皇后陛下の御心のままに

アマイ

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 翌日、私は皇后陛下にアルセンとの件を包み隠さず報告した。
 皇后陛下は優しく微笑まれると、「そなたのペースで進めれば良い」と温かく励ましてくださった。
 この先決して失敗の報告など差し上げたくはない。
 恋でも友情でもなんでも構わないから、慎重に確実にアルセンの懐へ入り込まなくては。

 そしてその夜。
 仕事を終えて部屋に戻ると、なんとアルセンから約束の手紙が届いていたのだ。
 すぐに中を検めると、三日後に指定されたアンドレ家への招待状だった。
 昨日のアルセンの様子から約束を違えることはないと確信してはいたものの、まさかこんなに早く届くとは思わなかった。
 アルセンが心から私と友になりたいと思ってくれている証なのだろうか。

「アルセン……」

 昨日のアルセンとならばそれも悪くないように感じられた。
 彼はとても紳士的で、終始慎重に言葉を選びながら接してくれた。
 部屋を出る際も私の名節を気遣って、時間差で出る配慮もしてくれた。
 その上真摯に過去も詫びてくれたのだ、すぐには無理でも、悪気はなかったのだと水に流せるよう私も努力をしよう。
 そうして心から歩み寄ることができたのなら、もしかしたら私たちは本当の友になれるのかもしれない――



 アルセンから指定された日、私は皇后陛下に休暇と外出の許可をいただき、アンドレ家を訪れていた。
 ここへ来るのは苦い記憶を残したあの日以来十年ぶりのこととなる。

「エレイン、ようこそ。来てくれて嬉しいよ」

 馬車の降車口ではアルセン自らがわざわざ出迎えてくれた。
 差し出された手を躊躇いがちに取ると、アルセンは少しはにかんだように笑った。
 その少年のようなどこかあどけない表情にドキリとする。
 恋愛百戦錬磨と噂されるアルセンが、不意打ちにこんな屈託のない顔を見せるだなんて反則だ。

「こちらこそ、お招きいただきありがとうございます」
「今日は天気がいいから庭園に席を設けたんだ。案内しよう」
「それは楽しみですね」

 促されるままアルセンと腕を組み、美しく整えられた庭園を歩く。
 そして辿り着いた先が、見覚えのある景色であることにすぐ気づいた。
 くっきりと脳裏に焼きついているのだから間違いない。
 ここは十年前アルセンと出会った場所だ。

「アルセン……何故、ここに?」

 アルセンは憂げに目を伏せ、真っ白なテーブルクロスを指でなぞる。

「君と新たな関係を築くなら、この場所からが相応しいと思ったんだ」

 少しでもわだかまりを解き嫌な記憶を払拭するべく、敢えてこの場所を選んだということだろうか。
 だとしたら、アルセンは心から真摯に私と向き合おうとしてくれているのかもしれない。
 なのに私は、二心を持って彼に近づいた。
 そのことに不意に罪悪感を感じ、ずきりと胸が痛む。
 この醜い企みを知ったなら、彼は私を憎むだろうか。

「アルセン……ありがとうございます」

 アルセンは微笑むと椅子を引いて私を座らせた。そして彼手ずから紅茶を注いでくれたのだ。
 給仕はいないのかと辺りを見回すと、彼は小さく笑いティーポットを置いて自らの席に座った。

「できる限り俺の手で君をもてなしたいんだ」
「まあ……アンドレ公爵様からのもてなしだなんて……畏れ多いことです」
「揶揄わないでくれ。しばらく誰も来ないよう言ってあるから、どうか気楽に過ごしてほしい」

 それからのアルセンとの時間は、思いの外楽しいものだった。
 互いに口数が多いほうではないけれど、沈黙すら気詰まりにならないのが不思議なほどで、時間もあっという間に過ぎ去っていった。
 もっと軽薄で嫌味な男だと構えていたのに、なんだか調子が狂ってしまう。

「エレイン、疲れさせてしまったか?」
「え? いえ……」

 ハッと顔を上げると、アルセンが気遣わしげにこちらを見下ろしていた。
 いつの間にか夕刻となり、そろそろお暇をしようと馬車までの道を歩いている最中、物思いに耽ってしまっていたようだ。

「今日はとても楽しかったと思い返していました」
「俺も……とても楽しかったよ、エレイン」
「私は口下手なので……退屈させてしまわないかと、実は昨日から気が気ではありませんでした」
「エレイン、君は聡明でとても――」

 そこでアルセンが口を噤んだので、足を止め彼を見上げた。すると苦くも切実さを孕んだ青い瞳に射抜かれた。

「アルセン?」
「いや……なんでもない。口下手など謙遜も甚だしいな」
「そうですか……皇后陛下にはもっと遊び心を持てとよく叱られるものでして……」
「君には君だけの魅力がある。俺は……そのままの君でいいと思う」

 優しく微笑まれ、かあっと顔に熱が昇るのを感じた。
 流石は社交界きっての色男だ。
 女性の心をくすぐるツボをよく心得ている。
 私は顔を見られたくなくて、アルセンの視線から逃れるように先を歩き出した。

「……ありがとうございます。これまでそんなことを言ってくれたのは、亡くなった祖母だけでした」
「なら、これからは俺が何度でも言うよ」
「それはまたの機会があると思っていいのでしょうか?」
「エレイン」

 そっと後ろから手首を掴まれた。
 振り返ると、熱っぽい眼差しに囚われる。

「俺は……いくらでも君のために時間を作る。君のほうこそ、またこんな時間を俺にくれるか?」

 友人としての誘いであるはずなのに、まるでデートの誘いでもあるかのように聞こえるから不思議だ。
 どちらの誘いでも私には願ったりなのだけれど、忙しなく鳴り響く心臓の音が煩わしい。
 籠絡する前に私が籠絡されるなどあってはならないというのに――

「もちろんですアルセン。私達、いい友達になれそうですね」
「ああ、そう……だな」
「これからも、よろしくお願いしますね」

 手を差し出すと、アルセンは優しく握り返してくれた。

「今度は私がおもてなしをさせていただきたいのですが……来て、くれますか?」

 おずおずと見上げる私に、アルセンは嬉しそうに目を細めた。

「当然だ、必ず行かせてもらう」

 彼から漂う空気が優しく甘やかに感じられるのは気のせいだろうか。
 否、好意的なものであるならば、向けられる感情はどんなものであっても構わない。
 アルセンは私を嫌ってはいない――それが分かれば今は十分だ。
 私はアルセンに笑いかけながら、彼をどんなふうにもてなそうかと頭の中で算段していた。
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