皇后陛下の御心のままに

アマイ

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 それからの私の生活は本当に慌ただしかった。
 皇后陛下にアルセンとの婚姻を報告すると、意外にも大層祝福してくださり、今後私にまつわる一切について全面的に支援するとまでおっしゃってくださった。
 そこで私はようやく気づいたのだ。
 もしかしたら……これこそが皇后陛下の望まれた最高の結末だったのではないかと。
 そう尋ねても、きっと皇后陛下は曖昧にはぐらかされるのだろうけれど。

 そうして私は書面上オブリー家の当主となったのだが、このまま家門が残り続ける限り両親は野心を捨てないと判断して、爵位を返上することに決めた。
 それにはアルセンも賛成してくれ、皇后陛下に至っては畏れ多くも「そなたを養女にする」と強引に取り決められてしまった。
 侍女の仕事は辞することになるけれど、こうして敬愛する皇后陛下と新たなご縁を得られたことは、私にとって何よりも嬉しく幸いなことだった。

 一通り同僚達に仕事の引き継ぎを済ませたのち、私はアンドレ家へ居を移すこととなった。
 アルセンはカトル・マロンドの件の後処理などで忙しく、外へ出かけることが多かったけれど、そんな忙しい合間を縫っては私の元へ会いに来てくれていた。

「エレイン、ただいま」
「お帰りなさい、アルセン……ってまあ、なんて綺麗……!」

 今日のアルセンは出先より戻るなり、大きな花束を私に差し出した。
 花が好きだと言って以来、アルセンは私に度々花を贈ってくれる。
 心から嬉しいのだけれど、そろそろ部屋が花で溢れてしまいそうだ。

「式の件は君に任せきりになってしまい申し訳ない……」
「いいえ、こちらのことは気にせず、アルセンはお仕事に専念してください。これはあなたの妻となる私の仕事でもありますから」

 大丈夫だと安心させるためにっこり微笑むと、アルセンは少し頬を染めながらはにかんだように笑った。
 途端にドクっと心臓が大きく脈打つ。
 私はアルセンのこの表情に本当に弱いらしい。
 なんでも許して言うことを聞きたくなってしまうのだから恐ろしい。
 そこでふと、ある疑問が生じた。
 アルセンのほうはどうなのだろう。
 かつては「冬の羊」なんて言われたのだ、彼の目に映る私は、本当は――

「エレイン? 何か気になることでも?」

 急に沈黙した私をアルセンが怪訝そうに見る。

「……あなたの目に映る私は、本当はとても醜いのではないかと――」
「バカな! そんなはずないだろう!」

 アルセンは慌てたように私の両肩を掴んだ。

「信じられないかもしれないが……君を醜いなんて思ったことは一度たりともない」
「ですが、冬の羊と……」
「羊は可愛い生き物じゃないか」
「そ、れは……そう、かもしれませんが……」

 惑い揺れる私の瞳を捉えるよう、アルセンは身を屈め視線を合わせた。

「確かに君はふくよかだったが、体型を揶揄う意図はなかった。だが、自分の言動がどう捉えられるかなど考えも及ばないほど餓鬼だった……本当に、申し訳ない」
「い、いえ、その件は本当にもういいのです。ただ……」
「エレイン」

 俯く私をアルセンが壊れもののように抱きしめる。

「俺の目には君が誰よりも輝いて美しく見える。君しか目に入らないくらいだと、どうしたら信じてくれる?」

 その時ドクドクと早鐘のようなアルセンの鼓動が耳を打った。
 まるで彼の言葉を裏付けるかのように。

「アルセン……ドキドキしてますね」
「好きな女性が側にいるんだ、当然だろう」
「私もです、アルセン。あなたの側にいると、胸が苦しいくらいです……」
「エレイン……」

 アルセンは私の両頬を挟むと、触れるだけの口付けを落とした。

「俺に対してわただかまりや疑念があるのなら、なんでも言ってほしい」
「そうですね……あ! 前に貴族派の女性と懇意だと噂を聞きましたけれど、その方とは?」

 アルセンは記憶を探るよう視線を彷徨わせ、ああ、と何かに思い至ったようだ。

「彼女は幅広い層の男達と懇意で太いパイプを持っているから、俺はよく情報を買っていたんだ。気になるのなら今度紹介してもいい」

 なるほど、それが誤解されるほど頻繁で懇意だと周りから見做されていたということか。
 後ろめたいことがないからこそ余計に堂々と会っていたという見方もできる。

「あなたを信じます。ですが個人的に興味があるので今度機会があれば会わせてください」
「ああ、ようやく君を生涯のパートナーと公に紹介できて嬉しい」

 そこでアルセンが心から嬉しそうに笑うので、私は堪らなくなって彼の胸にしがみついた。
 彼の色んな顔を見付けるたび、喜びで心臓がぎゅっと締め付けられる。
 出会いは最悪だったけれど、まさかこんな幸せな結末が待ち受けているだなんて想像だにしていなかった。
 今となっては皇后陛下が何をどこまで計算されていたのか……私ごときが慮るなど烏滸がましいことだけれど、全てが想定のことだったのではないかと思えて仕方がない。
 どんな思惑があろうと、この幸せのきっかけは皇后陛下がもたらしてくださったものだ。
 陛下……侍女は辞めることとなっても、心は常にあなた様と共にあります。
 全ては、皇后陛下の御心のままに――

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