前世魔性の女と呼ばれた私

アマイ

文字の大きさ
18 / 32

18過去の面影①

しおりを挟む
先日のロジーヌ邸での滞在の際、騎士団に興味を示した私に、公爵は「遊びにおいで」と気安くおっしゃった。

気安かろうと公爵は社交辞令でそんなことは言わない。後日「遊びにおいで」という候補日をきっちり書き送って下さった。






という訳で、今日私は王宮の騎士団を訪れていた。
広い鍛錬場には、上半身の筋肉美を惜しげもなく晒した騎士たちが、木刀を激しく打ち交わしていた。私はむせ返る熱気に圧倒される。

「おお!ティアきたか!」

鬼の形相で騎士たちを睨みつけていた公爵が、私に気付くなり相好を崩した。幾人かの騎士が私に気付いたようで、興味津々な視線を痛いほど感じる。

「手を止めるなっ!」

公爵の怒声に騎士達はビクリと身を縮こませ、再び打ち合う音が響き渡った。

「お……ロジーヌ団長、この様な機会を頂きありがとうございます」

「ティア……そんな他人行儀はやめてくれ。普段どおりで構わんよ」

「分かりました、おじさま」

見上げると、公爵は嬉しそうに目尻を下げた。本当に可愛らしいおじさま。釣られて微笑みながら差し入れのクッキーを手渡そうとしたその時――

「顔が緩みすぎだ親父」

「鬼の団長のそんな顔は初めて見たね」

くすくすと笑いながらルクス殿下がシグルドを伴ってこちらへ歩いてきた。

「お前達を招いた覚えはないぞ」

公爵がぶすっと二人を睨みつける。

「つれないことを言わないでくれ。たまたま鍛錬に来ただけだよ」

「ほう……私自らが相手になりましょうか殿下?」

公爵が眦を吊り上げる。視線だけで殺されそうな迫力だ。

「あ、ああ、執務で疲れたから少し休憩してからね」

殿下は目を反らしながら自らの肩をトントンと叩く。そして公爵の後ろに隠れるような形になっていた私を覗き込み、にっこりと微笑まれた。

「こんなむさ苦しい所へ可愛らしいお客様だね」

私はすっと膝を折る。

「殿下……今日は公爵様にお許しを頂いて見学に参りました」

「へえ、リーティアがこんなところに興味を持つとはね」

曖昧に笑んで顔を上げると、殿下の後ろに控えるシグルドと目が合った。私のピアスに目を留めて、にっと唇に笑みを刻む。

何だか妙に気恥ずかしくて、私は扇子で口元を隠して目を伏せた。そしてまだ手渡せていない差し入れの存在を思い出す。

「おじさま、こちらよろしければ皆様で」

「お、差し入れか?嬉しいな」

公爵は嬉しそうにバスケットを受け取った。脇からシグルドが蓋を開いて中を覗き、一つ摘むと口へ放った。

「んまい!ティアが作ったのか?」

「え、ええ」

「ああ、料理も上手いこんな美人が嫁で俺は最高に幸せだな」

殿下を横目に、シグルドがニヤリと口の端を吊り上げる。殿下のこめかみがピクリと動いた……気がした。

「お前はまだ独身だったと記憶しているが?」

「ああ、そうだったか。あまりにも一緒にい過ぎてまだ結婚していないことを忘れていたな」

「そうか、ならばその低能な脳に私手ずから刺激を与えてくれようか?」

「久々にやるか?お前明日使い物にならなくなるぜ?」

「ああああうるせええ!ちょっと黙れ!」

公爵の怒声と鬼の形相に二人が黙る。

「せっかくティアが遊びに来てくれたというのに……お前達煩せえ!邪魔だ!帰れ!」

「お、おじさま、私は大丈夫です。少し緊張していたので、顔見知りの方に会えてほっとしましたし」

「気を遣わせてすまない……本当にティアは昔から優しい子だったよなぁ」

うんうんと頷きながら、公爵は瞳を潤ませた。

「ティア、馬鹿は放っておいてあっちでお茶にしようか。騎士団見学は口実でな、ティアとゆっくり話したかったんだ」

「まあ……ふふ、喜んでおじさま」

何か言いかけた殿下に、公爵は悪役のような凄みのある笑みを浮かべた。

「ああ、お前達は鍛錬するがいい。心ゆくまでな」

差し出された手に手を重ねて、私と公爵は微笑み合いながら鍛錬場を後にした。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

離宮に隠されるお妃様

agapē【アガペー】
恋愛
私の妃にならないか? 侯爵令嬢であるローゼリアには、婚約者がいた。第一王子のライモンド。ある日、呼び出しを受け向かった先には、女性を膝に乗せ、仲睦まじい様子のライモンドがいた。 「何故呼ばれたか・・・わかるな?」 「何故・・・理由は存じませんが」 「毎日勉強ばかりしているのに頭が悪いのだな」 ローゼリアはライモンドから婚約破棄を言い渡される。 『私の妃にならないか?妻としての役割は求めない。少しばかり政務を手伝ってくれると助かるが、後は離宮でゆっくり過ごしてくれればいい』 愛し愛される関係。そんな幸せは夢物語と諦め、ローゼリアは離宮に隠されるお妃様となった。

コワモテ軍人な旦那様は彼女にゾッコンなのです~新婚若奥様はいきなり大ピンチ~

二階堂まや♡電書「騎士団長との~」発売中
恋愛
政治家の令嬢イリーナは社交界の《白薔薇》と称される程の美貌を持ち、不自由無く華やかな生活を送っていた。 彼女は王立陸軍大尉ディートハルトに一目惚れするものの、国内で政治家と軍人は長年対立していた。加えて軍人は質実剛健を良しとしており、彼女の趣味嗜好とはまるで正反対であった。 そのためイリーナは華やかな生活を手放すことを決め、ディートハルトと無事に夫婦として結ばれる。 幸せな結婚生活を謳歌していたものの、ある日彼女は兄と弟から夜会に参加して欲しいと頼まれる。 そして夜会終了後、ディートハルトに華美な装いをしているところを見られてしまって……?

結婚式に結婚相手の不貞が発覚した花嫁は、義父になるはずだった公爵当主と結ばれる

狭山雪菜
恋愛
アリス・マーフィーは、社交界デビューの時にベネット公爵家から結婚の打診を受けた。 しかし、結婚相手は女にだらしないと有名な次期当主で……… こちらの作品は、「小説家になろう」にも掲載してます。

男嫌いな王女と、帰ってきた筆頭魔術師様の『執着的指導』 ~魔道具は大人の玩具じゃありません~

花虎
恋愛
魔術大国カリューノスの現国王の末っ子である第一王女エレノアは、その見た目から妖精姫と呼ばれ、可愛がられていた。  だが、10歳の頃男の家庭教師に誘拐されかけたことをきっかけに大人の男嫌いとなってしまう。そんなエレノアの遊び相手として送り込まれた美少女がいた。……けれどその正体は、兄王子の親友だった。  エレノアは彼を気に入り、嫌がるのもかまわずいたずらまがいにちょっかいをかけていた。けれど、いつの間にか彼はエレノアの前から去り、エレノアも誘拐の恐ろしい記憶を封印すると共に少年を忘れていく。  そんなエレノアの前に、可愛がっていた男の子が八年越しに大人になって再び現れた。 「やっと、あなたに復讐できる」 歪んだ復讐心と執着で魔道具を使ってエレノアに快楽責めを仕掛けてくる美形の宮廷魔術師リアン。  彼の真意は一体どこにあるのか……わからないままエレノアは彼に惹かれていく。 過去の出来事で男嫌いとなり引きこもりになってしまった王女(18)×王女に執着するヤンデレ天才宮廷魔術師(21)のラブコメです。 ※ムーンライトノベルにも掲載しております。

勘違い妻は騎士隊長に愛される。

更紗
恋愛
政略結婚後、退屈な毎日を送っていたレオノーラの前に現れた、旦那様の元カノ。 ああ なるほど、身分違いの恋で引き裂かれたから別れてくれと。よっしゃそんなら離婚して人生軌道修正いたしましょう!とばかりに勢い込んで旦那様に離縁を勧めてみたところ―― あれ?何か怒ってる? 私が一体何をした…っ!?なお話。 有り難い事に書籍化の運びとなりました。これもひとえに読んで下さった方々のお蔭です。本当に有難うございます。 ※本編完結後、脇役キャラの外伝を連載しています。本編自体は終わっているので、その都度完結表示になっております。ご了承下さい。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【完結】愛する夫の務めとは

Ringo
恋愛
アンダーソン侯爵家のひとり娘レイチェルと結婚し婿入りした第二王子セドリック。 政略結婚ながら確かな愛情を育んだふたりは仲睦まじく過ごし、跡継ぎも生まれて順風満帆。 しかし突然王家から呼び出しを受けたセドリックは“伝統”の遂行を命じられ、断れば妻子の命はないと脅され受け入れることに。 その後…… 城に滞在するセドリックは妻ではない女性を何度も抱いて子種を注いでいた。 ※完結予約済み ※全6話+おまけ2話 ※ご都合主義の創作ファンタジー ※ヒーローがヒロイン以外と致す描写がございます ※ヒーローは変態です ※セカンドヒーロー、途中まで空気です

【完結】 表情筋が死んでるあなたが私を溺愛する

紬あおい
恋愛
第一印象は、無口で無表情な石像。 そんなあなたが私に見せる姿は溺愛。 孤独な辺境伯と、一見何不自由なく暮らしてきた令嬢。 そんな二人の破茶滅茶な婚約から幸せになるまでのお話。 そして、孤独な辺境伯にそっと寄り添ってきたのは、小さな妖精だった。

処理中です...