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しおりを挟むフェイル国の港では、呆けた顔をする者が多かった。
「どうしたんだ?」
「活気がないな」
「なんか、悪いもんでも食ったのか?」
みんな、数日前に出港したアンネリースの笑顔を見て、ずっと呆けていた。
「すげぇ、綺麗だったな」
「そうだな」
「あんな綺麗な人が、この世にいるんだな」
絶世の美少女。ローザンネ国の宝石。その名に相応しい顔をしていた。
そんな港から、アンネリースたちが出港して数日が経っていた。
船の上では、アンネリースはフェリーネを気にかけていた。
「フェリーネ。大丈夫なの?」
「はい。今回は、殿下が用意してくれた薬があっているみたいで、全然平気です!」
「無理しないでね」
「アンネリース様こそ、陸に上がった途端、具合を悪くなさらないでくだらないね」
「それなら、リュドが私にあった薬をくれるから平気よ」
「……本当に何でも知っている方ですね」
「そうね」
船乗りたちとも仲良しのようだ。何なら元山賊たちとも、リュドは仲良くしている。
アンネリースにあぁやって本音を言わせたり、何かさせようとする時だけ、彼は悪者になる。
(本当に質の悪い人だわ。好かれるつもりがあるように見えないのよね。ただ……)
「アンネリース様に幸せになってほしいのだけはよくわかりました」
「そうね」
そのためなら、世界を壊し尽くして、悪の権化に自分がなっても構わない危うさがある。
「アンネリース姫」
「婚約しましょう」
「へ?」
「あなたが、側にいたら幸せだと思えるの。だから、婚約して」
「っ、」
リュドは、それに明らかに動揺した。
「いや、でも、僕、こんなんだし」
「慣れたわ」
「……本気?」
「冗談で、こんなこと言うと?」
「いや、でも」
「なら、私が、他の人と婚約したら、何もしないと誓える?」
「……」
「リュド」
「無理だ」
「なら、答えは出てるじゃない。結婚しましょ」
「……君、そういうところあるよね」
「あら、嫌いになった?」
「いや、益々魅力的に見える。あー、その、僕としては……」
「指輪持ってるわよね?」
「……」
「ないの?」
「……ある」
リュドの用意周到さにアンネリースは慣れた。だって、ローザンネ国では指輪なんて作れるかわからない。それなら、いざという時のために持っているとあたりを付けていた。
そんなことに気づくようになったアンネリースも、リュドと同じく世界をどうにでもできてしまいそうなのに気づいていない。そもそも、そんな風にする気がない。
好きな人のためなら、他が大変なことになっても構わないなんて思考はアンネリースはしていない。
それを見ていたフェリーネとその婚約者たちは……。
「姫様、すげぇ」
「あれは、敵わないな」
「お似合いね」
そんなこんなで、ローザンネ国に戻ったアンネリースは、婚約者を連れて帰って来たことで、仮面を付けている面々に大歓迎された。
仮面を付けてない連中は、1年どころか。数ヶ月しかもたなかったようだ。
「栄養失調のところに疫病が流行ったみたいで、気づいた時には息してるのはいなかったんだ」
「それでも、住んでた人間の数が合わなくて探してたんだが」
「船に乗って、何組かにわけて出港したみたいだ」
「そんなに船は、来てなかったでしょ?」
「金で呼んだみたいだ。でも、たどり着いたのは、そんなになかったみたいだ」
「……」
海流を往復する腕がなかったのだろう。
「アンネリース様、誰かにあちらで会いましたか?」
「いいえ、誰とも会わなかったわ」
「そうですか」
これまた嘘ではない。そこから、仮面を付けていた面々は、仮面のない生活に慣れることから始めた。
「うわっ、本当に美形ばっかだ」
「マジか~。俺ら、霞むな」
「あら、私には2人ほど素敵な人を知らないわ」
「「っ!?」」
フェリーネの言葉に婚約者たちは、嬉しそうにイチャイチャしていた。
その光景にもみんなすっかり慣れた。
アンネリースは、そんな侍女たちをほっといて、すっかり薄汚れた王宮を島のみんなに手伝ってもらって綺麗にした。
「どんだけ、何もできなかったんだ?」
「自分の世話をしたことがない人たちだったから」
「最悪ですね」
そんなこんなで、リュドまで手伝ってくれた。アンネリースの手が怪我したら大変だからと仕事を奪っていくだけでなく、他の女性や女の子にも同じことをしていた。
(やっぱりいい人なのよね)
「素敵な方ですね」
「そうでしょ」
「王子って、本当ですか?」
「本当よ」
「気さくな方ですね」
「姫様にそっくりだな」
そんなことを言われてアンネリースは目をパチクリさせた。
(それは、考えもしなかったわ)
そんなことを思ってリュドを見ると目が合った彼は、へにゃっと嬉しそうな顔をした。
(まぁ、いいか)
こうして、ローザンネ国には仮面を付けて過ごす者はいなくなった。
アンネリースの美しさが港で語り継がれることになり、美人が多い島国として、物資を運ぶついでに嫁探しをしたり、婿探しをしたりする船乗りも多かったが、たくさんの船が行き交うことはなかった。
海流によって、島の住人を売り飛ばそうなんて考えている連中が来たことはなかった。
リュドは、ローザンネ国にいながら、色んなことをしているようだ。それでも、アンネリースの側から離れることはなかった。
この国にエデュアルドとオリフィエルが来ようとしたようだが、ローザンネ国で見かけることはなかった。
リュドの実父は、リュドに帰って来てほしそうにしているようだが、養子先の国王陛下がそれを許すことはなかった。
マルへリートたちも、あの調子で牢屋の外を歩き回って好き勝手にすることはなかった。外に出せば問題ばかりだ。牢屋に入れておくしかなかったようだ。
バーレントは、アンネリースを見送った後で、仮面を付けた女性を囲って幸せにしていたようだが、それがアンネリースではないとしばらく経ってから気づいたようだ。
おかしな話だ。出港する船を見送っているのになぜ、アンネリースがいると思うのか。
まぁ、そこからマルへリートに好みがバレて婚約破棄になり、同時に愛人とも上手くいかなくなったようだ。そのため、バーレントがその後、どこで何をしているかを誰も知らない。
まぁ、そんな人たちがいなくなったことで、ローザンネ国はより良い世界になった。
何より、アンネリースはリュドと婚約してから本当に幸せそうにしていて、仲睦まじい姿を色んなところで目撃され続けた。それは、以前婚約していた時のそう見えるような幸せとは明らかに違っていた。
アンネリースの笑顔を見るたび、リュドが蕩けるような顔をするのも増えた。それに若い娘たちは、羨ましそうにした。
自分たちも、いつか自分だけを愛してくれる人とめぐり逢いたいという話題で花を咲かせていた。
そういう話でもりあがると年頃の男性がみんなそわそわして、アンネリースたちは微笑ましそうに見ていた。
フェリーネたちも、負けず劣らず幸せな毎日を送ることになり、ローザンネ国の人間は笑顔溢れる幸福な人生を送る者たちでいっぱいになった。
そんな国が、かつて美醜逆転していたとは思えないくらい、辛いことなど知らないかのようにしながら、誰かが苦しかったりすると寄り添うことが当たり前となった。
こうして、アンネリースはローザンネ国を幸せに導いた女王として、歴史に名を残す者となり、語り継がれることになった。
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