皇后陛下の御心のままに

アマイ

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 そして迎えた当日。
 朝から気合いを入れて着飾りすぎてしまったせいか、会場へ入るなり男性の集団に囲まれてしまった。
 仮面で顔を隠しているので誰が誰やら分からないけれど、アルセンくらい派手な男なら見分けることができそうな気がする。
 けれど残念ながらこの中にはいないようだ。
 今日のターゲットは明確に決まっているので、こんなところで時間を無駄にはできない。
 私は「約束が」と適当なことを言ってその場を離れ、アルセンを探して会場を回ることにした。
 途中給仕からドリンクを受け取り口をつける。
 ふわっとアルコールの香りがしたものの、口当たりが爽やかでとても美味しい。
 そのまま調子に乗って二杯三杯と飲んでしまい、頬に強い火照りを感じた。
 緊張しているからといって飲みすぎてしまった……反省。
 少し酔いを覚ますため風にあたりに人のいないテラスに出ることにした。
 そこにはちょうど良い具合に大きなソファが設置されており、私はヒールを脱いでしどけなく寝そべった。
 そしてそっと目を閉じた瞬間、すっかり油断しきった私の上から声が降ってきたのだ。

「こんなところで無防備に……襲われても文句は言えませんよ」

 上擦ったような男の声音にハッと上体を起こし、慌てて身繕いをする。
 誰も来ないようカーテンを閉めていたはずなのに……と無作法な男を見上げ、息が止まった。
 見知らぬ大男が聳える岩のように私を見下ろしていた。

「あ……」

 あまりの恐怖で頭は真っ白になり、アルコールのふわふわとした余韻など一瞬で冷めてしまった。

「随分初心な反応ですね、愉しむためにここへいらしたのでしょう?」

 男は唇をいやらしく歪めながら手を伸ばしてきた。

「やっ! ち、違っ……!」

 必死に後ずさるもドレスの裾を掴んで引っ張られた。

「いやっ!」

 ズルズルと男のほうへ手繰り寄せられ手首を掴まれた。その力の強さに身が竦み上がる。
 男はそんな私の反応すら楽しむようにニヤニヤと笑いながら仮面を奪った。

「ほう……思ったとおりお美しいですね。隅々まで可愛がって差し上げますよ」

 口調は丁寧なのに下心丸出しな浅ましさが下卑た印象を与え、気持ち悪くて仕方がない。
 こんな男に無駄に貞操を奪われるくらいなら、アルセンに捧げたほうが遥かに有意義だ。
 どうする、どうにか切り抜けないと――
 私はジリジリと迫る男を見据える。
 そして次の瞬間、奇跡のようにリナからの教えが頭の中に蘇った。
『力で敵わなくても、男には分かりやすい弱点があるのよ』
 思い出したら急に腹が座った。
 更なる油断を誘うべく無理矢理微笑むと、男はデレデレとにやにさがり、私の肩を掴んで覆い被さってきた。
 そこで隙だらけになった股間目掛けて思い切り膝を入れる。

「っっっ!!!!」

 男は声にならない声をあげて蹲った。
 そんな男をすかさず押し退け私は裸足のまま全力で駆け出す。
 そうして転げるように躍り出た廊下には人気がなかった。
 こんな時に限って――
 後ろから男が追ってくるのではと恐怖で背中がピリピリする。
 どこの誰かも分からない男に仮面を奪われ顔も見られてしまった。
 早く、早く逃げなければ。
 何度も転びそうになりながら私は長い廊下をひた走る。

「待てっ!」

 背後から男の声が聞こえた気がした。
 もう立ち直っただなんて、私の攻撃は余程甘かったのだろうか。
 駄目だ、掴まったら何をされるか分からない。
 とにかくどこかへ身を隠さなければ――
 素早く辺りを見回すと、ちょうど半開きになっている扉が目に入り、咄嗟に滑り込んで後手に締め、ガチャリと鍵をかけた。
 そしてそのままズルズルと床にへたり込む。
 ホッとした途端麻痺していた感覚が正常に働き出したのか、途轍もない恐怖心が津波のように押し寄せ私を飲み込んだ。

「あっはっ、うぅ……」

 ポタポタと大粒の涙が零れ落ちる。
 あのまま恐怖に飲まれ諦めていたら、もっと取り返しのつかないことになっていた。
 やっぱり私には恋愛を楽しむなんて余裕も器量もない。
 こんな調子ではアルセンを誘惑するだなんて到底――

「誰だ」

 突如部屋の奥から男の声がして、私は弾かれたように顔を上げた。
 大きな黒い影が、のそりとこちらへ近づいてくる。

「ひっ……!」

 逃げ場もなく、体がガタガタと震え出す。

「こ、来ないでっ……」
「君は……エレイン?」
「え?」

 不意に名を呼ばれ、暗がりに佇む人物に目を凝らす。
 やがて闇に目が慣れ、見えはじめたその姿に目を見張る。
 そんな、まさか――

「あ、アルセン……?」
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