとうございます」

「……このクエストは、新米探索者のちからではフルメンバーのパーティーでも苦戦するものですから、フリッツさんとルニアさんがクリアできたのはやはりルクスさんのご協力があってこそでしょう」

「ふたりが頑張ったからですよっ! あのふたりはこれからまだまだ強くなりますっ!」

 僕たちのクエスト完了報告を元に作成した資料に目線を落としたリナさんは、心なしか表情に陰りが見えた。

「ルクスさん、やっぱり私……お伺いさせていただきたいです。 決して興味本位ではありません……っ」

 資料から僕へと向けられたリナさんの瞳は、どうしようもなくつらく、寂しげに揺れながら真っ直ぐに僕を映すのだから、僕はただ頷くことしかできなかった。


「ルクスさん、というのは……オーグラントの……? あなたのパーティーメンバーは、今はどうされているんですかっ?」


 フリッツくんたちとの話を、リナさんは聞いていたようだ。ギルドカウンターの前で話していたから僕たちの話が自然と耳に入っていたのかもしれない。

……それで、リナさんはギルド職員として何かを察していたのかもしれない。


「……僕は、僕のパーティーは、オーグラントにありました。 ダンジョン探索のクエストに失敗して、僕以外のメンバーは……みんな……っ」

 事実を淡々と答えるつもりだったのに。声には、出せないものだった。胸が押し潰されるような痛みと、喉が締め上げられるような苦しみで、声が途切れて上手く言葉を紡ぐことができなかった。

……何より最後は。、なんて……僕の口からは言えなかった。


「……あなたは、でしたか……」


 それでも、リナさんはちゃんと察してくれた。クエストでパーティーメンバーを失う探索者なんて、珍しくはないんだから、わかるものなんだと思う。

 そこまで話すと、リナさんは一呼吸置いて普段通りの表情と声色を取り戻した。


「お話していただき、ありがとうございました。 ルクスさんは今でもパーティーメンバーのことを大切に思われているのですねっ!」

「はいっ!」

「そのうえで……なんですけど」

 普段の礼儀正しいギルド職員の顔をしていたリナさんが不意に悪戯っぽく揶揄うような砕けた笑顔で言うんだから、僕まで釣られて笑ってしまった。


──ふたりのこと、これからもよろしくお願いします!







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