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第1章
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しおりを挟むソレムは、彼だけはそんな風にウィスタリアを見てはいなかった。自棄を起こして婚約したと周りに思われていることにも気づいていなかった。尽くしに尽くしていることにも、見張られていたことにも、気づくような子息ではなかった。
ただ、自分のしたいことをして、したくないことをしないだけで、悪気もなければ、迷惑をかけている自覚もない。
(この人は、何を考えているの? 全くわからない。わかりたいと思っていないせいだとしても、ここまで来ると……私でも、お手上げだわ。あの方でも、面白いなんて言葉だけで笑っていられはしないはず。……どう対処なさるか参考までに見せてほしいわ)
ウィスタリアは頭を抱えたくなって、そんなことを思ってしまった。それでも、珍しく婚約者は色々と考えたようだ。余計なことでしかなくとも、彼にしては頭を使った方だろう。
ソレムは、こんなことを考えたようだ。ウィスタリアのような女でも、彼の家をあれこれ指図できるのだから、自分が跡を継げばもっと凄いことを次々に思いついて指図できると。そんな風なことを思ったようだ。
(……確かに彼が跡を継げば凄いことにはなるだろうけど。指図ってところから、そもそもとんでもない勘違いをしているのは、わかったわ。あれは、盛り返すために指示していただけで、指図とは違うのだけど……。そういう言い間違いのようなことをするから、酷いことになったというのに。全く自覚がないのも問題ね)
彼は思わぬ方向に勘違いをしたようだ。冗談かと思ったが、彼は本気だ。だからこそ、質が悪いとしか言えない。
だが、これこそ、あの日あの人なら……。
(面白い。この世の中は、まだまだ驚きに満ちているって、言うところね。私は、思えないけど)
ウィスタリアは、なぜか、やたらと第1王子のことを思い出していた。婚約者になれなかった時よりも、破棄となったことで、混乱しているようだ。
「君のような令嬢でも、簡単にしてるんだ。私が後を継げば家の事業なんて、私の代でいくらでも拡大できる」
「……」
「なんて言ったって、先生方からも期待されているんだ」
ペラペラと話すソレムにウィスタリアは、いつの間にか、物凄く残念なものを見る目をしていた。そんな目を誰かに向けることはウィスタリアには珍しかった。
あれだけのことをしたのだ。普通は、とんでもないことをしたと狼狽えるなり、そんなつもりじゃなかったと言い訳をしたりするものだが、そこにも至ってはいない。
自分がどういう立ち位置で、どんなことに向いていて、向いていないかをわかる機会だったはずだが、彼にはそれがない。
だからこそ、ウィスタリアは尽くしてきた。恥をかかないようにして来た。それはすなわち彼だけでなく、自分自身が恥をかかないためであり、彼の両親がこれ以上、恥をかくことがないように尽くしに尽くしていたにすぎない。彼のためだけにしていたのなら、とっくに見限っていた。付き合いきれない。
一番好いている人に認められなかったとしても、あの夢を叶える力が自分にもあることを知りたかった。
(馬鹿よね。色んなパターンを考えていたはずなのに。これは、あり得ないと思っていた。あの時と同じだわ。婚約者に選ばれなかった時と同じことになってるだけなのに)
傷物になったら、ウィスタリアと婚約させるなんてことになるはずがない。今ですら、婚約を王太子はしたままでいるほど、あの令嬢を気に入っているのだ。今の時期に動くなら、とっくに動いていたはずだ。
それなのに淡い期待を持たずにいられない自分がいることにウィスタリアは気づいてしまった。
(あぁ、なんてことなの。単純明快だったのに私としたことが、今更、そこに気づくなんて……)
ウィスタリアは破棄を言われてようやく行き着いた答えに笑いたくなった。
だが、ソレムはそれに気づくことはなかった。それも、欠片もわかっていなかったが、この時ウィスタリアは初めて彼に感謝した。
(誰であろうとも、人の役に立つことがある。ただ、この人のような人だらけになったら、家どころか。国自体も危うくなると思っていたのに。人にやる気をなくさせたり、怒らせるのは得意でも、やることなすことが支離滅裂で破天荒すぎる。それが、私には考えて答えを出すのに丁度よかったなんて、何事も経験してみなければわからないものね)
そんな風にウィスタリアが思っていた。いい勉強になった。ソレムは、ウィスタリアが密かにこの短時間で感謝していることも知らずに更にとんでもないことまで言い始めたのは、すぐだった。
「大体、君のような令嬢を妻にするのは、あり得ない。私のような子息の隣にいるのには、色々と不足している。大体、そんな見た目で、高望みし過ぎだ」
「……は?」
ソレムはウィスタリアの容姿を見て、上から下までをある程度のところで視線を止めつつ見てから、馬鹿にしたように笑った。それにウィスタリアは、拳を握りしめずにはいられなかった。
(この方、今どこを見た? 顔に胸元、腰、それに足……? わざわざ、視線をそこに止めて動かすこともないでしょうに)
つまりは、ウィスタリアのような見た目がいまいちな令嬢を妻にするのはあり得ないとまぁそんなことをグダグダと言われた。グダグダ、ネチネチと言われた。
それにウィスタリアは腹が立ち始めた。これまで怒ることはあったが、全て他人のことで怒りをおさえられなかった。ここまでの怒りを感じたことがない。体型をわざと隠す格好を学生の時はするものだが、彼はそれも知らないようだ。見た通りだと思っているようで、その態度と言葉にイラッとしてしまった。
婚約破棄を突然、何の前触れもなく言われ、事業が失敗して大変な時に何もしようとしなかったどころか。
自分のせいでとんでもないことになっていることすら全くわからないまま、それをどうにかした婚約者のことを大したことないと言ってのけたのだ。
まぁ、それはいい。それはいいとして、見た目の話をされたことが、ウィスタリアは一番我慢ならなかった。
こんな男のために彼の両親に息子を見放すのは、まだ早いと止めていたのだ。それすら、気づいていないのだ。恥を存分にかかせておけば、勘当するのも仕方がないとなったはずなのに。そうならないようにもみ消し続けたのが、馬鹿馬鹿しくなってしまった。
(そんなことをするより、友達と心ゆくまでお茶をしたり、買い物をしたり、話がしたかった。好きなケーキを焼いて、喜んでもらっていた方が、何百倍もマシだった。何より妹と一緒にいたかった)
自棄など起こしてはいない。ただ、彼の父親がウィスタリアのことを最初に認めてくれた人だったから、この子息と婚約したにすぎない。
他にいい子息なんてたくさんいた。一番、誰も選ばない子息を選んでしまった自分が馬鹿だったと後悔しかけたが、そのおかげでやりたいことには関われた。
その分、ソレムと他の令嬢が婚約することになっていたら、大変なんて言葉では済まされないことになっていて、気を変にしているか。数ヶ月も保たずに婚約を解消していただろう。
それより先に家がなくなっていたかも知れない。
(あの家がなくなっていたら、夢のままで終わっていた。……そうよ。意味はあった)
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