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しおりを挟むそれから、しばらくしてプリシャの婚約者が留学先から戻って来た。
「ラージ様……?」
「ただいま。プリシャ」
突然、何事もなく、そんなことを言われたが、それでもすんなりとプリシャは言葉が出た。
「えっと、お帰りなさいませ。あの、お戻りは、来月では?」
「あぁ、ちょっと、噂を耳にしてな」
「?」
プリシャは、きょとんとした顔をした。あまりに普通に戻って来て、何かあったのかと思っていたら、噂を耳にしたというのに不思議そうな顔をした。
そんなプリシャに婚約者のラージ・バネルジーは、にこにこしていた。久しぶりにプリシャを見て嬉しそうに愛でていたようだが、それに水を差したのは彼の後ろにいた青年が声をかけたことで、ラージの笑顔はすぐに引っ込んでしまった。
「従弟よ。紹介してくれ」
「……」
「?」
笑顔から一転して無になったラージは、先程までの声のトーンから、一気にやる気のない声音になった。
「プリシャ。これは、従兄だ。今度、こちらに留学することになった。名前は、覚えなくていい」
「え……?」
留学すると言いながら、名前は覚えなくていいと言うプリシャは、目をパチクリさせた。声のトーンや表情がすっかり変わっているが、そこはあまり気にならなかった。
ラージにそんなこと言われて、気を悪くするのではないかと婚約者の従兄を見ていると……。
「酷い紹介だな。初めまして、サンジャイ・クシャトリアだ。ラージから色々聞いているが、本当に可愛らしいね」
そんなことを言われても、プリシャは顔を赤らめるなんてことはなかった。世辞なのは、明白だ。それより、プリシャが気になったのは、別のことだった。
「初めまして、プリシャ・カウルと申します。あの、色々とは?」
「聞きたいかい?」
従兄は、何やら楽しそうにしていたが、ラージはそんなことよりと言い出して、その先をプリシャが聞くことはできなかった。
そういうことがよくあった。ラージは、プリシャと違いせっかちなところがあるようだ。彼女は、そんな風に思っていたが、ラージとしては惚気まくったことをプリシャ本人に聞かれたくなくて、遮っているだけだったりする。
それでも、プリシャはそういうものと思って聞き返すことをしたことがない。
「君の幼なじみとその婚約者が、噂になっていたようだが」
「え? えっと……」
プリシャは、あれのことかと思っても、言葉にするまで間があったが、ラージだけでなく、従兄も急かすことはなかった。
「……カルニカのお姉さんが、2人とも、浮気していると騒いでいたことですか?」
「それだな」
「?」
少し前のことで、既に終わったことのはずだが、ラージがなぜ、そこを蒸し返すのかが気になった。何より、そんなことが留学先まで噂になっているのかと思ってもいた。
「プリシャ。その噂、信じた者は?」
「えっと、それが、その前に私の婚約者とカルニカが浮気していると騒ぎ立てていたので、勘違いしたと思われて誰も信じてませんでした」
「……ちょっと、待ってくれ。私が、君の幼なじみと浮気していた? 何のことだ?」
「勘違いです。結局は、カルニカとその婚約者の子息ご一緒にしていただけでした。カルニカのお姉さんが完全に勘違いしていただけです」
「……」
ラージは、それを聞いてとんでもない勘違いをされていたことに何やら落ち込んでいた。
プリシャは、それにおろおろした。すぐに誤解は解けたが、謝罪は本人から未だにない。彼女の両親と妹からしかないままだ。そんな彼女は、修道院に入ってしまったから、会うことはないだろうが。
流石に名指しで伝えられなかったが、やはりしてもいないことを全然知らないところで言われるのは気分はよくないだろうなとプリシャは思っていた。
ラージが、それを婚約者から言われたことに一番ショックを受けていることにプリシャが気づくことはなかった。
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