皇后陛下の御心のままに

アマイ

文字の大きさ
9 / 12

「なんですって!? カトル・マロンドと結婚!?」

 アルセンとのお茶会の翌日、皇后陛下に婚姻の報告をしたところ、皇后陛下は目が飛び出そうなほどの驚愕を示された。
 何故こんなに驚かれるのか分からず、私は若干たじろぎながらこくりと頷く。

「オブリー公爵め……常々馬鹿なヤツだと思ってはいたが……ああ、そなたは父に似ず聡明で幸いだったわね」
「恐れ入ります」

 皇后陛下は父を嫌っていながらも、祖母の伝手で私を受け入れてくださったのだ。
 それに父が愚かなことは事実なので、誰にどれだけ悪様に言われようともはや自業自得としか思わない。

「さて、あやつはどう動く?」
「陛下、あやつとは?」
「気にしないで、独り言よ」

 ふふっと唇に優美な弧を描き、皇后陛下はイタズラを思いついた少女のように瞳を輝かせていらっしゃった。





 カトル・マロンドとの婚姻を告げられ三週間が経った。
 父の様子からすぐにでも結婚にまつわる準備が始まると思っていたのだけれど、実家からはなんの便りもない。
 どういうことだろう。
 気負っていた分拍子抜けしたまま、私はいつもと変わらない日々を過ごすこととなった。

 そんなある日の昼下がり、皇后陛下より遣いの命を受け、私は繁華街の中心部にある人気の菓子店に足を運んでいた。
 少し街を歩きたかったので、店より手前で停めてもらい私は馬車を降りた。
 そこで少し歩いたところで、微妙にいつもとは違う空気を感じ取る。
 うまくいえないのだけれど、なんとなくピリピリと張り詰めているような雰囲気だ。
 そんな中、数人の婦人達が立ち話をしている場面に遭遇した。

「まさか……マロンド卿が……」

 聞き覚えのある名が聞こえてきて私は足を止める。
 そしてその集団の中へ迷うことなく突き進んだ。

「すみません、今マロンド卿と聞こえたのですが」
「あ? ええ」
「彼の身に何かあったのですか?」

 そう尋ねると、話好きそうな婦人が声を潜めつつ耳打ちをしてきた。

「やだ、知らないのかい? 彼、違法の賭博やら人身売買やら他国との密通やら……とにかく数え切れないほどの罪で牢にしょっ引かれたのさ」
「そうそう、家財の一切も差し押さえられてるし、もう生きてここへは戻ってこられないんじゃないかねえ」

 その後の話は耳に入らなかった。
 婦人達に丁重に礼を告げ、私は菓子店への道のりを歩き出す。
 カトル・マロンドが牢の中へ?
 街でこれほど噂になっているというのに、何故宮殿では話題にもなっていないのだろう。
 いったい、何が起こっているというのか。
 この時、不意にアルセンの顔が頭に浮かんだ。
 彼はお茶の席で確かに言った。
 冗談かどうかはいずれ分かる、と。
 まさか――
 私は急いで買い物を済ませ、一路宮殿へ戻った。
 早くアルセンに確かめなければ――そう逸る気持ちを懸命に抑えながら。


 皇后陛下に菓子をお渡しした際、ダメで元々とカトル・マロンドの件を尋ねてみた。
 陛下は少し考え込まれると、おいでと手招きをされた。
 それは内密の話がある際の皇后陛下の合図だ。
 私はお側に寄り、陛下の足元へ跪いた。

「その様子では街で噂になっているようね」
「はい、ご婦人方が嬉々として教えてくれました」
「そう……まあ派手にやり合って連行したようだし、人の口に戸は立てられないものね」

 やれやれと首を振りながら苦笑されると、皇后陛下は唇に人差し指を当てられた。

「宮殿では箝口令が敷かれていてまだ公にはなっていないの。一応マロンドは大物だから、後釜がしっかり手綱を握って軌道に乗るまでは、ね」
「かしこまりました。決して口外は致しません」
「うん、いい子ね。これでめでたく結婚はご破産となった訳だし、私がしかるべき相手を世話をするべきよね」
「そんな……畏れ多いことです。私は許されるなら陛下に一生を捧げても構わないと思っております」
「ふむ……それもいいかも」
「本当ですか、陛下」
「エレインが納得する相手に出会えなければ、そうするといいわ」
「ありがとうございます、陛下!」

 裾をつまんで礼をすると、皇后陛下はそれは愉しげに微笑んでおられた。


 その夜、私は久方ぶりにアルセンに手紙を書いた。
 カトル・マロンドの件はまだ内密とのことだったけれど、私はアルセンがこの件に関わっているような気がしてならなかった。
 だから、街で聞いた噂と前置きをして、カトル・マロンドの件を尋ねてみることにした。
 すると、直接会って話がしたいと翌日に返事が届いた。
 彼と会うのは大分久しぶりのように感じる。
 最後に会ったのは三週間も前のこと。
 あの日、アルセンは初めて恐ろしいほどの闇を私に見せた。
 何が彼の怒りに火をつけたのか……正直今でも分からない。
 けれど……私は恐怖を感じると同時に引き込まれたのだ。
 彼が内に秘めた底知れぬ深淵に。

「アルセン……」

 最早見慣れた彼の文字を指先でなぞる。
 まるで早く伝えたいとばかりに所々乱れた走り書きのような字。
 どんな思いで彼はこれを書いたのだろう。
 そんなことに考えを巡らせている自分を酷く滑稽に感じた。
 はじめは皇后陛下の命を遂行するためだけに近付き、弄んで手酷く振ってやろうなんて本気で考えていた。
 けれど――彼の意外な面に触れるたび、その心は大きく揺らいだ。
 私をこんなにも尊重し誠実に接してくれる彼に対し、果たしてそんな仕打ちができるのだろうか。
 考えただけで、心が引き裂かれそうだった。
 知れば知るほどアルセンは私の想像から大きく外れた男だったから。
 もう、出来るはずがない。
 弱い私はそこまで非情にはなりきれなかった。
 そして、それ以上に私は……アルセン・アンドレという男に強く惹かれてしまっている。
 もう、限界だった。
 自分を偽りこの茶番を続けることなどできはしない。
 皇后陛下にどんな罰を下されようと、たとえこの命を奪われることになろうとも私は決めたのだ。
 今度彼と会う日、この偽りの関係を終わらせるのだと――
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

三年分の涙を飲み込んで離婚を決めた私に、今さら愛してると言わないでください

まさき
恋愛
「別れてください」 笑顔で、声を震わせずに、澄花はそう言った。 三年間、夫の隣に立ち続けた。残業続きの夫を待ち、不満を飲み込み、完璧な妻を演じた。幼なじみの麗奈が現れるまでは、それが愛だと信じていた。 嫉妬も、怒りも、とうに泣き尽くしていた。残ったのは、静かな決意だけだった。 離婚届を差し出した翌朝、夫・誠は初めて泣いた。 ――遅すぎる。三年分、遅すぎる。 幼なじみに夫を奪われかけた妻が、すべてを手放す覚悟をしたとき、夫はようやく目を覚ます。泣き終わった女の強さと、取り戻せないものの重さを描く、夫婦の崩壊と再生の物語。

戦場から帰らぬ夫は、隣国の姫君に恋文を送っていました

Mag_Mel
恋愛
しばらく床に臥せていたエルマが久方ぶりに参加した祝宴で、隣国の姫君ルーシアは戦地にいるはずの夫ジェイミーの名を口にした。 「彼から恋文をもらっていますの」。 二年もの間、自分には便りひとつ届かなかったのに? 真実を確かめるため、エルマは姫君の茶会へと足を運ぶ。 そこで待っていたのは「身を引いて欲しい」と別れを迫る、ルーシアの取り巻きたちだった。 ※小説家になろう様にも投稿しています

【完結】私の事は気にせずに、そのままイチャイチャお続け下さいませ ~私も婚約解消を目指して頑張りますから~

山葵
恋愛
ガルス侯爵家の令嬢である わたくしミモルザには、婚約者がいる。 この国の宰相である父を持つ、リブルート侯爵家嫡男レイライン様。 父同様、優秀…と期待されたが、顔は良いが頭はイマイチだった。 顔が良いから、女性にモテる。 わたくしはと言えば、頭は、まぁ優秀な方になるけれど、顔は中の上位!? 自分に釣り合わないと思っているレイラインは、ミモルザの見ているのを知っていて今日も美しい顔の令嬢とイチャイチャする。 *沢山の方に読んで頂き、ありがとうございます。m(_ _)m

貴方に私は相応しくない【完結】

迷い人
恋愛
私との将来を求める公爵令息エドウィン・フォスター。 彼は初恋の人で学園入学をきっかけに再会を果たした。 天使のような無邪気な笑みで愛を語り。 彼は私の心を踏みにじる。 私は貴方の都合の良い子にはなれません。 私は貴方に相応しい女にはなれません。

おさななじみの次期公爵に「あなたを愛するつもりはない」と言われるままにしたら挙動不審です

ワイちゃん
恋愛
伯爵令嬢セリアは、侯爵に嫁いだ姉にマウントをとられる日々。会えなくなった幼馴染とのあたたかい日々を心に過ごしていた。ある日、婚活のための夜会に参加し、得意のピアノを披露すると、幼馴染と再会し、次の日には公爵の幼馴染に求婚されることに。しかし、幼馴染には「あなたを愛するつもりはない」と言われ、相手の提示するルーティーンをただただこなす日々が始まり……?

呪いを受けて醜くなっても、婚約者は変わらず愛してくれました

しろねこ。
恋愛
婚約者が倒れた。 そんな連絡を受け、ティタンは急いで彼女の元へと向かう。 そこで見たのはあれほどまでに美しかった彼女の変わり果てた姿だ。 全身包帯で覆われ、顔も見えない。 所々見える皮膚は赤や黒といった色をしている。 「なぜこのようなことに…」 愛する人のこのような姿にティタンはただただ悲しむばかりだ。 同名キャラで複数の話を書いています。 作品により立場や地位、性格が多少変わっていますので、アナザーワールド的に読んで頂ければありがたいです。 この作品は少し古く、設定がまだ凝り固まって無い頃のものです。 皆ちょっと性格違いますが、これもこれでいいかなと載せてみます。 短めの話なのですが、重めな愛です。 お楽しみいただければと思います。 小説家になろうさん、カクヨムさんでもアップしてます!

王太子殿下との思い出は、泡雪のように消えていく

木風
恋愛
王太子殿下の生誕を祝う夜会。 侯爵令嬢にとって、それは一生に一度の夢。 震える手で差し出された御手を取り、ほんの数分だけ踊った奇跡。 二度目に誘われたとき、心は淡い期待に揺れる。 けれど、その瞳は一度も自分を映さなかった。 殿下の視線の先にいるのは誰よりも美しい、公爵令嬢。 「ご一緒いただき感謝します。この後も楽しんで」 優しくも残酷なその言葉に、胸の奥で夢が泡雪のように消えていくのを感じた。 ※本作は「小説家になろう」「アルファポリス」「エブリスタ」にて同時掲載しております。 表紙イラストは、雪乃さんに描いていただきました。 ※イラストは描き下ろし作品です。無断転載・無断使用・AI学習等は一切禁止しております。 ©︎泡雪 / 木風 雪乃