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しおりを挟む久しぶりにミュリエルは、遠目でトレイシーのことを馬車の中から見た。約1年ぶりになるが、それだけしか経っていないのにずいぶん経っているように見える。見知らぬ令嬢に見えてならなかった。
トレイシーは、修道院に行くことになったことに不満を爆発させているところだったようだ。ついに養父に見捨てられてしまったようだ。やはり、あの伯父は自分のことばかりのようだ。トレイシーにそっくりだ。
直接会わずとも何を言っているのかを馬車から降りてミュリエルはトレイシーの言葉を直に聞くことにした。
そして、あろうことかトレイシーはこんなことを言い始めた。
「これも全部、お姉様のせいよ。これ見よがしにお母様の話をしてきて、あれが一番嫌だったのよね」
それが聞こえた時にミュリエルの身体が強張った。そんな話を聞くことになるとは思っていなかった。
修道院に送って行く御者が、まだ始まったと言わんばかりの顔をしているのがミュリエルには見えた。
さっさと修道院まで送り届けたいのだろうが、何かと引き延ばして馬車に乗らずにこの景色ももう見られないからと頑張っているようだ。
「私が覚えているわけないじゃない。あの人、私のこと部屋に呼ばなかったし。それに覚えてなくても問題ないのに煩いったらなかったわ」
トレイシーは、ミュリエルに悪いと思っているどころか。そもそも、嫌っていた理由を話していた。トレイシーの中では母のことなど、どうでもよかったのだ。
そんな妹をミュリエルは、婚約破棄されるまで溺愛していた。……今が一番ショックを受けているかもしれない。少なくとも、ショックを受けているということは、ミュリエルが妹を愛していたことに間違いないはずだ。
でも、トレイシーはそんなの求めてすらいなかった。求めていないどころか。母のことまで、あんな風に言うのに何とも言えない気持ちになってしまった。
母がどう思っていたかなんて、もう誰にもわからないが、ミュリエルは己の気持ちに従うことにした。
ミュリエルは、馬車に乗り込んだ。トレイシーに会うこともしなかった。
「ミュリエル様」
「馬車を出して」
「わかりました」
あんなことを聞いた今、もう二度と会うことはない。父と義兄の邪魔になるところにトレイシーを置いておくなんてミュリエルにはできなかった。
だからこそ、母の約束をミュリエルらしく守ることにした。
妹を守ると母に誓った通りに他の誰かに害をなさないようにすることにした。それが、何が悪いかがわからなくなってしまっている妹を守ることにもなる。
そう思うことにしたのだ。母の約束させたものと違っているのだろうが、真実を全部話してくれなかったのだ。ひねくれた解釈をしても、許してほしい。
あそこで、嘘でもいいから申し訳なかったと嘘泣きの1つでもされたら、ミュリエルはころっと騙されていただろう。
でも、これでトレイシーの行き先は、この世界でもっとも厳しい修道院に向かうことになった。伯父が入れようとしていたところより、入ったら出て来れないところだ。
ミュリエルは、国王に頼み込んで会いにこさせてもらっていた。そんなことをしていたら、そんなものを聞くことになった。
そんなことを試す手伝いをミュリエルは国王に頼んでいた。あんなにペラペラと話すとは思っていなかったが、よほど鬱憤が溜まっているようだ。
国王はミュリエルと一緒に来たがっていたが、流石に無理だとなり護衛を付けてくれていた。
もっとも、さっき見聞きしたのはついでということになっている。たまたま見た光景にすぎない。
ミュリエルは、実家の公爵家に戻るところで、あの光景を見ただけだ。見るはずではなかったことを目撃しただけということにしなければならない。
だから、何でもない顔をして父と義兄となったパーシヴァルに会わねばならないのだが、ミュリエルには難しかったようだ。
「……馬車に少し酔われたのでは?」
「え?」
「どこかで休んだ方がよろしいかと」
「……」
よほど顔色が優れないのだろう。公爵家に行くのを遅らせることにしたのも、国王が付けた護衛がそう言ってくれたからだった。流石は、国王がつけてくれただけはある。
「……そうね。そうするわ」
ミュリエルが、“お姉様”と呼ぶ幼い頃のトレイシーを思い返したのは、その時だけで二度と思い出すことはなかった。
トレイシーのことは、これで守られる。トレイシーは周りから、周りはトレイシーから守られることになる。
こうして、母との約束をミュリエルは果たすことにした。
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