前世魔性の女と呼ばれた私

アマイ

文字の大きさ
1 / 32

1 婚約破棄と前世の私①

私には一つ年上の婚約者がいた。

母親同士が親友で、幼い頃から仲睦まじかった私と彼──ユージン。
恋のような激しい感情はなかったけれど、彼とは長い人生を共に歩んでいくのだと思っていた。



彼女が現れるまでは──







「ティア、残念ながら先方から婚約破棄の申し入れがあった……」

ガンと頭を殴られたような衝撃と共に、突然押し寄せる大きな記憶の奔流。今の私のものではない、これは──
私は震える手を握り、目を瞑って眩暈のような苦しさに耐えた。

「ティア、リーティア……大丈夫か?」

次に瞳を開いた時、これまでのリーティア・ロジェは死んだ。

「ええ、私は大丈夫よお父様」

痛ましげな瞳を向ける父に、私はにこりと微笑んだ。







私とユージンの婚約破棄は、既に学園でも噂になっているようだった。
これまでのリーティアならきっと、暫く学園へなど足も運べなかったはず。

「ティア、婚約破棄は本当なの?」

腫れ物扱いの私に、遠慮もなく声をかけてきたのは親友のミシアだ。

「ええ、心配かけてごめんなさいね」

私が苦笑すると、ミシアはそっと私の手を握った。

「ユージン様……今にきっと後悔するわ」

「ふふ、そうさせてやりたいわね」

「それにしてもティア、なんだか雰囲気が変わった……わね?」

さすがミシアは勘が鋭い。

「ええ、過去を振り返ってる暇なんてないもの。これから素敵な恋を見つけなきゃ、ね」

私が片目を瞑ってみせると、ミシアは大きな瞳を見開いて、「そうね」と笑った。







ユージンと婚約破棄をして数日も経たない内に、私は一部の男子生徒達から熱心に付きまとわれるようになった。

デート、求愛求婚からあからさまな閨の誘いまで……角を立てないようにやんわり拒絶しても、増長するだけで効果がない。

婚約破棄をしたばかりだというのに更に不名誉な噂をたてられるのか……そう思うと気が滅入る。

やはりこの世界でも私は『私』なのだ。



前世と思われる世界での『私』は、魔性の女と呼ばれていた。そこに居るだけで男を掻き立てる「何か」があるのだという。
異性トラブルは日常茶飯事。
ストーカーや付きまとい、誘拐未遂や強姦未遂も一度や二度どころではない。

特別男好きではなかった。寧ろ面倒ごとばかりで疎んでいるのに、淫乱と同性からは忌み嫌われた。
いつしか開き直って、『私』は世間のイメージ通りの魔性の女になった。

同性の敵とも言うべき存在となった『私』は、結局不倫相手の妻によって殺害された。
鋭い刃物で腹部を刺し貫かれた時、激しい嫉妬と憎しみを湛えた女の瞳を見て『私』は気付いたのだ。『私』の人生にはいつだって「愛」だけがなかった。本当はずっと焦がれるように求め続けていたのだと──




容姿に関しては恐らく今生のリーティアの方が遥かに美しい。
そんな容姿に前世の魔性が加わるなど……考えただけで背筋が凍る。

このままではいけない。これまではユージンという婚約者の存在が防波堤になっていたのだ。早急に身の振り方を考えなければこの身は危うい。私の危機感は日に日に募っていた。




その日も鬱陶しく纏わりつく男子生徒達から逃げまわり、人気のない裏庭へ駆け込んだ時だった。不意に物陰から現れた何者かにぶつかった。

衝撃で後ろへ吹き飛ぶ!と覚悟したけれど、ぐいと腕を引かれて抱き留められた。
ほっと安堵の息をつく。そして見知らぬ人に抱かれている現状に気付いて、慌てて目の前の胸板を両手で押した。

「あの、私の不注意で申し訳ありません。手を……離してください」

「ああ、すまない」

あっさりと解放された。
一歩下がって見上げると、がっしりとした体躯の大柄な男性だった。カッチリとした騎士服を纏っていることから王宮の騎士だろうか。何故こんなところに?
不思議に思っていると、男性が切れ長な瞳を大きく見開いた。

「君は……リーティアか?」

「え?」

騎士の顔を探るように凝視する。
燃える様な赤毛に鋭く切れ長なアイスブルーの瞳。整った精悍な面立ちが記憶の誰かに重なる。

「あ!シグルド……様!?」

「ああ、久しぶりだな」

大きな手でくしゃりと頭を撫でられる。

「あの、もう小さな子どもではないのですが……」

苦笑しながら見上げると、「ああ、すまない」とちっともすまなくなさそうにシグルドは笑った。

シグルド・ロジーヌ――全く似たところのないユージンの兄だ。
7つも歳上だったので滅多に顔を合わせることもなく、彼との記憶はほんの僅かだったけれど。

「ユージンとのことは……すまなかったな」

「いえ、仕方のないことですから」

にっこり笑って見せると、シグルドは僅かに目を瞠った。
ユージンを慕っていた心はチクリと痛んだけれど、今の私にはもう終わったことだ。

「それより学園へはなにか所用で?」

「ああ、ちょっとした資料を持ってきて欲しいと頼まれてな」

そういって手にした書類を掲げてみせる。

「そうでしたか、お引止めして申し訳ありません」

「急ぎではないので問題ない。君こそ何故こんなところへ?」

ぐっと言い淀むと、まるで狙いすましたかのように男子生徒の一人が姿を現した。

「こちらでしたかリーティア嬢!」

私は咄嗟にシグルドを見上げ、その逞しい胸にしがみついた。そうして彼の胸に頬を当てたまま、男子生徒に向かってうっとりと微笑む。
ああ、あの頃の『私』の感覚が蘇る。魔性と呼ばれた過去の『私』の──

「愛しい方との逢瀬をどうか邪魔しないで頂けますか」

男子生徒の視線が私に釘付けになるのが分かる。するとシグルドは私を隠すようすっぽりと抱きすくめた。私の視界は彼の腕によって閉ざされる。

「ティアに焦がれるあまり仕事を抜けてきたんだ。君も無粋な真似は控えてもらえるかな」

シグルドは私の髪を優しく撫で梳き、見せ付けるように額に口付けると冷ややかに告げた。
やがて男子生徒の立ち去る気配を感じて、ほっと肩の力が抜ける。

「助かりましたシグルド様」

彼の機転に感謝しつつ腕から逃れようと身を捩ったけれど、びくともしない。

「あの、シグルド様?手を……」

「愛しい男との逢瀬中なんだろ?ティア」

耳元で囁かれる声は妙に熱っぽい。もう演技は必要ないというのに……揶揄われているのだろうか。

「いつも男達に追い回されてるのか?」

「……はい……婚約破棄してからはずっとこんな感じで……」

私は逃れるのを諦めてふぅとため息をつく。

「君を守る婚約者が必要なら、俺はどうだ?」

見上げると、鼻先が触れるほどの距離で瞳がかち合った。すっと細められたアイスブルーの瞳には状況を楽しむ不謹慎さが窺える。

確かに今私は早急に婚約者を必要としていた。シグルドにはその切実さが分かっているはずだ。なのに──
こんな女心を弄ぶ悪い男には悪い女で応えるのがマナーだろう。
私は唇に弧を描いて、シグルドの頬に手を添えた。

「あなたが私の愛しい方になってくださるのですか?」

シグルドはその手に口付けて、更に楽しげに口の端を吊り上げた。

「望みのままにリーティア嬢。約束の証に口付けても?」

私は悪い女だ。
シグルドと正式に婚約しないまでも、そういった噂が流れることによって受けるユージンの精神的ダメージを思って、この申し出に昏い楽しみを見出した。

「この不埒な唇は……否など許さないのでしょう?」

微笑みながら人差し指でシグルドの下唇をゆっくりとなぞり、少し開かれた唇に指先を差し込む。
シグルドは私をじっと見据えたまま、見せつけるようにその指を舌先で淫らに舐る。情事の入り口のようなこの甘ったるい空気に、不意に心が高鳴った。

「ティア、どこでこんな駆け引きを覚えたんだ?」

悪い子だ、と獣の様な獰猛な瞳に射抜かれて、一瞬怯んだ私の唇をシグルドは荒々しく塞ぐ。
戸惑いに小さく開かれた唇を、強引にこじ開けて熱い舌が割り入ってくる。

口付けなど前世で数えきれない程したというのに、このシグルドの口付けは奪いつくすような激しさで私を翻弄する。
瞳は潤み、砕けた腰をシグルドの逞しい腕が支えた。
口付けでわかる、シグルドは見た目通り情熱的で苛烈な男だ。

こんな猛々しい激しさで抱かれたらどんな心地がするのだろう――想像しただけで体の奥が熱く疼くのを感じた。
色香に中てられるとはこういうことなのだろうか。この凶悪なまでに立ち上る雄の気配に、私は本能的に惹きつけられる感覚を生まれて初めて味わうのだった。
感想 7

あなたにおすすめの小説

兄妹じゃないとわかったのでお兄様と結婚したら、全部仕込みでした

こじまき
恋愛
【20260401読みやすいように話を分割しました】 伯爵令嬢ヘイゼルは、兄アリステアに恋をしている。叶わないと知りながら、それでも諦めきれなかった。 しかし子ども時代の「取り違え」が発覚し、子爵令嬢ロレッタとして“正しい場所”で生き直すことに。 そして妹ではなくなった彼女に、アリステアは求婚する。 運命のねじれは正されて、望んだとおりに最愛の人と結ばれた―― けれど――その「正しい運命」は、兄アリステアによって用意されたものだった―― ※「小説家になろう」にも投稿しています。

男嫌いな王女と、帰ってきた筆頭魔術師様の『執着的指導』 ~魔道具は大人の玩具じゃありません~

花虎
恋愛
魔術大国カリューノスの現国王の末っ子である第一王女エレノアは、その見た目から妖精姫と呼ばれ、可愛がられていた。  だが、10歳の頃男の家庭教師に誘拐されかけたことをきっかけに大人の男嫌いとなってしまう。そんなエレノアの遊び相手として送り込まれた美少女がいた。……けれどその正体は、兄王子の親友だった。  エレノアは彼を気に入り、嫌がるのもかまわずいたずらまがいにちょっかいをかけていた。けれど、いつの間にか彼はエレノアの前から去り、エレノアも誘拐の恐ろしい記憶を封印すると共に少年を忘れていく。  そんなエレノアの前に、可愛がっていた男の子が八年越しに大人になって再び現れた。 「やっと、あなたに復讐できる」 歪んだ復讐心と執着で魔道具を使ってエレノアに快楽責めを仕掛けてくる美形の宮廷魔術師リアン。  彼の真意は一体どこにあるのか……わからないままエレノアは彼に惹かれていく。 過去の出来事で男嫌いとなり引きこもりになってしまった王女(18)×王女に執着するヤンデレ天才宮廷魔術師(21)のラブコメです。 ※ムーンライトノベルにも掲載しております。

【R18】愛され総受け女王は、20歳の誕生日に夫である美麗な年下国王に甘く淫らにお祝いされる

奏音 美都
恋愛
シャルール公国のプリンセス、アンジェリーナの公務の際に出会い、恋に落ちたソノワール公爵であったルノー。 両親を船の沈没事故で失い、突如女王として戴冠することになった間も、彼女を支え続けた。 それから幾つもの困難を乗り越え、ルノーはアンジェリーナと婚姻を結び、単なる女王の夫、王配ではなく、自らも執政に取り組む国王として戴冠した。 夫婦となって初めて迎えるアンジェリーナの誕生日。ルノーは彼女を喜ばせようと、画策する。

新人メイド桃ちゃんのお仕事

さわみりん
恋愛
黒髪ボブのメイドの桃ちゃんが、働き先のお屋敷で、旦那様とその息子との親子丼。

コワモテ軍人な旦那様は彼女にゾッコンなのです~新婚若奥様はいきなり大ピンチ~

3月5日コミカライズ配信♡二階堂まや
恋愛
政治家の令嬢イリーナは社交界の《白薔薇》と称される程の美貌を持ち、不自由無く華やかな生活を送っていた。 彼女は王立陸軍大尉ディートハルトに一目惚れするものの、国内で政治家と軍人は長年対立していた。加えて軍人は質実剛健を良しとしており、彼女の趣味嗜好とはまるで正反対であった。 そのためイリーナは華やかな生活を手放すことを決め、ディートハルトと無事に夫婦として結ばれる。 幸せな結婚生活を謳歌していたものの、ある日彼女は兄と弟から夜会に参加して欲しいと頼まれる。 そして夜会終了後、ディートハルトに華美な装いをしているところを見られてしまって……?

私の意地悪な旦那様

柴咲もも
恋愛
わたくし、ヴィルジニア・ヴァレンティーノはこの冬結婚したばかり。旦那様はとても紳士で、初夜には優しく愛してくれました。けれど、プロポーズのときのあの言葉がどうにも気になって仕方がないのです。 ――《嗜虐趣味》って、なんですの? ※お嬢様な新妻が性的嗜好に問題ありのイケメン夫に新年早々色々されちゃうお話 ※ムーンライトノベルズからの転載です

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる

しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。 いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに…… しかしそこに現れたのは幼馴染で……?