歴史から消された皇女〜2人の皇女の願いが叶うまで終われない〜

珠宮さくら

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ファバン大国。その名を知らぬ者は、その世界にはいない。それほどまでに大きな国があった。その国で起こったことが未だ色褪せることなく、伝説として語り継がれている。だからこそ、他の国より天変地異が少ないのだと数百年の月日が経っても未だに信じられている。

だが、他国ではただのおとぎ話だと思われていた。大国を知らしめるために大袈裟に誇張していると取る者も少なくない。

現に比べてみれば、天変地異が起こる頻度も、規模も、全然違う。だからといって、ファバン大国の者が他国で起こる天変地異の被害をざまぁみろなんて思う者は、あまりいない。

ただ、自分たちが信じている存在に間違いはないのだと思うばかりだった。

だからこそ、ファバン大国では幼い頃より、祖父母や両親、それに周りの大人たちが、その話を子供たちに聞かせ続けた。どこかの家は、こう言っていた。別の家は、こうだ。なんてことはなく、同じことを聞いて、大国の子供たちは大きくなる。聞かずに大きくなった者がいるのなら、耳が聞こえぬ者くらいだ。


「今日も、感謝を」


ファバン大国が平和なのも、その方がいたからだ。朝と夕に感謝と祈りが捧げられ、それが何百年と続いている。

それが、大国での当たり前となって、どのくらい経つか定かではない。その頃は、そこまでの大国ではなかったはずだが、天変地異が他よりも少なく被害も抑えられている間に大国となっていた。

ファバン大国の皇族も、国民と同じく、日々の祈りと感謝を欠かさなかった。特に皇帝は、毎日同じように祈り、感謝を捧げると共に数ヶ月に一度の祭事をこなしていた。

そのたび、皇帝は自分の子や孫に皇女が生まれることを切望した。そうなれば、自分の地位は安泰となり、その方の父や祖父として名を残すことになる。

まぁ、そんな思惑がちらほらあれど、それをひた隠しにして過ごしていた。

その方が、ファバン大国では、いつの間にか神のような存在となっていた。自分たちを救うために過去の国を救った方として、感謝し続けていた。

だから、今があるのだと。

そんな、ある日のことだ。ファバン大国の屋敷で、こんなことを言う者が現れた。


「お会いしてみたいものね」
「おい、やめないか。それは考えてはならんことだぞ」
「でも、お父様。これは、私の本心よ」
「ズーウェイ」


まだ、生まれていない方に会いたいと思うことは、天変地異の被害が起こることを呼び込むことに繋がる。だから、まだ生まれていないのは、良いことに他ならない。

その方が生まれたら、いつでもどうにかしてくれる存在だと思考が変わる者も中にはいるかも知れないとして、長くタブーとして扱われていた。

次こそは、その方に同じ目にあわせはしない。そのために大国の民は、祈り、感謝し続けているのだが 、ここにいる身なりの良い服を着た若い娘は、父にこう言った。


「生まれ変わって来られたら、今度こそ、その方だけに負担をかけないようにし続ける。だから、私はその方にお会いしたい。この大国が、こんなにも平和に過ごせているのを見ていただきたい。この大国で、長く生きてほしい」
「……そうか。お前は、そう考えるのだな」


父は、娘の考えを聞いて、やめろと言うことはなくなった。父も、同じくその方が生まれ変わった先で幸せになることを願うようになった。

後にこの娘が、ファバン大国の皇帝に見初められ、妻となり、この大国で待ち望まれ続けた女児を産んだ。

それに皇帝も、彼女の父親も、国民みんながそれを喜んだ。皇子が生まれた時よりも、祝福が連日連夜続くことになった。


「これで、何があっても、この国は安泰だな」
「は? 何言ってるんだい」
「? だって、そうだろ?」
「そんなんだから、前の時に身を呈して天変地異から守ってくださったんだ」
「だから、何があっても、また守ってもらえばいい」
「あんた、そんなこと考えてたのか?」
「??」


街で、そんなことを言った者は、同じ目にあった。


「そんな考えなら、もう店に来ないでくれ」
「な、何でだよ!?」
「俺らも、見たくねぇ」
「っ、」
「もう、あんなことにならないように私たちは、生まれ変わられた彼女に幸せになってほしくて、祝福してんだよ。あんたみたいな、奴と一緒にされたくないね」


こうして、皇女が生まれた時にそんなことを言った者たちは、街で居場所を失くした。

そういう連中の溜まり場がなくなることはなかった。似た者同士で、集まるようになった連中は、それまでとは真逆に朝と夕の祈りも感謝も、一切せず、皇女が何とかしてくれるから平気だと言うのをやめることはなかった。

そういう者たちは、心から感謝と祈りを捧げてはいなかったのだ。都合の良い存在だと思って、信じていた。これまで祈って、感謝していたのだから、その分の見返りがあると思っていた。

そんなこと一切求めずに純粋に祈れと散々言われてきたのに彼らは、すっかり忘れたかのように歪んだ心を隠すこともなくなった。

だが、街でそんな者たちが現れ始めたのも知らず、後宮ではその代償のように母となった者の寿命は短いものとなった。

女児を産んで、数ヶ月。彼女の身体は、弱っていく一方となった。


「ズーウェイ」
「お父様、あの方を、皇女殿下をお願いします」
「あぁ、陛下と共にお支えする」


最期の時は近い。その時の親子の会話は、それだった。皇女を産んでから、すっかり痩せ細った娘は、以前の元気だった姿とは似ても似つかない姿だった。

病気一つしたことのない娘が、床に伏している姿に父親として何もしてやれない不甲斐なさに泣きそうになるのを堪えることしかできなかった。

ズーウェイは、娘のことを名前で呼ばなかった。それは、母であろうとも、違えてならぬものが、そこにあったからだ。

父に今後を託し、入れ替わるようにやって来た夫である皇帝に先に逝くことを詫びた。


「ズーウェイよ。謝ることはない。よくぞ、皇女を産んでくれた」
「あぅー」
「?」


その時、女官に抱っこされた女児が、声を発した。そして、必死になって母に手を伸ばした。


「はぅぇ」
「っ、!?」
「皇女殿下」


まだ、言葉など話せないはずなのに。確かにそこにいる者たちには、女児が母を呼んだのが聞こえた。


“母上”


「っ、」
「あぅー!」


女児は、母の側に行くと女官の腕から暴れた。それは、初めてのことだった。母が床に伏して、顔を合わせても、泣くことも、愚図ることもなかった。

なのにその時は、必死になって暴れたのだ。女官は、落として怪我でもさせては大変だと慌てふためいた。


「皇女をズーウェイの側に」
「は、はい」


皇帝の言葉に女官は頷いて、すぐにズーウェイの眠る布団の横に寝かされると途端に女児は大人しくなった。


「はぅぇ」
「母と呼んでくださるのね」


ズーウェイは、それに感激して泣いた。それを見ている皇帝も、お付きの者も、侍医たちも涙した。


「あぅー」
「っ、駄目です!」
「ズーウェイ!?」


皇帝は、驚いた。女児に強い言葉を発したのだ。


「っ、ふぇ」
「駄目です。その力は、私に使ってはなりません」
「ぅー」
「あなたの力は、この国のために使わねばなりません」


ズーウェイは、泣き叫ぶ皇女を離させた。それを皇帝も、誰も何も言えなかった。死に逝こうとしているのにそんなことを言ったのだ。


「ぅー、!」
「ならぬものは、なりません。私の願いは、あなたがこの国であなたを信じるものと生きることです」


皇帝が、妻の名を呼んだ。皇女は、皇帝が赤子を抱きかかえた。ぐすっ、ぐすっと泣く女児に皇帝と妻を見ているしかなかった。


「ぐすっ、」
「この大国が、以前よりどんなに素晴らしく変わったのかを見て、この国で共に生きてほしいのです」
「ぅ~」
「それが、あなたに……ディェリン皇女に、私が、母として、望むことです」


泣き腫らした顔で、ディェリンと呼ばれた皇女は母を見た。母は、泣いていた。

じっとディェリンは、母を見て手を伸ばした。今度は、その手にズーウェイが必死に伸ばし返した。

ポン。可愛らしい手が、ズーウェイの手のひらに置かれた。約束するとばかりにディェリンは、母の手に己の小さな手を置いて、そして笑った。


「ありがとう、ございます。とても、嬉しい、です」


その輝かんばかりの笑顔を見て、ズーウェイは微笑みながら旅立った。

でも、この約束によって、ディェリンが囚われることになるとは思いもしなかった。

それと彼女が呼んだのは、母のことではなかった。

そして、ディェリンが使おうとした力は、死に逝く母を助けるものではなかった。彼女は、見当たらない者を探そうと母の記憶を覗こうとしただけなのだが、その力を使うなと言われて使うことをしなくなったことで、運命が大きく変わることになるとは誰も思いもしなかった。


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