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しおりを挟む(アトゥル視点)
「……しつこいな」
「?」
シータは、ぽつりと呟いた私の言葉に首を傾げていた。それは、私にとって可愛いとしか思えない仕草であり、あまりにも無防備な姿に見えて、物凄く心配になる光景でしかなかった。
「どうかされましたか?」
「いや。……最近、転んだりしていないか?」
「しておりません。ここに来た時に少し転びかけてから、転んでいないんです。だから、生傷はありません。ほら、手も治っています」
そう言って手を見せるシータ。その手をよく見ようとシータの手を取った。擦り傷、切り傷、打撲などで酷かったらしいが、すっかり治っていた。
その手で勉強するのは大変だっただろうことは容易に想像がつく。それが、懐かしく思えるかのように明るく言うシータにその原因が何かを知らせる気にはならなかった。
「……」
「あの」
「跡になっているな」
私が手を離さずにいたら、シータが戸惑った声を出した。
「え? あぁ、これは、私が悪いんです。転んだところにガラスがあって、何針か縫ったんです」
「……」
シータの手のひらの傷跡に私は、何とも言えない顔をした。
それは、よく転ぶようになる前のことだったようだ。つまり、これがきっかけかと思うものだった。
シータは、何でもないかのように昔のことを教えてくれた。この怪我をした時に世話をやこうとした姉が、全くトンチンカンな世話をやいてから、怪我の手当てもしようとせず、誰かに何かを言われても助けることもやめさせることもしない。
そんな中で、姉から必死に逃れようとこちらに留学しに来たことで、私はようやく理想の令嬢と婚約できたわけだが、それまでに酷い目にあいすぎていることを知って、何とも言えない感情が渦巻いた。
「アトゥル様」
「……どうした?」
「大丈夫ですか? お疲れなのでは?」
にぎにぎとシータの手を握る私を心配そうにして見つめて来た。
何気に幼い頃から腹違いの弟たちが多くて、その母親やら親族たちに呪われてきた経験から、目が良くなりすぎた私は、呪われていてもそれをそのままにして返そうともせずにいるシータに興味を持ったのが、最初だった。
普通なら、姉に関してやることなすことが嫌でならなくなったら、何かしら害を齎す方向に向けばいいと人間誰しも思うはずが、シータは姉にも周りにもそれを向けない令嬢だった。
そこが気に入って婚約した。こうして、心配そうにしているのも心からしているのがわかる。
私には、彼女以上の女性は、今後現れることはない。だから、彼女がしない分、彼女を呪うのを返すだけに留めて、それ以上のことをすることはしないようにした。
このくらい、大したことではなかったが、こんなことで役に立つのなら、散々な目にあってきたのも悪くなかったと思えるくらいだから、おかしなものだ。
散々な幼少期だが、シータのように同じ目にあえばいいと返さないで、どうにかしたいと思う者ばかりなら、世の中もっと平和になるだろうにと思わずにはいられなかった。
「シータ」
「はい」
「ずっと、側にいてくれ」
「アトゥル様?」
「君が側にいてくれると癒やされる」
きょとんとした後で、シータがふわりと笑った。その顔を見れただけで、しばらく徹夜しても執務ができそうなくらい元気になれる。
そうなると側近たちが、悲鳴をあげるだろうが、そうなればシータに泣きつくはずだから、そうなればシータに会える口実にもなる。
彼女を悲しませ続けて、利用しようとすることしか考えない者のところに帰す気は、私にない。
シータの姉は婚約破棄となって勘当されたようだが、こちらに来ようとしているのを許す私ではない。
二度と姉妹が会うことはないだろう。それが、シータが笑顔でいられるために必要なことだ。
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