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しおりを挟むルクレツィアは、幼なじみのために何か自分にできることはないだろうかとあれこれ考え続けていたが、それがバレバレだったようだ。
長い付き合いなこともあり、顔を見ただけでもよくわかるようだが、ジョヴァンナはより人に言われる以上に的確にルクレツィアの考えることを当てるのが、昔から上手い。
それこそ、ルクレツィアが幼い頃の兄の優しさが、ジョヴァンナは変わることなくあるようなものだった。
「ルクレツィア。無理しなくていいわ」
「え?」
ある日、ルクレツィアはそんなことを言われた。何かしたいけど、何も思いつかずに眠れぬ日々を送っていることを幼なじみには話してはいなかったが、優しい声音でジョヴァンナとて疲れた顔をしているというのに。自分のことよりも、ルクレツィアのことを気にかけてくれていることがよくわかった。
それこそ、徹底的にやり返す人と同一人物には見えない。ただ単に相手に同じことをしているだけだとしても、余裕のない時ほどできることではないはずだ。現にルクレツィアは、いっぱいいっぱいになっている。これが、ルクレツィアが当事者となっていたら、とっくに倒れていそうなくらい、目一杯な日々を過ごしているだろうに。
ジョヴァンナを見ると陽だまりのような笑みを見せていた。その顔にルクレツィアは泣きそうになってしまった。
「何かしようとしなくてもいいわ」
「でも」
「その気持ちだけで十分よ」
「でも、ジョヴァンナ。私、見ちゃったの!」
「見たって、何を?」
「それが……」
ジョヴァンナの婚約者のことを悪く言いたくはないが、黙っているのが心苦しくなってぶちまけた。
流石のジョヴァンナもルクレツィアが何を見たのかがわからなかったようだが、内容を聞くうちに眉を顰めていくことになった。当たり前だが聞いていて楽しいことは何もない。言う方は、もっと楽しくない。
「は? わざわざ、予定を入れようとしているの?」
「うん。それで、その時に好きなものを令嬢に買ってあげているみたいで、それをジョヴァンナにプレゼントするために買ってるって、ごまかしているみたいなのを耳にしたの」
ルクレツィアは、ジョヴァンナを喜ばせようと何か良さげなものはないかと買い物に出かけた。それこそ、新しいお菓子とかならすぐに思いつくが、それをしても喜ぶのはジョヴァンナの家族とルクレツィアの両親だ。ほかにもレシピを教えると喜んでくれる人たちもいるようだが、そんな大したレシピではない。
そのため、心安らぐような贈り物がないかと探していたのだが、そこでたまたまヴァレリオを見かけたのだ。
何をしているのかと思えば、別の令嬢を連れて買い物していて、ジョヴァンナのために買い物した風を装って店員に話していたのを耳にして、ぎょっとしてしまい、そこから益々寝れなくなってしまった。
流石の兄も、そんなことはしていないはずだ。……わからないが、そんなことを見たら幻滅どころではなくなるだろう。
でも、婚約者より約束している令嬢を優先していたのだから、婚約していると知っていて出かけるのだから、何かを買ってもらうのがメインだったのなら、色々と納得いくような、いかないような。
兄のことで更に幻滅しそうになってしまったが、今はジョヴァンナの婚約者のことだ。そこも兄を真似ているというのなら、紳士なんて名ばかりなのがよくわかる。
「……そう。そんなことしているの」
「ジョヴァンナ」
思わずぶちまけてしまったルクレツィアは、おどおどしていた。でも、ジョヴァンナは思案顔をしていた。
「ねぇ、ルクレツィア。そのお店、教えてくれない?」
「え、それはいいけど」
「大丈夫よ。ルクレツィアに聞いたなんてことを店の人に話したりしないわ」
「それは、心配してない。えっと、新しくできたお店でね」
ルクレツィアは幼なじみのことを不快な気持ちにさせたと思っていたが、新しいお店でジョヴァンナが好きそうなものがたくさんあったと話すと益々嬉しそうにした。
「ジョヴァンナ……?」
「ありがとう」
「??」
お礼を言われることなどしただろうかとルクレツィアは、首を傾げた。
「これ、証拠になるわ」
「証拠??」
ルクレツィアは、ジョヴァンナが何を言いのかがわからなくて首を傾げた。いつもの通りにジョヴァンナに誘導されているうちにようやく気づいた。
「浮気の証拠!?」
「……ルクレツィアは、相変わらずね」
ルクレツィアは、やっとわかったとばかりな大きな声をだしてしまっていた。それにジョヴァンナは心底呆れた声を出していた。
「あ、ご、ごめん。もっと早く言えばよかった。その、ジョヴァンナには何もプレゼントしていないみたいなのにあんな風に誤魔化しているのかと思うと腹が立ってはいたのだけど」
「でも、実際にプレゼントされても困っていたわ」
「?」
ルクレツィアは、幼なじみが何を言いたいのかがわからなくて首を傾げた。それを見てジョヴァンナは苦笑する。
「あの人、私の好み知らないはずだから」
「え? 好みを知らないの?? 婚約してからかなり経つでしょ?」
「尊敬している子息を見習っているから、婚約している令嬢はどうでもいいみたいよ」
「それは、最悪ね」
思ったままを口にしまい、ルクレツィアは己の手を口にあてたが、遅かった。兄のことだけではない。ジョヴァンナの婚約者のことをそんな風にしみじみと言ってしまったのだ。気を悪くさせたかと思ったが、そうではなかった。
「本当にそうね。でも、それ以上に幼なじみが私のことを四六時中気にかけてくれているのがよくわかったわ。気に病みすぎないで、ちゃんと寝るのよ」
「っ、」
「当事者の私より寝不足になって、どうするのよ」
「っ、だって気になって仕方がなかったんだもの」
ルクレツィアは、眠れぬ夜を過ごしていたのがバレていたようだ。それこそ、そうなる前から何かできないかと悩んではいた。悩んでいたのが馬鹿らしいほど、いいネタがあったのにも気づかないくらいの馬鹿っぷりを披露したが、幼なじみはそれに怒ることはなかった。かなり呆れられたが、それについて色々言われることもなかった。
その真逆にジョヴァンナは寝れる時は寝ておくものとばかりにきっぱりしていて、悩み続けるなんてことをしないようだ。
それに比べて自分のことのように悩みだしたルクレツィアは、言いたいことを言えてジョヴァンナが喜んでくれたのがよほど嬉しかったようだ。この後、家に帰って両親にぼーっとしていると言われて、ようやく変だと気づいた時に気が抜けてしまったのか。ぶっ倒れることになった。何とも情けない限りだ。そこまで、悩むことなく、さっさと幼なじみに話していたら、ジョヴァンナも苦労し続けることはなかったのに。
そこに気づいてしまったのも大きかったようだ。やはり、幼なじみのような思考も、度胸もルクレツィアにはなかった。
「ルクレツィア!?」
「すぐに医者を呼べ」
両親が大慌てになって取り乱して、しばらくして兄が帰宅したようだが、ルクレツィアが倒れたと聞いてもあまり驚くことなく疲れたからと部屋に引っ込んでしまった。
昔の兄なら、そんなことはなかっただろうが、最近の兄は予定が全てになっていた。
「エヴァリスト! 妹が倒れたのにその態度はなんだ?!」
「そんなこと言われても、私は医者ではありませんし、明日も予定が詰まっているので、忙しいんですよ」
予定と言っても令嬢と出かける用事だ。婚約者ならまだしも、そうではない令嬢たちと出かける用事の方が大事だという息子に両親は、信じられない顔をして憤慨したようだが、エヴァリストが出かける予定を変更することはなかった。
流石のジョヴァンナも、そこまで酷くなっているとは予想していなかったようで、何よりルクレツィアが倒れたことを聞いて彼女まで倒れそうなくらい驚いてくれたらしい。
だが、ルクレツィアはそんなこと目が覚めるまで知ることはなかった。
そして、そんなエヴァリストの態度を真似ることに躍起になっているヴァレリオも変わることはなかった。
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