ヴァンパイアの幸茶館

ゆちば

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ヴァンパイアの幸茶館

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 あぁ、喉が渇きました。
 こんな時はお茶をするに限りますね。
 え? お前が飲むのは人間の生き血だろうって? 何をおっしゃいますか。
 私はここ三百年余り、人の血をすすることを自ら禁じているのです。だって、吸血なんて品性を欠く行為だと思いませんか? 牙を人肌に突き立て、その後ちゅうちゅう吸うのですよ? 歯で空けた程度の小さな穴から満足な量の血を吸い上げるために、いったいどれほど必死にちゅうちゅうしなければならないのですか。 

 いえ、私が吸血下手だとか、そんなことの真偽はどうでもよいのです。

 私は気づいてしまったのですよ。
 気品溢れるこの飲み物――紅茶の香りが、とびきりのお客様を招き寄せてくれることを。
 私はそのために、この【宵闇幸茶こうちゃ館】を始めたのですから。

 茶葉の缶の蓋を開けただけで、ほら。聞こえますでしょう?
 生きの良い人間の足音が。
 では、私はお客様をお迎えする準備をいたしますので、お話はまた――。

◆◆◆
 
「ようこそ、かぐわしき生贄様」

 待ち構えていたかのようにしてドアの傍に立っていた、妖しい雰囲気をした黒髪の男の店員。
 俺が緊張しながら店に入ると、その男の店員は恭しいお辞儀を共に出迎えてくれた。

「い……生贄?」
「はい。お客様は生贄様ですから」

 それを言うなら、「お客様は神様」じゃないのか?
 男性店員は、人当たりの良い穏やかな微笑みを浮かべていた。顔を引き攣らせている俺とは正反対だ。

(すっげえな……。これがコンセプトカフェ? コンカフェってやつ?)

 まさに異文化。
 17年生きてきて初めて、俺はコンセプトカフェという場所にやって来ていた。

 俺の家から歩いて20分ほどの距離にあるこの店は、【宵闇幸茶館】という名前の紅茶専門店……らしい。幸せのお茶の館だなんて、えらくハッピーな名前だ。

 外観は良い言い方をすると、歴史のありそうな洋館。ズバッと悪い言い方をすると廃墟。
 手入れのされていなさそうなツタがもじゃもじゃと壁を這うように生えていて、窓まで覆ってしまっている。これじゃ太陽の光が入らなくて、建物の中が暗そうだ。洋館を出入りする人も見たことがなく、俺はつい今まで、放置されている空き家だと思い込んでいたくらいだ。

 けど、一歩中に入ってみると、店内は温かみのあるシャンデリアで照らされていて、テーブルや椅子、家具などは濃い茶色をしたアンティーク調で統一されていた。カーテンはどこもぴっちりと閉め切られていたが、分厚くて手触りが良さそうな布が使われていそうに見える。
 生まれてからずっと日本家屋で和風の暮らしてきた俺からすると、なんだかヨーロッパのお屋敷に連れて来られたみたいな感じて、そわそわと落ち着かない。頭にパッと、「英国感溢れる」という表現が降ってきて(正直英国感が何なのかは知らない)、それが一番しっくりくるような気がした。多分、アレだ。ドレスに扇子を持った英国のお貴族様がお茶会をしてるようなアレ。

 まぁ、つまり、庶民の不良高校生の俺が浮きまくっているような上品な空間というわけだ。
 今、客は俺しかいないようだったが、金髪にピアス、やる気なくだらりと制服を着ているような高校生なんて、絶対に寄りつかなさそうな場所だということは分かる。

(居心地わりぃ~……)

 席へと案内される途中、すらりと背の高い男性店員の後ろ姿を見ながら、心の中でため息を吐き出した。
居心地が悪いと感じた理由は、店の内装が上品すぎることだけじゃない。店員の役への没入感が半端ないからだ。

 肌が白い。テレビでライトを当てられまくっているベテラン女優よりも白い。
 目がい。充血しているとか、泣いているとかそういう例え的なヤツじゃなくて、目玉が紅い。多分、カラーコンタクトに違いないが、潔いほど紅い。まるでルビーみたいだ。
 耳の形はやや尖り気味。話す時にチラッと見える八重歯はもっと尖っている。うっかり下唇に刺してしまったら、ドバドバ血が出そうだと思った。
 服装は白いシャツにベストにスラックス、ここまではいい。肩からは羽織っている、やたら襟の主張の激しい黒マントがよく目立っていた。

 あとは、ものすごいイケメン。妖しい美形って単語の方が合ってるか。
 見た目は二十代後半くらい。鼻筋がスッと通っていて、切れ長の目と薄い唇に色気がある。女にモテそうだし、なんなら男からも好かれそうな感じがする。だけど、なぜか同じ人間とは思えないような不思議な雰囲気のある店員だった。

 どこまでが元々のもので、どこからが作られたものなのかは分からない。だがとにかく、何もかもが〝ヴァンパイア〟っぽい。

「こちらの席にどうぞ。――あ、申し遅れました。私、当店の紅茶師をしております、ブラッドリー・フォン・バニスター三世と申します。以後お見知りおきを」

 羨ましいくらいの切れ長の目を細めて、店員が微笑む。

「ブラッドリ……えーと、なんとかスターさん?」

「ふふふ……。お気軽にブラッドリーとお呼びください。念のためにお伝えさせていただきますが、当店のカーテンは決して開けぬようにお願いいたします。私、太陽の光が苦手なもので」

 ヴァンパイアが太陽に弱い設定だ。これくらいは俺にも分かる。
 ヴァンパイアは、吸血鬼とも呼ばれる伝説や物語に出てくる怪物。人間の血を吸い、栄養源にする不死の存在だ。太陽の光や十字架、ニンニクに弱いという設定は世界中で有名だ。

 この【宵闇幸茶館】はきっと、ヴァンパイアの館をコンセプトにしたカフェ――ヴァンパイアコンカフェだ。この手の店が都会の女子の間で流行っているのだと、同じ高校の友達が語って聞かせてくれたことがある。
 非日常感を全身で体験するカフェなんて、俺はド定番のメイドカフェくらいしか知らなかったけど、こういう変化球もあるわけか。ヴァンパイアって、好きな人には深く刺さるもんなのかなと、ブラッドリーさんの演じっぷりに素直に感心してしまった。

(すげ。ヴァンパイアになりきってんじゃん。これってノッてあげないとダメなやつ?)

「はいはーい。カーテンには触りません。ついでにニンニクとか十字架も持ち込みませーん」
「おやおや。本日の生贄様は、マナーが素晴らしいですね。まさか事前学習を済ませておられるとは……。お気遣い痛み入ります」

 俺の舐め腐った態度に気を悪くする様子もなく、ブラッドリーさんという店員は穏やかな口調で答えてくる。やれやれ。世の中、色んな仕事があるもんだ。
 ブラッドリーさんには悪いが、俺はヴァンパイアのカフェなんかには一ミリも興味がない。ここに来たのは、ただネタ集めをするだけの目的だった。

 俺がよくつるんでいる同級生に、怜音れおんと健斗という男友達がいる。
 怜音はPC弄りやゲームが得意。健斗はお笑いが好きなムードメーカーだ。
 俺たちは校則を破って髪色を明るく染め、気分で授業をサボり、もちろん勉強はからっきし。けれど他校の不良と喧嘩をするほどの度胸はない。ただ毎日を楽しく過ごせればそれでかまわないような、いわゆるマイルドヤンキーというやつだった。ちなみに全員、悲しいことに彼女はいない。

 そんな三人の間では、心霊スポットやいわくつきの建物の中を探索して撮影、そして動画にしてSNSで配信するのがブームだった。チャンネル名は、「お憑かれDKチャンネル」。
 といっても三人とも、オカルト好きでもなんでもない。面白おかしく暇つぶしをしたい連中が集まっているだけで、配信だって緩いお遊び感覚だった。

 先月は夜の旧校舎に忍び込んでみたり、閉鎖されたトンネルへ行ってみたりした。けれど特に収穫はなく、編集でホラーっぽい演出を加えた動画を配信したが、予想通り不発に終わった。

 そして懲りずに、三本目の動画を配信。三人で深夜の神社に参拝した動画が、とんでもないことになった。

 撮影の時はまったく気が付かなかったのだが、動画に白い球のようなものが多数映り込んでいたのだ。綺麗な紅葉の木の周りをビュンビュンと横切る謎の白い球は、おどろおどろしいという呪霊よりかは、むしろイキの良いトビウオのような動きをしていた。
 怖いかと問われると、まったく怖くはなかった。俺たちもライトの反射か何かだろうと決めつけて、半分ネタとしてその動画を配信した。

 その動画が引くくらいバズった。
 動画がたまたまオカルト狂で有名な芸能人インフルエンサーの目に留まり、「コレ、ガチのあやかしじゃね?」というコメントと共に世界中に拡散され、動画は信じられないくらい大バズりした。

 俺たちが授業をサボって学校の屋上でだべっている間の出来事だった。神社動画は短時間で何十万回も再生され、コメント欄は動画の真偽についての議論が白熱。「お憑かれDKチャンネル」の登録者はみるみるうちに増えまくり、鳴りやまない通知に気づいた怜音も、「スマホのバッテリーがえぐいくらい減ってる」と、アホな感想を言いながら仰天していたほどだ。

 三人の中のリーダー的存在の怜音は、この勢いを逃したら駄目だと言い、立て続けに新しいオカルト動画を配信した。連日深夜に呼び出され、撮影に参加させられた俺と健斗は、「眠い」、「意識飛ぶ」などと散々文句を言っていたが、俺たちのそんな姿も含めて動画は大ウケした。チャンネル登録者はさらに増え、次の動画を待ち望むコメントもたくさん寄せられていた。

 登録者にはガチのオカルト好きや、芸能人インフルエンサーのファンだけでなく、動画に声だけで出ている俺たちを推す人たちも多かった。

「レオンの声、めっちゃいい。脳が癒やされるゥ」
「ケント、マジ高2? トークスキル神かよ。もっと喋ってくれ」
「ジュンヤの半笑い好きwwww」
「お憑かれDK、養いたい」

 俺は顔の知らない相手から推される感覚に戸惑って、正直身バレしないかという不安の方が大きかった。もし名前がバレて、写真が出回ったら? 住所を特定されてしまったら?  何か事件に発展したらどうしようだとか、悪いことばかりを考えてしまって、常にハラハラとしていた。
 けど、怜音と健斗は動画配信を素直に楽しいと感じたようで、撮影にますます意欲的になっていった。

「心配すんなって。顔にはモザイクかけるし、身バレしそうな要素は編集でちゃんと消すから。今は迷ってないで、早く次の動画上げねーと。みんな待ってるし」
「純也、頼む! どっか良さそうなスポット探してくんね? 別に霊の噂とかいらないから、なんかそれっぽいトコでいいって。俺の喋りと怜音の編集で絶っっ対、面白くすっからさ!」

 今朝(といっても遅刻しているので二時間目)、俺は上機嫌な二人からそんなふうにロケハンを頼み込まれ、俺は断ることができなかった。友達が楽しんでいることに水を差したくなかったし、動画作りへの貢献度が一番低い自分に拒否権はないような空気を感じたからだ。

(正直、だりぃけど、そんなの言えるわけねぇ……)

 俺みたいなマイルドヤンキーは、波風を起こすことを嫌う。
 というわけで、俺は廃墟だと思い込んでいた洋館をのこのこと覗きにきたが、実はそこがヴァンパイアの館風のコンセプトカフェだったというつまらないオチだった。

 いや、怜音と健斗なら、どんな形であれ面白いものにしてくれる気もする。「お憑かれDK、ヴァンパイアに出会う」ってタイトルと、ブラッドリーさんの後ろ姿のサムネ画像があれば――。

(資料用に一枚だけ……)

 奥の広々としたソファ席に案内された俺は、メニュー表を取りに行ったブラッドリーさんにこっそりとスマートフォンのカメラを向けた。
 すると次の瞬間、スマートフォンの画面は真っ白になった。

「⁉」
「残念ですが私はレンズに映りませんので、撮影を控えていただけると幸いです。あ、当店の内装でしたら、いくらでもご自由にお撮りくださいませ。イギリスから持ち込んだこだわりの家具ばかりでございます。さぁ、ぜひぜひ」

 スマートフォンのレンズの視界が、白い手袋に包まれたブラッドリーさんの手で遮られてしまっていた。つい今まで数メートル先のカウンターの辺りにいたはずなのに、なぜかブラッドリーさんは俺の眼の前に立っていたのだ。しかも上品な笑顔で。

「え……あ……スミマセン……ッ」

(いやいやいやいや! 足、速すぎじゃね⁉ 瞬間移動かよ⁉)

 俺は一瞬ぽかんとしてしまったけど、慌てて謝りながら、スマートフォンを引っ込めた。
けれど驚きすぎて、心臓がずっとバクバクしているままだ。神社動画の白い球を見た時の百倍くらいびっくりした。

(なんかの勘違い……だよな? きっと、俺が怜音たちのこと考えてて、ぼんやりしてたから……)

 俺が傷んだ金髪をわしわしと搔いていると、ブラッドリーさんは「ふふふ……」と、妖しげに目を細めて微笑んだ。意味深な上にちょっと馬鹿にされたような感じがした。

(まさか……まさかなー!)

 俺は仕方なく「コンセプトカフェは非日常体験だから」と、謎の理由で自分を納得させながら、ブラッドリーさんからメニュー表を受け取った。

 ずっしりとした重さのあるそれは、日本語で書かれているくせに難解だった。紅茶を専門としたカフェというだけあって、紅茶の種類がたくさん載っている。
 アールグレイ、ダージリン、ジャスミンティーくらいはさすがに聞いたことがあったが、ニルギリやウヴァなど馴染みのない茶葉がわんさか書かれていた。

(古代魔法都市ニルギリ……! 創世の女神ウヴァ……! とかありそ~)

 魔法の呪文か空想の神様の名前みたいでカッコイイナー……なんて、我ながらしょうもないことを思ってしまう。怜音と健斗なら、こんなふざけた発想にもノってくれる気はするけど。

(俺みたいなヤツが紅茶専門店とか、マジ場違い感パネェ……。パッと飲み食いして、店ん中の写真撮って帰ろ。使えるか分かんねーけど……って、値段たっけぇ‼)

 目玉が飛び出すかと思った。メニュー表に載っている紅茶の金額は、それぞれどれも千円を超えていた。驚きで、つい、「ひぇぇ!」と間抜けな悲鳴が出てしまった。

(うぇぇッ。これってティーカップ一杯の値段? 飲みもんにこんなに金出せるかよぉっ!)

 コンビニのバイト一時間でようやく千円ちょっとを稼いでいる高校生には、ぶっちゃけきつい価格設定だった。

 紅茶の値段の相場なんて分からない。もしかしたら、これくらいが普通なのかもしれない。
けど、聞けない。
 廃墟と勘違いして入店して、冷やかし同然に飲食しようとしたら値段の高さにビビるなんて、かっこ悪すぎる。「こいつ、金なさそうだと思ったら、やっぱりないんだ」と思われるなんて、恥ずかしすぎだ。
 しかも、【宵闇幸茶館】は、実家の近くの店だ。今後、道端なんかでブラッドリーさんに再会する可能性も高い。会うたびに気まずい思いをするなんて、絶対に嫌だ。
 とにかく一番安い値段のものを頼んで、それで財布のダメージを抑えるしかない。俺は痛い出費に頭痛を覚えつつ、メニュー表のページをめくった。

(なんかねぇのか……なんか……、なんか安いやつ……あっ!)

 目を皿にして見つけたのは、最後のページに地味に小さく載っていた〝かぐわしきスイーツセット〟。値段はなんと700円だった。一覧の中ではかなりお得に見える。

(なんで紅茶だけのメニューより安いんだ? 紅茶もスイーツもミニサイズとか?)

 俺がメニュー表を睨みつけていると、いつの間にかカウンターキッチンの向こう側に移動していたブラッドリーさんが、「それは――」とおもむろに口を挟んだ。

「紅茶もスイーツも私のおススメをご提供させていただくので、他のメニューよりもお安いのですよ。お試し価格というやつでございます」

「へ……へぇ……」

(いっ⁉ その距離から見えてんの⁉)

 俺のいるソファ席まで数メートル。メニュー表の文字はまぁまぁ小さい。よく俺が見てた箇所が分かるもんだ。ヴァンパイア設定より、アフリカのなんとかって部族の方が近いんじゃねぇの? なんて思いながら、俺は「じゃ、それ一つ……」と、例の〝かぐわしきスイーツセット〟を歯切れ悪く注文した。

「かしこまりました。では、くつろいでお待ちくださいませ」

 ブラッドリーさんのルビーみたいな紅色の目が妖しく光り、白く尖った八重歯がチラリと覗く。
 全体的にとても綺麗な顔をしている人だが、ちょっとぞくっとしてしまった。本物のヴァンパイアがいたら、こんな感じなのかもしれない。ブラッドリーさんの演技力のすごさに俺は唸らずにはいられなかった。

(コンカフェって、けっこう本格的なんだなぁ……)

 ブラッドリーさんがキッチンで作業を始めると、こちらを見られていないという感覚でちょっと緊張が解けた。

 俺は元々、怜音や健斗みたいに知らない誰かとすぐに打ち解けられるような、陽気でフレンドリーな性格じゃない。どちらかというと内向き。気を許せる相手と愉快に過ごせればそれでいいし、そのためだったら自分の意見は多少飲み込むこともある。
 これまでは、その内向きな性格で損をすることが多かった。

 今回の廃墟訪問(実際はカフェだった)も、まさにそれだ。
 友達との関係を壊さないようにと言いたいことを吞み込んで、放課後にわざわざ一人でロケハンをしに来た。結果、居心地の悪いコンカフェで貴重な700円を失うという。これが動画のネタにならなければ、骨折り損もいいとこだ。

 しかも、今日はすでに面倒なことがあったという意味で、俺は骨折り済みだった。
 学校から一度鞄を置きに家に帰った時、玄関で待ち伏せていたオヤジと大喧嘩をしてしまっていた。俺がいつまで経っても進路を決めずにいたからだ。

 オヤジは自営業で、この時間はいつも店に立っているはずだった。なのにどうして家にいるのかと苛立った口調で俺が尋ねると、クラス担任から直々に「純也君が進路票を提出しません。一度、ご家族で話し合ってください」という電話があったからだと言う。

(あいつ、余計なことしやがって)

 俺は担任を恨んだが、向こうだって仕事だ。高2の秋になっても将来のことを何も考える素振りをまるで見せない生徒がいたら、そりゃあ親に連絡くらいするだろう。しかも、普段から素行の悪い不良生徒だ。教師の行動の理由には納得できる。でもムカつく。

「俺だってなんも考えてねぇわけじゃねーし!」
「じゃあ、どうするつもりだ。父さんに言ってみろ!」

 店の裏にある住まい用の玄関での一幕。眉間に皺をいっぱいに寄せて仁王立ちするオヤジは、俺に鞄を置かせてくれる気配はなかった。上がり框の上に立っているので、迫力のある顔面で俺を見下ろしてくるのが余計に苛ついた。

「っせぇな! ホラ、あれだよ……動画配信者ってのになるんだよ、俺は! 今、友達と良い感じにバズってるし――」
「なぁッ⁉ 甘いにもほどがあるぞ、純也! お前の脳みそはふわふわのカステラか⁉」
「変な例えやめろ!」

 何も考えていないと思われるのが癪で、適当に動画配信のことを口にしたら大炎上した。オヤジは「勤労を舐めるな」、「視野を広げろ」、「それがお前のやりたいことなのか?」などと、火が点いたように俺を責め立ててきた。

「だから、うっせぇっての‼」

 後から思えば、俺の張り上げた大声は店舗の方に聞こえてしまっていたかもしれない。その点はちょっと反省案件だ。
 けど、怜音と健斗は曲がりなりにも、一生懸命に動画配信をやろうとしている。俺はオヤジに動画配信そのものだけじゃなく、友達のことを馬鹿にされたような気がして悔しかった。とてもじゃないが、湧き上がった怒りを腹の中に戻すことなんてできなかった。

「もう一度よく考えろ。父さんに遠慮しなくていいから」
「どの口が言ってやがる! オヤジには関係ねぇだろ‼ 何も知らねーくせに口出しすんな‼」
「純也! 関係ないわけないだろうがァッ!」
「うっぜぇぇぇッ!」

 こうして俺は怒り心頭のオヤジをほっぽって、家を飛び出し、その足で廃墟探訪に来ていた。つまり、ベースが不機嫌。もし〝かぐわしきスイーツセット〟が不味かったら、帰ってから再戦が予測されるオヤジとの喧嘩が激化すること間違いなしだ。
 
(あークソッ。マジでイラつく……。オヤジのヤツ、こんな時だけ父親面しやがって)

 父子家庭の柱であるオヤジは、俺がガキの頃から働きづくめだった。朝早くから夜遅くまで店にいて、俺の世話や家事はばあちゃんに任せきり。どこかに遊びに連れて行ってもらったこと記憶も、学校の授業参観に来てくれた思い出もほとんどない。

 あまり話す時間もないまま高2になった俺が何を好きで、何がしたいとか、今さら言いたくもなかった。

「お悩みごとですか?」

 スマートフォンを弄る気にもなれず、一人で貧乏ゆすりをしていたら、背後から声が聞こえて飛び上がりそうになった。おまけにぬっと白い顔がこちらを覗き込んで来たので、思わず「ひっ」と情けない悲鳴まで漏らしてしまった。

「ぶぶブラッドリーさん!」
「いえ。ブブブラッドリーではなく、ブラッドリーでございます」

 ブラッドリーさんはにこりと口の端を持ち上げると、ローテーブルの上に持っていたトレイを置いた。
もう注文の品を持ってきてくれたらしい。思っていたよりも早い。いや、他に客がいないからこんなもんかと、俺は縮み上がっていた心臓を落ち着けながら、ブラッドリーさんの横顔を見つめた。

 ブラッドリーさんの表情は涼しげ……というか、白い。細身の体型と合いまってもやしヤロウと呼びたくなるが、近くで見るとモヤシどころの騒ぎじゃない。餅くらい肌が白くて、逆に心配になる。
 肌との対比でより真っ赤に見える瞳と視線がかち合い、俺は気まずくなって慌てて目を逸らした。

「別に悩みなんて……。アンタには関係ねぇだろ……」
「そうですね。私には関係のないことでございます。ですが――」

 ブラッドリーさんはムッと唇を尖らせている俺の前に、真っ白い陶器のティーセットと同じ色の丸皿にのったどら焼きを置いた。

「〝かぐわしきスイーツセット〟は、憂いのない表情で召し上がっていただきたいものですね」
「は……? どら焼き……⁉ 和菓子じゃん!」

 俺は尖らせていた唇を引っ込めて、目を丸くしてしまった。
 ティーポットもティーカップも洋風なのに、スイーツがどら焼き。和菓子が洋風な空間に無理矢理割り込んでいる違和感がすごい。ご丁寧にナイフとフォークまで添えられて、どら焼きがいっちょ前にケーキ顔をしているように見えて笑えた。

「どら焼きは和の〝スイーツ〟でございます。お嫌いでしたか?」
「いや……別にそういうわけじゃ……」

 紅茶専門店を名乗る上品なコンカフェなので、てっきりお洒落で気取った感じの洋風なお菓子――ケーキや焼き菓子が出て来るとばかり思っていた。オペラとか洋酒のパウンドケーキとか、そういう系の。

 すっかり拍子抜けしてしまった俺は、やや不服な思いでブラッドリーさんが紅茶をティーカップに注ぐ様子を見ていた。

 紅茶がティーカップ一杯だけじゃなくて、ティーポットいっぱいだったのは、ちょっと嬉しい誤算だ。まぁ、だからといって、俺に紅茶の良し悪しが分かるわけじゃない。普段は飲むとしても、500㎜の紙パックに入った砂糖たっぷりのアイスミルクティーだ。正直、紅茶なんてどれも同じだと思っている。

 ところが、だ。

 ブラッドリーさんが俺に差し出してくれたティーカップからは、ふわりと甘い香りが立ち昇っていた。

「え……花とか入ってんの?」

 ティーカップに訝しげに顔を近づけ、スンスンと匂いを嗅いでみた。単にいい香りの花じゃなくて、ちょっと葉っぱっぽい感じもする。

「若葉のような青さと花のような甘さが香りますでしょう? これはヌワラエリヤというスリランカ産のハイグロウンティーでございます」
「ヌワ……え?」
「スリランカという地域の高ぁいお山の上で育った紅茶です」

 ブラッドリーさんがにこりと笑いながら、小さく首を竦めた。
 なんだか小馬鹿にされた気分だ。けれど、細かい説明を聞くつもりも初めからなかったので、俺は適当に「ふぅん」と返事をした。

 ティーカップを持ち上げて、中を覗く。透き通るオレンジ色が綺麗だった。なんだっけ。琥珀色っていうんだっけ。
まぁ、日本茶だって緑茶やほうじ茶みたいにたくさん種類があって、香りも色もそれぞれ違う。そりゃあ紅茶だって色々あるか……と雑に納得した。

「じゃ……いただきます」

 微笑むブラッドリーさんをチラリと見上げてから、俺はヌワなんとかという紅茶を一口飲んだ。
 ほのかに渋く、ほのかに甘い。嫌な渋さじゃない。ブラッドリーさんの「若葉のような青さ」という表現がまさにぴったりで、不思議と懐かしいような落ち着く味がした。
この懐かしさはなんだろうとしばらく首をひねっていると、それこそ味が緑茶に似ていることに気が付いた。

(あー……緑茶なー……。昔、オヤジがよく淹れてくれてたんだっけ。ガキの俺にはこの渋さの良さが分かんなくて、ジュースくれって駄々こねて喧嘩になって……)

 俺もいつの間にか、お茶の渋みの魅力が分かるようになってたのか。今ならオヤジとお茶論争は起きないのかもしれない。

「ふぅ……」

 オヤジとの思い出をぼんやりと思い出していると、温かいため息と一緒に声が漏れ出ていた。
 緩んだ顔をブラッドリーさんに見られたのではないかと思って焦ったが、見るどころか凝視されていて驚いた。

「!!!! じ、ジロジロ見てんじゃねぇよ!」

 恥ずかしくなって吠えると、ブラッドリーさんは「おや、失礼いたしました」と、澄ました表情を浮かべた。そして、ティーポットのそばに置かれた陶器製の白色のミルク入れ(ピッチャーと呼ぶことを後から聞いた)を手で指し示した。

「お好みでミルクをどうぞ。ヌワラエリヤのミルクティーは、餡を使った繊細なお菓子との相性が抜群ですので」
「それって、人間の生き血より美味いんすか?」

 俺が見られた仕返しのつもりでそう言うと、ブラッドリーさんは「えぇ!」と、力強く頷いた。

「そちらのどら焼きと合わせますと、より美味でございます! なにせ生き血は鉄の味がいたしますから。人血が甘くとろけるスイーツと紅茶の味わいに勝るわけがありませんでしょう?」

 爛々と輝くルビーのような瞳。唇から覗く白い牙を見せて嬉しそうに語る姿は、マニアを通り越してちょっとサイコパスっぽい。変わった解釈のヴァンパイアに、逆にぞくりとさせられた。
 ひとしきり語り終えたブラッドリーさんは、黒いマントを翻して、足取り軽やかにテーブルから離れていった。

(真面目に生き血の味、語られても……)

 わざわざ言わなければよかったと後悔しながら、ミルクピッチャーを指で摘まみ上げた。俺は勧められた通りに紅茶にミルクを注いだ。オレンジ色だったお茶は白く濁り、甘い紙パックのミルクティーと似たような色になっていく。

(ミルク入れたくらいで、なんだってんだよ)

 マナーなんてクソくらえと思いながら、どら焼きを手掴みで頬張り、それをミルクティーで流し込む――いや、流し込もうとした。
そうしようと思った俺を一瞬止まらせたものは、口の中のどら焼きとミルクティーだった。

「んぐぐっ⁉」

 語彙力の乏しさが情けないが、口がびっくりした。
 どら焼きの生地と餡子の優しい甘さが、紅茶のほのかな渋さによって際立っている。ミルクのコクも相まって、よりまろやかでなめらかな味わいが口の中いっぱいに広がっていた。けど、後味はスッとしている。ヌワなんとかの持つ爽やかな香りと風味のお陰かもしれない。

「うんめぇぇ……!」

 目を丸くしながら、あむあむとどら焼きにかぶりつく。
 ヌワなんとかのミルクティーとどら焼きの組み合わせが、とんでもなく美味しい。コーラとハンバーガー、チャーハンとラーメン、映画館とポップコーンくらいベストなコンビだ。
 あ、アンパンと牛乳も入れとこう。

 俺は元々、どら焼きみたいな餡子を使った食べ物が好きだった。さっきのヌワなんとかだけじゃなく、このどら焼きからも不思議と懐かしい味がした。
 ミルクティー、どら焼き、ミルクティー、どら焼き……と交互に飲み食いをしていると、どら焼きの真ん中からごろっと大きな栗が出てきた。

(あ……栗どらだったのか……)

「大きくて立派な栗でしょう? 私も大変好んでいる栗入りどら焼きなのです」

 近くのテーブルを磨いていたブラッドリーさんが、どら焼きを頬張るのをいったん中止していた俺を見て話しかけてきた。
 この人、マジで客のことほっとかねー系の店員なんだな……と、若干呆れてしまう。多分、お客さんの笑顔が見たいから的な理由で店をやるタイプ。俺と違って、人と喋るのが大好きで、自分の知識をどんどんシェアしていきたい感じの人。ちょっとオヤジに似ているかもしれない。

「俺もけっこー好きだよ、栗どら。栗見つけた時、なんか得した気分になって、気分上がるじゃん……」

 観念して、ぼそぼそと返事をすると、ブラッドリーさんは嬉しそうに顔をほころばせた。漫画なら、「パァァッ」みたいな効果音の文字が書かれていそうなくらいの明るい笑顔だったので、正直ちょっと意外なくらいだった。

「分かります、実によく分かります! 奥に秘められていた栗が表に現れた時の高揚感……。味わいをいっそう美味にいたしますね……!」
「秘められていた、とか大袈裟じゃん」
「いえ。中を割ってみなければ分からないものは、非常に趣深いです。そして、たいへん暴き甲斐がございます。ガレット・デ・ロワに潜むフェーヴしかり、シュークリームのカスタードとこっそりと同居していたホイップクリーム然り。隠されていた状態の『秘すれば花』というべき魅力もございますが、やはり中を知らぬことには得られぬ感動があるかと」
「????」

 フェーヴという聞き慣れない単語で早々に詰まっていた俺の眼は、点になっていた。
 つまり、何が言いたいんだ。
 俺がきょとんと首をかしげていたからか、ブラッドリーさんはコホンッと咳払いをひとつした。ちょっと興奮気味だった表情は再び落ち着き、改まった態度で口を開く。

「人間の感情と似ていると思いませんか? 胸中に秘められた想いは見えずとも美しいですが、口にすると得も言われぬほどに美味でございましょう……?」
「いや、同意求められても……。ってか人間の感情、食ったことあるみたいに言うじゃん」
「いえ。食べ物ではなく、飲み物でございます」

(真顔でよくそんな……)

 俺は耐えきれず、プッと吹き出してしまった。
ブラッドリーさんも、釣られたようにクククと喉で笑っている。ちょっと変わった人だけど、独特の感性が面白い。

 まぁ、それに、だ。

(和菓子好きに、悪い奴はいねぇよな……)

 残りの栗どらやきを名残惜しい気持ちで口へと放り込むと、優しい甘さを堪能しながらティーカップを傾けた。やっぱり絶妙に美味しい。

 幸せの詰まった味を咀嚼しながら、和菓子のことを思った。
 和菓子を食べるのは中学生以来か。それまでは毎日のように餡子のお菓子を食べていたのに、反抗期に突入し、父と衝突することが増え始めてからは、意識的に拒絶するようになっていた。

 俺のオヤジは和菓子職人で、実家は和菓子屋だ。
 死んだじいちゃんの店を継いだオヤジは、ばあちゃんと二人で細々と店を続けていた。高齢になり、店頭にフルで立つことが難しくばあちゃんが俺の世話に時間を割くようになってからは、ほぼ一人で。俺が中学に上がり、ばあちゃんが入院してからは完全に一人で。

 誰も雇うことなく、オヤジは来る日も来る日も飽きずに餡子を焚き、和菓子を作り続けている。
 俺は絶対に言わなかったが、オヤジの焚く餡子の柔らかい香りも、繊細で優しい和菓子の味も大好きだった。

(そうそう……ちょうど、こんなどら焼きも……)

 俺は懐かしい味をゆっくりと吞み込んだ。

 いつだったっけ……と過去の記憶がじんわりと蘇った。
 たしか、ばあちゃんが死んでからしばらく、オヤジは店を閉めてたんだ。頑固なオヤジが珍しく落ち込んでて、俺は「店、手伝おうか」と声をかけた。そうしたら、「いっちょ前に親に気ぃ遣うな。お前に手伝わせたらどら焼きの口が閉じねぇよ」と、余計なお世話だと言わんばかりに追い払われた。
 売り言葉に買い言葉で、俺は「誰がクソ地味な和菓子なんか!」と怒って言い返し、それ以来俺が店に近づくことはなくなっていた。

(でも、あの時の俺の本心は――)

 俺の胸の中にあった栗は、気遣いの塊なんかじゃなかった。
 きっかけはばあちゃんの死だったかもしれないけど、俺は昔からずっと、オヤジの仕事に憧れていた。朝から工房にこもって餡子を焚いて、生地を焼いたり、餅を捏ねたり……。夜までずっと働き通しで、寝ている時でも和菓子のことで頭がいっぱいのオヤジのことをかっこいいと思っていた。
 オヤジは俺の憧れだった。

(ほんとは手伝いたかった。そりゃもちろん、自分が役に立つなんて思ってなかったけど……俺はオヤジと和菓子が作りたかった……。いや。今もそれは変わってねーや……)

 怜音と健斗は進学せずに適当に地元で就職して、動画配信を続けたいと言っていた。「純也もそうしようぜ」と、誘ってくれた。 
 和菓子作り意外のやりたいことが見つからず、何もやる気が起きなかった俺が愉快な高校生活を送れているのは、二人のお陰だ。
 リーダーシップのある怜音は踏ん切りの弱い俺をいつも引っ張ってくれたし、ムードメーカーの健斗はいつも面白おかしい話で笑わせてくれた。
 漫画や音楽の趣味も合って、毎日が楽しい。一緒にいたら、無敵みたいな気持ちになれる。
 すごくむず痒いが、17年の人生で親友と呼べる二人だと思う。

 そんな大好きな二人から提案された愉快な将来図。
 大人になっても友達だと言ってもらえたようで、俺はとても嬉しかった。

 けど、自分の本心と向かい合って分かった。
 俺は親友たちの誘いをそのまま飲み込みたいんじゃなくて、憧れのオヤジの店で和菓子を作りたい。その道は決して甘くないだろうけど。

(今からでも間に合うか……? 俺にも作れるかな、この栗どらみてぇな美味い和菓子……)

 空っぽになった白い皿をじぃっと見つめ、「ふぅ……」と力の抜けたため息を吐き出した。

「ブラッドリーさん、これ、すげー美味かったっス。手作りっすか?」

 俺が顔を上げてねると、キッチンでティーセットを磨いていたブラッドリーさんは、「いえいえ、とんでもない!」と、持っていたものを調理台に置いて、両手を顔の前でひらひらと振った。

「私はしがない紅茶師です。お菓子は作れませんので、近くの店から仕入れているのですよ。こちらは【和菓子屋うめひら堂】の秋の新作、栗入りどら焼きでございます」

「……はははっ」

 俺は一瞬ぽかんとして、その後腹を抱えて大笑いした。
 俺の名前は、梅平純也。
 どおりで懐かしくて美味い味と思ったわけだ。

「いつか、俺の和菓子も置いてほしいっす。だからその時まで店、続けてください」
「心配はご無用です。私、あと百年あまりはこちらにいるつもりですので」

 清算で千円札を出した俺にお釣りを渡してくれるブラッドリーさんは、紅い瞳を妖しい光で輝かせながら上品に微笑んでいた。


◆◆◆

 それから一年? それとも三年? いや、五年?
 不死に等しい時を生きる私にとっては、わずか数十年など棺桶でうたた寝をしている時間と変わりませんので、正直しっかりと把握はできておりません。

 とにかく、しばらく経ったある秋のことでした。
 私の営む【宵闇幸茶館】に、古い妖狐の友人が訪れました。彼はとある神社を住まいにしているあやかしです。

 以前、配下の管狐たちが夜更かしをして遊んでいたところ、それをうっかり人間の若者たちに撮影されてしまい、動画配信後に神社に見物客が殺到していたことがありました。彼や管狐たちは、騒がしくて眠ることができないと悩んでおりました。

 当時、私は人間という生き物は飽きやすく、忘れやすい生き物だから大丈夫だと言って彼らを励ましていたのですが、どうやら今では元の平穏が戻ってきているとのことでした。

 なんでも、その動画を配信していた若者グループがもっと面白い動画を上げ始め、人間の興味が神社から移り変わっていったからだそうです。訊くと、メンバー三人のうち、一人は不定期参加となったものの、コンセプトカフェなるお店を巡る動画が大人気だとか。

 あぁ、そういえば。以前、私の店にも配信用の動画を撮りたいと、許可を求めに来た人間がいたように思います。承諾はしましたが、うちはコンセプトカフェではないので、そのこととは関係がありませんね。

 妖狐の友人は、近頃神社に美味しいお菓子が供えられているのだと、たいそう嬉しそうに話してくれました。形は少々いびつですが、優しくてほっこりとする味が絶品なのだそうです。

 今日は彼がそのお菓子をお土産に持ってきてくれたので、私は秘蔵のお茶を淹れることにしました。
ただのお茶ではございません。人間の抱く幸福感情からのみ得られるエネルギーをちょっぴりだけ摘み取らせていただいて作る、特別なお茶――私はそれを〝幸茶〟と呼んでおります。

 私にとって幸茶は、人間の生き血に代わる命の飲み物。
 ここ三百年余りはそのかぐわしき香りと奥深い味にすっかりはまってしまい、もはやなくてはならないものとなっております。

 そんな幸茶の中でも、いつかの日のために熟成させていた逸品の缶の蓋を開けると、それだけで店内は幸福な香りに包まれました。
 自らの本心を見つけた、若く青い人間の感情が放つ爽やかな香り……あぁ、とても素晴らしいですね。早くお茶にいたしましょう。

 きっとこのお菓子と合うでしょう。
 この大きな栗の入ったどら焼きと。


                             〈お粗末さまでした〉
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感想 1

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みんなの感想(1件)

はっぴー
2025.05.01 はっぴー

こんなすばらしくまとまった短編あるんか!!?

2025.05.01 ゆちば

嬉しいご感想をありがとうございます…!!

解除

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